第291話 嬉しくないからね【第7章エピローグ】
「なぁ、琴夜」
「はい。何ですか?」
自宅の庭でトレーニング中の俺は、おもむろに自身の左眼の住人・椿琴夜に話しかける。
庭と言っても、今立っているのは普通の本合五丁目の住宅地ではなく、位相の違う領域であった。
自宅の庭であって自宅の庭でない場所。そして同じ位相の者にしか存在を感知されないのが、現在の俺なのである。
ここでなら派手な技や変身を繰り出しても、近隣住民から苦情が来ることは無い。修行にはうってつけの場所だった。
「この位相なら、バレずに敵を始末できるかな?」
俺が投げかけたのは、きたる特公職員との戦いに向けた相談。厄介な搦手を使ってくるかもしれない相手への攻めの方策であった。
基本姿勢は、(たぶん)人目につかず襲ってくるであろう相手の策に便乗したカウンター…としつつも、敵戦力を削れる好機を逃さないようにするための秘策を握っておきたい。
なので上位存在であり、相手の位相も変えることのできる琴夜に声をかけたのだった。
もちろんユニにも位相の変更は可能だが、今は離れたところで七里姉弟の修行に付き合っている。
これも見慣れた光景だ。
「そうですね…断言は出来ませんが」
琴夜はそう前置きし、見解を話し始めた。
「相手を引き込めれば、通信や、能力的なパスは断つことができると思います」
「ふむ…」
「なので卓也さんに攻撃されるところを中継されていたりとか、そういうのは大丈夫なハズです」
「なるほどね」
外界と断絶されるという点で言えば、俺にも経験があった。そう、西田との最終決戦の舞台だ。
あのときは人が一定の範囲に出入りしたり助けを呼んだりが出来ない状況だった。
細部はもちろん異なるだろうけど、もたらされる効果は似たようなものだろう。
であれば、人目につかず敵を無力化したり操ったりが出来るハズだ。
「ただ…本人が撮影機器を隠していたり、見たものを記録する能力などがあれば、後ほど証拠として突きつけられる可能性はあります」
「あー…」
「位相の変更はあくまで現世と切り離して干渉されなくする措置なので、叩くなら相手も同じ位相に引っ張る必要が…」
「で、その相手の能力や持ち物は有効と」
「はい」
相手が始めから"手を出させる"為に罠を張っていた場合、先の方法では不十分だと補足する琴夜。
「じゃあずっと位相の違うとこで待ち伏せとか追跡してさ、攻撃する時だけ普通に戻るっていうのは?」
「その方法であれば気配や痕跡は限りなく消せますね。ただ結局攻撃時には相手と同じ位置に居ますので」
「相手の罠にはかかると」
「はい」
安全なところから一方的に攻撃する手段はないか…。ままならないな。
でも、まぁいいか。
一方的な蹂躙など、別段期待していなかったし。
「わかった。ありがとな」
「いえ。私も貴方のお役に立ちたいですから」
「え…。助けられてるよ? メチャクチャ」
空は飛べるし、死者は分かるし。融合すれば超パワーだって得られる。
他にもまだ知らない力だってあるハズだ。
なのに、まだまだみたいな言い方は自己評価低すぎるぞ。
「規則さえなければ、敵対する相手みんな葬送するのに…」
「それはやめようね…」
「ですが…」
死神代行の力を以てすれば、人間同士の争いなんて児戯にも等しいかもな。
だが仕事から離れている彼女がみだりに命を奪えば、どんな罰則があるか分からない。
俺を助けるために琴夜が辛い目にあうのは…本意ではないな。
「いいか琴夜。自分を犠牲にして敵を排除してくれても、俺はちっとも嬉しくないからな」
「…」
「そもそも俺と琴夜は“マスター”と“従者”じゃないんだ」
「え…」
俺の言葉に目を見開き、信じられないといった様子の琴夜。
誤解無きよう、すぐに続きを聞かせる。
「琴夜は社会見学がしたくて、俺についてきたんだったな」
「…はい」
「それで、一緒に戦ったり、テレビ見たりゲームしたりしたよな」
「そう、ですね」
「じゃあもう友達じゃね?」
「………………あ」
役に立つとか立たないとか、俺たちはそんな関係じゃない。
仕事の仕方に悩んでいる琴夜を助けた恩ならば、既に『黄泉からの帰還』という形で清算された。
であれば、俺たちの間に残されたのは単に“友情”だろう。
「友達が困ってたら助ける。そうじゃないなら一緒に笑い合う。貢献とかそういうのは無しだ」
「………そんなもんですかね?」
「つっても、もはや俺が琴夜にしてやれることなんてないんだけどな。だからまぁ、テレビとか飯とか…特公との戦いとか……。そんな退屈しない俺の人生を見て楽しんでくれよ。俺も一緒に楽しむからさ」
多分、これまでの俺の人生を見たところで、彼女の糧には一切ならなかったろう。
石を投げれば当たるような普通の人間だったからな。
だが今は違う。
自分で言ってて複雑だが、次々と厄介事に見舞われるエキサイティンな人生だ。
それを特等席で見学すれば、きっと色々なドラマが観察できるハズ。
その過程で俺が困っていたら、ちょっと手伝ってくれればいい。その席が少しだけ長持ちする。
それくらいの気軽さで、居てくれればいい。
