第282話 染まる

「おかえりなさいませ、いのり様。卓也さん」

「ただいま、愛」

「おじゃまします」


 19時ちょっと前。

 タクシーで南峯家前に着いた俺たちは、外門をくぐり屋敷の入り口まで歩いて向かっていた。

 すると事前に連絡を受けた愛が寒い中わざわざ外で出迎えてくれたのだった。


「パーティーの準備は出来ておりますので、どうぞ中へ。いのり様は先に自室でお着換えを」

「ありがと」

「…着替え?」

「ちょっとしたドレスね。パーティ用の」

「え、みんなそんな感じなの?」


 私服で良いと聞いていたのでコートの下はセミフォーマルっぽい装いだけど、流石にドレスとかスーツの中に入ったら浮いてしまいそうだ。参ったな…。


「卓也くんはそのままでいいのよ。私が着たいだけだから。それに家の人間が全員そんなピシッとした恰好じゃないから安心して」

「ええ。司さまも比較的ラフなジャケットですし、問題ないかと」

「そう…?」

「流石にスーツが必要だったら事前に言うわよ」


 なら良かった…。

 社会人になって、プライベートでパーティーに参加すること自体がそもそも無いからな。勝手がよくわからないぜ。

 会社の納会とか総会とかはあったけど。そんときはスーツ一択だし。


「そう言えば、大丈夫でしたか? 卓也さんの…」

「バッチリ解決したわ。ね、卓也くん?」

「あぁ。心配かけたね。俺ら二人ともノーダメージだったよ」


 屋敷の中へと入り廊下を歩いていた愛が一度止まると、小声で、且つ軽くぼかしながら訪ねてきた。

 今日の午後のミッション、愛以外の家の人間には『プレゼント選び』ということにしてあるのだが、彼女にはいのりからありのままを伝えたらしいのだ。

 なので無傷な俺たちを見て安心しつつも、一応確認してきたのだろう。


 俺は、より安心させるためあえて"ノーダメージ"という表現を使い、治療をするまでもない相手であったことを伝えた。

 そして、パッと見で汚れも何もない俺たちの姿を確認した愛は…


「それなら良かったです」


 …と、表情を緩め歩き出した。

 俺も彼女の言葉を聞き、殺し屋たちが服が汚れるくらい強い相手じゃなくて良かったと心の中で安堵するのだった。

 パーティ前に着替えなくちゃいけなくなるからね。



「―――ん?」


 三人で屋敷の廊下を少し歩いたところで、進行方向とは逆側から何かが急接近してくる音が聞こえた。


「……あ」


 首を後ろに向けその何かを確認した瞬間、俺はその正体に気付く。と同時に、このままでは一向にスピードを緩めない"彼女"と激突してしまうと思い、急いで振り向いた。


「紫緒―――」


 静止の掛け声を言い切る前に、両手を広げて飛び掛かってきたいのりの妹・紫緒梨さん。

 俺は彼女を受け止めると、衝撃を殺すため後ろに軽く飛びそのまま背中から倒れた。

 激突しないよう俺の両手は彼女を支えたままだったので、受け身が取れず倒れたダメージは全て体に来てしまった。

『ヴッ…!』と小さくうめき声が出てしまう。背中痛てー。


「会いたかった」

「紫緒梨さん…」


 俺に馬乗りになっている紫緒梨さんは、微笑んでこちらを見ていた。

 その様子から彼女にダメージが無いことが分かり一安心する俺。


 それはさておき…


「…あのね紫緒梨さん」

「なに?」

「ボールを持っていない相手にタックルするのは反則なんだよ?」


 ラグビーでは【ノーボールタックル】と言うれっきとした反則行為である。

 しかも後ろからとなると、一発レッドカードになる可能性が高いデンジャラスタックルだ。脱法タックルだ。

 厳しく注意せねばなるまい。


「それに危ないから、もう止めようね」

「分かった。ボールを持っている時にする」

「タックルを止めてね」


 全然通じてないな。


「それより、そんなに慌ててどうかしたの?」

「そうだった…。アレ」

「アレ…?」


 俺の上から動こうとしない紫緒梨さんが指さした方を見ると、そこには紫緒梨さんの世話係である二ノ宮さん…だったかな? が、立っていた。

 そしてこちらの視線に気付いた二ノ宮さんは持っていた物を見やすいよう俺の方へと掲げてくれる。


「んー…………あ!」


