【第8章】卓也VS廿六木VS後鳥羽 上
第294話 参画関係
◆後鳥羽璃桜の独白
人間というのは、力があればそれを試し、誇示したがる生き物だ。
何もそれは腕っぷしだけの話じゃない。学力・技術からセンスに至るまで、あらゆる力を計り、それが優れているのだと声高に誇る。
柔道や書道に“段位”があるように。様々な検定に“級”があるように。
弁護士や公認会計士のような業務独占資格(その資格を有する者でなければ携わることを禁じられている業務を、独占的に行うことができる資格)とは違い、それは段位級位の多寡で力の差が分かるようになっている。
―――まあ検定でも、職位や学校の単位に必要だから取るヤツもいるが。
“人間は”…なんて言うと主語がでか過ぎると思われるかもしれないが、他より優れている事をアピールするのは生物として当然の行為だ。
むしろ人間は愚図でも、運と環境だけでのし上がれる分、恵まれた部類だと言えなくもない。
そして俺の場合は、そのアピールが『自分の組織作り』だったというだけの話。
組織のリーダーは無能には務まらない。
馬鹿には人が集まらないし、雑魚には人がついてこない。
あらゆる“力”が試されるのが、組織のリーダーだ。
学校で習うような勉強内容が求められるわけではないが、知識がなければ知恵や閃きは湧いてこないからな。勉強もできるに越したことはない。
俺にとって特公に呼ばれたことは、何物にも代えがたい評価であると同時に、生き地獄でもあった。
近くに、今すぐにでも戦って優劣を付けたい相手がいるのに、それができない地獄。
俺の見立てでは、俺以外に三人くらいが『自分が最強』だと思っているフシがある。勘違いも甚だしい。
しかし同じ特公である以上、手出しはできない。せいぜい訓練と称しての組手なんかが関の山だ。
それでは足りない。
それでは
だから俺は特公を離れて、そいつらに格の違いを教えてやる必要があった。
なのに…あろうことか“ヤツ”は先に弓を引いてきやがった。
そのせいで弟は…
絶対に許せない。
――――――――――――
1月10日 特公本部12F 廊下
神宿区四ツ矢にある、とあるビル。
選ばれし者だけが入ることを許された建物。
そして能力者の中でも一握りのエリートが入職を許される機関。
その機関が本拠地としているのが、ここ特殊公安部本部ビルなのである。
そんな建物の廊下を歩く二人の職員、廿六木と後鳥羽。それぞれ反対方向からゆっくりと歩いて近付いていく。
廊下の片側はガラス張りになっており、日中は外からの明かりをよく取り込むようになっている。また内側からは四ツ矢の街の景色がよく見えるようになっていた。
だが、二人は毎日のように通っているので景色には目もくれず、真っ直ぐ歩みを進める。
「…よォ」
お互いが約5メートルの距離に近付いたところで、後鳥羽が声をかけた。
眉間にはシワが寄っており、とても同僚に向けるような表情ではない。
声にも怒気が混じっており、それを隠そうともしていなかった。
「お疲れ様です、後鳥羽さん。明日から忌引でお休みだそうで…。大変ですね」
「ああ。おかげさんでな」
「私も花でも送らせて―――」
廿六木が話している最中に突然後鳥羽は動いた。
そして…
「―――ッ!」
廿六木の顔面めがけて鋭い蹴りを放ったのだった。
「っと…」
対する廿六木は床を軽く蹴り後方へ飛び、すんでのところで蹴りを躱した。
まるで攻撃が来るのが分かっていたかのような、華麗で静かな身のこなし。
見た目からは想像もつかない、達人の如き流麗な回避を見せた。
後鳥羽も、普通の戦闘であれば2撃3撃と追い打ちをしていくところだが、それをせず。避けた廿六木を睨みつけるだけであった。
「いきなり酷いじゃありませんか。仲間に向かってこんな仕打ち」
「仲間だと? 笑わせる」
「はて。笑わせるとは、一体どういう…」
「ネタはあがってんだよ。てめぇが侑李を殺したヤツに協力してたってことはな」
後鳥羽は笑みを浮かべながらも殺気を込めて、廿六木に言葉の刃を振った。
だが受けた廿六木は、笑顔を崩さず毅然とした態度で応じる。
年の差やキャリアの差など感じさせぬ、堂々たる振る舞いで。
