第283話 聖夜の底の暗い場所
「ねえおじさん。どうかしたの?」
12月24日 20:10
半蔵門線の
そこにポツンと座る中年男性に、少年が声をかけた。
昼間は園児やその保護者たちが多く行き交いとても賑やかな場所だが、土曜の夜ともなればたいへん静かで、暗く人気のない場所となっている。
しかも今日はクリスマスイブ。すぐ近くの"
そんな暗く寒い場所のベンチにひとり座っている男性が不気味なら、それに声をかける少年もまた、世間一般からすれば十分不気味な存在に映るだろう。
「…どうしたって、何がだい?」
「こんな時間に、こんな寒い中ひとりで俯いているから…何かあったのかなって」
フードを目深にかぶった少年は中年男性の斜め前に立つと、体を傾け顔を覗きこむようにした。
そして丁度顔を上げた男性と少年の目線が交差した時に、男性がポツリと言葉を紡いだ。
「…あー……何といえばいいのやらなんだけど…。オジサンのお世話になっている人の息子さんがね、先日亡くなってしまって…」
「それは大変だね」
「実はソレ、亡くなった…というより殺されてしまったと言うのが正確なんだ…。それで、そのお世話になっている人が酷く落ち込んでしまって、どうしたもんかなと思っていたんだよ」
男性はバツが悪そうに頬を指でかきながら、こんなこと人に話す内容でも無いんだけどね…と漏付け足す。
確かにこんな話をされても、何と返せば良いのか分からなくなるのが普通だ。
ご愁傷さま? お気の毒様? 『殺された』なんてワードを聞くだけでもう絶句するしかない人が大半かも知れない。
だが…
「それならさ…仇、討ちたくない?」
少年はあろうことか一歩踏み込んだ。触れ難い、男性の領域に。
「仇って…そりゃ討ちたいよ。討てるものならね。でも―――」
「能力者になればいいんだよ、おじさんが」
少年は両手を横に広げ、大げさに語る。
君しかいない、君ならできると相手を鼓舞するように。
「…残念ながらおじさんにはその才能は無いみたいなんだ。年甲斐もなくチェックなんかしてみたけどね……」
「関係ないよ」
「いや、しかし…」
「僕ならおじさんに、能力を授けることが出来るよ」
「…は?」
訳の分からない絵空事を話す少年を訝しげに見る男性。
しかしそんな視線は気にも留めず少年は自分の能力を説明し、それを男性は黙って聞いた。
そして他の多くの一般人と同様、カードを引いた男性は能力者となったのだった。
「これ…は…」
「おめでとう。おじさんは風を操る能力なのかな?」
男性は立ち上がり、両の手の平を目の前に上向きで構えると、そこからドライヤーのように風が発生した。
男性はカードに書かれている通りの能力が身に付いたことに驚き、少年はしっかり能力が発現したことに満足するのだった。
少しして能力の興奮が落ち着き男性が再度ベンチに座ると、少年は話し掛ける。
「改めておめでとう、おじさん。これでおじさんは"復讐の手段"をひとつ得られたね」
「…手段?」
「そう。そのチカラを鍛えれば、スジの良い人ならすぐに殺傷能力へと昇華させることが出来るハズだよ。例えば、視認不可能の風の刃にするとか、ね」
具体的な方法を提示する少年。能力の方向性が決まれば、成長は格段に速くなることを経験から学んでいるからこその助言と言える。
「あとは目標の索敵だけど、僕の知り合いに探知系能力者がいたと思うからその人に頼んで…」
男性を置いて段取りを組み始める少年。
若干早口且つ親切なのは、雇用主=善斑の依頼である"卓也暗殺"に向けての手駒を早く増やしたいからであった。
しかし男性はそんな少年の親切を拒否する。
「折角だけど、そこまでしてもらう必要はないよ」
「あれ、仇を討ちたいんじゃないの?」
「そうだね。でも、殺したい相手の居場所は分かっているんだ」
「ああ、そうなんだ…それなら―――」
まだ少年が喋っている途中で、夜の人通りの少ない場所に『ビュンッ』という音が3回鳴り響いた。
9ミリ・パラベラム弾が消音器を通して発射された音である。
そして直後、立っていた少年は膝から崩れ落ち、ベンチに座る男性の前に横たわった。
「痛いか? ボウズ」
「あ…れ…? なん…」
男性はコートの内ポケットから取り出した銃を倒れている少年に向けたまま語りかける。
少年の方は、どうして撃たれたのか、またどうして体の自由が利かないのか。頭の理解が追いつかないまま、ただ痛みと脱力感だけが体を蝕んでいく。
