第276話 異空間の外と中

「卓也くん…」


 殺し屋たちと卓也が消えたあとの路地裏にいのりがひとり残されている。

 事前の打ち合わせで『どちらかが転移・転送に類する能力で飛ばされた場合、残された方は15分その場に留まる』事と、『時間になっても戻らない場合は残された方が作戦を続行する』事を決めていたので、いのりは決して立ち尽くしているワケではなく予定通りステイしているだけであった。


 また15分という猶予は卓也の為の取り決めであり、もし飛ばされたのがいのりであればテレパシーでいとも容易く解除できたであろう。

 つまり殺し屋たちの中に転移・転送能力者が居れば、待たされるのはいのりだけという事になるのだった。


「早く戻ってこないかしら…」


 人気のない路地でそう呟くいのり。

 最早卓也が戻って来られないなどとは微塵も思っていないが、恋人たちで賑わう街の路地裏に独りで残されるダメージに苛まれていた。

 なのでいのりは一足先に、"この後"の予定を考えて気を紛らわすことにしたのであった。


「これが片付いたら、ディナーまでゆっくりして…プレゼントはさっき買ったって言っていたから、みんなで交換会かしらね…。もう襲撃の心配も無いだろうし(されても問題ないし)、当然今日は泊まっていくわよね。寝間着もこの前買ったヤツをおろして……」


 まだ戦闘中にもかかわらず、すっかりいのりの頭の中はこの後のクリスマス会のことでいっぱいだった。

 他の家族や世話係が多く居るとはいえ、家でクリスマスイブを共に過ごすなんて相当気を許している証拠だと、いのりは卓也の自分に対する評価に心躍らせていた。


 初夏に想いを告げてからというもの、一緒にお風呂にも入ったし(語弊)、一緒に寝ることもあった(やや語弊)。

 そしてお互いの家族にも紹介を済ませた。(ただし塚田家は真里亜だけ)

 これはもう、ほぼ家族だろう…と、浮足立っていたのである。


 上位存在の力を遠慮なく借りることに決めた今回の作戦は彼女らにとって、妄想に浸れるくらいイージーなモノという認識なのであった。



「…お前のツレはどうした?」


 いのりの脳内の時が加速し"新婚編"まで差し掛かろうとした瞬間、ある男から声をかけられる。

 それは殺し屋の最後の一人である、コードネーム2番ドスであった。

 卓也たちの気を辿りこの路地裏まで足を運んだというワケだ。

 会合では能面を付けていた彼の素顔はとても傷だらけで目は鋭くつり上がり、普通の女子高生であれば声をかけられただけで逃げ出してしまいそうな、そんな凶悪な人相をしていた。

 だがいのりは全く動じない様子で話に応じる。


「あら、野暮なタイミングで声をかけるのね」

「お前も能力者だな…。塚田を出せ」

「卓也くんなら今取り込み中よ。10分くらい待ってくれる?」

「なら、お前を人質にして、戻ってきたら交渉に使ってやる…」


 2番は目の前の少女を捕まえ、卓也の命と引き換えようと画策したのだった。

 自分とは階級ステージの違うチカラを内包していることには気付けずに安易な作戦を思いついたのは、彼の不幸であると言える。


(さっさと送っちゃう?)


 いのりの中の女神が提案する。

 これまで三人の殺し屋をそうしてきたように、自らの足である場所に向かうよう"心変わり"させる提案を。

 女神の力をもってすればわざわざ対面せずとも力を行使するのは容易い。しかし卓也の目論見のため、一度姿を見せてから能力で送ってきた。

 今は肝心の本人が居ないので、すぐにでも目の前の殺し屋を操っても良いと女神は判断し、そしてその判断にはいのりも同意だった。

 しかし…


(丁度いいから、私の特訓の成果をこの人で試したいんだけど)


 と逆に女神に提案したのだった。


(あら、それいいわね)

