第290話 クリスマス・イブ エクステンション【第7章おまけ】

 12月24日 南峯家にて


「卓也、そろそろ行く」

「んー?」


 プレゼント交換会も無事終わり、会場の所々ではプレゼントを選んだ相手と受け取った相手とで歓談を楽しんでいる様子が見られた。

 そして俺は、いのりが司さんに詰め寄っている様子を横目にほろ酔い気分でワインをあおっていると、紫緒梨さんから声をかけられたのだった。


「どしたの?」

「絵、見に行く」

「あー…そうだね。そろそろ行くかぁ……」


 そう言えば約束してたのを思い出した。

 丁度いい酔いの回り方をしている俺は、紫緒梨さんの提案をアッサリ受け入れる。


 美味しい料理に美味しいお酒。そして一つ肩の荷が下りた直後の楽しい会に、少しだけ、いつもより羽目が外れていたかもしれない。

 ウッキウキで紫緒梨さんの部屋に向かうことを決めた俺だった。


「さ、参りましょう」


 紫緒梨さんの後ろにいる彼女の世話係の二ノ宮さんが促し、俺たちは素晴らしい芸術鑑賞へと向かうことに。

 廊下を歩く足取りはお酒のせいで若干覚束ないが、紫緒梨さんに手を引かれ二ノ宮さんが背中を押しているおかげで特に心配されることもなかった。

 そして目的の部屋の前へと到着する。


「入って」

「おじゃましま~す…お―――?」


 久しぶりのお部屋訪問。そして入ってすぐに前回との"大きな違い"に気付くことに。


「部屋が…片付いてる」


 なんと、以前は絵や画材が散乱していた室内が、今はそこそこキレイに整頓されていたのだった。

 まだ部屋にあるモノ自体の数は多いが、ようやくベッドまでの導線を確保していた時に比べれば驚異的な清潔さアップだと言える。

 一体何があったのか…。断捨離にでも目覚めたのだろうか。


「塚田さまをお呼びするにあたり汚い部屋のままでは恥ずかしいと感じたらしく、ようやく倉庫への収納の許可を頂きました」

「はぇー…」


 急激な変化を疑問に感じていた俺に二ノ宮さんが回答をくれる。

 確かに前はとてもじゃないが人を部屋に呼べるような状態じゃなかったな、と納得してしまった。

 良い傾向なんだろうな…なんて勝手に思ってみたり。


「余計な事は言わないでいい」

「失礼しました」


 主の心中を赤裸々に吐露した従者を咎める紫緒梨さんだが、言われた方は清々しいくらい言葉だけの謝罪で返した。

 その態度について紫緒梨さんの深掘りが始まるかもしれないが、早く絵が見たかった俺はお披露目を促すことにする。


「いいじゃん。きれいになって。それで、金賞受賞したっていう絵はどれ?」

「…それはここ」


 紫緒梨さんが指さした先には、イーゼルの上に乗せられたキャンバスが一つ。

 しかもご丁寧に布が被されていたのだ。

 これは嫌でも期待してしまうな。


「それでは外しますね」

「おう…」


 思わず喉が鳴る。

 校内コンクールと侮るなかれ。これは未来のお宝かもしれないのだ。

 そう思うと、期待に胸が膨らむ。


「どうぞ」

「………おぉ」


 布の下には、カエデとイチョウが紅く、黄色く、咲き乱れていた。

 とても精巧に描かれている木の幹や背景の空とは対照的に、葉はとても強調して描かれそのギャップがとにかくもう凄いとしか言いようがないくらいダイナミックに仕上がっている。


 紅と黄色は遠くからでも目を引くが、この絵は近くで見たら更に強く吸い込まれるような引力があるな。

 ルーヴルのモナリザとかナポレオンとか、そんなパワーを感じる…ような気がする。実物見たことないけど…。


「これ、テーマは?」

「秋」

「Simple」


 Simple3000よりシンプルなテーマに、俺は紫緒梨さんの変化を感じる。

 気持ちテーマを隠して評価のされにくい絵を書き続けていた頃の彼女は一旦鳴りを潜め、まずは皆に認められることを目指して動きだした。

 やりたいことはそれからでも遅くないだろう。


「……どう?」


 俺に感想を聞いてくる紫緒梨さんの瞳は、少しだけ不安そうだった。


 これまで自分のためだけに書いていた彼女にとって、誰かの評価など期待していなかっただろう。

『どうせ分からない』と決めつけ、とじていた。

 だから、正面から評価を待つなんてことは無かったハズ…。

 この表情は、その心の表れだ。


「この絵は…」

「…うん」


 先日ミリアムで会ったとき、俺は紫緒梨さんの為にずっとダメ出しをすると宣言した。彼女の成長の為に、"合格"を出さないと誓ったのだ。


 だが、こんな素晴らしい絵を前に批判なんか出来るか…? 俺なんかが。

 もう成長を感じたし、十分なのではないか…?