かろうじて動かせる口で、原因と思しき目の前の男に疑問を投げかけた。
「ボウズ、この顔に見覚えあるか?」
男性は銃をポケットにしまうと、代わりに小型のライトと"1枚の写真"を取り出した。
そして倒れている少年が見やすいようにライトで照らし、写真を目の前に突き付ける。
「こ…つは…」
「おう。お前が能力をくれてやった内の一人だよ。覚えてたか」
写真には、触れた物を割る能力者【須藤 亮二】の姿が映っていた。
先日卓也と廿六木が男性の組の事務所を訪れた際に渡したモノで、廿六木が用意をした。
いま手に持っているのはそのコピーで、組員全員が所持している。"この瞬間"の為に…。
「ホントならコイツを直接ぶち殺してやりたかったんだけどよ…。既に死んじまってるみてえじゃねえか。だから共犯者のボウズを皆で探し回ってるってワケだ。理解したか?」
「…お……」
横たわる少年からは鮮血がドクドクと流れ出している。
能力者と言えど、拳銃を至近距離から3発も体に受ければ普通であれば助からないのだ。
銃弾を腕で弾いたり、一瞬で傷を治したりするなどは規格外の成せるワザだと言える。
「……死んだか」
少年が物言わぬただの屍になるにはそう時間はかからなかった。
首元に触れ命の灯が消えたことを確認した男性は、スマホを取り出し電話をかけた。
「もしもし? …はい。表三道近くの幼稚園の前で…はい…。やりました。カードを受け取って、実際に使えまして……カードはさっき消えました」
男が引いた2枚のカードは、そのどちらもが少年が絶命すると同時に消滅したのだった。
当然能力も、縛りも存在しない。男性は、少年の能力から解放されていた。
「俺はこれから出頭します。…はい。…いえ、気にしないでください。若頭に受けた恩を返す機会に恵まれたことを嬉しく思います。あのお嬢ちゃんの話が本当なら、案外特対から感謝されるかもしれやせんぜ。はは…。では、時間もないんでそろそろ…。はい…お達者で……」
男性は冗談を交えながら電話の相手に感謝と別れを告げ、通話を終了させた。
消音器のおかげで銃声とマズルフラッシュ(拳銃発砲時のガスによる閃光)が抑えられているとはいえ、街に決して小さくない"異音"が3回も響いたのだ
近隣住民か、あるいは通りすがりの人が今の光景を見ているかも…
そう考えると、男性に残された時間は決して多くはない。
男性はスマホで『超能力関連専用の通報ダイヤル』の番号にかけると、たった今犯した自らの罪を告白し逮捕された。
そして全国に能力を配る能力者が殺害された事が報じられたのは、24日の22:00を回ってからだった。
_________
12/25 10:30
特対本部 ランドリースペース
いのりの家をあとにした俺は、事件が解決したので一時滞在の終了申請をしようと特対本部を訪れていた。
受付で必要手続きを済ませると、自分の荷物を取りに部屋へと向かう。するとそのタイミングで、ポケットの中の代理端末に着信が。
相手は廿六木からで、直接話がしたいという事なので俺は前回同様会議室(?)へと足を運んだ。
「お疲れ様です、塚田さん」
「おう」
背中合わせでの会話。
たまたま居合わせた他の職員に見られてもいいようにと他人のフリをしている。
目の前のドラム式乾燥機には、俺の約1週間分の下着などがシェイクされていた。話はそれほど長引かないだろうと思い、すぐに帰れるよう"洗い"はせずにただ炒っているだけだ。
「殺し屋の件と、カードの能力者の件…解決したようで良かったですね」
「そうだな。廿六木には色々と世話になった」
「いえいえ。お役に立てたようで良かったです」
「ああ。大助かりだ」
「今日は、私からの交換条件だった特公の―――」
「その前に、ひとついいか?」
「はい?」
俺は廿六木の話を遮り、自分の用件を話すことにした。
これを済ませない事には、スッキリしないからだ。
「なんでしょうか?」
表情は見えないが、声色からきっといつもの微笑みを浮かべているのだろう。
余裕と、感情を隠す仮面の象徴であるあの微笑みを。
だから
「ドローン使いに色々やらせてたの、お前だろ?」
これでその余裕の笑みが、多少は崩れていると面白いんだけどな。
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