第288話 それぞれのこれから その1

【善斑陣営】

 12月24日 21:30


「~♪」


 都内某所にあるタワーマンションの一室。

 ここは異能力庁政務官:日高芳=善斑芳がアジトの一つとしている部屋であり、存在を知る者は限られている。

 地上24階から見る夜景は街の人々が作り出す数多の星に彩られ、見る者に幸福や愉悦といった多くの感情を与えるものとなっていた。


 そんな中、リビングのソファに腰かけスマホを弄っている善斑は違う意味でテンションを上げている。

 同時進行している様々なプランが、上手く行っていたり行かなかったり…。だがどちらであっても、彼はそこに楽しみを見出すような性格だった。

 彼にとって金や地位は自分のやりたいことをスムーズに進めるための手段であり、人より良い服を買ったり人より高い場所に住むことで優越感を抱く様な人間では無い。

 ただ人間が好きで、相手が自分の思う通りに動いたり、障害になったり、そのプロセスがたまらなく好きなのだ。


 とはいえ彼にも目標があり、その為に"色々と集めている"最中だった…。


「善斑さん」

「んー?」


 楽しそうな彼に話しかける人物がひとり。

 ネクロマンサー事件では尾張の協力者として派遣された、とある認可組織のトップだ。

 名を【贄野にえの 翔太しょうた】と言い、善斑のアジトや彼の裏の顔を良く知る数少ない人物の一人であった。

 そんな贄野が、リビングのソファに座る善斑に徐に話し掛ける。


「どうかしましたか? 贄野さん」

「五十里が殺されました」

「みたいですねぇ」


 五十里とは今回善斑が雇った能力者で、ヤクザに殺されたカード能力者【後鳥羽 侑李】のコードネームである。

 贄野は報道よりも少し早く後鳥羽侑李が殺された情報を掴みそれを善斑に伝えに来たが、既に彼はその事を知っており、さらにそんな事は些事であるかのように別の話を口にした。


「今回カードを引いた者の中で能力を失ったという者は?」

「……現在確認中ですが、今のところまだそのような報告は上がっていません」

「そうですか。なら良かった。これで『カードで引いた能力は、オリジナルが死んでも残る』事が証明されましたね」

「…」

「ねえ? 


 善斑がそう呼んだ先には、先ほど表三道で殺害されたはずの後鳥羽侑李がソファに座っていたのだった。

 表情はなく、ただそこに居るだけ。今は"そういうモード"にしている。


「今日はもう消していいかな」


 善斑はそう言って、座っている後鳥羽侑李の体を消した。

 彼の能力【銀の箱ウィー アー 庭の主ザ ワールド

を解除したのだ。



銀の箱ウィー アー 庭の主ザ ワールド


・"名前"と"顔"を知り直接会話をすることで、まず彼の"フレンドリスト"に対象の人物が登録される。以降好きな時に対象の人物を具現化することが出来るようになる。


・コミュニケーションを重ね"親密度"を上げる事で、具現化する人物の精度がどんどん増していく。少し会話したくらいでは『ただ突っ立ているだけの人形』程度の物しか具現化できないが、一定の親密度に達すると『オリジナルと遜色ない生活を送れる』くらい精度の高いコピーを作り出すことが出来る。


・対象が能力者であれば、能力の内容を聞くことで具現化した人物も能力を使用することが出来るようになる。その効果は"具現化の解除"や"オリジナルの死亡"によっても消失することなく残り続ける。


・具現化した人物はオリジナルと同じく意思を持った状態にする事も、意のままに操る事も、動かないようにする事も可能である。尾張のネクロマンシー同様、泉気抑制剤を打たれたり普通の人間が死に至るようなダメージを受ける事で消滅する。


・具現化は24時間ごとに自動更新され、解除しなければいつまでも残り続ける。現在同時に■■体まで具現化可能。


 善斑は尾張と接触する事で、『官僚たちの弱みを握る』『能力を公表させる』『死んだ能力者と交流しフレンドリストを充実させる』という3つの目的を同時に果たしていたのだった。

 倉庫での三者面談のシーンで彼の情報を守っていたのは他ならぬ【個人情報保護砲】であり、ネクロマンサー事件の際に蘇らせた特対職員とコミュニケーションを取り、自身の能力を高めていたのである。



「…平気なんですか?」

「何がですか?」

「いやだって…後鳥羽侑李を殺されたという事は、当然兄である璃桜が黙っちゃいませんよね。そしたら矛先は当然依頼主である善斑さんに…」

「向くでしょうね」

「でしたら…」


 困ったような素振りも無く肯定して見せる善斑に、贄野は困ったように話を続ける。


「こちらにも襲撃はあるでしょうね。ただ生憎僕は異能力庁の政務官で、アッチは特公の職員。であればしばらくは表立った事はしてこないハズです。キング以外の駒同士の消耗戦になりますね」

「駒って…」

「やだなぁ、モノの例えですって」


 呑気に笑いながら話す善斑。

 どこまでが冗談でどこまでが本気か、贄野は測りかねていた。


「…それにどこかの誰かさんがどういうわけか、例の塚田くんと璃桜くんをぶつけるように動いているみたいですし。もしかしたらこっちには火の粉が降りかからないかも知れません」

