第300話 ひとつの愛のカタチ
【
呪詛系能力。
相手の事を強く思い続けて、自身に片思いパワーを貯めていく。
そして対象の前で気持ちを開放することで能力が発動する。
発動すると両者のダメージは共有されるようになり、それは術者が能力を解除するまで続く。
共有されるが、ダメージ量は肉体の強度等に依存するため個人差が生まれる。
例えば意識を失うような威力の攻撃を受けても、術者は気絶し相手は耐えられたりすることもある。
また毒や呪いによる体へのダメージは共有されるが、相手に毒そのものは感染しない。能力のキモであるため、その部分は決して知られないようにしている。
_________
わたくしは、幼い頃から相手の事を好きになりやすかった。
そして、好きになった相手とは“同じ痛み”を共有したくて堪らないという“
『どうして?』と聞かれると、『分からない』としか言いようがない。
皆だって、恋人とは同じ趣味や音楽・テレビ・映画・俳優女優・アイドルといった“好き”を共有したがるでしょう?
わたくしにとってはそれが“痛み”だったってだけの話。
初めてそのことを相手に提案したのは中学2年の夏。
コミュ力はさほど高くないもののそれなりに容姿が整っていたわたくしは、気になっていたクラスメイト(バスケ部の副キャプテン)と交際にまでこぎつけることが出来た。
そして初デートのカラオケの個室。
彼が数曲歌い終えて“そんな空気”を作ったところで、さほどしたくもない初キスを済ませると相手がわたくしの身体を触ってきたので、思い切って聞いてみた。
『ねえ、今からこれで同じ場所に傷とか付け合わない?』
感染症に配慮して、まだ未開封のカッターナイフを2つ取り出し彼の前に掲げる。
女子からこんなはしたない事を言うのは気が引けたので、ウェットティッシュとかゴミ袋とかそういうのは全部用意したから安心して…みたいなことを早口で補足説明した記憶がある。
それで返ってきた言葉が
『きもちわる!』
だった。
顔の広い彼だから、この話はすぐに知れ渡ったのだろう。
その翌日から、わたくしは校内で腫れ物を触るような扱いを受け始めた。
多分虐められなかったのは、わたくしが『あまりに気持ち悪い』から関わりたくなかったのだと推測する。
そこで自身の異常性を多少なりとも理解したのだった。
それ以降も、付き合うのは容易いが中々癖を理解してくれる相手が現れず、わたくしの空虚な心は満たされなかった。
一応、いきなりカッターナイフで傷つけ合うのは厳しいだろうと学習し、『針で突き刺してお互いの乳首の位置を当てる』という“バッファローゲーム
一向に理解者は現れなかった。
そんな癖が能力として発現し、最初に惚れたのが後鳥羽さんだ。
この“相手に自分の癖を強制できる”という能力に歓喜したわたくしは、大体決まった時間に四ツ矢駅を通る彼を遠くから観察し、思いを募らせていった。
そしてある時思い切って声をかけたわたくしは、能力を発動させ、脅した。
『あ、貴方は既にわたくしの能力の影響下に―――きゃっ!』
『お前、ちょっと来い…』
脅し文句を喋っている最中のわたくしの腕を掴んだ後鳥羽さんは、人気のない路地裏に連れ込むとわたくしを壁に押しつけた。
このときには感覚がリンクしていたから能力の内容を悟ったハズだけど、彼は一切物怖じすることなくわたくしに説教をする。
『いたっ…』
『おいバカ女…! お前なにあんな人目につく場所で“能力”とか喋ってんだ。特対から説明受けなかったのか?』
『え…あの……』
あまりの凄みに、わたくしは半泣きになりながら答えた。
能力の説明は受けていたこと。でも自分の癖が抑えきれなくて思わず後鳥羽さんをターゲットにしてしまったこと。
それらを全て聞き終えた後鳥羽さんはようやくわたくしの腕を離すと、呆れ気味に話す。
『……どうしようもねえなお前は』
『…ご、ごめんなさい』
『だがお前の能力は使えそうだな』
『…え?』
『よし、取引だ』
そうして、わたくしは後鳥羽さんに
時には後鳥羽さんに敵対する相手と。時には後鳥羽さん本人と。
わたくしは痛みを分かち合った。
彼の無敵で不死身の能力は、わたくしの痛みを全て受け止めてくれる…。
_________
「相思相愛だと…?」
「そうです。もう貴方とわたくしは相思相愛にして、運命共同体。わたくしを殺せば貴方も共に逝く運命にあるのです」
