第284話 激おこ
「…どうしたんですか? 急に。こんなに献身的に尽くしている私の事を疑うなんて…。飽きたらポイですか、塚田さん」
廿六木は大げさに、婚約破棄された令嬢のようにそんな事を言う。
だが軽口に付き合ってやる気のない俺は構わず話を続けた。
「まず最初に違和感を覚えたのは、
「希薄…ですか?」
茶番を止めた廿六木が俺の言葉に反応する。
「その時の殺し屋たちは、いつまでも特対本部に籠っている俺にしびれを切らしていたと思う。『さっさと出て来い』ってな」
「そうでしょうね」
「だがそこで帰宅中の俺と同僚を中途半端に攻撃してしまったら、やられた方は『出ていこう』とはならないハズだろう。むしろその逆…」
「貴方も同僚の女性も、出勤を止めて特対本部に閉じこもったワケですからね」
「おびき出したいなら、それこそ同僚をこっそり人質に取って監禁してる写真でも送りつけた方がいい。結果だけ見れば、誘拐に適した能力者は殺し屋の中に居たしな」
「確かに、貴方が情報共有してくださった中にいましたね」
「だろ?」
草原の異空間に飛ばす"6番"と呼ばれていた女と、触れた物を霧状に変える"7番"の女だ。
6番の能力で隔離し、気絶させた星野さんを7番が霧にして持ち帰る。これで限りなく安全に誘拐が可能だったハズだ。
なんなら星野さんじゃなくてもいい。会社の人間が一人でも捕まったら、俺は駆けつけざるを得ないからだ。
それで待ち伏せされ一斉に襲い掛かられたら、もう少し苦戦していたかもしれない。
だが殺し屋たちはそれをしなかった。
「殺し屋たちのアテが外れただけではないですか?」
「もちろんその可能性もゼロじゃない。だからあの時はやっぱり殺し屋たちの仕業という線が一番濃厚だったさ」
だから早めに何とかしないと…と、より一層強く感じるようになり、廿六木の条件を飲むことにしたんだ。
それと、星野さんを巻き込んでしまった事で"もう一つの決断"をした。
「違和感がさらに強くなったのは昨日の一連の出来事だ。最初に捕らえた司令塔らしき男が管理していた七人の中にドローン使いが居なかった事で、可能性は"未確認の殺し屋"や"カードで能力を手に入れた一般人"にまで広がり絞り込みが難しくなってしまった。だが、最後にあり得ぬ事が起きる」
「敵の一味のハズのドローン使いが
「そうだ。一般人にはとてもじゃないがそんな事は不可能だし、実行部隊で無い他の殺し屋だとして、それをボスが全く把握していないのは有り得ないだろ。既に報告したが、昨日の様子は演技なんかじゃなく明らかに予想外といった感じだった」
異能力庁のナンバー3が裏で糸を引いている人物である事、そしてその現在地を把握していた。
この条件を揃えている者は、そうは居ない。
「ただここまででも推察の域を出ないし、未だ見ぬスゴイヤツが愉快犯的に俺を弄んでいる可能性だってあるからな。廿六木の可能性はかなり高いが、ここで断定してしまってはかなり乱暴だ」
「塚田さんに乱暴にされるの、キライじゃないですよ?」
「うっせ」
始めは否定するような素振りだった廿六木が、いつの間にか俺のネタバラシにノリノリになっていく。
まるで早く
「俺がお前だと確信したのは、昨日殺されたカード能力者の苗字が"後鳥羽"と知った時だ。そこでIQ三千万の俺の頭脳が、お前の計画の大枠を理解した」
「私の計画ですか…。それは一体なんです?」
「まず昨日殺された後鳥羽
「ふむふむ」
