第275話 治療術師、狩りだす
「お疲れ様です、にえさ…今は
「どもっす、廿六木さん」
廿六木と一人の少年が、澁谷の雑居ビルの屋上で対面する。
廿六木は『周辺から殺し屋と思しき人間が逃走を図ろうとした場合のストッパー役』を買って出た為、見通しの良いビルの屋上に待機していた。
そして少年の方は、殺し屋たちの間で3番の名で通っている人物であった。今は。
「よっと…」
少年が自身の能力を解除すると、体が一瞬光に包まれ、元の女性の姿が現れたのだった。
長身で短い髪の、20代前半の女性。それが本来の姿である。
廿六木の協力者である彼女が、自身の能力【
「これで私はお役御免ですかね?」
「はい。あなたの誘導のおかげでかなり捗りましたよ。ありがとうございます」
「ボスのご命令とあらば、なんなりと」
そう言うと長身の女性は左手を胸部に当て、右手を後ろに回しお辞儀をする。
まるで欧米で権力者にする作法のように、廿六木に対して頭を垂れた。
「塚田さんには『殺し屋の一人を捕えた』と私から連絡しておきますので、貴女は帰って休んでいてください。どのみち今から40時間近くは能力も使えないですからね」
「分かりました。それではこれで」
彼女の【
さらに変身した相手の"記憶"や"経験"まで引き継ぐ事ができるという性質を持っていた。
これは変身系の能力では破格の性能だが、一度に変身できる時間は24時間が最長であり、解除後は変身した時間の倍の時間の
今回、特対本部の近くで張り込みをしていた諜報役の3番を見つけた廿六木は、それを捕らえて自分の協力者と入れ替えた。
そして嘘の情報を発信させて他の殺し屋たちを誘導し、卓也が今日の作戦を進めやすいようサポートをしたのである。
澁谷に行くという情報や殺し屋たちの襲撃の日を12月24日に決めさせたのも、全ては廿六木の指示を受けた協力者のおかげであった。
七人の信頼を得るために、時に真実の情報を織り交ぜ、慎重にコトを進めたのだ。
また、現在本物の3番はある場所に生かして監禁している。
というのも、変身能力発動の条件の一つに『対象の生存』があるため、命を取ることはできないでいた。
それがなくとも、自身の協力者を卓也に差し出すわけにはいかない廿六木は、本物を引き渡すため生かしておくつもりでいたのだ。
「さて…あと残りは四人ですね。そろそろ次の段取りを進めるとしましょうか」
協力者が場を離れひとり屋上に残された廿六木は、携帯を取り出しある人物へと電話をかけ始める。
卓也にかけられた三千万円という懸賞金を解決するための、詰めの一手の為の段取りを…。
『――――――。――――――』
「ええ…はい……。そうですか。ではそこに…宜しくお願いします」
電話の相手に一通り指示を出すと通話を切る。
そして、殺し屋とターゲットが戦闘をしているとは思えないくらい色めきだった街を眼下にしながら、廿六木は笑みを浮かべるのであった。
――――――――――
「さて…誰から―――」
「っ―――!!」
卓也が三人の殺し屋に対して話かけようとしたその時、全てを言い終わる前に5番が何かを投げてきた。
卓也はそれが"黒塗りのナイフ"であることを瞬時に理解したが、後ろにはいのりだけでなく通行人が大勢いる状況。通常であれば難なく躱すところを、右腕を前に出し掴み取ろうとした。
ところが…
(すり抜けた…?)
