第279話 実り

「あそこだ…」


 いのりを抱えながら琴夜の翼で空を飛行しドローンを追っていた俺は、とある倉庫が視界に入った瞬間にゴールを悟った。

 中から強い気が漏れ出ており、直接目にせずとも手練が居るのが分かる。

 果たして居るのはカードの能力者か、それともドローンか、あるいは別の殺し屋か…。

 複数の気を感じるので、全部という可能性も十分有り得る。


 ただ気になったのは、倉庫から感じる雰囲気が仲間同士のそれでは無いということだ。

 まるで既にドンパチが行われているかのような、そんな焦げ付く敵意の衝突を感じた。

 どのみち外からの情報で分かることは少ない。突入しないという選択肢はあり得ないな。


「…よし。それじゃあいのりはここで待機して、俺に情報を流してくれ。あと、周囲の警戒を忘れずにな」


 案の定ドローンが倉庫建物へと入っていくのを確認した俺は、建物と同じ敷地内の少し離れた場所に着地し、いのりを下ろした。

 樹木と小さい物置の間で丁度隠れやすくなっている。


 そして俺が突入した際に、中にいる敵から情報心の声を引き出す役をお願いする。


「分かったわ。常にチャンネルはオープンにしておくから、卓也くんも聞きたいことがあれば語りかけてね」

「ん、りょーかい」


 いのりは俺の頼みを快く引き受けると、より人目につかない場所へと向かっていった。

 この倉庫が建っている場所は大きい道から少し外れていて、寂れ具合から既に使われていない可能性が大きい。

 なのでこうして一度敷地内に入ってしまえば、外部の人間に見つかる心配はほぼない。(俺たちは不法侵入だが)


 しかしその条件がそっくりそのまま"待ち伏せ感"をすこぶる高めているんだけどな…。

 まあ、考えても仕方ない。決着を付けに行こう。



「テメーらか…? 人に勝手に値付けしやがったのは」


 開いている入り口から中に入ると、やがて二人の男が見えた。

 フォーマルに身を包んでいる彼らは一見すると商談中のサラリーマンのように思えるが、場所が場所だけにミスマッチさ全開だ。


 そんな彼らに開口一番恨み節を伝えると、片方は驚いたように、もう片方は嬉しそうに反応したのだった。

 直後に二人の名前を探ろうと能力を発動させてみたところ、どちらも驚きの結果が出る。


『鬼島修一郎』

『』


 向かって右側の男は、先日和久津が俺と引き合わそうとした人物であり、お世話になっている"特対部長代理"の息子さんと同じ名前だった。

 ありふれた名前でもないから本人なんだろうけど、だとしたら何故…というのが驚き其の一。

 和久津を使って呼び出そうとしたのも、俺を始末しようとしたから…という可能性が出てくる。考えたくはないが。


 そして向かって左側の男。こっちに関しては名前が視えなかった。

 この結果を受けてすぐに俺は、尾張が蘇らせて利用していたという"個人情報保護砲"の能力を思い出す。

 これを使って尾張やその仲間たちは能力による捜査から免れていたんだ。

 コイツも同系統の能力でガードしているということか…?


(いのり。建物の中で、俺以外に何人の声が聞こえる?)


 俺はいのりにテレパシーで確認してみる。

 もしかしたらガードできるのは名前だけで、心の声は聞こえるかもしれない…そんな淡い期待を込めて。

 しかし…


(今卓也くんが居る建物の中からは、卓也くんともう一人の声が聞こえるわ。かなり驚いているみたい)

(そうか…ありがとう)


 名前だけ隠すなんてケチ臭い性能ではなく、きっちり心の声も隠していた。まあ、想定内だけど。

 そしていのりからの情報により、鬼島さんの息子にとって"俺の登場は予想外"であることが分かった。

 ドローンに導かれるようにしてやって来た俺が予想外…つまりドローンと息子さんは無関係?