割と珍しい苗字だし、この状況で他人と考えるのはボケすぎている。
年齢的には従兄弟とか兄弟か。
「お前の目的は最初から、この後鳥羽侑李を俺に殺させる事だったんだ」
「…それは何故です?」
「そりゃあ俺が後鳥羽璃桜から恨みを買って、殺し合うように仕向けるためだ。実際は俺が直接手を下さなくても、俺が関与したせいで死んだと…そう思わせる状況さえあれば十分だった。正式な討伐依頼の方はあとから付け足した、言わば保険のようなものだな」
「確かに謀反を企てている彼を止める事は特公職員として急務ですが、何故私がそんな回りくどい事をしなければならないのです? 最悪、放っておいたらいずれ辞職し、改めて特公が身内の恥の始末に動いたと思いますが」
「それじゃお前は困るからだよ」
「…困る、とは?」
一瞬の間の後、廿六木は聞き返した。
俺は、俺の想像する彼女の動機を聞かせる。
「以前お前から特公の事を聞いた時、こう言ってたよな。『特公は、能力者の中でも特に優れた能力を有する者たちの集まりだ』って。一部専門職を除いて、身体能力・知識・精神力、そして自己完結型の万能な能力を持つ最強クラスの人間の集まりだと」
「ええ。そう言いましたね」
いつだったかの雑談で教えてもらった情報だ。
その時はすごいエリート集団なんだな、くらいにしか思わなかったが。
「…きっと、お前を始めとする特公の多くの職員はこう思っているんじゃないか? 『自分以外のヤツらが"最強"を名乗るのは許せない』とかよ」
「…」
「これに関しては、俺もたまに思ったりするんだよな。"最強クラス"とか"トップ層"とか"頂点に君臨する一人"とかさ。最強ってのは、最も強いから、最強なんだろ…? 層とかクラスって付くのはなんか違くね? って」
まあ常日頃から思ってるワケじゃないけどな。
たまにそんな表現を見ると少し可笑しくなる程度だ。
しかしエリート意識むき出しの当事者たちはそうじゃないハズだ。
「自分以外が"選ばれし者"だと勘違いしている事は許せないが、立場上直接優劣を付けるのが難しいお前は考えた。じゃあ他のヤツに倒させて、後でソイツを自分が倒せばいんじゃね? ってな。つまりお前は俺を最強を決める為の試金石にしようとしたってワケだ」
「なるほど…」
「さっきの"困る"って言うのは、後鳥羽が動くと特公の責任者は早期解決の為にある程度の人数を割く可能性があって、それだとリンチになって優劣が付けづらくなるって意味だ。漁夫の利やごっちゃんゴールはお前の希望からは最も遠い結果だからな」
廿六木が求めているのは、おそらくタイマンでのガチバトルとかではない。仲間集めなどの政治力も込みでの優秀さだ。
だから謀反を起こした後鳥羽の討伐を一任させてもらえるならまだしも、全員でとなるとまたしても格付けから遠のく。
そうなっては困るから、早めに俺に敵意が向くようにしたかった。
「ドローンでの攻撃は、いざ後鳥羽との戦いが始まった時に俺の弱みとなりえる表の世界との親交を早く断つようにするための、ある意味警告だったワケだ。人質を取られたせいで後鳥羽に負けました…ってんじゃ目も当てられないからな」
「確かに、そうかもしれませんね」
「昨日ドローンで善斑の元に案内したのは、いつまでも殺し屋に絡まれていたんじゃ俺が後鳥羽の討伐に舵を切れないから、早期解決に協力をした。誘導するのも、何処に居るかもわからないカード使いより、立場があってある程度居場所を把握しやすい善斑の方が簡単だったからな。そうだろ?」
