第280話 疑念と懸念

 9月上旬


『ネクロマンサー?』

『そうなんすよ』


 鬼島修一郎は特対2課に所属する大学時代の後輩とランチをしている最中に、気になる話を聞いた。現在特対本部はとある能力者の件で大忙しであると。

 そしてその原因が、まさに今言葉にした能力者である事を鬼島は簡単に説明される。


 大まかな説明の後、鬼島は当然の疑問を口にした。


『その能力者の使いは今も本部に潜伏している可能性があるのでは?』

『確かな情報筋によると、蘇らせた死者に"泉気抑制剤"を使うことで消滅するらしいんすよ。って、上の人達が正式発表してました』

『なるほど』

『なんで、職員には日々の抑制剤の摂取が義務付けられたっすね。注射でも経口でも』


 ネクロマンサーの操る死者が1年近く潜伏していたと聞いた鬼島は真っ先に残党を疑った。

 後輩の話によると「残党はいない」とネクロマンサー本人の口(操っていた死者の口)から聞いたとのことだが、到底信用に値しない情報だと感じる。

 だがそれは既に別の方法で解決済みであり、正式発表されたということで一定の納得を得ることが出来た。


『それにしても、パーソナルチェックをパスするような者を良く見つけることが出来ましたね。衛藤さんあたりですか?』

『それがですね、なんと見つけたのは…』


 後輩は箸をビシっと鬼島に突き付けながら、勿体ぶるかのように一呼吸置き…


『そんとき大規模作戦に参加していた"嘱託職員"だったんすよ』

『嘱託?』

『そう。実際は複数の職員が関係していたんすけどね』


 後輩の口から、卓也たち"実行部隊"が最終日の事情聴取で話した概要が語られる。

 清野が感じた違和感をもとに嘱託職員として潜入した卓也の話。

 そこで出会った和久津・伊坂と協力し、女子高生による"警官殺害事件"の真犯人探しをした話。

 そして大規模作戦の慰労会会場から始まる大立ち回りの話。


 些細なキッカケから始まった依頼を一人の嘱託職員が大きく膨らませ、結果として犠牲者が大量に出る前に特対の中から"うみ"を排除する事が出来たと。

 その膿の原因であるネクロマンサーを探すため、最初に告げた今の特対の"多忙さ"へと会話が帰結した。


『にしてもすごくないすか?』

『すごい…とは?』


 後輩の同意を求める質問に鬼島が返す。

 功績の凄さは当然分かった上で、どの部分に"凄い"がかかっているのかと。


『いやだって、いくら犯人が確実に居るって分かってても、自分を囮にできますか?』

『まあ確かに』

『しかも大規模作戦に参加してたヤツの話によると、ソイツは"凄い治療術使い"で、衛藤さんからも一目置かれてたって。なのにいきなりパーティー会場でそんなトチ狂った事を言い始めて逃げるもんだから、空気がやばかったらしいすよ』

『治療術師なんですか? その職員は』

『そうっす。なんでも、手足が千切れ飛んだ職員の体から、新しい手足をニョキニョキと生やしたとか』


 そう言って後輩はランチの小鉢からニョッキ(ではなくマカロニサラダのマカロニ)を箸で掴み掲げる。

 短い期間にも関わらず得られた信用を、知り合ったばかりの高校生の為にベットする。そんな行動に尊敬と畏怖の念を込めて"凄い"と称えた。


『確かに、凄い人物ですね…』

『でしょー?』


 鬼島はそれから、卓也について個人的な調査を始めた。

 そこで過去に【手の中】の事件に関わっていた事や、その後の【ミリアム生徒失踪事件】と【ネクロマンサー事件】に関係していた事を知る。


 鬼島はそれらを踏まえ、常軌を逸した治療能力よりも、卓也に"事件が集まる性質"を見出した。

 まるで、行く先々で殺人事件が起こる高校生のような、そんな人間を予感する。

 その後能力公表が決まり異動を命じられた鬼島は、そこで一時期卓也と行動を共にした和久津と会い、引き合わせてもらうよう依頼した。


 直接会って、自分の目で確かめるために。

 彼が事件を呼び寄せ、そして解決に導く"何か"があるのかを、確かめるために…。











 ________










「改めまして、鬼島修一郎です。私は今 異能力庁で副大臣をしています。君の知っている特対部長代理の鬼島正道は私の父です」


 善斑の去ったあと倉庫に残された俺たちは『場所を変えて話そう』という流れになり、いのりと合流して改めて近くの喫茶店に入り自己紹介をすることにした。

 ここに来るまでにいのりがコッソリと心の声を聞き、少なくとも俺たちを騙したり罠に嵌めるつもりは無いことが確認できた為、こうして顔を突き合わせている。

 こちらも聞きたいことは沢山あるしな。


 それと、一旦落ち着きたかったというのが本心でもある。


 というのも渋谷で殺し屋たちを退けたあとドローンに導かれ倉庫へ行き、そこで懸賞金を懸けた張本人に会い、それが尾張を裏で操っていた人物でもあって、殺し屋の件は解決して…とまあ、勢いがつき過ぎてしまったのもあり、一度情報を整理したかった。