そして俺も俺で、そんな自分の人生を楽しむから。
「………くすっ」
俺の言葉を聞いた琴夜が笑う。
手を口に当てて、たいそう可笑しそうに笑い始めた。
「…楽しそうだね」
「だって…卓也さん、おかしいんですもん」
「そうかな?」
「だって、命じれば邪魔なものを排除してくれる存在が『役に立ちたい』って言ってるんですよ。なのに―――」
「それをさせない俺は異常者か?」
「ですね」
ハッキリ言うなぁ。
絶賛甘活(甘えたい活動)中とはいえ、琴夜や、それこそ特対の誰かの立場が危ぶまれるような援護は望んでいない。それがそんなにおかしい事だとは思わないけどなぁ…。
でも琴夜的にはそうじゃないようだ。
ユニの時もだが、それだけ
よし…ここは俺が少しでもマイナスイメージを払拭してやるとしようか。
「…確かに琴夜が後鳥羽や廿六木や善斑、そしてその関係者たちを根こそぎ葬送してくれれば、それは楽だろうな。労せずして身の安全が確保される訳だし」
「そのとおりです。悩みの多くは解決して、卓也さんは会社を辞めることも無かったかもしれません」
「だが、俺は琴夜を失ってしまう」
「………………え?」
俺の言葉に、長い前髪の間から見えるキレイな紫紺の瞳が大きく見開かれる。
「今の琴夜が死神代行のようなことをしたら、怒られるだろ?」
「そう、ですね…。権限がありませんから、流石に強制送還は免れないでしょう」
「ならその手は使えないな。俺の平穏という天秤の片側にしては、重すぎる損失だ」
我ながら臭すぎることを言っているが、ここまで言えば大丈夫だろう。変に気を利かせて突飛な行動に出ることを防いでくれる。
ユニは俺の事をかなり理解してくれているから、意に沿わない無茶はしない。
だが琴夜はユニ以上に人間を消す手段を持っているし、勢いで無茶をしかねないからな。
ここらでしっかり意志を伝え釘を刺しておかないと。
「………………卓也さん、もしかしてですが…」
少しの沈黙を破り、琴夜が口を開く。
何かを察している様子だが、俺の気持ちを理解してくれているといいな。
「それって私を誘ってるんじゃないですか?」
彼女は、どぶらっく(芸人)ばりの前向きな受け止め方をしていた。
まあ、いいけど。
「かもな」
対して俺は適当に返事をする。それはもう、見事な受け流し。
大学時代によく言っていた『ありっちゃあり』に通ずる適当さだ。
「…それより、話は変わりますが」
「…?」
「黄泉の国には、面白い夫婦がいるんです」
「はぁ…夫婦」
急に何だ。
「何とふたりは、奥さんが“黄泉出身の死神代行”で、旦那さんは“元人間”なんです。奥さんの方が旦那さんに一目惚れして、死んだ旦那さんの魂が黄泉の国に来たときに声をかけて結ばれたそうなんですよ」
「あぁ、そう…」
言うほど話は変わったか?
意味ありげな話とともに、熱のこもった視線を感じる。
てか、奥さんが殺したんじゃないだろうな…?
「………え、で?」
「それだけです」
「そうなんだ…」
「ただ…」
「…?」
「閻魔大王の仕事は大変ですよ?」
関係ない話をありがとう。
「タラシ中すみませーん」
向こうで修行をしていた魅雷がおかしなことを言いながら戻ってきた。
その後ろに冬樹とユニもいる。
彼らの能力は、威力も範囲も凄まじい。本気の修行をするなら現実の位相では厳しいものがある。
だがここでなら思う存分振るえるから、強力な力を更に鍛えることができるのだ。
「タラシてないが」
「そう? あたしには次期大王の座を狙っているように思えたけど」
そんなワケないだろう。
「兄さん、アレ見せてよ!」
「おう、冬樹。アレって、この前の“三位一体技”か?」
「そう!」
俺とユニと琴夜で融合して放つ、現実世界ではとても撃てない威力の技。
この前の修行で二人にお披露目したのだが、どうやら冬樹はお気に召したようだ。
「じゃあ、最後にやっておくか。ユニ、琴夜」
「おう!」
「はい」
秘密特訓の最後を、俺たち三人の大技で締めくくるのであった。
年明け後の2週間で表の世界の関係を少し整理し、そこからは本格的に動く。
人数こそ少ないが、俺には頼もしい仲間がいる。
特公にも負けない。
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いつも見てくださりありがとうございます。
ギフトや星評価やいいねやブクマ…そして先日久々に素敵なレビューまでいただき、感謝感謝です。
レビューは、ほぼ頂けることが無いので…また書いてくださる側も感想やいいねや☆に比べかなり敷居が高い?と思うので、私ももらえた時はとても励みになります。
さて、7章はこれで終了となり次でいつものまとめを作って、8章になります。
中々仕事が忙しく更新が出来なくなっておりますが、引き続き気長にお待ちいただければ幸いです。
WBCを楽しみながら、ポチポチ執筆しておりますので、よろしくお願いいたします。m(__)m
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