ナイフは卓也の指に捕まることなく直線運動を続けたのであった。
卓也がそれに気付けたのは、手で取ることが出来ず、しかし自分の胸の辺りでユニの張ってくれた防壁に当たりナイフが地面に落ちた刹那の間である。
敵の能力は武器、あるいは攻撃という概念に透過機能を付与する能力である…と予想できた。
「…」
ナイフを放った5番は、それが
元気で、天真爛漫で、明るいイメージの彼女には似つかわしくない険しい表情を浮かべていた。
これまで破られた事の無い【
彼女の能力は、"マト"を設定する事で自分の攻撃がマト以外には当たらなくなるという、非常に暗殺に向いた能力であった。
人間であれば内臓をマトに設定する事で、限りなく防御不可に近い攻撃を繰り出すことが出来るのだ。
そしてその事を事前に聞いていた6番と7番も、5番の後ろで驚きの表情を浮かべている。『どうして攻撃が"当たって"地面に落ちたのだ…?』という気持ちで。
彼女らは卓也の体の表面が、人間の能力では到底突破することなど不可能なユニの防壁で覆われていることを知る由もないので、仕方のないリアクションである。
「………なんでナイフが防げたの…?」
「は?」
自分の能力が効かず、あろうことか5番は卓也にその種明かしを乞うた。
殺し屋として多くの経験を積んだ彼女だが、まだまだ若輩の身。味わったことのない挫折によって理外の行動に出たのだ。
もちろんベテランの中にも、心を落ち着かせるためや話好きの性格故に戦闘中このような軽口を叩く者はいる。
が、彼女は完全に動揺からの行動であった。
そんな彼女に対し卓也は表情を変えずに
「それを俺に聞くのかよ」
と返した。
「ただの治療術師が、どうして…」
なおも続く質問。
自分の攻撃が効かなかった事だけではない。
常に動向を追っていたはずの8番や、毒を使うという1番、能力不明だがベテランっぽい4番があっという間にやられたことをさしている。
そもそも"ただの治療術師"という認識に大きな乖離があるのだが、余計なことは言わず卓也は三人にハッキリと告げた。
「答えなら自分で言ってたじゃねーか」
「…?」
「治療術師だからなぁ…俺ぁ」
卓也の言葉に覚えのない三人は、頭上に大きな疑問符を浮かべる。
すると後ろで聞いていた7番が会話に入ってきた。
「ワケわかんねー事を言ってんじゃねーぞ」
「だからぁ…」
「何だ」
「
ヒールがあれば何でも出来る。
「はぁ…?ヒールって言やぁ何でもいいと思ってんじゃ―――」
「いいんだよ」
「っ―――!」
「重要なのはお前らが塚田卓也という人間に成す術もなく負けたという事実だけだ。どんな技でとか、俺の役職が何だとか、そんなことはどうでもいいんだよ」
認識の違いとか、油断とか、そんな言い訳はどうでもよく、卓也という人間が決して倒せる相手ではなかったと、そう認識してほしいと願っている。
その為に圧倒的結果を見せつける必要が卓也にはあった。だから…
「お前らは今から俺に傷ひとつ付けることなく退散する。それだけだ」
そう言うと、卓也は気を放出しながら三人に近付いた。
その気迫に全員が怯んでいるが、その中で6番がかろうじて動く。
「二人とも! もう静かにとか目立たずにこの人を殺すのは無理です!」
「…!」
「だから、"使います"!!」
そう言うと6番が能力を発動させた。
すると瞬く間に四人は光に包まれ…
「卓也くん…」
四人が澁谷の路地から姿を消したのであった。
「…ここは……」
卓也がゆっくり目を開けると、目の前には草原が広がっていた。
足元には芝生、空は穏やかな晴れ。季節は冬だったハズなのに肌で感じる風はとても爽やかで、日本のどこかとは到底思えない場所にいるのだと感じられる。
それを卓也は、転移ではなく能力で作られた空間だと予想した。
「さぁ、行きますよ!」
「あぁ…」
「…」
目の前の女子三人が、それぞれ
一般人のいないこの場で、お互い出し惜しみは不要だった。
「いいね」
卓也も大きめのコートを脱ぎ捨て構える。
武器は持たず、両の拳を前に突き出すような体勢を取った。
「お前ら、
治療術(物理)を食らわせろ……!
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