第278話 君は操る側の人間

「72件」

「?」

「この件数が何を指しているか分かりますか?」

「さぁ…見当もつきませんね……」


 都内某所で、異能力庁のナンバー2とナンバー3が対峙している。

 同じ職場の人間同士が向かい合って話をしている事に対して普通"対峙"という表現は使わないが、今の彼らの様子はまさしくそれだった。

 お互い警戒し、様子見をし、こっそり能力を使ってこないよう一挙手一投足を見ている。


 世界が変わり、能力者を管理する新しい組織に配属された二人はこの1か月近く非常に激務であった。

 特対や特公といった管理業の先駆者は存在するが、一般人や何処にも属していない能力者の窓口を彼らの所属する異能力庁が行う事になっているため、その業務量は計り知れない。

 そんな中で二人は政府の指針に従いつつも臨機応変に動き、今日まで大きなトラブルもなく運営して来れたのは、超が何個も付くほど優秀な人材だったからに他ならなかった。


 特に、お偉方や大臣が非能力者なうえ誰も明確な答えを持っていない中で選択を迫られた際に、最善策を選び続けた鬼島副大臣の功労は大きい。

 そしてそんな彼を支え続けたのは、間違いなく日高なのであった。


 それでも、お互いが心の底から信頼し合える仲になったことは一度も無い。

 最初から、お互いがお互いの中で"最重要警戒人物の一人"に名を連ねている事は疑いようもない事実であり、この1ヶ月間はそれを身近で観察する期間であったのだ。

 結果、先に動き出したのは鬼島の方であった。彼はある事件…にもまだなっていないが、大きな陰謀という氷山のほんの一角を認識し、その山の中心に居るであろう男を呼び出した。


「この件数は、ここ最近都内で見つかった"謎の結晶"の報告件数です」

「そうでしたか」

「君も特対からの報告書は読んでいるでしょう。それがある能力者による能力の副作用であることを」


 能力による犯罪で捕まった加害者が取り調べ中に結晶化した件と、卓也が捕まえた末吉を含む三人の能力者の証言から、特対はカードで能力を配る能力者の大枠を知ることが出来た。

 その情報は特対のみならず関係組織の限られた人間にも共有され、当然二人にも届いている。

 鬼島はそれを日高が認識している前提で話すと、日高は態度を変えず余裕の表情で


「勿論知っていますよ。甘言で一般人を釣り、メリット能力取得以上のデメリットペナルティで死に至らしめる。許しがたい行為ですね…」


 と言い放った。


「…それと今、その発見報告件数以上の行方不明者が都内で出ている事は知っていますか?」

「いいえ? 流石に行方不明者まではいちいち把握していませんでしたが…それが何か?」

「ここ最近、君の息のかかった人間の多くが能力を取得したそうですね。丁度、行方不明者よりも少し多いくらいの人数だとか…」

「んー…。まさか先輩はそれだけの関連性で僕のことを疑ってるんですか? 能力者になった僕の友人の数と、行方不明者の数が"近い"というだけで。僕が一枚噛んでいると?」

「友人とやらが能力者になったことは否定しないんですね」

「隠す理由がありませんから」


 鬼島は行方不明者と日高の周りの人間の能力者増加を繋げ、関連性を疑っていると告げる。

 ただし裏付ける証拠は持ち合わせておらず、まだ揺さぶっている段階だ。


 そして疑いを向けられた日高は、冗談を言われたかのような表情で『心外だ』と反論する。

 にこにこと、特段困った様子もなく自身に向けられた疑いの眼差しを楽しむように対応していた。


「何の証拠もありません。今回は裏を取れるような相手も居ないみたいですからね」

「関係ないですからねぇ」

「確かに君は直接手を下していないのかもしれません。ですが私は確信しています。君は一枚噛んでいるなんてレベルではなく、黒幕であるとね」


 疑い、断言する。

 大量の結晶と行方不明者。そしてそれらの件に日高が関わっており、日高を操る人物は居ないと。

 物的根拠は無いが、元凶に元凶であると正面から伝えたのだった。


「…参りましたね。証拠がないんじゃ反証のしようもないですし。もしかしてゲームみたいに揺さぶり続ければボロが出ると思ってます?」

「ゲームは知りませんが、君がそんな単純であれば苦労はしませんよ。だから…」


 その時、鬼島の体からゆっくりと泉気が昇る。

 戦闘中のような爆発的な放出ではなく、体中から湯気のようにユラリと発生し、能力を使う状態になった。


「直接能力コレで聞くことにしますよ…」

「………流石の僕も、そこまでされちゃあ黙っていられませんね」


 対する日高の体からも気が発せられる。

 沼気ではなく同じ泉気のハズなのにどこか禍々しく、どこか歪なそのエネルギーは、触れば絡みついてきそうな錯覚さえ感じさせる。


 そして、お互いが約2メートルの間合いを取った。

 おそらくどのような能力でも有効な射程距離。それがこの距離。

 だが自分の領域であり、同時に危険域でもある。能力によっては達人同士の刀による一騎打ちにも似た、瞬きの隙さえ無い一瞬の決着となるのだ。


 二人とも特対データベース上の登録は"シークレット"。

 そんな相手にお互い一歩も退かないのは、能力がそれほど強力である事の裏返しでもある。

 ナンバー2と3の、刹那の衝突が始まろうとしていた。


「先輩、今までお世話になりました」

「日高くん。これからもよろしくお願いしますよ」


 別れを告げる日高と引き続き宜しくと言う鬼島。

 対照的な二人の言葉は能力の性質によるものなのか、それとも…

 鬼島の疑念から端を発したこの会合は、一触即発の事態へと発展していた。


 しかしその時、二人の予期せぬ"異音"とともに一つの影が入り口の方からやってきた

 お互いがそっちを警戒し、意識を目の前の同僚からイレギュラーへと向けるとその正体に気付く。


「…ドローン?」

「…能力で具現化しているのか……」


 そのイレギュラーは、卓也とその同僚の星野を襲ったドローンである。

 それが何故か二人の秘密の会合場所である倉庫に現れ、そして…


「消えた…」


 二人の目の前で消え去っていった。


「これは君の仲間の仕業ですか?」


 鬼島が先に口を開く。

 今日、この場所に一人でやってきた彼にとっては、相手の仲間であること以外は考えられなかった。

 だが日高もそれを受けて反論する。


「いやいや、先輩の用意した伏兵でしょう? そういう小芝居はいいですよ」


 日高もうっすらと笑みを浮かべながら、自分の与り知るところではない事を主張する。

 その反応から、とても日高が騙し討ちをしたようには見えず、また日高も鬼島の反応を見て予想外の事態であると悟った。


 そして二人が一瞬、目の前の相手よりもドローンに思考を巡らせた時、"それ"は現れた。



「テメーらか…? 人に勝手に値付けしやがったのは」

「君は…」

「…………おやおや」


 卓也・鬼島・日高

 三人の能力者が集結する。


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