第289話 それぞれのこれから その2
【廿六木陣営】
12月25日 20:30
「楽しそうですね、ボス」
アジトとしているマンションの一室で廿六木が食後の紅茶を嗜んでいると、その様子を見て『楽しそう』と評した女性。彼女は昨日殺し屋たちの一人に化けて作戦進行に多大なる貢献をした廿六木の仲間である。
そんな彼女が、いつもと変わらぬ光景の中に微細な変化を感じ取れたのは、廿六木の中で余程良い出来事が起きたからだった。
「ふふ。そう見えますか?」
「ええ、とても。ボスが骨のある人をいじめてる時の悪い顔してますよ」
「あら、心外ですね」
廿六木は言葉とは裏腹に、心底愉快そうに紅茶を飲んでいる。彼女自身にもその自覚はあったからだ。
昼間、卓也からネタバラシをされ、改めて宣戦布告のようなやり取りをした。
果たしてあっけなく後鳥羽の前に敗れてしまうのか…。それとも見事打ち倒し、自身へ同僚の復讐を果たすのか。
その行く末が、課程が。廿六木はたまらなく楽しみなのであった。
「例の塚田ってヤツですか?」
入り口から廊下を通り、廿六木の居るリビングへと姿を見せた一人の青年。上下紺のジャージに身を包み、短い髪も相まって部活動中の高校生を思わせるような風体だ。
彼こそ卓也と星野を撃ったドローン能力の使い手であり、卓也の読み通り廿六木の仲間なのである。
今回の作戦に一枚噛んでいる事もあり、今日の進捗を確認する為にこのアジトに足を運んだというワケだ。
「あら、ご苦労様です。仰る通り、日中その塚田さんとお話をしてきましたよ。私の企みを看破して見せた上で、後鳥羽さんの件を快諾してくれました」
「快諾じゃなくて無理矢理巻き込んだんでしょうに…」
廿六木の報告にツッコミを入れる変身能力の女性。やり口を良く知っている為、少し呆れるようにして訂正したのだった。
しかしそのツッコミも意に介さず、廿六木は話を続けた。
「貴方のおかげで大分捗りましたよ。ありがとうございます」
「お役に立てて良かったです。しかし、何であんなサラリーマンにそこまで拘るんですか?」
「あらぁ…? アンタもしかしてボスの寵愛を受けてる塚田くんに妬いてるのぉ?」
「っせーな。ちげーよ!」
ドローン使いの青年を茶化す変身能力の女性。それを怒り半分に否定する青年なのであった。
「大体ボスの寵愛なんか受けてたら、身がもたねーだろ」
「それもそーね。ボスって超が付くほどドSだもんね」
「…本人、目の前に居ますけど?」
デザートのオペラを口にしながら、廿六木はジト目で二人を見る。自分の悪口を目の前で遠慮なく繰り広げる仲間に対し、流石に遺憾の意を発さずにはいられなかった。
「っと、失礼。皆のアイドル、廿六木あずにゃんに対して失礼を…」
「心にもない…」
「いや、みんなボスのこと信頼してますよ!」
女性がわざとらしく廿六木を持ち上げ、青年が必死のフォローを入れる。彼女らの集いではよく見られるやり取りであった。
しかし女性の言う事もあながち間違いではなく、その愛らしい見た目と派閥内でも下から数えた方が早いくらい若い年齢から、男女問わず彼女に庇護欲を掻き立てられる者が存在してた。
下から上へは畏敬一辺倒な善斑陣営とは大きく異なる関係性であると言える。
だが同時に、年齢に似合わず高い能力とカリスマ性を持ち、さらに抜群の嗜虐性が彼女をただの『お姫様』とするのを躊躇わせるのもまた事実であった。
「なら良かった。大事ですからね、信頼は」
「ですが…」
「ん?」
「どうせ後鳥羽にすぐやられますよ…ソイツ」
青年は廿六木を信頼しつつも、卓也が後鳥羽に勝つかもしれないという点に関しては全く納得していなかった。
むしろそんなマッチメイクに時間と労力を費やすなんてナンセンスだと感じている。
