第277話 真相への水先案内人

 卓也と殺し屋7番の二人が同時に心の中で安堵していた。


 卓也は、消えた7番が"偵察に専念"していたワケではなく、しっかり自分を殺すため潜伏していた事に対して。

 このまま現れず約束の15分を迎え、取り逃した一人が援軍を引き連れて再度リベンジにやって来る…そんな面倒なシナリオが頭をよぎっていただけに、敵に戦闘の意志があったことに安堵した。

 単に攻撃の機をうかがって姿を消しているだけの相手であれば、いくらでも手の打ちようがあるからだ。


 7番は、自分の攻撃を必死に回避した(ように見えた)卓也を見て、まだ殺す余地があることに安堵する。

 先ほど5番の放ったほぼ防御不可の攻撃をあっさり防いだことで『もしかしたらターゲットには物理攻撃が効かないのでは?』という疑念が強まっていたのだが、反射的に回避した卓也の行動が結果的には7番の戦意を回復させたのだった。


「危うく頭の風通しが良くなるところだったじゃねーか…ったく…」


 そんな軽口を叩き、見えない7番にアピールをする。聴こえているかは不明だが。

『俺はその槍で殺せるから、せいぜい逃げずに狙ってこいよ』と…。

 そして7番をおびき出す算段を立てた卓也は5番と6番の方を向き、ニヤリと怪しく笑う。その笑みは四十万や清野を彷彿とさせる怪しさを孕んでいた。


「…シっ!」


 得体の知れない相手の不気味な笑みに、堪らず5番が駆け出す。

 専ら暗殺に務めてきた彼女にとって、ターゲットと正面切ってやり合うのはほぼ初めての経験であった。

 相手の分からない内に心臓を貫いて殺すという手段を取っていた彼女が、今度は自分がワケの分からないままやられようとしている。その意趣返しに、精神は大きく揺らいでいた。

 しかし動揺していながらも彼女の繰り出す斬撃は非常に素早く、鋭く、正確だった。

 体に染みついた訓練の成果が、心の弱さを置いてきたのだ。

 だが―――


「よっと…」


 5撃目…ほんの僅かに大きく振った手を卓也の左手があっさり掴むと、直後に右拳が彼女のみぞおちにめり込んだ。


「ごっ…ァ…!」


 5番が呻き声をあげる。胃液が食道を通り口から漏れ、気持ちの悪い感覚が襲う。


 仕事をする上で有利になるよう『普通の女子高生の肢体』をキープしたまま鍛え上げられた彼女の体術は、一般人は勿論のこと鍛えてない能力者では1対1で勝つのは難しい。

 だが、一部の筋肉フェチを虜にするくらいには体型を気にせず鍛え上げた卓也の体術は、5番の刃をアッサリ捉え筋肉の鎧を容易に貫通した。


「ぐっ…!」


 拳をみぞおちから離すと、続けて右膝に蹴りを入れ破壊し素早い動きを封じる。

 そして掴んでいる右手を振り回し6番の立っている方とは逆方向に5番の体をぶん投げると、少女の体は大きく放物線を描きおよそ10メートル先の地面にドサリと落ちたのだった。

 ボディーブローのダメージで受け身を取ることが出来なかった少女は、落下の衝撃を全身にモロに受け気を失う。


「…! このっ…!」

「遅い」


 6番が卓也の挙動から次の行動を察し矢を放つも、あっさり手で掴まれ折って捨てられる。

 そして卓也は地面に落ちている『先ほどまで5番が使っていたナイフ』を拾い上げると、それを持ち主目がけて投擲した。

 ナイフは持ち主とは異なり一直線に飛んでいき、やがて5番の体に深々と…刺さらなかった。


「…!」


 響いたのは悲鳴ではなく、短い金属音。ナイフが槍の刃先に当たる音だった。

 5番にナイフが当たる直前、7番が霧状から"腕と槍"だけ実体化し防いでいたのだ。


「くそっ…! うグっゥ!」


 庇うのを見越していた卓也は投擲と共に既に駆け出していた。そして実体化した7番の腕を掴み泉気を封じると能力が解除され、霧状だった腕以外の体も元に戻り全身が白日の下にさらされた。

 直後に、卓也は無防備となった7番のみぞおちに肘打ちを入れる。すると短く悲鳴を上げて膝から崩れ落ち、やがて意識を失った。


 5番と7番、二人の殺し屋があっという間に敗れ重なるようにして草原に倒れる。

 その傍らで立っていたのは、無傷のサラリーマンだった。



「あとはお前だけだな」


 最後に、この空間を形成していると思われる6番が残った。いや、残されたのだ。

 他二人が空間の解除と共に逃走しないよう一番最後に無力化する事は、卓也の頭の中で最初から決められていた。

 最初は空間内の地面を隆起させたり岩を飛ばしたりと、支配者よろしく自在に操って来ることも警戒していた。そうなれば非常に厄介なので、気絶しない程度にダメージを与えるプランも選択肢に入れていたのだった。