 この二人は敵対関係にあり、敵は左の男だけ? うーん…分からん。


 分からない事は考えても仕方ないので、とりあえず場の主導権を握り情報を引き出していこう。


「動くなよ、二人とも」


 俺はパチンコ玉を構えた両手を突き出し二人に警告する。

 警官が犯人に対して行うのと一緒だ。銃口を向けて『動くなフリーズ!』ってヤツだな。


「アンタは、鬼島さんの息子だな…?」

「…そうです」

「そっちのアンタは―――」


 俺が正体不明の男からどうやって情報を引き出そうか考えていた時、倉庫内にパチパチという音が鳴り響いた。

 他でもない、その男が笑みを浮かべながら手を叩いているのだ。まるでクイズに正解した子供を褒めるかのように。


「素晴らしいですね。殺し屋から、まさか僕の元に辿り着くとは…。どうやら優秀な諜報員が仲間に居るようですねー」


 男は、自分の元に辿り着けたことを称えている。内容から察するに、コイツが俺に懸賞金を懸けた人物で間違いは無さそうだ。


 そして、俺はこの男の声や口調に聞き覚えがあった。


「アンタは…アンタがヨシムラカオルか…?」

「ええ、その節はどうも。そして改めまして、僕が今回アナタに懸賞金を懸けた善斑芳と申します。楽しんでいただけましたか?」


 笑顔のまま、悪びれた様子もなくそんなことを言う男に俺は改めて向き直る。

 銃口は向けたまま。


「ああ、楽しかったぜ…。クリア目前と思うと名残惜しいけどなァ……」

「それは良かったです。ちなみにたった今アナタの殺しの依頼はキャンセルしたのでご心配なく。追加の人員が襲ってくることは無いでしょう。ま、おかげで依頼料の半額を払う羽目になってしまいましたが」

「知るかよ。自分が勝手にやったことだろ」

「あはは。確かに」


 この場にそぐわない笑いとともに淡々とネタばらしをしていく善斑という男。

 依頼はキャンセルしたということだが、それもどこまで信用に値するのか…

 それにまだ肝心なことが分からない。


「そもそも、何故俺に三千万円も懸賞金を懸けた? アンタに恨まれる覚えはないぞ」

「ええ。別に恨んではいませんよ。ただ試したかっただけです」

「試すだと…?」

「そう。アナタをつつくとどうなるのか。鬼が出るか蛇が出るか…僕はそれが知りたかった。ただそれだけの事です」

「ただそれ"だけ"だと…?」


 自分にとってはなんて事のない、些細な確認であるかのように語る善斑。

 だがそのおかげで未成年やなんの罪もない人間が巻き込まれているのをコイツは知っているのだろうか?

