第307話 見知った人たちが

「気をつけなよ。相手が私だったから良かったけどさ」

「お、オォ…」


 突然の出来事にたどたどしい返事が出る。

 つい先程まで特対職員をやっていた大月が、目の前で高校1年生として現れたのだ。むしろ「えっ!?」っと叫ばなかっただけ頑張ったと思う。

 大月渚は元々幼い感じだったのが(本当に若いんだけど)、さらに修正されて高校生っぽくなっていた。

 真里亜と同じ緑色のリボンに赤いブレザーと青のスカートが、非現実感をより一層引き立てている。

 こんな派手な制服考えたの誰だよと、デザイナーの顔を見たくなる俺だった。


 そんなことを考えていると、隣の真里亜が口を挟んできた。


「大月さん。上級生に向かって“アンタ”は非常識ですよ」

「げ、口うるさいカイチョーも一緒だったのね…」

「げ、とは何ですか。私に対しても失礼ですね」

「はいはいはいはい」


 何やら言い合いを始める二人。


「二人は知り合いなのか?」


 様子を見て、思ったことを口にしてみる。

 本当はもっと仲良しのように感じたが、全力否定されそうなので抑えめに聞く。

 すると


「ただの元クラスメート。生徒会長だから五月蝿いのよ」「元同じクラスの、手のつけられない不良です。私が何度注意しても…」

「はぁ?」「何ですか?」


 二人で同時に喋りだす。

 俺は聖徳太子ではないので細部は分からなかったが、反りが合わないことだけは通じた。

 タイプが真逆だもんな。この二人。


 少し見つめ合…睨み合っていた二人だったが、やがて真里亜が


「時間もありませんし、行きましょう兄さん」


 と、俺の腕を引き歩き出したことで戦いは中断となった。

 しかし当然大月も同じ目的地なワケで、学校までの道を大月・俺・真里亜の並びで歩いて進むことに。

 少しの間二人が俺を挟んで『なによ?』『なにか?』と言い合っていたのが鬱陶しかった。


「ところで、兄さんと大月さんはどういう関係なんですか? 私、知りませんでしたが」

「あー…」


 俺も知らない。急に始まったから、説明書を見ていない。

 まさか『特対職員と嘱託職員です』なんて言うわけにもいかず。

 誰かアルティマニアがあれば俺に貸してくれ。


「先輩と私は、まあ遅刻仲間ね」

「遅刻仲間?」


 俺がどう答えようかと考えていたところ、真里亜と反対側の大月が代わりに答えてくれる。

 その聞き慣れない返答に真里亜は思わず聞き返した。

 俺も気になるな。遅刻仲間とは一体何だ…?


