第274話 君は毒なんか効かない

(卓也さん)


 殺し屋の一人を退け一斉メールを送信し終えた俺に琴夜が寄って来て声をかけてくる。

 彼女には今回周囲の警戒をしてもらっているのだが、何か動きがあったという事だろうか。

 トイレで元の姿に戻った俺は、カウンター席に座って待機しているいのりと合流し彼女の話を聞くことに。


(どう?)

(つい今しがた、店の外に泉気と殺気を纏った男が近付いて来ました。恐らく卓也さんたちが出てくるのを待っています。お気をつけて)

(そっか、ありがとな。そいつは俺たちがやるから、琴夜は引き続き空から周囲を警戒しといてくれる?)

(わかりました。では…)


 そう言って琴夜は喫茶店の天井をスーッと透過し上空へと向かっていった。

 彼女は同じ上位存在以外は触れる事も認識する事もできない。

 というかぶっちゃけ、琴夜とユニとアフロディーテがいればこっそりと殺し屋たちを無力化して回る事も出来るくらいだ。

 しかしそれでは"塚田卓也"に対して敵は何の脅威も感じないまま終わってしまう。『何かよく分からないけど失敗した』では2度3度と敵襲が続いてしまうのだ。


 それでも根気よく続けていれば俺の殺害が無理筋だと理解してくれるかもだが、それでは時間がかかってしまう。どころか、俺が無理なら俺の周りに居る連中を…なんてこの前みたいな策を再度取られてしまうかもしれない。

 そうされない為にも、どこかで見ているかもしれない殺し屋たちの依頼主も含めて『塚田卓也には何度挑んでも殺害は不可能だ』と理解してもらう必要がある。

 だから今回はユニたち上位存在の力も遠慮なく使い俺が手を下す。ヒトの手に余る、圧倒的な力で…。


 あと星野さんの礼も返さないと、と思ったんだが。それと殺し屋は関係ない説が出たのは予想外だったな。それはまあ、おいおい…。


「じゃあいのり、行こうか」

「そうね。もう変装はいいの?」

「んー…とりあえずメインの監視役っぽいのは潰せたからいいや。影武者にも帰るよう廿六木に頼んでおいたし、あとは俺たちで」

「そ。じゃあ行くわよ」


 そう言って自分の腕を俺の右腕に絡めて来るいのり。


「あの…」

「なに? 影武者たちもやってたじゃない」

「このままだと右腕使えないんだけど」

「ハンデよハンデ。力の差を見せつけるんでしょ?」


 フフンとこちらを見上げてくるいのり。

 こんな状況でもどこか愉快そうな、それでいて俺を試すように微笑んでいる。

 端的に言うと、とても楽しそうだ。


「仰る通りです」

「ならこのまま行くわよ。レッツゴー♪」


 観念した俺の腕を引っ張りそのまま階段を下ると、店の外へと揃って出ることに。


 店の前の道にはさっきから多くの人が行き交っている。

 クリスマスイブにこんなとこ澁谷ろに出ていくのは初めてなので、まさかこんなに大量のカップルで溢れているとは思わなかった。予想以上だ。

 もちろん殺し屋が人ごみに紛れやすいよう選んだ場所なのだが、ずっといたら"人疲れ"しそうだなとゲンナリしてしまう。



 俺といのりは腕を組みながら自動ドアをくぐり店の外へ一歩踏み出した、次の瞬間―――


「おっと」


 俺の左側から何かが飛んでくる。

 瞬間それを左手の人差し指と中指でつまむと、その物体が"液体のようなものが塗られたつまようじ大の金属の針"であることが確認できた。

 そして針の飛んで来た方向を見ると、2軒隣のショップの前で黒いコートを着た人物がこちらを見ずに通りの方を見ていた。

 だがコートの脇腹の辺りに僅かに穴が開いており、黒い筒のようなものが覗かせているのが分かった。

 多分針を飛ばした発射機だろう。


「おお…っと」


 さらに相手はこちらを見ずに続けざま3発の針を飛ばしてきた。

 俺はそれを針が刺さらないよう素早く丁寧に地面にはたき落としていく。

 コンクリートに小さい金属針が落ち小さい音が鳴るが、それも街の喧騒に飲まれてしまった。道行く人々は誰も俺と殺し屋の応酬が繰り広げられている事など気付かないまま、クリスマスイブの時は流れる。