「…バレてましたか。流石は後鳥羽さんですね」
「黙れ。塚田ってヤツをぶっ殺したら、次はてめーだからな。首を洗って待っとけよコラ」
そう凄むと、後鳥羽は廿六木が今来た方へと歩みを進め、やがて廊下から姿を消した。当然静かな廊下には、廿六木がひとりポツンと残される。
しかし直ぐには移動せず、後鳥羽が消えていった方を見ながら、やがて彼女は
「楽しみにしていますよ。あなたが彼に勝てたら…ですがね」
と、誰も聞いていない空間に、挑発するように呟いた。
二人の特公職員が相まみえる日は近いのだろうか。
それは誰にも分からない。
――――――――――――
【卓也VS廿六木VS後鳥羽】編
1月13日 朝 オフィス
各部署の社員が自席からオンライン朝礼に参加するため、イヤホンやヘッドセットを装着しパソコンに向かっている。
この朝礼、基本的には連絡事項がある部署の代表以外はマイクをミュートにし聞くだけの会。だが、それでもモニター上に着けられたウェブカメラはオンにして、小さいワイプ内で参加していることを見せる必要があった。
カメラは正直、評判があまり良くない。
顔のアップというだけでも女性社員からの不満は留まることを知らない…が、決まりなのだから仕方がない…。みんなそんな気持ちで、少し前からこのようなスタイルでの朝礼が敢行されていた。
程なくして朝礼が始まり、事前の告知プログラム通りつつがなく進行している。社員はそれを静かに傾聴。
そして全ての諸連絡が終わったタイミングで、とうとうその時は来た。
「えー、それでは最後にお知らせです。知っている人も多いかと思うけど、今日で約4年間経理を頑張ってくれた塚田くんが退職します」
社長が俺の退職の話を切り出した。そして、実は社長と同じ会議室にいる俺はその様子を静かに見守った。
最終勤務日ともなれば流石に俺が辞めることは大体広まっており、知らない人間は余程絡みのない人間くらいだ。
だから、きっと驚きもないだろう。
親しい人とは既に挨拶を済ませているし、先週は花束や寄せ書きも頂いた。
引き継ぎは…駆け足になってしまい経理や総務の方には大変申し訳無いことをしている。
そんな罪悪感は大いに感じていた。
今度病気や怪我などしたら、最優先で治させてもらおう…ということでひとつ、許してほしいが…。
「―――では、最後に本人から挨拶があります。塚田くん、お願いします」
俺が持っていた業務に関する簡単な予定説明が終わったタイミングで、社長が挨拶を振ってくる。
事前に打ち合わせていた通りなので、特段焦ることはない。俺は考えておいた言葉を一つ一つ思い出しながら襟を正した。
大型モニターの上に付いていたカメラが静かな音を立て角度を変えると、今まで画角の外にいた俺の姿がモニターに映し出される。
よし、落ち着いているな。身だしなみにも問題なし。
「皆さんおはようございます、経理の塚田です。これまで大変お世話に―――」
用意してきた文章もスラスラと出てくる。
多くの社員が見ているが、画面越しということもあって特に緊張することもなく、無難な最期を迎えられそうだった。
ただ一つ…
時折モニターの片隅に映る篠田の表情がとても暗く、寂しげだった。
普段は活発な彼女を俺がそんな風に変えてしまったということだけが、唯一の心残りだった。
年明け早々に打ち明けてから今日までまともに話せておらず、とうとう今日まで来てしまう。
周りの人を傷つけないために、俺はここを去る。
なのに、そのせいで傷つけてしまうというジレンマ。
心を蝕む鈍痛を無視しながら、俺は挨拶を進めていく。
今生の別れではないと、自分にも相手にも言い聞かせながら…俺はお世話になった職場での最期の日を終えた。
_________
いつも見てくださりありがとうございます。
新章開幕しました。
なろう版の方には、私が登場人物の名前とかが被らないようにするためのエクセル一覧表を掲載してます。1章の前にあります。
章が終わるたびに更新してますので、良かったら見てください~
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