第296話 愛くるしい虎
「特公部長…?」
「はい。後鳥羽の処理を任せる相手に、一度会っておきたいそうです」
「ふーん…」
向こうからのご指名か。今後のためにも顔くらいは見せた方がいいかもしれないな。
「それで、急で申し訳ないのですが…明日の夜から塚田さんが特対本部に行かれるとのことだったので―――」
「よく知ってるな」
「失礼ながら調べさせて頂きました…」
相変わらず俺の情報はダダ漏れってわけね。いいけど。
「そんなワケで、明日の午前中なんて如何でしょうか?」
「構わないよ。俺がそっちに行けばいい?」
「はい。あとで廿六木から詳細を送らせますので」
彼女らの根城か…果たしてどんなところなのやら。
あ、でもこっちが会いに行くということは当然…
「特公に俺が行くとなると、廿六木はともかく後鳥羽も居るよな…。大丈夫なのか? 攻撃されたら流石に反撃するぜ?」
「そこはご心配なく。彼は今、忌引中ですので」
「ああ…弟さんの」
間接的ではあるが俺が殺したことになっている後鳥羽の弟、侑李。
廿六木の作戦通り事が運んだため、俺と後鳥羽璃桜の関係悪化の起爆剤となった出来事の…事後処理で休んでいるワケか。
「名目上忌引としているだけで、実際は葬儀やら何やらはとっくに済んでいますので。塚田さんや廿六木を始末するための準備期間の大義名分に使われているだけでしょうね」
「ああ…」
やっぱりな。そしてさり気にターゲットに加わっている廿六木。
そりゃあバレてるよな。強い組織を作ろうってヤツが、それくらいの情報力を持っていない筈がない。
「部長さんに会う件については了解したよ。後鳥羽がいないならこっちも一安心だ」
「ありがとうございます」
「ところで…」
「?」
俺は先程のやりとりで気になったことを口にする。
「さっき『調べさせていただいた』って言ってたけどさ。もしかして君が情報探知できる能力者だったりする?」
「それは…はい……まあ、そうなります」
俺の質問に対し言っていいものか迷っている感じで、しかし確実に肯定した
「これまでネクロマンサーの件や殺し屋の件で情報提供してくれたのも?」
「…私、ですね」
物凄いこちらを警戒しながら、半ば観念したように返事をする外園という職員。
たが誤解だ。俺は別にコイツを『情報捜査係から殺すぜー!』という意図で聞いたわけではない。
単に…
「今までありがとな」
礼を言いたかっただけだ。
だが突然の俺の反応に外園は面食らって、口をポカンとあけて『え?』と漏らした。
「廿六木が持ってきた君の情報のおかげで、ネクロマンサーや殺し屋の件をスムーズに解決することが出来たんだ。だから提供者にはずっと礼を言いたいと思ってたんだ」
「でもそれは…彼女の策略というか……」
「それでもだよ」
そして何故彼のようなポジションの人間が今日メッセンジャーをやっているのか不明だが、直接伝えるチャンスだと思った。
「インフルエンサーの住所やヤクザの事務所なんか、俺一人じゃあの短い時間で絶対に辿り着けなかったよ。言いづらいだろうから詳しくは聞かないが、相当な能力なんだろうな君は」
是非とも仲間に欲しい逸材だが、褒めちぎったくらいではなびいてくれないだろう。
そう分かりつつも強めに称えると、何故か男はバツが悪そうにした。
「いや、私なんか…」
「ん? 謙遜しなくてもいいのに」
「謙遜じゃないですよ。特公でも、専門職の私なんかは肩身が狭くて…」
目線を斜め下に、乾いた笑顔でそんなことを言う外園。
この様子だと本当にそんな扱いなのだろうか。特公では廿六木みたいなオールラウンダーが優遇されていると…。
俺はつい、『フッ』と笑いが漏れてしまう。
「はは…、おかしいですよね」
「ああいや、そういう意味で笑ったんじゃないよ。もし君の言うことが本当なら、特公も大した組織じゃないんだなって」
「どういうことです…?」
突然の俺の特公ディスりに、外園は目を丸くする。
『何故そういう感想になる?』と不思議がっているようだ。
逆に俺は彼の話を聞いて、何故そんな扱いを受けているのか不思議でならなかった。
「俺は現代社会において“情報”以上に強い武器を知らないからさ。それで肩身が狭いなら、特公も底が知れてるなって。世辞じゃないぜ?」
「…」
これは外園を引き込むために言った訳ではなく、れっきとした本心だ。
情報を掌握できる者は、それが“真”であっても“偽”であっても、世界を掌握できる。
真は言わずもがな、偽情報も自在に操ることが出来れば強力だ。
偽情報で街を東西に分かつ壁は壊れ。
偽情報で信用金庫は潰れかけ。
偽情報で国からトイレットペーパーは消える。
彼の能力が情報をどのように扱うかは知らないが、有用性は疑うべくもない。
廿六木も当然それが分かって引き入れているのだからな。
ってことは後鳥羽は情報収集する仲間を外部から調達してきたのか。
後鳥羽の仲間も特公の情報担当なら、『特公では…』なんてことにはならないだろうからな。
「そんなワケで、廿六木と特公に愛想を尽かしたら俺の仲間になってくれよ。旨い飯屋以外の情報捜査を任せたいから」
「…はは」
俺の小粋なジョークに、ようやく彼の笑いに少しだけ潤いが戻る。
飲食店情報は自分で実際に食べて集めたいから、それ以外の収集を任せたい。
そして、三人とはその後も軽く話をして、20時半を回る頃に帰っていった。