(でしょ? 結構いい感じに成長したと思うのよね。でも効かなかったらフォローよろしくね)

(ガッテンしょーちのすけよ♪)


 いのりはこの1ヶ月間、女神アフロディーテ指導の元テレパシー能力の修行に励んできた。

 融合状態にならなくても、"ただの通信・索敵役"ではなく戦力となるよう技を磨いてきたのだ。全ては卓也の相棒として相応しくありたいと願い…。

 この変化は、能力に覚醒してからの時間の大半を"能力を拒絶"して生きてきた彼女からしたら、まさに生まれ変わるような変化であると言えた。


 また、心を変えるという能力を身近な人間あるいは一般人でテストするというのに抵抗があったいのりにとって、目の前の殺し屋は丁度良いサンプルであると言えた。

 多少酷い事をしても心が痛まず、最終的には操られる運命の男に慈悲はない。


 人質にしたい男と、テストをしたいいのり。

 両者の目的が噛み合ったところで、路地裏でのにらみ合いが始まったのである。


「俺とやるってのか…? 抵抗するなら苦しい時間が長引くだけだぞ」

「問題ないわよ。カタは一瞬でつくわ。そういう能力だもの」

「そうかい。じゃあ空いた時間でたっぷり楽しませてもらうとするか…よく見りゃかなりいいツラしてんじゃねえか」

「ありがと。おじさんは私のタイプとは日本と南極くらいかけ離れているけどね」

「ちっ…。俺だってツルペタにゃあ興味はねえよ」

「は? やっぱり脳(機能)を破壊するわ」

(落ち着いていのりちゃん!)


 舌戦が終わったところで、お互いが気を漲らせる。

 卓也不在の中で、ひっそりとバトルが行われるのであった。















 ________















「はぁ!!」


 草原を模した異空間にて、5番が手に持ったナイフで素早く卓也に襲い掛かる。

 先ほど投げた物よりも大きい、白兵戦に適したサイズのナイフで。


「お…っと」


 5番の繰り出す突き・横薙ぎ・斜め振り下ろしを難なく躱した卓也は、来たる4撃目の手を取ろうと構えかけた…その時―――


「っぶね……ボウガンか」


 5番の後方から飛来してきた矢によって、卓也の反撃は未遂に終わる。


「せやぁ!!!」

「おっと…」


 卓也の体捌きを見て、振りを細かく修正する5番。と、それに合わせるように動き回り矢を放つ6番とのコンビネーションは、卓也に中々攻める機会をくれない。

 伊達に殺し屋稼業をやっていないなと、最近戦ってきた"にわか能力者"たちと比べ感心する卓也だった。


 彼女らの話が本当であれば、今応戦している二人は既に能力を明かし、言わば卓也に対し能力による不意打ちは出来ない状態にあると言える。

 であればさっさとユニの防壁任せで特攻し、素早く無力化すればよいのであるが…この空間に飛ばされて以降姿をくらました7番の存在が卓也にそれをさせる事を躊躇わせた。


(消えたもう一人は不意打ちのチャンスを伺っているのか? それとも"けん"に徹しているのか?)


 できれば三人まとめてここで始末しておきたい卓也からすると、消えた一人の存在のせいで少なくとも6番を無力化することが難しくなるのだった。

 6番の泉気を消し空間能力が解除された瞬間、消えた一人がそのまま逃亡する…なんて事が起きれば狙われる期間が長引くのは必至。

 そうならないためにも、三人まとめて倒し、かつ手の内を晒す時間を短くしたいと思うのであった。


(やっぱり空間コレ系の能力は強いなぁ)


 きっちり予測し、想定し、準備していたにも関わらず面倒な状況に置かれてしまう。それほどまでに自分の空間に相手を引きずり込むという能力は強力であることを、卓也は改めて痛感したのであった。