そしてそう思うのは彼だけでは無かった。
「それは私もそう思うなぁ」
「だろ?」
「お二人とも…なぜそう思うのです?」
「いやだって…ねえ」
「まず第一に層が違いすぎますよ。試算では、後鳥羽はかなりの質と量の戦力を揃えているみたいじゃないですか。でも塚田の方は、特対の何人かと、聖ミリアムの何人か…。あと妹や友達、せいぜい二十人くらいでしょう? しかも全員が戦闘訓練を受けているワケでもないし」
「そうねぇ。仲間の数と経験値…そのどちらもが後鳥羽たちに遥かに劣るからねぇ…。それに中高生を積極的に戦いに巻き込むことは、カレの性格上無さそうだし…」
「いくら塚田が単体で強い力を有していても、数の差はそれを容易く凌駕します。到底勝ち目があるとは思えません」
「ふむ…。ですが別に両陣営で勝ち抜き戦をするというワケではないですからね? 将棋と一緒で王が取られれば無残に瓦解する可能性もありますから、上手くやれば勝敗は分かりませんよ?」
「それでもです」
頑なに後鳥羽の勝利を疑わない青年。
もう作戦は動き出しているので、今さらどうこうするつもりもないし、考えを変えるつもりもない廿六木。
だがこの会話を聞いていた"もう一人"に意見を言わせ、青年に対抗しようと決めたのだった。
「…ですって、
「…」
廿六木が呼んだのは、少し離れた所でパソコン作業をしているこの陣営の"もうひとりの特公職員"【
このアジトは善斑のタワーマンションほど高級な部屋ではなく、よくあるオートロック付きの10階建てマンションである。
ただしネット環境には物凄い費用をかけており、その全ては彼の能力を最大限生かすための設備だった。
彼の通常業務と、彼の能力【
【
・ネット上に散らばる文書や画像や動画などの情報を収集する能力。パソコンやスマホなどの端末に触れながら発動させると、サポートキャラクターの【電脳妖精ツキカゼ】が画面上に現れ、欲しい情報を直感的に収集することができる。
・対象はサーバーやホームページ以外にも、ネットに繋がっている端末のハードディスク、メッセージアプリや携帯のメール等も探ることができる。
・探れないのは『完全にネットワークから独立させたPC』や『通信機能を持たない記憶媒体』など限られている。USBフラッシュメモリやSDカードも、一度ネットに繋がった端末に差し込んでしまうとその時点の情報は拾われてしまう。
・ネットを"ひとつの海"に例えると、情報はその海を漂う漂流物である(外園談)ため、収集したところで痕跡は残らない。つまり、情報を相手の端末に取りに行ったワケではないので逆探知は不可能であるということ。
廿六木を通して卓也にもたらされた情報の多くは、外園の働きの賜物である。
ネクロマンサー信者の動画配信者の家の特定や、卓也の殺しの依頼メールなどなど、その功績は計り知れない。
「外園さんも俺たちと同じ意見ですよね?」
「…」
「あら…違うの?」
沈黙する外園。
普通に考えれば後鳥羽に軍配が上がると思っている二人は、外園の賛同が得られないことに驚いた。
「どうやら違うみたいですよ、お二人とも」
「マジですか…」
「えー、特公サマふたりには何が見えてるのよ?」
決して後鳥羽陣営が勝つと言わない特公二人に対し、当然その理由が聞きたいと思う後鳥羽推しの二人。
後鳥羽が勝つ理由は先ほど青年が既に挙げている。では卓也が勝てると思う理由とは一体何なのか…。
三人の注目が自然と外園へ集まった。
すると、今まで首だけ彼らの方へ向け無言でやり取りを見ていた外園は、椅子を回転させ体ごと三人へと向いた。
メガネをクイッと上げると、直後大きなため息を吐く。それはもう、嫌気という嫌気をたっぷり込めたため息を…。