 口ぶりからして多分そうだと思うが、善斑が俺に懸賞金を懸けた本人かどうかもまだ口頭でしか聞いていない。でも裏を取ろうにも心の声が聞こえない。

 裏が取れていないということは解決したかどうかも確信が持てない。


 だからまずは善斑の事を知ってそうなこの人の話を聞いてから色々と判断したいと思った。

 幸いなことにこの人からは心の声が聞こえるので、嘘の情報かどうかはすぐに分かる。

 もし騙そうとしたのならその時点で話を打ち切ればいいだけだ。


「俺は、塚田卓也です。普段は会社勤めをしていて、たまに能力関係の仕事を請けたりしてますね。その関係で、貴方のお父さんにはこれまで何度もお世話になりました」

「そのようですね。そちらのお嬢さんは?」

「私は、南峯いのりよ。彼の仕事を手伝っているわ」

「南峯財閥のお嬢さんですね。どうも」


 どこかほんのりぎこちない自己紹介と相づちが終わる。

 お互い腹の探り合い、手札の探り合い…というほど殺伐としている訳では無いが、まだまだ警戒がゼロになる事は無い。

 だがそんな膠着状態を真っ先に打ち破ったのは、向こうからだった。


「さて…少しずつ歩み寄るのも良いですが、時間が惜しいのでこちらから先に情報を開示していきますね。まず今日あの場に居た理由は、私が彼を呼び出したからに他なりません」

「呼び出した…?」

「そうです。理由は、彼が関わっていると思われる事件の事について、彼に直接聞くためです」


 鬼島さんは、自分が独自に調べている事件の先に善斑がいると確信し、誰も居ないあの倉庫に呼び出し質問をしたのだという。

 しかしもちろん素直に白状するはずもなく、強行手段に出ようとした時に…


「謎のドローンのあとに続けて俺が来たと…?」

「そうですね。あの様子だと、向こうにとっても君の登場は予想外だったと思います」

「…」


 俺は殺し屋かその関係者にドローン使いが居て、理由は分からないが、今日ボスの元に俺を導いたという可能性が一番高いと読んでいた。

 ところが肝心のボスにとってイレギュラーな事態だとすると、ドローン使いは善斑の仲間ではない可能性が出てくる。


 その場合ドローン使いは俺と鬼島さんと善斑が集まる状況を利用して何かをしようとした…?

 同士討ちとか、特定の誰かを狙い撃ちとか。

 後者なら、狙いは俺だろうな。


「そういえばあの時鬼島さんは俺を止めましたけど、鬼島さんも強硬手段に出ようとしてたってことは、何か策があったんじゃないですか?」

「ああ…」


 二人の普段の関係性にもよるが、呼び出された場所に"あの善斑"がなんの準備もせずに行くワケがないというのは理解できる。

 しかし鬼島さんはそれを承知の上で仕掛けようとしていたのなら、その備えを使っての2対1ならば問題なかったのでは? という事になる気がするのだが。


「一応、策はありました」

「なんだ…じゃあ―――」

「それでも、私の能力で"私一人"であれば助かるかも…といった程度ですね。最悪刺し違える覚悟で臨みましたから」


 あの倉庫では、異能力庁のナンバー2と3がそんな事態になっていたとは…。

 もし仮に"そう"なっていたら、大問題になっただろう。


「私もですが、彼はそれほどの備えをもってあの場に来ていたでしょうね。攻撃・洗脳・脅迫・拉致…あらゆる危機を想定して仲間や能力を揃えていますから。仮に先ほど君が攻撃を仕掛けていたら、彼は喜んで痛めつけられていたことでしょう。その後に暴行の証拠を提出して君は逮捕…なんてことになっていたかもしれません」

