第302話 特公部長
「お待ちしておりました、塚田さん」
「おう」
特公ビル1階のエレベーターホール。
受付を済ませ入館証を受け取り、自動改札のような機械を通過した俺を待っていたのは、俺を巻き込んだ張本人…廿六木梓だった。
時刻は約束の10分前。早くも遅くもない丁度よい時間に到着したなと思うが、結局あのゴス女のせいで昼飯は食えずじまいだった俺。
四ツ矢のB級グルメ、楽しみにしていたのに…と悔しい気持ちでいっぱいだ。
それでも、食堂で食えばいいやと思えるくらい郷田食堂長のメニューは絶品だからな。そこはまあ、我慢できる。
というわけだから、さっさとこの形式的な接見を済ませて早く特対本部へ向かおう。
「昨日は私の仲間がお世話になりました。粗相はありませんでしたか?」
「別に。今のところ俺に対して廿六木以上の粗相を働いた奴はいないよ」
「そうですか。なら良かった」
俺の嫌味に対し表情を崩さず、むしろ嬉しそうに受け止める廿六木。もう少し気にしてくれないかな?
「今日ここに来るまでに、敵に襲われたりは?」
「…家に後鳥羽の仲間がやってきてな。撃退した…っつーか、取り逃がしちまったよ」
「あら、それはそれは…」
言葉は驚いている風だが、多分把握しているんじゃないか。
感情はそれほど動いていないように見えた。
「知らないか? ゴスロリ服を着た女で、ダメージを共有させる能力を持つ奴なんだが」
「私だって後鳥羽さんの仲間をくまなく調べている訳ではありませんからね。ただ、その方のことは存じておりますよ」
「知ってるじゃん」
知らないと見せかけてしっかり把握している。
その謙遜は一体何なんだろうな…。
「確か、【
「ふむ…」
状態ではなく痛み。やはりダメージだけの能力だったか。
それでもうまく活用されていたらかなり厄介な能力であるのは間違いない。
「ここでは何ですから移動しながら話しましょうか。既に退けたというのであれば、さほど有益な情報も残っておりませんし」
「わかった」
廿六木に促されるようにしてエレベーターに乗る。
押したボタンは14。そこに特公部長が待っているのか。
そして程なくして、エレベーターが上昇しはじめ機械の駆動音が静かになり始める。
と同時に、ゴス女についての会話も再開することに。
「彼女はその異常なまでの被虐趣味が能力になったものと言われています。ひとたび能力を発動させれば、無傷で終わることのない戦闘が始まるわけですからね」
「ああ、そうだな」
「役割としてはその能力を生かした“脅迫”や“縛り”が主でしたが、今日はひとりだけで塚田さんのところに来たんですか?」
「だな」
目的のフロアに到着しエレベーターを降りても、話はまだ続く。
綺麗な廊下を二人で歩きながら、廿六木は本命の質問を投げかけてきた。
「1対1で能力を使われれば相応の対策が無いと撃退は難しいハズですが、一体どのようにして退けたんです?」
もし仮に廿六木が先程の場面を覗いていたのだとしても、戦闘の一部始終は見られなかったハズだ。
何故なら、俺とゴス女は『違う位相』へと移動していたのだからな。
彼女としてはそこの部分が少し気になるのだろう。だから俺は…
「禁則事項だ」
と、口に人差し指を添えて答えた。
別に可愛くもなんともないが。
「そうですか。それは残念」
廿六木は全く残念ぶった様子もなく、俺への質問を打ち切った。
そしてちょうどそのタイミングで、ある部屋の前へと到着する。
立ち止まる…ということは、ここがそうなんだろう。
「廿六木です。塚田さんをお連れしました」
彼女がノックをし到着を告げると、中から主の声がした。
「どうぞ」
声の感じから“年配の女性”であることが分かった。
その人が、俺たち二人の入室を許可する。それを受け廿六木が失礼しますと言い、大きめの観音開きのドアの片側を開けて二人で入室した。
「よく来たね、塚田卓也くん。廿六木くんは案内ご苦労だった」
「いえいえ…」
扉の正面奥に、部屋の主は居た。
応接用のソファとテーブル、そして大きいデスクの上にあるパソコンのモニター越しに、彼女の姿が見える。
白く染まった髪の毛にシワ混じりの顔。そして高そうなメガネとスーツ…一見するとスマートな高齢女性に思えた。
が…眼鏡のレンズ越しでも、離れた場所からでも分かる。鋭い眼光。
コネや年功序列で
間違いなくこの人は、強い能力者だ。
名前や泉気の流れなど色々と探りを入れたいところではあるが、今はあくまで依頼人とその依頼を請ける者。
警戒心が強くて結構と称えるか。それとも、無礼だと怒るか。
そもそも廿六木からどこまで事情を聞いてるか…。それが定かでない以上、下手な動きはしないほうが吉かな。
仮に部長さんが廿六木のしたことを知らず、今ここでそれを明かしてしまってもそれはそれで良いが、きっとコイツは同じようなことを今後もやる。