「…」
へんじがない。ただの廿六木のようだ。
まあいい…。
「これが事件の真実だ」
〜クライマックス論破〜
Act1
事の発端は数か月前…。廿六木は【異能力庁政務官:善斑 芳】が【特公職員:後鳥羽 璃桜】の身内である【後鳥羽 侑李】の協力のもと何かを企んでいることを知ったんだ。
さらに善斑の悪巧みに俺が関わっている事を知った彼女は、それを"半分だけ"利用しある計画を思いついた。自分が最も優れた特公職員である事の証明の為の、回りくどい計画を…。
Act2
先日我が家を訪ねてきた廿六木は『殺し屋が命を狙っている』ということを伝え、俺に『敵=カード能力者:後鳥羽 侑李』であることをしっかり意識させようとした。
丁度俺も別でカード能力者討伐の仕事を請けていたのと、彼女の訪問と時を同じくして我が家に一般人の刺客が来ていたのが後押しし、対立関係は明確となった。
刺客を退けた俺は、このとき全てを把握している廿六木に、無様にも捜査協力の相談をしていたというわけだ。
Act3
俺に敵の存在を認識させた廿六木は、今度は俺の背中を押す必要があった。問題解決に向けて、まだ全力で取り組んでいなかったからだ。
そこで廿六木は、ドローンの能力者を使い特対本部に帰宅する俺と同僚を撃つことによって危機感を煽った。これは同時に、先の後鳥羽 璃桜との戦いにおいて"俺の弱点を潰す"という目的もあったのだろう。
そしてまんまと策にハマった俺はすぐに廿六木を頼り、"2つの作戦"の協力を依頼した。
Act4
12月24日。2つの作戦のうちの1つである殺し屋たちの撃退を順調に進めていった俺といのりの前に、再び例のドローンが姿を現す。ところがそのドローンはあろうことか俺たちを、元凶である善斑のもとへ一直線に導いた。
廿六木にとっては俺のヘイトがカード能力者に向いた時点で殺し屋たちとのいざこざは邪魔でしか無く、最短距離で解決に導いたということだろう。既にこのときカード能力者への対応策は打っていたから、いつまでも善斑の件を引きずって欲しくなかったんだ。
そして俺は殺し屋問題の一旦の解決に、どこか消化不良を感じながらも安堵していた。その裏で、彼女の"真の目的"が進んでいるとも知らずに…
Act5
12月24日の前日、俺はもう1つの作戦の為に廿六木と一緒にある場所へと足を運んでいた。それは自宅近くで俺と星野さんに絡んで来た【炎使い:矢川 辰彦】の父親が若頭を務める組の事務所だ。どこに出没するか分からないカード能力者を探すために、俺は組の人間を利用しようとしたのだ。
目論見通り息子が殺された事に怒りを覚えていた若頭は、俺のお願いに快く協力してくれた。俺からの、『カード能力者の居場所の情報提供』というお願いに…。
しかし結果は後鳥羽 侑李殺害という形で幕を閉じた。思わず怒りが抑えきれなかったのかもしれないし、廿六木から追加で何かを指示されたのかもしれないが、それは分からない…
だがこれで後鳥羽 璃桜にとって俺は仇敵となった。討伐の依頼はオマケみたいなもので、廿六木は最初から俺と後鳥羽が対立するようにマッチメイクに奔走していたんだ。俺を善斑の脅威から救いつつ、自分の望みを叶えるために…
「…というのが俺の読みだが、何か反論があれば言ってくれ」
「…」
俺は一連の出来事についての考えを廿六木に聞かせた。
だが廿六木からの返事はない。何かを考えているんだろうか…?