「…」
別に殺しやしないが、面倒な能力にかかったもんだ。
「大人しく我々のアジトに来てくだされば、悪いようにはしませんよ」
「なんだ? 旨い飯でもご馳走してくれるってか?」
冗談めかしてそんなことを言うも、相変わらず両者会話のドッヂボールとなる。
「後鳥羽さんは慈悲深い方です…。弟さんを殺した貴方にも、苦しませずに、痛みを感じることなく殺してくれるでしょう」
「あっそ」
「さぁ、わたくしと一緒に行きましょう?」
「ふっ…冗談じゃない。むざむざ殺されに行くバカがいるかよ」
俺は女の提案を鼻で笑いながら、腕の治療を行う。
そして、この女を一人で寄越したということから、後鳥羽はどうしても『自分の手で俺を殺したい』ということが分かった。
ただ俺を消したいだけなら、能力発動と同時に仲間が女を瞬殺すればそれでいいハズだ。
もしくは気絶なり催眠なり、何らかの形で行動不能にすればいい。
まあそういった加勢を防ぐ意味でも隔離したんだけど。
しかしファーストコンタクトで、俺に同行を選択させるよう交渉に来た。
そして自分の手で俺を殺す姿勢を崩さないところから、相当な怒りとプライドの高さがうかがえる。
初見殺しのような女の能力を持て余しているのは、自信の現れか、相当な舐めプか、あるいは両方か。
何にしてもその慢心はチャンスだ。遠慮なく付け入らせてもらおう。
まあ、まずはコイツを処理しないとな。
「聞きしに勝る治癒能力ですのね」
女が俺を称賛する。どうやらダメージのみならず、ヒールもリンクするようだ。
ますますチームプレイ向きの能力なのに、脅しに使うなんて勿体ないことをする。
「でも、後鳥羽さんには遠く及ばないわね」
「へぇ…そうなんだ」
「彼の無敵で不死身の能力の前には、高速治療なんて霞みますわ」
不死身…か。
強い能力者を無敵と形容することはあるが、“不死身”とはこれいかに。
この女からは、後鳥羽の能力の情報が引き出せるかもな。
ただでさえ人員でも情報量でも劣るんだ。
大将の秘密くらい貰っても文句ないだろ。
「そんなにつえーのかよ、後鳥羽は」
「そうね。でも貴方の治癒能力もわたくしにとっては悪くないわ。これなら痛みをずっと分かち合えそうだもの」
駄目だ。
こいつを会話で誘導することは至難の業だな。
そもそも相手と会話をしようとしていない。ただのスピーチだ。
「わたくしはね、みんなが好きを共有するみたいに、相手と痛みを―――」
尚も女の御高説は続く。
ワケの分からん性癖から、これまでのドン引きエピソードなど聞いてもいないことをベラベラと喋りだした。
さっさと再起不能にしてやろう。
(タク)
(おう、どうしたユニ)
俺が動き出そうとしたタイミングで、今度は俺の右目の住人ユニが話しかけてきた。
(あの女の能力、呪いっぽいからあたしの力で消せると思うぞ)
(マジか)
流石ユニ。護りと癒しに関して右に出る者はいない。
頼もしいぜ。
(じゃあ、解いてくれるか? そしたらすぐにあの女を無力化して―――)
ユニからの提案をありがたく受けようとした俺だったが、未だに独りで喋っている女の"ある言葉"が聞こえてきた事で注意がそちらに向くことに。
「―――痛みを感じると、生きている実感が湧くんです…。さらにそれを分かち合う事で、より一層……」
「何だって…?」
「…あら、気になりましたか? 聞いていないものと思っておりましたが」
俺は女の言う、痛みで生の実感を得るという点に強く反応する。
言うなれば、戯言。スルーが吉。
しかし一度聞いてしまったからにはもう止められなかった。
(ユニ…やっぱ解呪はしなくていいや)
(え…どうして?)
(良い事思いついたからさ、試してみたくて…)
丁度良いので、俺はこの女で"実験"をすることにした。
来る日に備えての、実験を…。
「なぁ、アンタ…」
「はい?」
「痛みが生の実感になるんだよな?」
「そのとおりです。痛みこそ、生きている証なのです…」
「だったら、俺もアンタの生きがいを応援してやるよ…」
そう言うと、俺は身につけていた泉気ナイフを起動する。
そして…
「ホレ!」
光り輝く刃を、自らの脇腹に突き刺したのだった。
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