 目を凝らして見てみると、二ノ宮さんの手には額縁に入った"賞状"が2つ。

 そこに記載されていたのは『第72回 聖ミリアム絵画コンクール 金賞』と『下野の林美術館大賞 優秀賞』の文字だった。

 夏にここへ遊びに来た時と、生徒失踪事件でミリアムを訪ねた時に紫緒梨さんが出そうとしていたコンクールだよな。いい賞が獲れたんだな。


「凄いじゃないか、紫緒梨さん」


 目線を賞状から、まだ俺の腹の上に座る紫緒梨さんへと移し称賛の言葉を送る。

 すると彼女はとても嬉しそうな表情を見せた。


「卓也のおかげ」

「そんな事はないよ。紫緒梨さんの実力さ」

「ううん。卓也がアドバイスをくれなかったら獲れなかった」

「じゃあ、二人で獲った賞ということで」

「ん。それで」


 おこぼれで、生まれて初めて絵画コンクールの賞を貰ってしまった。…って、そんなワケはないのだが。

 まさか感謝されるとは思っていなかったので、若干戸惑ってしまう。



「…いつまで卓也くんにマウント取ってるのかしら? 紫緒梨」


 屋敷の廊下で重なる俺たちに、ついにいのりが介入してきた。

 その表情は笑っているが、青筋が若干立っている。


「いのり姉さま。今卓也と勝利の喜びを分かち合ってた。邪魔しないで」

「なぁにが邪魔しないで、よ。いいからそこからどきなさいよ。卓也くんが圧死するでしょうが」


 そんなヤワな鍛え方してないよ…とは言うまい。長引くからね。

 こうして強引に引っ剥がされた紫緒梨さんは渋々俺から離れるも、今度は腕に引っ付いてきた。


「………何でしれっと腕組んでるワケ…?」

「これから部屋に絵を見せに行く。さ、行こう」


 そう言うと、紫緒梨さんは俺の腕を引っ張り歩き出そうとする。

 だが流石にそれを今了承するワケにはいかないので、俺は踏ん張って抵抗したのだった。


「紫緒梨さん。これから食事だから、流石に今から絵は見れないよ。本当は見たいけどね」

「そう…残念」

「諦めなさい紫緒梨」


 シュンとした表情の紫緒梨さんと、ちょいドヤ顔のいのり。

 さっきまでタクシーの余裕はどこへやら、普通の姉妹喧嘩のようなやり取りに少し可笑しくなってしまう。


「じゃあご飯食べたら部屋に来て」

「おう。つっても酷評の嵐かもしれないぞ? 俺は厳しいからなぁ」

「それを期待してる♪」


 楽しそうに俺の腕を引っ張る紫緒梨さんと、それに対抗し反対側の腕を取るいのり。

 俺は二人のお嬢さんに強めに案内され会場へと向かうのであった。


「良かったわね紫緒梨。これからも年に2回くらい(盆と正月)は実家に帰るから、その時だけ卓也くんに会えるわよ」

「逆。パリからたまにエアメール送るから、姉さまはそれで我慢して」

「勝手に卓也くんを芸術の都に連れて行くんじゃないわよ」

「姉さまこそ、勝手に一緒に住まないで」


 こんな感じで、小競り合いが続いた。


「良かったですね。逆玉王子」


 二ノ宮さんがチクリと。

 そんな王子はおらん…!















 _________
















「楽しんでいるかい? 塚田くん」

「あ、司さん。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


 パーティーが始まって30分近くが経った頃、俺が会場の一角でワインを飲んでいると、いのりの父にして南峯財閥の当主である南峯 司氏が話しかけてきた。


 クリスマスパーティーは大広間での"立食形式"となっており決まった席は無く、室内に複数置かれたテーブルの上にある料理や飲み物を好きな時に好きなだけ取って来て良かった。

 そして今日は世話係も警備の人も無礼講(?)で、同じようにして食卓を囲むことになっていたのだ。


 心配していた衣裳の方も、ドレスやスーツだけでなくトナカイやサンタのコスプレをした人もおり、けっこうハジケていたので全く問題なかったという…。


 開始の合図の乾杯があり、それからは自由に歓談しながらの楽しい食事会が始まった。

 ちなみに、警備の人は前半後半90分ずつの交代制の予定だったが、俺が『ユニに結界を張ってもらうから』と司さんに口添えしそこから警備の人に伝えてもらったので、全員同時参加が実現した。