「私も先輩も遅刻しがちだからさ、よく通学路ここで会うんだよね。それで寄り道とかしながら一緒に登校する仲…ってワケ。お兄さんは妹と違って話が分かるわー」

「………兄さん?」


 大月の説明に、ジロリとこちらを見る真里亜。

 現実では中々見られない表情に新鮮味を感じつつ、俺はそういう“設定”だと理解し頭を働かせた。

 弁明、言い訳、申し開き…そんな内容を真里亜に話さなければならない空気だ。

 というか、選択肢くらい出ろよチクショウ。


「…………まあ…大月の言う通りだ。遅刻仲間と言うかはアレだが、概ねそんな感じだな。まさか真里亜のクラスメートとは思わなかったが」


 選んだ選択肢は、白旗を揚げること。

 ここで変に見苦しい…特に誰か(この場合大月)を貶めるような言い訳は、夢の世界の真里亜にはマイナスだろう。

 だから否定せず、事実を受け入れ流れに乗った。

 この世界の流れを掴むまでは、俺は逆らわない。


 だが積極的に情報は取りに行く。


「大月は知ってたみたいだな、俺が真里亜クラスメートの兄だってこと」

「まあね。会長に兄貴がいるってことと、同じ“塚田”って名字でなんとなく。でも裏は取ってなかったし、関係なかったから話題にしなかっただけ」

「そっか」


 やはりこの世界でも真里亜は優秀で、校内でもかなりの知名度を誇っていそうだな。

 現実では歳が8つ離れていたから、真里亜の評判が俺の生活に影響を及ぼすことは無かったが。

 こっちでは『不出来な兄貴』とか『逆出がらし』等と冗談で自ら言っていた評価を、本当に周りから受けてそうだな。


 別にどう思われていようと関係ないが、そう振る舞うことで世界とのギャップは埋められそうな気がした。

 それに少なくとも大月は、俺を“真里亜の兄貴”とは見ていないらしい。

 それは“コウリャク”とやらにも影響しそうだ。


「………分かりました」


 大月の説明、そして俺の供述を聞いた真里亜が突然何かを理解した。

 その目は決意に満ち溢れており、相当なやる気が感じられる。

 だが何を思っているのか全く分からない俺は、恐る恐る真里亜に決意の程を伺った。

 きっとろくでもないことだと感じながら。


「…分かったって、何がかな?」

「去年は中等部と高等部ということもあり、登校する時間が微妙にズレてあまり見ていませんでした。父さんと母さんも放任主義ですし、兄さんが怠けやすい環境だったかもしれません。しかし…」

「真里亜さん…?」


 何やら燃えている様子の妹。


「今年からはまた同じ校舎で学び、同じようなスケジュールで動くのですから、問題ありませんね」

「問題…?」

「一緒に登下校するということに、お互い無理が生じないということです」

「……………いやいやいやいやいや」


 なんか凄い事言ってるよこの子。

 妹と登下校? 冗談じゃない。

 この歳にもなって、妹と登校なんて…って、この中じゃ高1と高2の関係か。(それでもどうかと思うが)


 それよりも、“コブ付き”じゃコウリャクに悪影響を及ぼすこと間違いない。

 ゲーム的には、朝だって大事な出会いのチャンスのハズ。それを妹がいたんじゃ、現実への脱出の妨げだ。


「なにが『いやいやいや…』なんですか。兄さんが遅刻しないよう面倒を見てあげると言っているのに」

「いや、いいって、そういうの。今日から気持ちを入れ替えたから」


 人格も入れ替えたが。


「信用できません。現に今日だって私に起こされたじゃないですか」

「う…」


 それはそう。

 不可抗力ではあるが、確かに起こされたな。


「いや、目覚ましが止まってたんだよ。電池切れかもな。今日新しいのを買って帰るから、1週間様子見ということで…」


 朝には強いタイプだと自覚している。起きれないという評価は、そういうキャラだからだろう。

 しかし目覚ましさえかければ問題はない。


「止まっていた…」

「………? 真里亜?」


 俺の言い訳にも似た釈明を聞いていた真里亜が、何故か突然訝しげな様子で俺を見てきた。

 どこか思うところがあったらしいが、信用度はまるで無い。

 それでも少しして彼女から


「…………いいでしょう…。それでは1週間寝坊せずにいられたら、信用することにします」


 という言葉を引き出すことができたのだった。

 まあ、コレで良い。これまでの俺ならいざ知らず、俺は目覚ましさえあれば起きれる。

 隣では大月が愉快そうにしながら『頑張んなよ、に い さ ん?』等と煽ってきていた。



 そんなやり取りをしながら、20分くらい歩いた頃だった。

 2台の車がギリギリすれ違えるくらいの住宅街の道が4車線の広い道路に合流したとき、目的のモノが視界に入る。


「あれか…」


 広い道路の向こう側に高等部校舎と思しき建物。そしてそれを囲むように高いフェンスが設置されている。

 フェンスには緑のネットが所々に配置されており、バッターが快音を響かせても簡単に車道にボールが行かないよう配慮されていた。

 そして俺たちが歩いてきた道の少し先に正門があり、その正面に校舎、道路沿いに広いグラウンドという作りだった。


 至ってシンプルな見た目をしている。

 ミリアムみたいに豪華な感じではない、よくある都立とか県立の高校という印象だ。

 面白空間なら、何か変わった校則でも存在するのか?