 いや、知る知らないに関係なく、こんな行為をして意に介さない様子のこの男は間違いなくキレている。ここで野放しにはできない。

 何より収まりがつかない。


 俺は怒りで熱くなりかける頭を冷やしながら、男を追求する。


「人を殺そうとしておいてそれだけって、何様のつもりだ…オイ」

「別に僕は何様でもありませんよ。ただの公務員ですから」

「そうかよ。俺には悪趣味な神様にでも見えるぜ?」


 人を試し、それを楽しみながら観察する様を以て、俺は善斑のことを"神"に例えた。

 誰にも理解されない、俺だけが覚えている記憶から出た例え。

 言われた側は『なんのこっちゃ』と言ってしまうような話だ。


 だが、怒りを散らすため半ば吐き捨てるように放ったその言葉が、ここに来て初めて善斑の


「……神、ですか」


 その問いかけは俺には向けられていない。独白に近かった。

 ほんの少しだけ驚いたような表情を見せた後、ポツリと呟いた男は思考を巡らせ真顔で沈黙してしまった。

 俺の言葉のどこにそんな考える余地があるのかと、言ったこっちが不審に思うほどだ。

 こんな時、心が読めればな。


「何を考え込んでやがる」

「…いえ。最後の最後で、ようやく実りらしきものがあったなと…喜んでいたんですよ」


 俺の質問に善斑は再び笑顔になると、曖昧な回答でこちらを煙に巻いた。

 まあ、まともな答えが返ってくるなんて思ってなかったけどな。


「満足してるとこ悪いが、このままタダで帰れると思ってるのか?」


 俺は凄みながら指に力を込める。

 銃で言えば、もう引き金は軽く動いていた。

 あとほんの少し力を込めれば、火薬が炸裂し弾丸が発射される。少しの猶予もない。


 しかし、そんな俺を止めたのは意外な人物だった。


「その手を下ろしてください」

「………鬼島さん」


 これまでやりとりを見ているだけだった鬼島さんは俺と善斑の間に入ると、こちらを向き俺を制してきた。


「鬼島さんもそっち側か…」


 先ほど感じた戦いの気配は気のせいで、やはりこの二人は組んでいたということか。まあ同じ組織の人間だし、不思議な事はなにもない。


「いえ。むしろ私は君の味方だと言えます。だからこそ、こうして止めているんです」

「何だって…?」

「いま彼に攻撃を加えたら、君は傷害罪で捕まりますよ。彼は"そういう用意"をしているでしょうからね」

「こっちはさっきまでソイツの雇った殺し屋に命を狙われていたんだ。正当防衛でボコっても釣りが来るはずだ」

「いやいや、僕は妄想を垂れ流しただけですよ? それじゃあ正当防衛にはならないんじゃあないですかね」


 自白までしておいて、いけしゃあしゃあとそんな事を言う善斑。


「おそらく彼は自分が殺し屋を雇った証拠など残していませんよ。だからここで彼を痛めつけても『彼を暴行した証拠だけ』が残り、不利になるのは君の方になってしまう」

「流石センパイ♪ 僕の事をよくお分かりで」

 

 つまりここでコイツをボコっても、一時俺の溜飲が下がるだけで勝負には敗北するというワケか。

 周到なことで…クソッタレ。


「そんなニラまないでくださいよ、怖いなぁ。センパイの言う通り、ここでやり合うのはアナタにとっても、僕にとっても利する事はありません」

「アンタにとっては俺が豚箱に行った方が都合がいいんじゃないか?」

「予定が変わりましてね、僕もすぐにアナタへ手を出せなくなりました。なので今日はここらへんで失礼しますよ。センパイも、また来週」


 そう一方的に告げると、善斑はこの場を離れようとする。

 すれ違いざまの一瞬、いのりとアフロディーテに頼んでヤツを傀儡にしてもらおうか迷ったが、名前や心の声が読めない事も含め尾張の裏で手を引いていたヤツの周到さはこれまでの相手の数段上であることがうかがえる。

 十中八九女神のテレパシーは効くと思うが、カウンター能力或いは法律や情報を盾に相打ちに持ち込まれる可能性を排除しきれない以上、ここでの深追いはできない…。

 いのりに万が一のことがあればマズイ…。


 そんなことを考えている間に、善斑は俺が入ってきた入り口とは反対側へと消えてしまう。

 そして、空の什器がそこら中に置かれた広い倉庫で、俺と鬼島さんの息子だけが残されたのであった。



「私の話を聞いてくれたことに感謝します」

「それより、さっきのヤツの事…教えてくれるんですよね?」


 折角の黒幕をみすみす逃してしまった苛立ちが僅かに言葉に交じる。

 直感だが、この人は俺を庇ってくれたのだというのに…だ。

 だがそんな俺の態度を気にした様子もなく、目の前の男は淡々と話を進めた。


「勿論です。先日和久津さんを通して君を呼ぼうとしたのも、この件に関してなので」

「…なるほど」


 こうして、俺は思いがけず鬼島さんの息子と話をすることになったのだった。

 善斑の件、ドローンの件、まだまだ未解決な事は盛り沢山だが、一歩前進したような手応えはある。

 だが、進んだ先は更なる混沌・深淵のような気がしてならない。



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