第299話 相思相愛

 最終勤務の翌日 11:30


 自室でスーツに着替えた俺は、ポケットに入っているスマホの電源を入れてメッセージアプリを立ち上げると、あるメッセージを確認する。

 送信者は廿六木梓。内容は特公部長との会合の時間と、その場所を知らせるものだ。

 昨晩俺のもとに届いたのを再度確認している。


 四ツ矢にある特公本部。

 そこの14階にある部屋が、今日俺が呼ばれた場所。

 後鳥羽や廿六木が所属する組織のトップがいる部屋だ。

 恐らく…いや確実に只者ではない相手。

 今回は一応頼られる側であるが、初顔合わせということもあり少し緊張してしまうな。


 偉い人に会うということで、行き帰りの衣装にはスーツをチョイスした。

 当初はカジュアルフォーマルにしようかとも思ったけど、まあこっちが無難だし、落ち着くとこに落ち着いたという感じだ。


「…」


 そしてこの濃紺の衣を見て、俺の脳内には昨日の光景が蘇っていた。

 竜胆志津香

 物静かであまり自分の意見を主張しないが、お笑い好きで結構感情豊かな娘。

 最初に嘱託職員として特対に入った時に仲良くなり、今でも気のおけない友人のひとり…のハズだった。


「まさかあんな行動に出るとはなぁ…」


 好意を向けられていることは分かっていたが、まさかあんな公衆の面前で手を取り、デコをくっつけて来るとは。

 それが突然の昂りなのか、それとも彼女の中で徐々に湧き上がった感情なのかは分からないが。


 彼女も変わりたいと言っていた。となると、俺の発言が契機となったと見ていい。

 以前から変化を求めていたのか…。


「………ま、考えても仕方ないか」


 これがただの告白ではなく“宣誓”であれば、俺はそれを受けて立つほかない。

 後鳥羽や廿六木から狙われていたりと事態は穏やかではないが、俺の目的は変わらず“幸せ”を探すことにある。

 それに繋がりそうなイベントは歓迎だ…。


 なんて言いつつ、もしかしたら単に浮足立っているだけかもしれないな。

 既に俺に変化があるということだろうか。今は分からない。



「おっと、そろそろか…」


 色々なことを考えていると、家を出る予定の時間が迫っていた。

 特公部長との接見前に四ツ矢でなにか昼飯を食うためには、そろそろ出発する必要があるからな。


 そう思い、カバンを手に取り部屋を出ようとしたところで、脳内に声が響いた。


(卓也さん)

(どうした、琴夜)


 声の主は俺の左目の住人、椿琴夜だ。


(庭に侵入者が)

(………はぁ)


 またか…。思わずため息が出てしまう。


(何人いる?)

(女性がひとりです)

(了解。ありがとな)


 報告してくれた琴夜に礼を言うと、俺は自室を出るため扉を開けた。

 この部屋から玄関に向かう時に通る廊下は庭に面しているため、そこで敵の姿が確認できる。

 夜は魅雷や冬樹も来るだろうから雨戸も開けっ放し。すぐに見えてくるだろう。

 恐らく後鳥羽から送り込まれた、刺客の姿がな…。


「……あいつか」


 庭の様子が見える位置に差し掛かると、不法侵入者の姿を確認できた。

 漆黒のゴスロリ服に身を包んだ、20代前半くらいの若い女。

 ぬいぐるみを抱えており、俺を探すようにキョロキョロと見回している。

 顔の部分しか見えないが、肌は白く、美人コスプレイヤーと言われても遜色ないくらい整った顔立ちをしていた。


 やがて相手も俺の存在に気付くと、左手でぬいぐるみを抱えながら右手で控えめに手を振ってくる。

 その笑顔はとても襲撃に来たようには思えないが、果たして。


「…初めまして、卓也さん」


 庭へ通じる窓を開けた俺は、靴脱石に降りてサンダルを履く。

 するとゴス女は気さくに下の名前で呼んできたのであった。


「あぁ…実物のアナタはさらに魅力的ですねぇ…」


 うっとりと、愛おしそうにそう話す女の瞳は濁っているように見える。

 いつだかの、ヤンデレ化能力の影響下にあった美咲たちのような、深い黒。

 いや、それよりも…不法侵入。


「誰だお前は」

「はじめまして…。わたくし、後鳥羽さんの使いの者です。アナタを迎えに来ましたわ」


 やはり後鳥羽の関係者か。

 しかし“迎えに来た”とは一体何だ…?


「つか、そもそも不法侵入だぞ。分かってんのか?」

「ふふ…わたくし達の愛の巣に入るのに、許可がいるのですか?」


 あ、コイツやばい。

 もう話通じないとこまでいっちゃってる。


「………わたくしの心は今、喜びと悲しみに引き裂かれていますわ」

「そうか。今から病院に送ってやるから、そこで縫ってもらうといい」

「アナタに会えた喜びと、後鳥羽さんに差し出してお別れしなくてはいけない悲しみに…」


 ちょっと何言ってるか分からない。


「でも安心してくださいまし。すぐにわたくしも一緒に行きますわ。向こうの世界で末永く二人で暮らしましょう」

「は…?」


 勝手なことを宣い続けるゴス女だが、とうとう調子に乗りすぎた。

 向こうの世界でもふたりで…?


「そいつは笑えない冗談だな」

「きっと楽しい暮らしが待っていると―――」

(琴夜、隔離)

(はい)


 俺の合図をキッカケに、琴夜が庭を異界化させる。

 俺とゴス女だけが存在する位相。彼女自身が記録媒体や記録能力を持ちえない限り、今から俺のすることは決して外部に漏れることはない。

 何が起きても、決して。


「っ…!」


 琴夜の準備が完了した瞬間、ゴス女の顔が苦痛に歪む。否、俺が歪ませた。

 勝手なことを喋り続ける女の左腕に、俺が弾丸を撃ち込んだ。

 刺客を迎え撃つために忍ばせておいたパチンコ玉を、一発。


 しかし…


「っ…」


 俺の左腕にもまた、鈍い痛みが同時に走っていた。


「痛い…ですよねぇ……?ダメですよぉ…。もうわたくしたちは“相思相愛一心同体”なんですからぁ……ふふふ」


 ダメージが、リンクしている…、

 既にこの女の攻撃は始まっていたということか。


「さぁ、今から一緒に後鳥羽さんのところへ飛びましょう…? そこでわたくしと一緒に、永遠になりましょう」


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