そして、ようやく口を開いたと思ったら、意外な言葉が飛び出した。
「…余計なことをしてくれたよ、廿六木は…。このアホ…」
「おや」
「同僚批判ね…」
「一体どういう意味ですか? 外園さん」
外園の矛先が廿六木に向けられ、三人はその理由を計りかねていた。
"余計なこと"とは、なにを指しているのだろうか、と。
陣営の中で廿六木に"気さくに話し掛ける"者は居ても、こうして面と向かって"アホ"と言えるのは外園くらいなものである。
それは彼が廿六木よりも2年早く特公に所属していたからに他ならない。他のメンバーは、歳が上の者はごまんと居るが、悪口などとても言えない。
「…ああいうタイプのヤツはさぁ……社会って"鎖"に縛り付けておけば良かったんだよ。それをこのアホが…」
「また言われてしまいました」
「好奇心と自尊心を満たすために退職に追い込みやがって…。友好的な関係を築いていればよかったのによぉ」
「ちょ…待ってくださいよ、外園さん!」
半ば愚痴のように言葉を吐く外園に、待ったをかける青年。
そして引き続き嫌そうな顔で応じる外園。
「なに?」
「いやいや…! 何をそこまで…ワケが分かりません…!」
「何って…報告書見てない? 彼の」
「もちろん見てますけど…」
「手の中、CB、失踪事件、ネクロマンサー…特対の公式記録だけでも彼はこれだけの事件に関わってる。能力者になって僅か半年の間にだ…」
「それは、まあ…」
淡々と卓也の軌跡を列挙する外園に、気圧される青年。
「それに鬼島部長代理のPCに保存されてたビデオ…恐らく特対の駒込が撮影したものだが。あの戦いっぷりとその事実の隠蔽を見るに、報告書と実績に大きな差異がある」
「ふふ」
手柄のほとんどを譲っている卓也は、記録上事件の被害者だったりサポート役といった位置にいた。
しかしCBのボスである上北沢を一方的に叩きのめす様子が映された、あの門外不出の極秘ビデオを見た者からすると、少なくとも"ただの被害者"などでは決してない事が分かる。
卓也の暗躍をある程度近くで見ていた廿六木は、愉快そうに外園の話を聞いていた。
最初から過大評価なとではない、しっかり勝算があってのマッチメイクだということをはじめから訴えているのだ。
だがまだ納得行かない二人の仲間は、引き続き食い下がってくる。
「でもさっき彼が言ってたけど…いくら個人が強くても、集団戦ではまた別の話じゃ…」
「その少ない人員で特対を出し抜いてネクロマンサーと決着を付けたんだよ、彼は。ボクも協力したから分かる。インフルエンサーや死者を利用した作戦は見事だった」
「あのMeTubeの、ね…」
「特対や特公は絶対にやらない手だ。分かるか? 穴熊囲いをしてその中で機を待っていたら、突然"步"や"香車"や"銀"が自分の方を向いていたんだぞ。こんなに恐ろしい事はない。しかも会社勤務の片手間に有給使って行う異常者なんだよ彼は」
実際は善斑が積極的に妨害していたという背景もあるが、それでも尾張が味方としていた事故被害者や一般人が、卓也の作戦で向きを変えたのは事実であった。
外園は決して卓也を推しているワケでも、彼の勝ちを確信しているワケでもない。
ただ、少ない戦力とキャリアでここまでの結果を残している彼を『侮るな』と説いているのだ。
そして外園のプレゼンにより沈黙している二人に対し、さらに判断材料を提供しようと話し始めた。
「もうひとつボクが気になる点がある」
「まだですか…」
「例えばの話をするけど。もしキミがどこの派閥にも所属していないとして、ある日廿六木が目の前に現れ襲いかかってきたとする。何度か応酬し、絶対に勝てないと悟った時…キミならどうする?」
「俺ですか?」