(コイツは完全にサポート専門か…)


 が、仲間が二人とも倒れ、ゆっくりと距離を詰めている今も能力で何かをしようとする気配さえ見せない事から、6番は『空間を作りそこに人を飛ばすだけ』しかできないと悟る卓也であった。

 これだけの空間を作り維持する能力の限界なのか、単に練度の問題なのかは分からない。

 しかし近付いてくる卓也に向けられたボウガンが小刻みに揺れ汗を大量にかいている様子から、勝負が決していることは誰の目から見ても明らかだった。


「そのボウガンを下ろして、ゆっくりと後ろを向け。そうすれば痛い思いをせずに済むぞ」

「何ですって…? 私に、貴方が…! 手心を加えようというのですか!?」


 恐怖で下がりかけた銃口が再び卓也の顔を捉える。

 いくら戦闘能力が低いとはいえ、彼女も修羅場をくぐってきた殺し屋。それが素人に情けをかけられたとあれば、黙っているわけにはいかなかった。


「舐めないでください!!」

「いや、舐めるも何も…そんな遅い矢じゃ何発撃ったって当たらないって。2対1でも無理だったじゃん」

「私にも殺し屋としての矜持があります! ターゲットに勝てないからといって尻尾を巻いて逃げたのでは、名折れです!!」

「捨てちまえよそんな矜持。やってることは立派な犯罪だからな」


 退けない理由を語る6番になおも近付く卓也。殺しを生業とすることや、そんな自分に誇りを持っていることに半ば呆れた様子である。

 そして自発的な能力解除が期待できないので、意識を刈るため力を漲らせた。


「本当にいいんだな? 解除しないなら、痛い目見るぞ?」

「くっ…! 殺せ…!」

「いや、殺さないし…」


 涙目でそんなセリフを吐き捨てる殺し屋にツッコミを入れると、二人の距離は2メートルまで縮まった。

 すると…


「っ…!」

「おっと」


 先に動いたのは6番だった。

 この距離なら当たると確信し放った矢は、卓也の顔のヨコ僅か数センチの所をかすめ後方へと飛んで行ってしまう。

外したのではなく、卓也が体を捻りギリギリのところで回避したのだ。


 そしてそのまま左足を軸に時計回りに回転し後ろ回し蹴りを放つと、卓也のカカトが6番の顎を綺麗にとらえた。


「ぁぇ…!」


 フィギュアスケートのキャメルスピンのように綺麗に、水平に横切った蹴り足が的確に6番の脳を揺らし、彼女は声にならない声を発したまま気を失い倒れる。

 無事卓也は三人の殺し屋を仕留めたのだった。


「お…背景が」


 主が倒れたことで空間がボロボロとほころび始める。

 それを見て卓也は急いで三人の殺し屋を一箇所に集め、デバフをかけ、元の場所に戻るのを静かに待った。

















 ________















「あら、おかえりなさい卓也くん」

「………………おう。俺が消えてからどれくらい経った?」

「大体13分くらいかしら」

「そっか」


 俺は念のため自分が消えた時のおおよその時刻に13分を足した時刻と、今腕時計が示している時刻を見て、異空間と現実の時間に差異が無いことを確認した。

 足止めだとか、時間感覚を狂わせることによる"何か"を企んでいたワケでは無さそうだ。まあいのりが待っていてくれている時点で可能性は低いのだが…。


「それで、いのり」

「なに?」

「…この状況は、どういうことなんだ?」


 俺は意を決して、『四つん這い男の背中に腰掛けコーヒーを飲んでいる』いのりに質問した。


 まず謎の男が地面に膝と手をつき、黙っていのりに座られている。

 いのりもそんな男を椅子にして、そこらへんの喫茶店で購入したと思われる紙カップのホットコーヒーだかカフェラテを片手にくつろいでいた。


 俺が消えていた十数分の間に、どうやったら、そうなるんだ…


(私から説明するわ)

(アフロディーテ…)


 いのりより先にアフロディーテが俺の疑問に答えるべく近くに寄ってくる。

 状況的には融合した女神のテレパシーで殺し屋を従えているんだろうけど…他の三人と対応が違うのは何故だ?