 そんな感情が首をもたげる。


 いや…、酔った頭でも分かる。

 言った言葉を簡単に覆すことが、幼い少女にとってどれだけ不信感に繋がるか。

 褒められれば嬉しい? そうかもしれない。

 だが少しでも失望させてしまう可能性があるのなら、俺は簡単に『良くできたな』と言ってやることは出来ない。


 よし…

 ワインが循環している脳みそで瞬時に閃き、俺は行動に移した。


「あっ…」


 俺は目の前で不安そうに見上げる紫緒梨さんの背中を引き寄せ、そして…頭を優しく撫でながら呟いた。


「まだまだ、もっと上を目指せるぞ」


 言葉では満足していないと伝えつつも、態度で褒める。

 このウルトラCの離れ業に、紫緒梨さんも嬉しそうにくっついて来て…


「うん…」


 と、一言。

 それだけで十分だった。



「卓也、ご褒美」

「ん?」


 少しして、俺にくっついたままの紫緒梨さんが要求をしてくる。

 このタイミングではアレしかないだろうが。


「褒美って…コンクールの?」

「そう」

「まあ…俺にあげれるものならいいよ」

「わかった」


 目を合わせることなく交渉は成立する。

 しかし、褒美か…。ぶっちゃけ俺があげられるもので、紫緒梨さんに手に入れられないものなんて無いと思うのだが。

 となると要求は物品ではないのかな…?


 まあこういうのは金額とかではないし、何か違うカタチで要求されるのかもな。

 なんて事を考えてると、突如後ろから俺の服の襟が引かれた。


「うぉ…!」


 倒れないように踏ん張ると、両足の膝裏に衝撃が走る。二ノ宮さんがチョップしていたのだ。

 支えを失った俺は紫緒梨さんと一緒にそのまま後ろ側へと倒れた。


「…ベッドか」


 分かっていたが、倒れた先には紫緒梨さんのベッドがあった。

 なので俺と紫緒梨さんは大した衝撃もなく、無事に着地できたのである。

 だが何故いまそんなイタズラを…?


「二ノ宮さん、なにしてん―――」


 俺がイタズラの理由を問おうとしたところ、今度は紫緒梨さんがまたしても馬乗りになってきた。

 まるで先程のタックルの再現のように…。


「えーと、マウントじゃなくてどいてほしいんだけど」

「ご褒美、もらおうと思って」

「いやいや…」


 この体勢からあげられるご褒美なんて無いぞ。

 そんな事を考えていると、紫緒梨さんが覆い被さってきて話す。


「永華が言ってた。卓也を手に入れる方法。こうするって」

「は…?」


 小6に何を教えてるんだこの子は…。


 そういう思いを込めて、俺は首をギギギ…と傾け二ノ宮さんを睨んだ。

 すると澄ましていた彼女も流石に少し怯えた様子で、素直に白状する。


「こうしろと…私も、幸子奥様から言われて……」

「……」



『いい、永華ちゃん。押してダメなら押し倒せ、よ』

『勉強になります』



「…って」

「…」


 中学生に何を教えているんだ、あの母は。

 まあいい…。それよりも、今は(多分)意味も分からずくっついて来ている紫緒梨さんを何とかせねば。


「とりあえず、そろそろどこうか紫緒梨さん。優勝のご褒美は、凄いのを考えておくからさ」

「すごいの?」

「ああ」

「一生一緒に居てくれるよりも?」

「うーん…俺は二木道三じゃないからなぁ」

「?」


 みてくれや才能も全部含めて、紫緒梨さんは素晴らしい人だけども…

 そしてキョトンした顔でこちらを見る紫緒梨さん。彼女は聞いたことないか、この歌。


「いいじゃないですか、紫緒梨さまで」

「二ノ宮さん…」


 小ボケが通じず反省している俺に、ベッドの横に立つ二ノ宮さんが声をかけてきた。


「何が不満なんですか? 家柄もよく、抜きん出た才能もあって、見た目もカワイイ。あと6年ほど待つだけで、そんな好条件な子が貴方の奥さんになるんですよ?」

「うーん…」


 年齢は大問題だと思うのだが。それよりも。


「二ノ宮さんは、家柄や才能と結婚するの?」

「え…?」

「勿論それらは好きになる要素だと思うけどさ…お買い得! みたいな言い方は紫緒梨さんに失礼じゃないかな?」

「…」


 お金持ちだから結婚する。

 可愛いから、カッコいいから付き合う。

 そんな決め方もアリだろう。

 でも…


「例えお金がなくても、才能がなくても、紫緒梨さんは素敵だし魅力的だよ………」

「卓也……」

「………………………じゃあいいじゃないですか」


 そうなるね。

 それっぽい説教で話を逸らそうとしたけど、途中からダメなことに気付いたよ。

 やっぱりお酒は程々にしないとダメだね。


「では紫緒梨さま…」


 何かを開始しようとする二ノ宮さん。

 俺は仕方なく、コッソリ能力を使う決意をした、次の瞬間―――


「卓也くん!」

「そこまでです! 永華」


 部屋のドアが勢いよく開かれたのだった。

 そしてそこから、いのりと愛が登場する。


「そこからどきなさい、紫緒梨。そこは私達の席よ。ね、愛」

「え…!? あ、はい…」


 俺の腹は席じゃない。

 いやそれよりも、俺は見逃さなかった。紫緒梨さんに食って掛かるいのりの手に、司さんへあげたハズのハンドクリームが握られているのを…。

 抵抗虚しく、奪われてしまったのか……。今度クリスマスに関係なくプレゼントさせてもらおう。


「姉さまはそのプレゼントで我慢して。私は卓也とシャンゼリゼ通りを歩く」

「旅行で十分でしょ、ソレ」

「おふざけはそこまでです、永華」

「愛センパイ。ここは下がれません」


 俺から下りた紫緒梨さんといのり。二ノ宮さんと愛が争っているのが遠くに聞こえる。

 俺は重みから開放された安心感と寝心地最高のベッド…そして酩酊状態であることが手伝い……


 熟睡してしまった。


 次に目を覚ますと、俺は両隣にいのりと紫緒梨さん。そして愛の膝枕に、足元に二ノ宮さんというカオスな状況にいた。



「……………よし、特対行くか」


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