顔の見えない廿六木の心情を測っていると、突如目の前に影が落ちる。
「廿六木…?」
いつの間にか俺の後ろのベンチに座っていたハズの廿六木が、今は目の前に移動していた。
小柄な彼女は立っていても座っている俺と目線の高さがさほど変わらないが、それでも俺を見下ろすようにし、そして…
「お見事です塚田さん。100点をあげましょう」
と、笑いながら語った。
「特に『最強クラス~』のくだりは、私たちの心情をよく理解していて素晴らしかったですよ。特公でもない貴方がよくもまあ…」
「ほっとけ」
どうせ俺はピースでもエリートでもトップでもねえよ。
「私たちは同じ特公という箱に入れられ、中でも私と後鳥羽さんを含めた四人の職員は個人の能力ではもはや優劣を付けるのが難しくなっています。だから他で差別化をするしかないのですよ」
「まるで将棋だな」
言ってみたかっただけ。
「ふふ、そうですね。王の駒の性能は同じですし、頑張っても変えようがない。であれば、他の駒の動かし方で相手の王を追い詰める…この状況をよく表していると思いますよ。一つ将棋と異なるとすれば、"
確かに将棋は互いに同じ種類、同じ数の駒を用意し戦う競技だ。実力差によっては強い方の持ち駒を何枚か落とすことはあっても、例えば弱い方の"歩"を全部"香車"にする…なんてことは基本的には無い。
しかし彼女らは、飛車や角、桂馬などを多く集めるというのも勝負のうちだ。
歩が混じっていたせいで負けたのなら、それは歩しか集められなかった王の責任というワケか。
「ところが私たちは近くにのさばる『自称最強』の棋士と直接対局が出来ないんです。特対で吠える勘違い最強さんには目を瞑れても、近くで勘違いしている輩は我慢できないんです」
「口が悪いな、お嬢さん」
何度も言うが、目の前のお嬢さんは普通にしていれば育ちの良いちゅ…高校生のお嬢さまといった感じだ。
とても野心の為に謀殺するような風には見えない。
「…んで、その"隣の
「その通り。その為の今回の計画は、先ほど塚田さんが語った内容でほとんど合っています。そして今ごろ後鳥羽さんに、弟さんの死の原因は貴方にあると伝えられているでしょうね」
カード能力者と特公は兄弟だったのか。
全てを知った今となっては、哀れなヤツだったな。
善斑に利用され、廿六木に利用され、最期はヤクザに恨まれてクリスマスイブに銃殺。サンタからのプレゼントは鉛玉3発ってか。
まあ自業自得だけど。
あと、多分俺に40万円は入ってこないだろうな…。サイアクだよ。
「はぁぁぁぁぁぁぁ…」
思わず大きな溜息が出る。
俺の働きが徒労に終わり、また新たなトラブルを抱え…
ちょっと面倒だなぁ、と。
「怒りましたか?」
「んー?」
俺の溜息を受け、目の前の廿六木は表情を崩さずそんな事を聞いてくる。
そこで俺は素直に思っていた事を伝えた。
「まぁ、良かったこともある」
「良かった事…ですか?」
「ああ。もしあの時ドローンを操っていたのが俺に明確に殺意を持つヤツで、もし同僚が殺されたなんてことになったら、目も当てられなかったからな」
そこは俺の油断が、廿六木の思惑に助けられた形になる。
「なるほど…。では特に私に対して怒っていないと」
「いいや?」
「…」
内心どっちだよと思っているかな?
「あれは、いつだったかな…? 社内のバーベキューイベントのときによ…」
俺は突如関係ない話を切り出す。
廿六木の表情はずっと変わらず、黙って耳を傾けている。
「めちゃくちゃ気温が高くてな…そんとき、撃たれた俺の同僚が珍しくデニムのショートパンツを履いて来てたんだよ」
いつもはタイツとロングのスカートなどに隠れがちな彼女の素足が、その時は無防備に晒されていたのだ。
2、30代の独身社員などはそのおみ足に視線が釘付けとなっていたのを覚えている。
「白くて綺麗な、大変美しい足でなぁ…」
「先ほどから何を―――」
「そんな国宝級のモンを一瞬でも傷つけた罪…」
一瞬顔を伏せ、そして…
「オメーの命で償え…廿六木……」
俺は激オコである事を隠さずに伝えたのだった。
「………やる気なようで嬉しいですよ、塚田さん」
「おう、良かったな」
「ですが先ずは後鳥羽さんに集中してくださいね。あっさりやられたら拍子抜けですから」
「あいよ」
「その件について、依頼という事で特公部長を通すことにしていますので、追って連絡します。しばしお待ちください」
そう言うと、廿六木はランドリースペースから去っていく。
そして残された俺は、ただ自分の洗濯物が温まり終わるのを待つばかりであった。
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