三人とは言いつつ、話をしたのは外園だけだったが。
「……飯行くか」
家にひとり残された俺は、誰も居ない部屋で呟く。
彼らの来訪で気付けば 腹が 減った。
よし、駅前に行こう。
俺はコートを羽織るとポケットにサイフ・鍵・スマホの三種の神器を入れて、家を出た。
この時間なら居酒屋で軽く飲むのもありかな。
明日に響かないように、本当に軽く。焼き鳥に塩キャベツにお茶漬けあたりを日本酒でサラサラっと。
よし、それで行こう。
頭の中でイメージを膨らませた俺はかなり行きつけになった小さい居酒屋目指して歩みを進めた。
だがそこで、予想外の人物に声をかけられる。
「卓也」
「あれ、志津香…。こんなところでどうした?」
俺は居酒屋の近くの道で、制服姿の志津香に出会い声をかけられたのだった。
_________
「お疲れ様です。外園さん」
卓也家からの帰り道。ドローン使いの男が、先程まで喋りっぱなしだった外園を労った。
予め打ち合せて外園以外の二人は観察に回るということだったので仕方がないのだが、訪問前から非常に緊張していた外園ばかりに負担させてしまったことを申し訳なく思い声をかける。
「ああ、大丈夫。二人もお疲れ。どうだった?」
歩きながら二人の感想を聞く外園。
それについてまず男が答える。
「…分からなくなりました」
「分からないって、彼の印象がか?」
「いえ…。後鳥羽との勝敗が、です…」
ドローン使いは、自分の卓也に対する評価が変わったことをストレートに伝えた。
それを聞き、外園は興味深く掘り下げる。
「どうしてそうなった?」
「そうですね…終始あの人からは“何も感じなかった”ところが、ですかね……」
「何も?」
「はい。我々が相対してきた人というのは、大体は常に戦いに身をおく緊張感とか、闘気みたいのが滲み出てるじゃないですか」
「まあ、そうだな」
ドローン使いは、公表前から戦いに染まった能力者は臨戦態勢でなくとも雰囲気で分かると語った。
そしてそんな相手を何度も見てきた外園もまた、同意するように頷く。
「でも塚田は、それがなかった。勿論警戒心や、鍛えた体なんかは一般人のソレとは全く違いますよ。でも最後の方なんか、外園さんと“まるで友達のように”会話してたじゃないですか。彼の戦績を知っていてあの“普通さ”は、やっぱりおかしいですよ」
卓也がこれまで倒してきた相手、成し遂げた功績を知って尚、間近で見る本人から匂い立つ一般人の空気に男は得体の知れない不気味さを感じる。
訪問直後こそ釘を刺されはしたものの、それ以降は普通の接客を受けた三人。
それがどうやって
情報と現実の乖離に苦しむ男であった。
「あと極めつけは、外園さんが『後鳥羽は忌引という名目で殺しの準備をしている』って伝えた時です。塚田は『ああ』って言ったんですよ」
「覚えてるよ…。印象的だったから」
「後鳥羽を知る人間が自分を殺すために準備しているなんて聞いたら、誰だって恐怖とか厄介だなって感情を抱いてもおかしくないのに…。ヤツは『やっぱりね』みたいな返事をしたんですよ。リアクションおかしくないですか?」
「落ち着けって」
喋るのを外園に任せ観察に回っていたからこそ分かる卓也の微動だにしない態度に、戸惑いを隠せない男。
これが裏の世界を知らないビギナーであれば、現実を知らないんだなと同情の余地もあったのだが。
この半年間の軌跡をある程度知っているが故に『知らないハズがない』という結論に至り、知らないハズがないのになんとも思っていない風な態度の卓也に、言いようのない気味悪さを感じ始めていた。
「君はどう思った?」
少し興奮気味の男を置き、今度は変身能力の女に話を振る外園。
「私? うーん…私もどちらかというと何も感じない寄りかしらね。この人がホントに後鳥羽を倒せるの? って今でも思ってるわ」
「そうか」
「ただ…」
「…?」
「同じ情報を持って同じ相手を見ているハズなのに、ここまで違う感想を抱くことに一定の不気味さはあるわね。私のアンテナがおかしいのか、二人が考えすぎなのか…」
「…」
「これまでの我々の相手って、大体仲間内で思うところは一緒だったじゃない? 手強そうだなとか、楽勝だなとか。なのに今回はなんでこんなに意見が割れるんだろうって…そこが気持ち悪いわよね」
女は卓也に対してあまり脅威を感じていないと前置きはしつつも、印象が三人の中だけでもブレていることには警戒している様子だ。
既にお互いの陣営での情報戦という意味では、圧倒的大差が付いているハズなのに。
見えていない、見えにくい卓也の何かがボスに迫りくると、そう予感をしていた。
「だから、私達三人の話をまとめると、彼は『愛くるしい虎』じゃないかって」
「愛くるしい虎?」
女の口から飛び出した例えに聞き返す外園。
その真意を伝えるべく、女は話を続けた。
「ええ。彼は動物園の中でもとても愛くるしい仕草を見せる人気者なの。餌を食べる様子や、前足で顔をかく様子がプリティな」
「うん」
「でもある時気付いたの。愛想を振りまく彼の後ろの方にある檻の入り口のドアが少しだけ開いていて、その奥に倒れている人の足が見えて…」
「うん…」
「私は今、そんな感じね…」
「……」
二人には彼女の例えは刺さらなかった。
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