(実はアナタが消えてからすぐに、殺し屋がここに来たのよ。それがコイツなんだけどね)

(ああ、やっぱり…)


 疲れたからといって一般人にさせていたとしたら流石にドン引きだ。


(それで、いのりちゃんがテレパシー修行の成果を試してみるって言って、行使したのよ。その結果、その男の意識は"いのりちゃんの友人"という内容に書き換えられたワケよ)

(それは…スゴいな)


 操作とも違う、意識や認識の書き換え…それも本人が無自覚のウチに。

 バンバン使えるようになれば、血を流さずに組織や国を牛耳ることが可能となる強力な能力だな。

 初めは俺も『テレパシーなんて怖くない』などと宣言していたが、今はとんでもない…。


(それでね、あのカフェラテは男が友達として買ってきてくれたのよ)

(パシらせたのね)

(そうとも言うわね)

(実験よ、実験)

(で、じゃああとは例の場所に送りましょうかという段階でね、いのりちゃんが言うのよ)

(なんて?)

(私を侮辱した罪は償わせないと…ってね)

(侮辱?)


 何か言われたのか。


「余計なことは言わないでいいのよ」

(………まあそういうワケよ)


 聞かないでおこう…。

 触らぬ神に祟りなし、ならぬ、触らぬ女神に祟りなし…だ。


(で、ワタシが融合して、テレパシーで『椅子になりなさい』と命令したってワケよ)

(ナルホド…)


 それは何ともご愁傷さまだな。


「卓也くんの方は、無事殺し屋たちを倒せたみたいね」

「ああ。少しだけ面倒なのがいて手間取ったけどな」


 互い違いに十字に折り重なる三人の殺し屋を見てそう話す俺といのり。

 一応能力は封じてあるから、反撃の心配もない。あとは送るだけだ。


「じゃあ、あと殺し屋は一人だけね」

「ああ。最初の監視役が把握している人数は、な」

「そしたら引き続き―――」


 捜査続行の提案をしかけたいのりの言葉を遮るように俺のスマホが電子音を響かせる。

 ポケットから取り出し画面を確認すると、かけてきたのは廿六木からだった。


「廿六木からだ。もしもし?」

『もしもし。塚田さんですか?』

「ああ、どした?」

『こちらで殺し屋をひとり、確保しましたのでその報告をと思いまして』

「マジか」


 これで八人。

 一応1パーティー分は全員確保したことになるのか…。

 まとめ役っぽいのが知らない以上他のヤツも望み薄だが、捕まえた殺し屋からテレパシーで情報をもらいに行かないとな。

 おそらくヤツらが使用していた携帯電話に登録されているナンバーゼロ九人目が依頼主だろうと俺は踏んでいるのだが、果たして…



『どうしますか? 一旦合流します?』

「そうだな。そっちで捕まえたヤツからも話を―――」


 俺と廿六木が電話で打ち合わせをしている、ちょうどその時。上空から俺の真横に光線が1発発射された。

 その光線はアスファルトの地面を少しだけ削り、焦がした。着弾点からは少しだけ煙が上がっており、人に当たれば貫通してしまう威力だと再認識させられる。


「卓也くん…!」

「あの時のドローンだ…」


 つい先日見たばかりの、星野さんを撃ったくそったれのドローンが、上空からこちらを狙っていたのだった。


 先ほどまでのヤツらとは別のグループなのか。それともまさかの依頼主の能力?

 色々な可能性が頭を巡るが、答えの出ないことに割く時間は無いとすぐに頭を切り替える。


『どうかしましたか?』

「例のドローンが出た。刺客はまだいるようだ」

「卓也くん、ドローンが…!」


 俺が廿六木に報告をしている最中、ドローンはどこかへ移動を始めてしまう。

 だが俺にはそれが、何となくだが『ついて来い』と言わんばかりに、ギリギリ追いつけるくらいの速さで移動しているように見えた。


「すまん廿六木。話は後だ! ドローンを追いかける」

『分かりました。こちらは引き続き本体や残党が居ないかここで見ています』

「頼んだ!」


 電話の向こうの廿六木と話をつけると、俺といのりはドローンのあとを追いかけることに。

 そしてクリスマスイブだというのに脇目も振らずダッシュする俺といのりに、周囲の監視をしていた琴夜が合流した。


(すみません、卓也さん)

(琴夜。あのドローン、見てたか?)

(いきなり具現化したように見えました。それで今少しだけ周囲を確認しましたが、本体らしき人物は居ませんでした)

(そっか)


 となると遠隔から具現化かつ操作が可能な能力か。面倒だな。

 どのみちこの先にある何かを確認するのが早道だろうな。


「人の目が無くなったら琴夜の翼で飛ぶ。いのりは―――」

「もちろん一緒に行くわ」

「了解。しっかり掴まっててくれよ」


 こうして八人の殺し屋たちを退けた俺たちは、突如現れた真相への片道切符らしきドローンのあとを追い移動することにしたのだった。




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