 そんなワケでパーティーはいのりの上の兄姉四人以外はほとんど参加となり、会場は大賑わいとなったのだ。


「そんな畏まらなくていいよ。フランクな会だからね」


 俺が会釈をし礼を言うと、司さんがそれを手で制す。

 そのままシャンパンが入っていると思しきグラスを差し出してきたので、俺は自分のワイングラスを軽く当てる。

 グラスとグラスが軽く当たり控えめなチンという音が聞こえた所で、俺たちは会話を始めることに。


「塚田くんはワインそれでいいのかい? 物足りないんじゃないか?」

「いえいえ…貴重なワインなんて滅多に飲めませんから。堪能させて頂いております。司さんこそ、そんなジュースでいいんですか?」

「よしてくれ…夏の時も潰れてしまったんだから、これ以上の醜態は晒せないよ」


 お互い夏の食事会の時、自分のキャパ以上のアルコールを摂取しフラフラとなったことを思い出し苦笑いする。

 俺なんて、二度といのり母のペースでは飲まないぞと誓っているくらいだ。

 視線をいのり母の方へ向けると、相変わらず強そうな酒を飲みながら元気に話しているみたいだ。

 今日は付き合える人間が多くいるので、この前の様にはならないだろう。


「そういえば司さん。あれから、周りはどうですか?」

「…ん。そうだなぁ」


 あれから―――

 ネクロマンサーの使いがこの屋敷を襲撃してきた時。あるいは、総理大臣が能力を公表した時。

 そのどちらとも取れるようなニュアンスで質問を投げかけた。

 どちらもおよそ1ヶ月前の出来事で、ガラリと変わったこの1ヶ月間の司さんの周囲の環境の話を聞きたかったのだ。


「この1ヶ月間はグループ全社の能力対応に追われていたよ…」

「ほぉ。具体的にどんな対応をされたんです?」

「主に能力に関する新規定の作成と、誓約書の記載依頼・回収だね。規定は政府のガイドラインと異能力庁のアドバイザーの助言に沿って作成をして。誓約書は、能力を業務には使いませんよとか、まあそんな内容を全社員に書かせた感じだよ」

「なるほど…」

「能力者であることを無理に暴くことはできないけど、かと言って『実はコッソリ業務で能力を使ってました』となった時に経営側として、知らぬ存ぜぬじゃ済まないからね。能力のあるなしに関わらず全社員と、会社を守るための措置だよ」


 誓約書の内容は『就業するにあたり一切の能力使用をしません』や『業務で得た能力関連の情報を外部に漏らしません』といった内容とのこと。よくある"甲乙丙"のヤツでしっかりと作成したらしい。