「なるほど…」


 これまで俺が戦ってきた敵の多くは、戦場に人気のない場所を選び襲ってきた…し、俺もそうしてきた。

 それは不意打ちも含め、『自分が殺る側』であることを前提に動いているからだ。

 ところが、能力が公表された今の世界において善斑は『試合に負けて勝負に勝つ』手段を使ってきた。


 禁忌タブーとされ証明の仕様も無かった"能力による被害"を既に何重にも想定し、相手を社会的に殺す用意をしている。

 やられている間は内心ほくそ笑みながら、後でカウンターを放つ。

 現実の武器よりも予測の付かない、ヘタすれば殺されるかもしれない能力者の前で攻撃を誘う。

 今までの誰よりもやりにくい相手だ。


 そして目の前の人物も、善斑と相打てるかもしれないだけの用意をしてあの場に向かった。

 同じだけの量の可能性を想定して。俺よりも先のステージに立って…。


「俺が現れたことは、善斑という巨悪を捕まえる邪魔でしかなかったワケですかね…」


 少しだけ自嘲気味にそんな事を言うと、鬼島さんは間髪入れずに答える。


「そんなことはありません。むしろその逆です」

「逆?」

「君があの場に現れたから、私は"私の予感"を信じ、刺し違えなくても彼を止める事ができると感じたのですから」

「はぁ…」

「頼りにしているという意味です」


 何やら確信めいた笑みを浮かべる鬼島さんに、俺は当然のことながら付いて行けていない。

 予感とか言われてもな。



(いのり。ここまでの話で、気になる点はあったか?)


 俺は隣の席で紅茶を飲みながら静かに能力で探りを入れてくれているいのりに声をかける。


(この人はずっと嘘偽りなく話してくれているわ。頼りにしている云々の部分も、本心よ)

(そうなのか…何でだろう)

(頼もしいんだもの。当然よ)

(どうも…)


 いのりからの信頼はともかく、鬼島さんも俺に対し何かを期待している。

 初対面で、しかもあの場では助けられたような俺に、一体何を…?

 和久津に呼ばせたという事は、以前から俺に関心を寄せていたんだろ? 一体なぜ…?


「腑に落ちませんか?」

「え…?」


 俺が自身に対する評価を考えていると、それを見透かしたように声をかけて来る。

 父親と同じで、全てを見通しているかのような対応だ。


「和久津さんを使って呼んだ事や、私の予感と言うのは置いておいて。先ほど彼に対する切り札になると確信したのは、君が彼の"笑顔を消した"からなんですよ」

「笑顔を…?」

「はい。彼は基本的に喜怒哀楽の"喜"の部分しか他人に見せる事はありません。それは『感情のコントロールが上手い』とか『他人に心を開いていない』とかそういう話ではなく、どんな逆境も楽しめる性質に起因していると思っています」


 一見すると優れた精神性のように思える。

 中には『いつもニコニコしてて不気味だ』などと言う人も居るだろうが、それは坊主憎けりゃ袈裟までの理論だろう。


「そんな彼は大抵の人と良好な人間関係を築き、かなり信頼もされています。ただ彼の裏の顔を知っている者からすると、あの"変わらなさ"は異常以外の何ものでもありませんがね」


 確かにな。

 尾張を操り、多くの人間の死や悲鳴に関わっておきながら平常運転なところは、狂気を感じるのには十分な要素だ。


「そんな彼が、君の言葉で真顔になったんです。普段一緒にいるから分かりますが、彼を一瞬でも驚かせるのがどれほどの事か…。君は"彼の予想外"を引いたんですよ」

「そんなもんですかね」


 確かにさっきはそんな瞬間があった。

 俺の例えの何に思うところがあったのかは知らないし、それがどんなに凄いことかと言われてもイマイチピンと来ない。

 だが鬼島さんはそんな俺を高く評価してくれているらしい。



「―――さて、ここまで聞いて、私に一定の信頼を寄せてくれたのでしたら、今度は君と彼の話を私に聞かせてほしい」

「…」

「もし信頼するに値しない、関わりたくないというのであれば今聞いた話は忘れてそのまま帰っていいです。できれば他言無用を願いたいですが強制はできません」


 一通り鬼島さんと善斑の関係や、先ほどのシーンに至るまでの事情を聞いた。

 そして今度は俺が情報を差し出す番が来る。

 決して強制ではなく、任意でということだ。


 俺は少しだけ考える。


 目の前の人物はまだ会って間もないが、心の声や鬼島部長代理の息子だということを差し引いても、信頼できる人物だということは何となく伝わってきた。


 対して善斑はどうだ。

 少し話しただけでも不快で軽薄。

 人に懸賞金を懸け殺そうとし(試したとかフザけた事を言っていたが)、尾張を誑かした。

 他の暗躍に関しては知らないが、これらだけでも十分な理由ではないか?


(私は、卓也くんの判断に任せるわ)


 隣のいのりを見ると、テレパシーで伝えてくる。

 その微笑みからは、俺に対する全幅の信頼が見て取れた。


「………分かりました。俺の知っていることで良ければ、お伝えします」

「助かります」


 こうして俺は、先日の尾張の一件から今日に至るまでの殺し屋たちの話をすることに決めたのだった。



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