「…!」


 針による攻撃が効かないと見るや、今度はこちらに距離を詰めてくる襲撃者。

 その所作はあくまで自然に、待ち人が駅に着いたから迎えに行かなきゃ…といった様子の歩き方だ。

 とてもじゃないが今から人を殺しに行くような様子には見えない。


 こちらも距離を詰め相手の袖口から黒塗りのナイフが見えるまで、普通の人に見えるくらい街に溶け込んでいた。


「おぉっ…」


 すれ違うまであと2メートルというところで、相手の右袖からナイフが発射された。バネ仕掛けで飛び出すようになっているやつだ。

 俺はそれの柄部分をキャッチすると、追撃ですれ違いざまに斬りかかってきた相手のナイフを受け止める。

 またしても控えめに金属のかち合う音が鳴り響くが、道行く人には届かなかった。


「…あぶねーモン振り回すんじゃねーよ、コラ」

「……貴様、何者だ」


 一見すると道の傍らで近付き話している二人の男。

 だが周りからは見えづらいようにお互いナイフで鍔迫り合っていた。どちらのナイフも鍔は無いから、刃と刃で、だが。


「何って、三千万円の男だけど? そういうお前は、そこいらのクラブにいそうな感じだな」


 男は鼻ピアスをしていたり髪の毛の半分を紫にしたり毛先を遊ばせていたりと、いかにも澁谷のクラブで遊んでいますというような風体だった。

 しかし間近で対峙してみると、鋭い眼光でこちらを睨みつけて来る様はとても普段遊んでいるようには見えない。

 街に溶け込むための変装なのだろう。


「ただの治療系能力者ではないのか…?」

「ただの治療系能力者に三千万円懸ける依頼主はバカなのか?」

「くっ…!」


 手に持つナイフに込めた力を緩めずに、お互い探り合う。向こうの認識では、俺がただの治療術師ということになっているのか…。

 三口たちの時は"ただのサラリーマン"で、今回は"ただの治療術師"か…。相変わらず依頼主の意図が分からないな。

 油断させたり焚きつけたり、真面目に俺を殺す気が無いみたいだ。先ほどの監視役が入力しようとしていた報告書もあって、まるで『探られている』ような感覚だった。


「それよりお前の能力はなんだ?」

「…」

「ふむ…液体の粘度を操る能力か」

「…!」


 いのりのテレパシーでカンニング完了。

 俺と男の持つナイフや、先ほど飛ばされた針に塗りたくられたワックスのようなものの正体は、コイツの能力で変化させた毒物だ。

 サーチを行使すると薄っすらと泉気を纏っているのが分かる。ただの毒ではこうはならないもんな。


「プッ!」

「うおっ!バッチィ…」


 能力を言い当てられた男は突如口から針を飛ばしてくる。

 躱す事も出来たが、後ろに居る一般人に当たっては危ないので俺はそれを素直に受け止めた。


「バカな…」


 針は俺の顔には当たらず、空中で静止した。ユニの防御壁が傷一つ付けることを許さなかったのだ。

 呆気に取られる男を前に、俺は隣に居るいのりの肩を掴み自分に抱き寄せた。

 そして大きめのコートで覆い隠し、人目に付かないようにする。


(頼んだ、いのり)

(わかったわ)


 コートに隠れたいのりは俺の腰に手を回ししっかりとしがみつくと、再度アフロディーテと融合した。

 髪色が艶のある黒から一気に輝く金色に変化したが、それが周囲の人間に見つかることは無かった。

 というか、この様子を見られると注目の的となってしまうためあえて隠したんだけど。


(ネコネコアザラシ!)