 ただ能力使用を禁ずるだけでなく、社内の能力者の個人情報や独占情報を守る内容もしっかりと盛り込んでいる。

 そのあたりは流石大企業。総務部や法務部が滅茶苦茶しっかりしているから、対応の早さや想定の深さがスゴイな。

 ウチみたいな中小は1ヶ月じゃここまではいかない。

 零細企業では能力珍しさに社長が社員に名乗り出るよう圧をかけた…なんてニュースも流れてたな。


「自主的に名乗り出た人は居なかったんですか?」

「あぁ…何人かは居たね。一応『絶対に漏らさない』という条件で私のアドレスのひとつを相談窓口として開放してたんだよ。そしたらそこに告白メールがポツポツと…ね」

「その人たちはどうするんですか?」

「ん? 別にどうもしないよ。ウチのグループでは今のところ事業に能力を活用する予定はないからね。これまで通り、頑張ってくれと」

「そうでしたか…」

「まあ、告白してくれた人の何人かは私の方針を聞いて退職を願い出たけどね…」

「……それって」

「そういう事だろうね」


 能力を活かせて、より待遇の良いところへと行ったんだろう。南峯グループでは羽ばたくには狭すぎると、そう判断して。

 それもまた選択だ。


「あなたー! こっちこっち!」

「幸子…」


 話の途中で、司さんの奥さんが呼んできた。かなり上機嫌に、手を振って。


「すまない塚田くん。ちょっと行ってくるよ。また今度、ゆっくり君の話を聞かせてくれ」

「はい」


 司さんは羽目を外し過ぎな奥さんに小言を言いながら、年齢層高めエリアへと向かっていった。

 しかし、大企業の経営者の話を聞けたのは良かったな。

 変わった物もあれば変わらぬ物もある。能力を持たなかった者たちは変革を余儀なくされたが、能力者たちは選択できるようになった。

 変わる事も、変わらぬ事もできる。大事なのは本人の意思だ。



「はーい! それではこれからプレゼント交換会に入りまーす」


 パーティー開始から1時間ちょっとが経った頃、一人の男性が音頭を取り始めた。ここの世話係の一人だろう。

 これからクリスマスパーティーの定番である"プレゼント交換"が始まるということだった。

 参加者は事前にそれぞれクリスマスプレゼントを用意するようにと言われており、俺も既に世話係に渡してある。


 予算は懐具合で差がつかないよう『1万円以内』となっており、金額内であればプレゼントの個数は制限なし。1万円が1個でもいいし、1,000円が10個でもOK.

 それとルールではないが同じく格差是正のため、プレゼント金額の下限は8,000円なんだとか。『安いプレゼントをチョイスする人はいないけど…』とはいのり談(ただし紫緒梨さんは除く)


「さぁさぁ、本日のプレゼントはこんな感じになっておりまーす! ジャジャン」


 進行役の人が口で効果音を発しながら、近くの大きなテーブルにかけられている布を勢いよく取り払う。すると様々な包みのプレゼントたちが現れたのだった。

 交換会が始まる少し前にこの会場にキャスター付きテーブルが入って来ていたので、初参加の俺もあれがプレゼントだなというのはなんとなく察していたが。


「卓也のは何番?」


 近くに来ていた紫緒梨さんがストレートに訪ねてきた。


「それを教えちゃうと交換会の意味が無くなっちゃうから…」

「けち」

「ダメに決まってるでしょ。こういうのは思いの強さで引くのよ」


 同じく近くに居るいのりがそれに反応する。


「負けない」

「望むところよ」


 火花がバチバチのところで、俺は改めてテーブルを見る。

 大小さまざまで色とりどりの包装紙にくるまれたプレゼントたち。その一つ一つには番号プレートが貼ってあり、恐らく進行役が今持っているボックス内のくじと連動しているのだろう。

 引いた番号のプレゼントが貰える、オーソドックスな抽選スタイルだな。


「さァー、最初はまず…司様に引いてもらいましょうかね」

「え、私?」


 進行役が1位指名したのは司さんだった。

 まあ立場上、1番最初か1番最後しかないわな。


「私は1番最後でいいよ」

「まぁまぁ、そうおっしゃらず」

「えー?」


 進行役の強引な促しに、渋々くじを引く司さん。

 順番的に次は奥さんの幸子さんだな。分かるよ…そういうテーブルな。


「はい」

「えー…22番! 22番出ました!」

「あっ…」


 思わず声が漏れてしまう。

 色とりどりのプレゼントが並ぶ中、外から分かる情報なんて大きさくらいなもんだ。

 自分の以外は…


「えー…22番は……本日のゲストである塚田さんのお品物です!」


 会場の皆さんが拍手をする中、俺は両隣のお嬢さんたちからただならぬ気が発せられているのを感じていた。

 しかしそんな気配を感じていない司さんは、俺の用意したプレゼントを受け取るとこちらへやってきた。


「ありがとう塚田くん。私が貰ってしまったよ」

「いえ…。気に入ってもらえるといいのですが」

「ちなみに中身はなんだい?」

「僕の好きなキンモクセイの香りのハンドクリームとかオイルとかのセットです」


 女性の比率が高いというので、それを想定していたのだが。

 もちろん男性が使っても満足の品物だ。俺も使ったりするし。


「ありがとう。大事にするよ」

「ええ…」

「…」

「…」


 どうか、ハンターから守り切ってくれることを願う。



 この後もパーティーは盛り上がり、他にも紫緒梨さんの絵画を見せてもらったり、愛と腹を割って話したりと、色々と貴重な時間を過ごすことが出来た。


 だから、楽しすぎて、気付くのが遅くなった。


 俺が"そのニュース"を確認したのは、一夜明けた12月25日になってからだった。


 12月24日の夜。カードを配る能力者=本名【後鳥羽ごとば 侑李ゆうり】という少年を、ヤクザの構成員が銃を使い殺害したというニュースを確認したのが、南峯家の屋敷で目を覚ました12月25日の朝の出来事だった。






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