第295話 三人の使い
最終勤務日は業務もほとんどなく、経理・総務の人たちとランチをとったあと掃除やら片付けやらをして、定時である18時にはオフィスをあとにした。
エレベーターホールに沢山の社員が見送りに来てくれたのは嬉しくもあり照れ臭くもあった。
ここで過ごした約4年間…大変なことも色々あったが、周りの人に恵まれ、経理として順調なキャリアを積んでいけたと思う。
それに西田と出会えた事実は、まさに俺の人生を決定づけたと言っても過言ではない。
そういう意味でも、この会社に入ったことは間違いなくターニングポイントだった。
もし西田と会えていなかったら。事故にあっていなかったら。おまけで、神多の街でNeighborの東條に声をかけられていなかったら。
きっと全く違う俺が居ただろう。
熱の無いままに、でもそれなりに楽しい毎日を過ごしていたような気はする。
サッさんや篠田たちとバカやって、総務部長たちと飲みに行って…そこそこ幸せな日々になったかもしれないな。
だが、そんなIFルートは無かったんだ。
俺は自分で能力者の世界に関わり続け、表の世界から退いた。そこに後悔はない。
これからも俺は自分の幸せを求めて、色々な人と関わり、色々な人と対峙していくことだろう。
いつどんな仕事をしても有給や決算や定時支払いを気にする必要はない。
俺が誰かを殺めたとして、会社に迷惑がかかることもない。
いや、家族に迷惑はかかるからしないけどね。
ともかく、さっさと残りのしがらみを清算して自由になるんだ俺は。
そんなことを決意し、俺はスーツから私服に着換えると明日に備えて支度を始めるのだった。
「ん…?」
もうすぐ20時になろうかという時間に、突然我が家のチャイムがなる。こんな遅くに珍しいな。
俺はと言うと、『駒込さんの頼み』で明日の夜から三度の特対本部宿泊&明後日から嘱託職員としての生活が始まることになっていたので、その身支度をしていた。
そして着替えやアメニティなど必需品をあらかたボストンバッグに詰め込んだ俺は、そろそろ遅めの夕食を食べに駅まで繰り出そうかと言うタイミングでチャイムに出鼻をくじかれてしまう。
こんな時間に家に訪問…確実に普通じゃない気がする。
だが何故だろう。律儀にチャイムを押すだけで“まともさ”が何割か増すのは…
みんな不法侵入し過ぎだからね。
そんな事を考えながら玄関に向かうと、インターホンの受話器を取り声をかけた。
「はい」
『夜分遅くにすみません』
ほんとだよ。
俺は門の向こう側にいる男の声の主に、心の中で悪態をつく。
『私は廿六木梓の同僚で、特公所属の外園淳と言います。今日は貴方に伝言があって来ました』
特公という言葉を聞き、俺の警戒レベルはグンと高まる。
なにせ絶賛敵対中の相手が二人も所属するとこだ。Welcome!と呑気に挨拶は出来まい。
しかし後鳥羽ではなくあえて“廿六木の同僚”と紹介してきているあたり、外にいる男は彼女の派閥であり『今は事を構えるつもりはない』というメッセージと取れなくもないな。
さて…
「……分かった。今行く」
俺は来客を迎え入れる事にし、受話器を置いた。
ここは度量の見せ所だな。
今から警戒してビクビクしてても仕方がない。例えすぐには戦わない相手であろうと、弱みは見せられないってことだ。
俺は(多分)廿六木派閥であろう訪問客を迎え入れるため、門を開けて姿を見せた。
勿論攻撃にも最大限警戒しながら。
すると―――
「こんばんは。塚田卓也さん」
門の外には、三人の男女が立っていた。内訳は男性二人に女性が一人。
全員見覚えがない。表の舞台には一切出てこない、闇の住人か…?