突如始まったケーススタディーの回答者に指名された青年は、少しの間その例における自分の立ち回りを考え、答えを出す。
「自分を売り込みますかね…」
「それは何故?」
「いやまあ、廿六木さんの目的…というか大体の能力者たちは、"組織"を作りたがるじゃないですか。だから、まあ…『俺の
「なるほど。キミも?」
「そうね…。それ聞いちゃうと、もうそれ以外の回答は無いかしらね」
どちらの答えも出揃う。
『有能な能力者の味方は多ければ多いほど良い』。これは認可組織の代表であっても、野心を持った個人であっても変わらない共通認識である。
だから強い者と相対した時に自分の能力を売り込むのは、命を守る選択として一番有効なのもまた共通認識であった。
その辺の認識が無い者は、より強き者に蹂躙されあっさりと命を終える。
「これが、相手が廿六木じゃなくて後鳥羽でも変わらないか?」
「まあ、そうですね…」
「やってることは大差ないしね…」
「ふふ…」
廿六木も後鳥羽も自身の確固たる地位を築くため、また個人の限界を知ったため、自らを王とした"集団"を形成した。
その行動は、強く、そしてある程度の野心があれば必ず取りうるものと言える。
廿六木と後鳥羽の違いは、ルールに抵触しているか否かだけであった。
そしてそんな彼らを指して外園はこう評した。
「まあ、その選択で正しいよ。欲が分かりやすい分、取り入りやすいと言える」
「確かにそうねぇ」
「余程反りが合わないとかじゃなければ、二人のスペックなら仲間に引き入れたいと思うだろうな」
「はぁ…ありがとうございます」
変身とドローン。どちらも諜報活動において重宝される能力であり、外園はそれを高く評価していた。
だからちゃんと売り込めば、二人の命は助かるという結論を出す。
「じゃあ今度は塚田だ。彼はメールとかで度々『幸せになるには…』みたいな事を考えているのが見られた」
「はぁ…」
「そんな彼が同じように襲いかかってきたとして、何て言って取り入る?」
次のケーススタディの回答者にも指名された青年が考える。
「いや、うーん…。そもそも塚田の求める幸せって何ですかね?」
「私に聞かれてもねぇ…」
「つまり、そんな良く分からない動機で動いてるヤツが、襲いかかってくるんだぞ。しかも既にこっちからちょっかいを出しているんだ。売り込んでも見逃してくれるとは思えないな」
「そうねぇ…」
「でもそれ、シチュエーションが塚田優位すぎませんか? 後鳥羽だってこっちからちょっかいかけてたら見逃してくれるか怪しいですし―――」
「ボクが言いたいのは、『理解不能な相手は恐ろしい』って事で―――」
「そこまでですよ、みなさん」
議論が少しばかりヒートアップしかけたところで、廿六木が止めに入った。
このままでは埒が明かぬ話になると判断したからだ。
「まずお二人…。会って話した事もない塚田さんを過少評価し過ぎですよ。私が目を付けて、相手にしているのですから、キッチリ警戒してくれないと」
「それは…」
「……はい」
「そして外園さん。貴方は会って話した事の無い相手を警戒し過ぎですよ。まだ戦う前から、及び腰でどうするんです」
「…」
廿六木は優しく、しかしキッチリと諭す。
まだ"チャレンジ"は始まったばかり。にも関わらずこんなにバラバラでは困ると、仲間たちの足並みを揃えるべく苦言を呈した。
そして次の一手を提案する。
「このままでは『違う漫画のキャラクターでどっちが強いか』の不毛な議論になりそうなので、私から三人にお願いがあります」
「お願い?」
「そうです。年明けから少しして、塚田さんには一度公安の局長に会って頂く必要があるのですが、その伝言を三人にお願いしたく思います」