 アフロディーテは意味不明な全く必要のない呪文を唱える。

 すると目の前の殺し屋が武器を収め、携帯電話を俺に手渡してきた。

 アフロディーテのテレパシーにより、意思が書き換えられたのだ。強すぎ。


「どーも。ハイこれ、返すね。あそこの針も回収しておいてね」

「…」


 俺は飛び出しナイフを手渡すと、男に指示を出す。

 返事はないが、指示通りに針を回収すると指定の場所へと向かっていった。



「またまた助かったよいのり」


 俺は融合解除されたいのりをコートから出すと礼を言う。

 静かにかつ強制的に敵を退けるのに、いのりとアフロディーテのテレパシーは強力無比な手段だと改めて感じさせられた。


「あら、折角居心地の良い空間だったのに…残念」

「塚田のここ、空いてませんから」


 人のコートの中を陣地にしようとするいのりにツッコミを入れると、次の敵を探しに歩き出した。

 しかし―――


「………次は狙撃手か」


 俺のこめかみの近くに、スナイパーライフルに使われるような大口径の弾が浮かんでいる。

 ユニの防壁のおかげでダメージは一切ない。が、こんなものがプカプカ浮いているところを見られると面倒なので、サッと弾を回収し狙撃手がいると思われる場所に向かうことに。


「キャーコワーイ」


 機械音声でももうちょっと感情豊かだろ…というようなセリフを吐きながら腕に絡みついてくるいのりを引き連れ、俺は琴夜からの情報を頼りに敵のいる場所へと向かったのだった。













 ________











「クソっ…! 相手はただのヒーラーじゃなかったのかよっ!?」


 ニット帽7番女は次々に来る仲間からのメールに狼狽えていた。

 既に1番・4番・8番の携帯電話からのメールを受け取り悟った。

 特対本部に籠もっていたターゲットが外出先に選んだ澁谷ここは潜伏できそうな建物も、紛れそうな人も多く、"狩場"として都合が良いと…そう思った。


 しかし、狩場に誘い込まれたのは自分たちの方だと、流石に彼女らも気付く。

 数日間焦らされ、目の前に美味しそうなエサをぶらさげられてまんまと誘い出された愚かな殺し屋エモノ…それが彼女たちだ。


「とりあえず、ターゲットを探さないと…」


 元気で天真爛漫な5番の表情にも陰りが見える。

 多くの修羅場をくぐってきた彼女だからこそ、やられた仲間たちが油断だけが原因で狩られたのでは決してない事を分かっていた。

 少なくとも8番があっさりとやられた段階でしっかり警戒していて、その上でやられた。そう予測したからこそ、頭には一つの疑問が浮かぶ。


「私達は何と戦わされているんでしょうか…」


 三人を代表して6番が呟く。

 クライアントは自分たちに何を狩らせようとしたのか…。いや、あるいは自分たちを使って何を確かめさせようとしたのか。

 そんな疑問が頭の中を支配する。


「探す必要はない」

「「「っ―――!?」」」


 路地の奥から声がした。

 その声の主は、まさに自分たちが狩らんとしていた相手であり、まさに自分たちを狩らんとしている相手でもあった。

 情報通り恋人と思しき人物を引き連れて、腕を組みながらこちらを睨んでいる。


 見ると、傷はおろか汚れ一つないターゲット。

 その装いはそこら中にいるデート中のカップルと何ら変わりない。

 三人もの殺し屋たちをどうやって綺麗に退けたのか…後学のために教えてほしいくらいだった。


「三人固まってくれて助かったよ。全員個別に探すのはダルいからさ」

「……」

「逃げるなよ」


 卓也はいのりを後ろにおくと、殺し屋女子三人組と距離を詰め始める。

 彼女らとは対照的に、その表情にはどこにも焦りは無かった。

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