しかし代表して喋った真ん中の男は特公だよな。普段は表で普通に働いているということか。
「突然の訪問で申し訳ありません。取り急ぎお伝えしなければならない重要なメッセージがありまして」
「そうか」
特公の男は礼儀正しく、丁寧に要件を伝えてくる。
直接訪問してきたのは、能力などによる情報漏えいを防ぐため、か。
そして廿六木からの伝言は、十中八九“依頼”のことだ。後鳥羽討伐の…。
ようやく動き出したか…という感じだ。あるいは俺が退職するまで彼女は衝突を引き伸ばしてくれたのかな。
俺としては願ってもないタイミングだった。
「まあ、入りなよ」
「え…」
俺が門の中に入るよう促すと、これまで柔和な笑みを浮かべていた特公の男が驚きの表情を浮かべた。
後ろの男女二人は顔を見合わせている。
「どうした…? 早く入りなよ」
「いえ…その。いいんですか?」
「何が?」
「一応我々三人も、敵対して…する予定の人間の仲間ですよ? それをあっさり招き入れて…」
「ああ…」
そっちね。罠を警戒とかはないんだ。
俺の警戒心の無さに驚いているって感じか。
「それをそっちが言うのか…」
「いや、まあ…」
「いいんだよ。廿六木の仲間が何人で来ようと、今はな。ここで不意打ちすることは、アイツにとって最も面白くない展開だろ?」
「それは…そうですが」
わざわざ先月、人を割いて、情報を渡して、俺を退職させて、やることが不意打ちって…つまらないにも程がある。
あの下準備はなんだったんだ、ってことになるだろう。
「それに、もし君たちがホンㇳは後鳥羽の刺客だったり、俺を恐れるあまり先走った廿六木の仲間だったとして、それはそれでいいんだよ」
「……いい、とは?」
「敵が自らテリトリーに入ってきてくれたんだからな。戦力を減らせてラッキーってヤツだな」
ここはただの民家じゃない。“俺の家”だ。
今は家主がいて、ユニがいて、琴夜がいる。
そんな場所に進んで入り攻撃してきて、果たして無事に帰れるのか…。
『本当にいいのか?』はどっちなのか、ちゃんと考えてみるといい。
「…」
俺の言葉に、神妙な面持ちになる面々。
勿論急な訪問だったので万全の状態で待ち構えてやしないが、攻撃されても捌くくらいの策はある。
警戒するとしたら、これら一連の流れが高度な誘い受けだった場合だが。本当に廿六木の仲間なら、その可能性は低い。
まあいつまでも玄関前で立ち往生されても困るので、促すとするか。
「廿六木とは、良好な関係ではなくなったが、後鳥羽を倒すまでこちらに敵対の意志はない」
「…」
「攻撃されなければ、攻撃はしない。それでいいのなら、その門をくぐるといい。歓迎しよう」
彼らが廿六木の仲間であり、彼女の意志を尊重する立場にある。
そしてそれをキチンと弁えているのなら、安心してウチに来ればいいと…そう伝えた。
まあ躊躇っている時点で既に後鳥羽陣営でないのは明らかだが、今はいのりがいない。
相手の心を読み取れない以上、揺さぶり推し量るのは基本だ。
そして少しの間をおくと、代表して喋っている特公の男は
「お邪魔します……」
と、我が家の敷居をまたぐ決断を下した。
「ようこそ」
それに続くように後ろの二人も軽く頭を下げ、まずは門の内側へと入ってきた。
三人とも入ったのを待った俺は扉を閉めると、鍵をかけてから母屋の方へと彼らより先に歩き出した。
その後に三人が続き、俺たちはようやく寒空の下から建物の中へと入ることになる。
「はい、どうぞ」
居間に三人を座らせると、俺は台所へ向かい飲み物を取ってきた。
そして彼らの目の前のテーブルに常温のペットボトルのお茶を3本置き、自分も着席する。
「悪いね、そんなんで。本当は温かいお茶かコーヒーを淹れようかと思ったけど、缶とかペットボトルの方が飲みやすいだろ? 嫌だったら飲まなくても全然いいからさ」
「いえ、いただきます」
「私もいただきます」
「自分も…」
特公の男以外の二人もようやく(2つの意味で)口を開き、俺が用意したお茶を飲み始める。
どうやらそれなりには信用しているようだ。“まだ戦闘の意志はない”ことが伝わっているだけでも充分だ。
ちなみにこれまで常備していたドクトルペッパーなどの清涼飲料水は、前のアパート時代から我が家に色んな人たちが頻繁に通うようになり、その時に主に女子たちからの評判が悪く来客用として置くのはやめてしまった。
代わりに500mlペットボトルのお茶や水を箱で買うようになり、さらに少し奮発し『
ドクペは、まあたまに飲みたくなったら近くのコンビニで買っている程度だ。あんなに美味しいのに…。
「それで、重要な伝言ていうのは何かな?」
みんなの水分補給がある程度終わったタイミングで、俺は話を切り出した。
すると代表して、特公だという男が要件を話す。
「はい。塚田さんには“依頼”の前に会って頂きたい方がおりまして、そのお願いをしに参りました」
「会って頂きたい方…?」
「そうです」
「それは一体…」
「特殊公安部の“部長”です」
男の口から飛び出したのは、もう一つの能力者組織のトップだった。
_________
あとがき
いつも見てくださりありがとうございます!
実は密かな野望がありまして
私の学生時代のアルバイト先の社員さんと、未だにご飯行くくらい交流があるのですが。
その方がなろう系漫画を読むのがすごい好きなんです。
小説は読みません。漫画だけ電子書籍でメチャクチャ買ってます。
私もよくオススメを聞いたりしていました。
その方に、自分の作品の漫画版をオススメされた瞬間に『それ私のなんですわ〜!』とネタバラシするのが野望です(笑)
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