「それは…。誰かって…一体誰が……?」

「さぁ? そこまでは。侑李くんを殺害させたのも、おそらくその人物の仕業ですね」

「…」


 情報収集や盤上の戦術経験が多少はある贄野だったが、自分のボスとそれに相対する人物たちのやり取りには付いて行けずただ聞き役になるしかなかった。

 ただひとつ言えるのは、善斑の傘下である自分や部下たちもこれから戦いに巻き込まれるかもしれない…そんな覚悟を持つ贄野だった。


「まあ僕としても? 折角増やした能力者を減らしたくはないので、一応頑張ってはみますがね」

「…減ったらまた増やせばよいではないですか」


 少し不満げに贄野がそう提案すると、善斑は溜息を吐きながらそうできない理由を話す。


「そうしたいのは山々なんですけどねぇ…センパイから目を付けられちゃってあまり動けないんですよねぇ……」

「鬼島副大臣は、もうそんなところまで…?」

「いいえ。ただ都内の行方不明者数と僕の友達で能力者になった数が近いとか、そんな理由で疑ってきているんですよ。イヤですよねぇ…ほんと。ま、当たってるんですけど」


 善斑は困ったふりをしたかと思えば、すぐに愉快そうに話し始める。

 慣れっこな贄野はそれを無視し、話を進めた。


「じゃあもう一般人にカードを引かせてキャンセルさせる手口は使えませんね」

「そうですね、しばらく中止で」


 その手口とは、まず善斑の能力で生み出した後鳥羽侑李のカードを彼の部下たちに引かせる。

 そしてその人数と同じかそれ以上の一般人にもカードを引かせ能力者にする。その際、『キャンセル可能』の事をしっかり明示するのがミソだ。


 カードを引かせた一般人の中で、引いた"能力"あるいは"NG行動"に納得いかなかった者からは、キャンセルということでカードを1セット預かる。

 この際、部下から予め預かっていた"NG行動"カードと一般人の"NG行動"カードをすり替え、あたかも目の前で"能力"カードと"NG行動"カードを1セット返却しキャンセルが完了したと思わせる。


 しかし実際には『能力だけが残った善斑の部下』と『NG行動だけが残った一般人』が誕生するのであった。


 都内の結晶発見件数は、不幸にもNG行動が無くなったと思い踏んでしまった一般人で、行方不明者はそれプラス人知れず結晶化した人数である。

 他にも運よくNG行動を踏んでいない者や、能力に満足いき社会に戻った人間が存在するのであった。


「さて…、それじゃ色々と準備しますかね」

「…分かりました」


 贄野からの報告を聞き終えた善斑は、気を取り直して次の行動に移すことにした。

 次の悪ふざけのための、一手を…。





















 _________














【後鳥羽陣営】


「大丈夫ですか…? 璃桜サン…」


 埼玉にある潰れた工場を買い取り、改造したアジト。そこでうつむく後鳥羽璃桜に声をかけたのは、彼の部下のひとりだった。

 職場の部下…ではなく、秘密裏に集めた彼の私設兵である。

 来る独立のため粛々と準備していた彼の予定は、弟の死により大きく狂わされた。


 予定云々はなくとも、大切にしていた家族をひとり失ったことで、彼の心は怒りと悲しみに引き裂かれている。

 今はその心の補修作業を懸命に行っているところだった。

 そこに来て部下の登場は、彼にとっては幸運と言えた。

 情けない姿を見せまいと、表面上は気丈に振る舞うことができるのだから…。


「済まない…。情けないところを見せたな」

「いえ…ご家族が亡くなったんですから、無理もありませんよ。それより、善斑のヤツに粛清する準備を進めていいですか? アイツ…侑李さんを連れ出しておいて……!」


 部下の男は憤慨していた。

 高い金を払って後鳥羽侑李を雇い仕事を手伝わせておいて、生きて返さなかった善斑に対して。


 契約にもよるがリース資産を破損させた場合、企業などは違約金や修理代金を支払うことで責任を果たす。

 部下の男は連れ出した後鳥羽侑李を死なせた責任を、善斑の死をもって償わせようと、そう考えていた。

 勿論そんなことをしたところで死んだ人間が帰るはずもない、が…それが当然の義理だと部下の男は信じて疑わなかった。

 ところが…


「少し待ってくれないか」


 後鳥羽璃桜はそうではなかったのだ。


「え…?」

「善斑のヤツも殺すが、その前に気になることがあるんだ」

「気になることですか…?」


 善斑を粛清することが何よりも優先事項だと思っていた部下の男は、ストップをかけられた事に驚く。

 しかし一番悲しみ、怒っているハズのボスが止めるのだから、重大な何かがあると確信し耳を傾けることにした。


「善斑のボケは人から借りたモンを壊すクズだ。当然殺す。だが問題は、借りたモンを壊したやつが別にいるという点だ」

「それは…ヤクザの……」

「手を下したのはな。けど必ず操っている人物がいるハズだ。手際が良すぎる。だからまずは、ソイツを始末する」

「じゃあ早速諜報部隊に―――」


 善は急げとばかりに部下の男が動き出そうとした瞬間、後鳥羽璃桜のスマホが震える。メールの差出人は、後輩職員の廿六木だった。

 そしてその内容を確認した彼は、部下に一つの情報を共有する。


「ヤクザを裏で操っていたのはどうやら【塚田卓也】っていうヤツらしい。廿六木からのタレコミがあった。まずは裏を取れ」

「分かりました!」

「だが本格的に動くのはまだ先だ。俺も事情聴取やら葬儀やらで2週間近く動けねぇ」

「あ…そうですよね」

「1月の中旬くらいから追い詰める。善斑と塚田ってヤツは必ず俺がこの手で殺すから、それまでに情報収集しとけ」

「はい!」


 部下に指示を出した男は、心の中に燃える炎を静かに見つめる。

 そしてこれから復讐心という薪をくべて、その炎を大きくしていく。

 愛する家族を死なせた二人の男を焼き尽くすために、粛々と準備をするのだ…。


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