第273話 殺し屋狩り

「ここでいいかな…」


 8番オチョは、澁谷センター街のメインストリートに面した喫茶店…その2階の窓側カウンター席左端に腰を下ろした。

 足の高い椅子とテーブルは客が外に向くよう配置されており、彼が視線を少し下にやると通りを歩く人々が目に入るようになっている。

 彼の能力であれば店内の何処に居ても周囲を見ることは可能であるが、肉眼でも見通しの良い席を選んだのは"何となく"であった。店内は非常に混雑しておりテーブル席などは軒並み埋まっていたが、それでも僅かに空いた席に座らず、あえて…だ。


「さて…」


 彼は注文したホットコーヒーを少し端にずらすと、持っていたカバンからタブレットPCを取り出した。

 そして本体から立てかけるためのスタンドを出し、タイプカバー(蓋になるキーボード)を開くと自身の前に置く。

 電源を入れてファイルを開くと、報告用に事前に作っておいたフォーマットを確認する。

 他の七人にGOサインを送ることで始まる"狩り"の一部始終を記録するためのモノだ。


 殺し仕事の観察・報告などこれまでにない経験ではあったものの、元々こういった作業が苦手ではない男は、しっかりと準備をし滞りなく実行日を迎える事ができた。

 あとは、現在能力で観察中の、恋人と買い物中のターゲットを始末する。それだけのことであった。


「隣失礼しまーす」

「ああ、どうぞ」


 下準備を終えた8番の隣の席に、中学生くらいの少年が座った。

 わざわざ丁寧に一声かけてきたのを受け『律儀な子だなぁ』なんてことを考える8番は、タブレットPCに視線を落したまま答える。

 そして、支給された携帯電話で作戦開始メールを送信しようと取り出したタイミングで―――


「動くと殺す」


 と、隣に座った少年に言われたのである。


「っ…!」

「能力を使っても、何かの合図を送ったと俺が判断しても殺す」


 少年は着ているコートの袖で隠した"何か"を8番の脇腹辺りに突き付けた。

 その何かは"泉気ソードの柄"である。少年は柄を男の右脇腹に斜めに突き付けながら、周りに聞こえないように何もするなと脅すのであった。

 作動させれば泉気で出来た光剣がたちまち形成され、心臓を焼き貫くような角度で押しつけられている。


 だが周りの客はそんな物騒な状態になっているとは微塵も思わない。ただ少年のコートの左袖が隣の客に触れているなとか、その程度の光景だった。


「……キミは…」

「首だけをゆっくりこっちに動かしてみろ」


 8番は言われた通りに首を右側に向くように動かす。

 するとマスクに指をかけ、顎のあたりに下げている少年の顔が確認できたのであった。

 そしてその少年の顔に見覚えのあった男は、驚きの表情を浮かべた。


「よう。会いに来てやったぜ。三千万円が、わざわざよォ…」

「その恰好は…」

「これか? 俺の能力は"少年の姿に化ける"だからなぁ。本当は言いたくなかったなぁ…」


 白々しくそんな事を言う卓也。


「向こうで買い物中じゃ…」


 8番が能力で観察中の卓也はまだ恋人と洋服を吟味しており、片時も目を離していない。

 しかし目の前の少年から発せられるプレッシャーは、少なくとも彼が常人ではない事を理解させるに十分な強さであった。


「ああ…影武者そっちは見えてんのか。ってことはお前が殺し屋たちの司令塔だな。人の事コソコソと狙いやがって…」

「何故、襲撃の事が分かった?」

「何故って…そりゃあバレるだろ。一般人まで巻き込んでおいて」

「一般人…?」

「ん…?」


 卓也は、目の前の男と会話が若干噛み合っていない事に気付く。

 いや、認識がズレていると言ったほうが正確か。


 廿六木からのタレコミは抜きにしても先日のドローンによる襲撃は、卓也に『自分がまだ何者かに狙われている』と思わせるには十分すぎる出来事である。

 それをもって卓也は『ついに殺し屋たちが動いた』と確信し、早期解決のため廿六木との取引に応じることを決意させたのだから。


 にも関わらず目の前の司令塔と思しき男は、今日の襲撃の件を卓也が知っている事に大層驚いている。まるで『隠れて準備して来たのに何故?』とでも言わんばかりに。


 喧嘩を売られたから買ったと思っている卓也には、男のリアクションが不思議でならなかった。

 ではあのドローンは一体誰が…?

 真っ先に浮かんだ可能性としては『殺し屋以外の刺客』だが、今そこを追っても仕方ないと感じた卓也はすぐに頭を切り換え、目の前の敵を対処をすることに。


「まあいいや。とりあえず、今から俺がする質問に偽りなく答えろ。そうすればお前の寿命が僅かばかり伸びる」

「…」

「問1.お前の仲間は自分も含めて全部で何人だ?」

「…さぁ。何人でしたっけ」

「八人か」

「っ……!」


 卓也には当然いのりのテレパシーで情報が届いている。

 質問を警戒せずに聞いてしまった時点で、もはや情報は取られたものと同義であった。


 そしていとも容易く情報を取られた8番は、無表情を装っていたが僅かに動揺してしまう。


「次。他の七人は今どこにいる?」

「……」

「知らないのか。お前らはどういう集まりなんだよ…。いいけど」


 司令塔が配置を知らないことに奇妙な感覚を覚えながらも、知らないものは仕方ないと切り捨てた。


「他のやつの能力は?」

「…」

「依頼主の名前は?」

「…」

「これもダメか…。殺し屋ってのはこんな感じなのね」


 徹底した秘密主義。

 司令塔と思しき存在が統率を全く取っておらず、クライアントの名前さえ知らないという事実に卓也は驚きと呆れの感情を抱く。

 そしてチラリと覗いたタブレットに映る報告書のフォーマットを見て、残りの殺し屋も始末する必要を悟った。


(いのり、頼む)

(分かったわ。アフロディーテ)

(はいはーい♪)


 卓也がテレパシーでいのりに伝えると、さらにいのりはアフロディーテにお願いをする。

 すると少し離れた人目につかない場所に待機していたいのりの髪の毛が美しい金色の光を放ち、神アフロディーテが主体となった。


(はいっ!)


 いのりの体の主導権を得たアフロディーテは神パワーを加えたテレパシー能力を行使し、8番に『指令』を飛ばした。

 するとそれを受けた8番は黙って携帯電話を卓也に差し出すと、そのまま店を出ていってしまう。

 その行き先は卓也の指定したとある場所だった。



「ありがとう、いのり。アフロディーテ」

「上手く行ったわね」

(えっへん)


 既に融合を解除したいのりが近付くと、二人に礼を言う卓也。

 いのりはそのまま先程まで8番が座っていた席に腰を掛けると、受け取った携帯電話で何かを打ち込んでいる卓也に話しかけた。


「何してるの? 卓也くん」

「んー? これね…」


 ディスプレイに視線を落としたまま卓也はいのりに答える。


「宣戦布告」


 女神や霊獣の力を出し惜しみしない、腹を括った卓也の"殺し屋狩り"が始まるのであった。


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