 俺がそんなことを考えていると、”ある違和感“に気付いた。


「何だ…? あの人だかり」


 正門と校舎の間にある広場のようなスペースに、この時間にしては妙に多く集まっている生徒たちの姿が。

 女子のリボンから推察するに、1年と2年が多くいるようだがどうしたんだろう。


 しかもよく見ると、みな同じ方を向いている。校庭の方向だ。

 一見すると何も無いようだが、彼らはまるでそこの校舎の影から誰かが出てくるのを待ち侘びているようだった。

 校舎で隠れて見えないどこかで、誰かが何かをやっている最中らしい。


「一体なに―――」


 何があるのかと呟こうとした矢先、俺の両隣が呆れたような声で話す。


「新年度早々、よくやりますね…」

「ホントよね。上手く行かなかったらこれから1年どうするのよ…」


 二人は生徒たちが見ている先に何があるのかを知っているような口ぶりだ。

 そしてそれに対してかなり呆れているらしい。ウンザリした様子で、ギャラリーたちの視線の先を見ていた。


「え、これなんなん?」


 俺は意を決して訪ねてみた。

 怪しまれるのを覚悟で、この人だかりの原因を二人に聞く。すると大月が少し笑いながら


「アレしかないでしょう」


 と言い放った。

 断言。どうやら大月は、コーラを飲めばゲップが出るというくらい確実に知っている。

 遅れて真里亜も


「まあ、兄さんはこういうの鈍いですから」


 と少し笑いながら話す。

 せっかく覚悟を決めて聞いたのにこれでは実入りがないので、俺は開き直り問い詰めた。


「だから何なんだよ、この騒ぎは」

「そりゃあ“告白”に決まってるでしょう」


 俺の質問に対し大月から返ってきたのは、かなり予想外の回答だった。

 コクハク? コクハクってあの、好きな相手に思いを告げるっていうアレだよな。

 それが何でこんなにギャラリーを生む? どちらか、あるいはどちらもが相当なモテ人間だからか?

 生徒たちはその行方が気になって見ているのか。


 回答を聞いたところでさらに疑問符が増えた俺に、大月は信じられないといった様子で見てきた。

 もう口は『アンタ馬鹿ぁ?』の『ア』になっている。

 だがその言葉が発射される前に、妹がカットインしたため不発に終わるのだった。


「あの先に一年中枯れない”伝説のイチョウの木“があるじゃないですか? そこで告白し成就すると永遠に結ばれるという言い伝えがあるんですよ」

「………………マジ?」


 真里亜が指さした先には校舎があるが、恐らくその裏の校庭の所に、その…イチョウの木があるのだろう。

 この人だかりは、言い伝えを利用したチャレンジ? の結果を見たい奴らの集まりだったのか。


「聞いたことありませんか? その言い伝え」

「いや…」


 聞いたこと自体は…ある。

 だってその言い伝え、“とあるギャルゲー”の設定のまんまだし。

 25年くらい前に流行ったギャルゲー【Toキメキ Heart メモリアル☆】の設定だ。

 ゲームをやらない人でも名前くらいは聞いたことがあるほど一世を風靡したゲーム。


 だがその設定が何故催眠世界に取り入れられている…?

 人だかりの理由が解消した矢先に、新たな疑問が生まれてしまうのだった。



「駄目だったみたいね」

「…あぁ」


 大月の声に反応し一旦思考をストップさせ、目線を校庭の方に向けてみる。そこにはうなだれた男子生徒が一人で広場にやってきていた。

 どう考えても、恋が成就したようには見えないな。

 少しして人だかりの中から友達と思しき男子生徒が二人現れ、慰められながら校舎の方へと消えていった。


 告白には2種類存在する。

 1つは、既にお互いの好感度が一定値を超えており、あとは形式的にカップルとなるための“確認”としての告白。

 もう1つは、全然仲良くないどころかなんなら話したこともない相手にイチかバチかワンチャンスに賭ける“博打”としての告白。

 先程の彼は、どうやら博打よりの告白だったようだ。

 確かに大月の言う通り、新学期早々無茶が過ぎたな…


 俺が心の中で男子生徒を弔っていると、彼が現れた場所からもう一人の人物が姿を見せた。

 告白を受けた方の生徒の姿に、またしても俺は度肝を抜かれることに。


「………………愛」


 現れたのは、制服に身を包んですまし顔をした、いのりの世話係“真白愛”なのだった。


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