廿六木から出たお願いは、局長から直々に後鳥羽討伐の依頼をするにあたって、特公本部への訪問を卓也に口頭で直接伝える役目であった。
これにより、三人の色眼鏡をある程度取ることが出来るかもしれない…そう期待してのお願いだったのだ。
「…分かった」
「ありがとうございます。お二人は?」
「私達はもちろんいいわよ。ねえ?」
「当然です。でも外園さんは、意外でした」
青年は驚きを本人に直接伝えた。
役割上、普段滅多に足を使うことのない外園がアッサリ廿六木のお願いを受け入れたことが、青年には予想外だったのだ。
「…まあね。今まで廿六木を通してでしかやり取りをしてこなかったから、雰囲気とか、肌で感じられる事もあるだろうしな。取るに足らないのか、要警戒なのかはそれで判断する…」
「決まりですね。では具体的な話は来年に…」
廿六木陣営の今後の具体的な動きは、後鳥羽と卓也をぶつけるための細かい調整を行うこと。
しかし廿六木と卓也もハッキリと敵対してしまった以上何が起こるか分からないので、警戒は怠らないよう過ごすのであった。
_________
【卓也陣営】
12月25日 21:00 卓也家リビング
「ぶぇっくしょい!」
突然のくしゃみ。
体の大半はコタツの中にあり、室内の温度も十分。寒気など感じようもないハズなのだが、急にムズムズと来てしまい思わず飛沫が口から発射されてしまう。
「兄さん、風邪?」
俺と同じくコタツから上半身を出し、一緒にゲームをやっている舎弟の冬樹が心配してくれた。目線は正面に向けたまま、言葉だけで。
いま俺たちの目の前にあるテレビ画面の中では、カートに乗ったゴリラとキノコが熾烈なレースを繰り広げている。故に余所見をしている暇などないのだ。
なので俺も、冬樹の方を見ずに応答する。
「いや、なんかムズムズとね。誰か噂してるのかな?」
「お兄さん、例えふるーい」
ゲームをしている俺の背中にピッタリ自分の背中をくっつけ、(おそらく)スマホをいじっている冬樹の姉の魅雷が、俺の言い回しにチクッと一言。
「うっせ。てか離れろよ」
「いいじゃない減るもんでもなし。こうやってくっついて暖を取れば、SDG'sにもなるでしょ?」
「聞きかじった単語言いたいだけだろが。ホントに意識してるならエアコン消すか?」
「寒いのやだー」
氷使いの癖に寒いの嫌とはこれいかに…。そんなもんかな。
廿六木との話し合いを終えた俺は荷物を回収し家に帰ると、冬樹と魅雷が既に我が家にあがっていた。
結局そのまま夕食を一緒にとったり、こうしてダラダラと過ごしていたというワケだ。
「それより、これからどうすんの? 兄さんは」
テレビには俺の操作するキノコのキャラが表彰台のテッペンに登りトロフィーを受け取っているところが映し出されている。
つまりゲームが一区切りついたところで、冬樹が話を切り出したのだ。
彼の言う"これから"とは、今日までに出来た廿六木や後鳥羽や善斑との因縁について、どう精算していくかと言う話だ。
さっき二人には割と具体的に話をしていた。ほぼ同棲している以上巻き込まれる可能性は十分にあったし、何より頼りにしたいという気持ちがあったからだ。
魅雷に至っては四月からは、我が家から都立高校に通う予定となっている。
その時にもまだ俺が襲撃されるかもしれないという状況は絶対に避けたい。だから早期に解決したいし、その上で彼らの協力は不可欠だと考えている。
彼らと一緒に、邪魔なものはさっさと排除しなければ…。
一方で少し嬉しい事もあった。
先ほど経緯を聞き終わった二人は、臆するどころかニヤリと笑い『任せろ』と頼もしいセリフを聞かせてくれたのだ。
その自信が、頼もしさが、ありがたかった。