最強がどうだとか、プライドがどうとか。そんなものに再び巻き込まれる可能性を残すくらいなら、今回でキッチリ清算しておきたい。
そのために計画に乗って、わざわざこんなところまで来たんだ。さっさと進めよう。
「はじめまして、塚田です…」
「驚いたかね? 特公の部長が私のような人間で」
「え…」
突然の質問に少し言葉に詰まる。
“私のような”というのは、『いかつい男ではなく、こんなおばさんで良かったの?』ということだろう。
確かにイメージとは異なったが、“あの娘”に比べれば些細なギャップだ。
俺はそれを引き合いに出し、問題ないことを伝える。
「特に驚いてはいませんよ。特対の部長に比べれば、アナタが部長であることはむしろイメージ通りですらあります」
「…アレは例外もいいところだからな。それと比べて、というのは何とも言えない気分だ。だがイメージ通りというのはどういう意味かな?」
問二
今の発言の真意を述べよ
先程の質問より全然楽勝な内容なので、俺は間髪入れずにありのままの感想を伝えることに。
「離れていても伝わってきていますよ。アナタの内からくるプレッシャーが。だから、流石は特公部長だと納得していたんです」
「………」
無言で眼鏡のフチをクイッと一度上げる部長さん。
その眼差しは、まるでこちらを値踏みするように。あるいは答え合わせをするように俺を捉えた。
そして少しして、ようやく口を開くのだった。
「…廿六木くんが連れてきただけはある。最初は彼女が話す君の印象と雰囲気がかけ離れていたので心配したものだが…。もしかしたら、と思えたよ」
「はぁ…」
遠回しに『頼りなさそう』と言われているようだ。
そんなに弱そうに見えるのかな。油断してくれる分には結構だけど。
「あぁ、気を悪くさせてしまったのなら済まないね。別に君を見くびっていたとかではないんだ。ただ、君からは…それこそ闘う者のプレッシャーが感じられなかったのでね」
「なるほど…」
「しかしこんな話もある。超一流の殺し屋はどこからどう見ても普通の人間にしか見えない、と」
「あ―――――――――」
それなら俺も漫画で見た――――――――
日常生活にとけ込めると――――――――
「君が、そっち側の人間であることを期待する」
勝手に何かを期待される俺。
「さて…早速本題に入ろうか。大体の事情は廿六木くんから聞いているつもりで話しても良いかね?」
「問題ありません」
「では、改めて…。私はここの部長をしている【
「よろしくお願いします」
「今日ここに来てもらったのは、君に
「そこは分かっております…」
特公としては、後鳥羽を捕まえられるのはヤツが職を辞した後。だが、それでは『特公職員が不正をして独立した』という汚点となってしまう。
そこで事前に、秘密裏に、後鳥羽の独立計画を頓挫させようと特公部長が動き出した。
そしてそれを利用した廿六木の計画によって俺と後鳥羽は対立することになり、『後鳥羽に命を狙われている塚田卓也を特公が後押しする』という図を完成させる。俺も廿六木も特公も喜ぶ(?)トリプルWinな状態だ。
「後鳥羽くんに命を狙われている君に
「何なりと、お申し付けを」
そんな気もないくせに、廿六木は高級レストランの店員よろしく胸に手を当てお辞儀してみせる。
非公式な依頼ゆえ、特公からの人的援護はなし。本来なら廿六木の私設兵くらいは借りれたかもしれないが、彼女の計画上それもなし。
いくら狙われているとはいえ、特公がただの元サラリーマンに単独でそんなことをさせるとは考えにくいが…そこは廿六木が上手いこと言いくるめたのだろうな。
「では、自分はこれから襲撃してくる後鳥羽とその仲間を倒しても、それについて特公は関与しない…ということでよろしいんですね?」
「あぁ。特対職員がいる前で君の正当性を主張するのは少し厳しいかもしれないが、流石に彼もそんなところで襲いかかっては来ないだろうからね。君は安心して迎撃してくれ」
簡単に言うな…。一応エリート中のエリートが率いる連中だろうに。
俺についてどんなことを吹き込まれたんだ、この人は。
もしくは、俺も数ある駒のうちの一つ…そう考えているだけか……。
この部長さんが廿六木の言葉だけを鵜呑みにするようなタイプには見えないもんな。
「さて、こちらから言えるのはこれくらいだが。何か君の方から確認したいことはあるかな?」
本当に最低限の確認だけで切り上げようとする部長さん。
『特公は俺と後鳥羽の件に関与しない』『サポートは廿六木から受けろ』 わざわざ呼び出して、告げたのはこれだけ。
対面での告知は俺を安心させるためと、直接見るためか。
「特にありません。必要なことは廿六木に聞きますので」
「分かった。では君の健闘を祈る。廿六木くん、送ってやってくれ」
「はい。行きましょうか、塚田さん」
入室時間僅か10分で俺の特公部長との接見は終了となる。