「あなた…何者なんですか…!」


 6番が、自分と5番の連携攻撃をものともしない卓也に問いかける。

 先程からナイフもボウガンもかすりもせず、全て躱されてしまうことに驚きを隠せない。


「ただのヒーラーだって」

「ヒーラーがそんなに動けてたまりますか…!」

「いくらでも居るだろう。お前の世界には"性格の良いブサイク"か"性格の悪いイケメン"しか居ないのかって話だ」

「一緒に…! しないでください…!」


 卓也が軽口を叩く間も二人からの猛攻は続いている。

 が、それを適当にあしらいながら待っていた。"機会"を、待っていたのだ。


「はぁ…はぁ…。矢は、まだある…?」

「あと百発くらいはあります」

「どこにそんな隠してんの?」

「アナタとは話してません…!」

「ああそ―――」


 二人の殺し屋をおちょくるように振る舞う卓也。


 そんな卓也が自分のうなじに僅かな風を感じ身を屈めたのは、端的に言えば"思わず"だった。

 棒立ちの状態で何らかの攻撃を受けたとしても今はユニの防御がある。ダメージなど微塵も受けない。

 それでも体が反射的に動いたのは、これまでユニたちに極力頼らず自分の力で戦っていけるよう心がけ鍛えたおかげだった。

 そしてそのおかげで、6番の能力の正体にもいち早く気付くことができたのである。


「…槍?」


 屈んだ卓也が見たのは、先程まで自分の頭があったところに繰り出された槍による刺突だった。

 それだけならなんて事のない不意打ちだが、特筆すべきは槍を持つ手の肘までしか現れておらず、それ以外の肉体が見えない事にある。


(ワープ系の能力か…? しかし本体はどこに……おっと)


 刺突からの薙ぎ払いを躱した卓也は、5番6番とも、槍を持つ手とも距離を取るためバックステップをする。


「霧化か…」


 そして少しすると、宙に浮かぶ両腕と槍が刃先からサラサラと霧状となり、やがて見えなくなるのを確認した。

 7番の能力が『物体を霧状に変える』能力であることを、ハッキリと目で見たのだった。


「殺し屋らしい、良い能力じゃねーの」













 ________













「…………ふふっ」


 都内のとある倉庫で、異能力庁の日高芳が携帯電話を見て笑っている。誰も居ない場所でスーツにコート姿の男がひとり笑っている様は不審者そのものだが、これには理由があった。


 ひとつ。彼は決して自ら好き好んでこんな場所に来たわけではなく、同じく異能力庁で副大臣をしている鬼島修一郎に呼び出され足を運んでいたのである。

 呼び出した詳しい理由は教えてくれなかったが、特に気にすることも無くすぐに了承した。例え自分にとって良くない内容の呼び出しだとしても、日高は喜んで受け入れる。

 そんな逆境大好きさが、彼の本質なのである。


 そしてもうひとつ。笑っている理由の方は、彼の携帯に届いた自分の雇った殺し屋からのメールであった。

 その文面からメールの送り主が卓也であり、殺し屋たちが次々とやられているのが分かる。日高は卓也の一斉送信のおかげで、思いがけずざっくりとしたリアルタイムな状況を知ることが出来、とてもご機嫌なのだった。


 早く次のメールが来ないかなぁ。

 そんなことを思いながら、中高生が気になる異性からのメールを待つかのごとく携帯電話を見つめていると、倉庫の入り口から待ち人がやってきたのだった。


「おまたせしました、日高くん」

「いえいえ」


 呼び出した鬼島もスーツの上にコートを羽織り、落ち着いた様子で日高の前まで歩いて近付いてきた。

 そして少し距離をあけてお互い立つと、日高が鬼島に質問する。


「それで、今日はどうしてこんなところに? 話すだけなら会議室でもどこでも良かったでしょう」

「そうですね。ここに呼び出した理由ならちゃんとありますよ」

「何ですか?」

「ここなら、君に何があっても気にする人は居ないからです」

「………………へぇ」


 二人の間に不穏な空気が流れた。


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