「…とりあえず休み明けに、今の会社には退職の意志を伝えるよ。無関係な人たちを巻き込めないから、なる早で」
「それもだけど、誰から倒してくの?」
「あ、そっち? とりあえずは特公で悪いこと企んでる後鳥羽ってヤツから潰さないとな。次に廿六木。で、多分最後に善斑かな」
本当は真っ先に廿六木をお仕置きしたいけど、後鳥羽から横槍を入れられるのは面倒だ。
だから当面は敵対の意思がない廿六木は後回し。
善斑は未定だ。こっちは鬼島副大臣と足並みを揃える必要もあるし…。
現状なんの恨みもない後鳥羽が一番最初と言うのがなんだかなぁという感じではある。
「敵のアジトの場所さえ分かれば、アタシと冬樹ですぐ潰せるのに…」
「なー」
「まあそれだとただの犯罪者になっちゃうから…。大事なのはシチュエーションなワケさ」
「面倒ねぇ」
俺も廿六木たちも、大原則は『コッソリ襲撃』だ。普通に攻撃をすればただの加害者になってしまうからそこは変わらない。
だから敵は俺を狙うとき、相応の備えをしているハズだ。
その相手の『バレずに襲撃』のシチュエーションを利用して、逆に消す。これが一番手っ取り早い。
こちらもいくつかバレないように削っていく手段を思いついているが、基本はカウンターをかましていく方針だ。
「相手は数も質もかなり凄いことが予想される。当然危険もつきまとうけど、改めて…良ければ二人の力を俺に貸してくれないか?」
これまでは、親との軋轢はあるものの、二人にはできるだけ普通に…幸せに生きてほしいと願っていた。
しかし世界が変わり、それでも二人は俺に忠誠を誓ってくれる。いつだかの『一生ついていく』と鬼島さんに宣言した言葉に嘘偽りは無いと。
だから俺も二人に遠慮なく甘えることにした。
普通とか、社会とか、そういう型にはまったところから一歩抜け出し、生きたいように、幸せに、生きていくのだ。
「兄さん」
「お兄さん」
真面目な話となり、俺も冬樹も魅雷もいつの間にか姿勢を正して座っていた。
そして俺を呼ぶ姉弟。
「水臭いぜ、兄さん。ようやく恩返しができるから、むしろ嬉しいぜ」
「そうね。それに特訓の成果を披露できるわ。特公だかなんだか知らないけど、全員氷漬けよ」
「……おまんら…」
二人の嬉しい言葉に、思わず土佐の血が騒ぐ。流れてないけど。
「ありがとうな、二人とも。具体的に固まったら、またちゃんと話すから」
「うん。てか年明けから時間がいっぱいできるね、兄さん」
「毎日コッソリひと拠点ずつ潰していけば、面倒事もすぐよ」
「…ああ。そうかもな」
かなり好戦的な魅雷の発言に苦笑いしつつも、もう会社の事を気にしなくて良いのはありがたい。
今になって気付いたのだが、
でももう遠慮する事はない。俺は俺の幸せを探すために、邪魔なものはどんどん排除していけばいいんだ。
そう考えると、少し気持ちが晴れたような気がしたのだった。
「さて、じゃあ次は金鉄(金太郎電鉄)で勝負だ、兄さん」
「おう。魅雷もやるか?」
「そうね。さっさと三千万円稼いでお兄さんを買収してあげる」
「いや、イジってるやん」
「駄目だよ姉ちゃん。兄さんは三千万円じゃとれないよ」
「そうだったわね」
「三十億は用意しとけよ」
俺は自ら、大きく皇帝たちと同じ懸賞金を吹いてみた。
俺への懸賞金と、カード能力者討伐から端を発した今回の事件。
そのおかげで俺はより能力者世界の深淵を覗くことができた。
大好きな皆がいる会社には居られなくなるが、失わずに済んだと思えば上々だ。
俺にとっての障害は早く取り除いて、新しい世界で生きよう…。
こんなにも世界は自由なのだから。
【懸賞金3000万円 塚田卓也】編 終
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