期待はしていなかったが、特公の後ろ盾は『ほぼなし』だった。
だが邪魔にならないだけでも有り難いか。それにそれくらいの希薄な関係の方が、俺も遠慮なく後鳥羽と廿六木を潰せる。
「何か私にありますか? 塚田さん」
共に廊下を歩く途中で、廿六木が声をかけてくる。
部長さんは廿六木から色々と聞けと言ったから、この質問はごく当然なのだが…。
「後鳥羽に関する情報と、お前の部下を全部寄越せ」
「それはできない相談です」
協力するつもりはない点に目を瞑れば、ごく当然のことだ。
「なら用はないな」
「そうですか。困ったことがあれば言ってくださいね」
「お前にだけはゼッテー言わねぇ」
白々しい態度の廿六木を突き放し特公本部を後にした俺は、遅めの昼飯を食べに特対本部へと向かうことにしたのだった。
______________
「後鳥羽さん…!」
アジトに帰ってきた後鳥羽に駆け寄る彼の部下。
その様子から、非常に動揺していることがうかがえる。
用事を済ませ一息つこうとした後鳥羽は、何事かと眉をひそめ事情を聞いた。
「何かあったのか?」
「練馬が、朝、すぐにアジトに帰って来たのですが…」
「駄目だったか。それで?」
卓也を連れてこさせるために練馬を送った後鳥羽だったが、部下の態度から作戦が上手くいかなかったことは明らかだった。
しかしそれだけでこの慌てぶりにはならないと感じ、他に何があったかを聞くために先を促す。
「服は血まみれだったのですが、怪我はしていなくて。でも酷く疲弊した様子だったので彼女を自室に連れて行ったら…」
「おう。あのカッターとか金槌とか針が置いてあるキショい部屋な」
「―――そこで突然、発狂し始めたんです」
「発狂………そうか」
いつも道具を磨きながら恍惚な表情を浮かべている練馬を知っている彼は、その楽しい自室に連れて行くことで起きた発狂に、あるひとつの結論を導いた。
あまりにも早く、塚田家で起きたであろう出来事を察する。
「それで部屋をすぐに飛び出した彼女は、会議室の隅で頭を抱えてしゃがみながらブツブツと何かを呟いていて…。たまに半狂乱になりながら暴れるので、今は薬で寝かせています」
「そりゃあ理解らせられたんだな」
「わか…?」
「手段は不明だが、あの女は塚田んとこで『二度と自傷が出来ないくらい』追い詰められたんだよ。それこそ、刃物とか見るだけで暴れるくらいにな」
「え…。あんなに好きだったのに、一体なぜ…?」
「だから分からねえって。しかし、記憶をスクリーニングしねえ限り能力発動はもう駄目だな。あるいは、身体にトラウマが刻み付いちまったら能力者として再起不能かもな」
「そんな…」
後鳥羽の読みどおり、練馬は精神に酷い傷を負ってしまった。
“痛みを与える用途”に使えるような道具を見るだけで、先程の光景がフラッシュバックし心がざわめく。
汗が吹き出し、身体に何度も望まぬ痛みが繰り返し襲ってくる。
そして最後に卓也の無機質な殺意と、みぞおちへのナイフの感触が蘇り、叫ばずにはいられなくなった。
そしてそのトリガーは、皮肉にも彼女が日夜『どういう道具を使えばどういう痛みを感じられるか』という研究を繰り返した結果、あらゆるモノがトリガーとして設定されてしまう。
ある意味因果応報とも言えるが、このままでは日常生活を送るのも困難な状況となってしまったのだ。
「連れてこられないまでも、牽制になればと送ったんだがな…。逆にこっちが牽制されちまったようだ」
練馬の酷い状況を知り、卓也への警戒レベルを1段階上げる後鳥羽。
廿六木ほどではないにせよ、甘い攻撃では駄目だと悟る。
そこに一人の男が近寄るのだった。
「塚田の確保、俺にやらせてくれません?」
「…お前の能力か」
「ええ。連れてくるのは多少大変ですけど、“無力化”だけなら適任だと思いますよ」
スーツ姿の男性が、後鳥羽に自分を売り込む。
殺害でも拉致でもなく無力化に特化した能力の彼は、自分の手で卓也を始末したい後鳥羽にその“前々段階”を一任してくれと言った。
「お前じゃ条件が厳しすぎねーか?」
「俺と眠った塚田の運搬は、練馬ん時みたいに後鳥羽さんの羽を使わせてください。今日の夜、早速行ってきますよ」
「ヤツは今日から特対本部だぞ。大丈夫か?」
「そこも俺に考えがあります」
後鳥羽がいくつか不安要素を告げるも、余裕の態度で問題ないと返す男。
その態度をじっくりと観察する後鳥羽だが、やがて…
「…いいだろう。ならお前に任せる。行って来い」
男が手柄欲しさに焦って動き出したのではないことを理解した後鳥羽が、卓也襲撃の許可を出したのである。
「ありがとうございます。後鳥羽さんのために、俺が必ずヤツを楽園に送ります」
「期待している」
こうして、卓也の次の刺客が行動を開始した。
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