第272話 取引成立
「さっそく…符丁が役に立ちましたね」
「そうみたいだな」
ランドリールームでは俺と廿六木の二人が大きめのベンチに座っている。違う方を向き、少し離れた位置で。
もし仮に誰かがここへ来たときも、たまたま居合わせただけだと思われるように。
そして彼女の言う符丁とは、取引の話をしたとき既に俺が特対本部に泊まることが決定していたので、それを踏まえ廿六木が持ち出した細工である。
本部にいる間に取引を受ける運びとなった場合に、俺が表向きピース生の廿六木と会いたがるのは不自然に見られてしまうため。また彼女が裏で何かしらの動きをしていることを特対職員にバレないようにするための措置だ。
やったことはアドレス帳の名前変更と、一見すると普通の文章の中に"本当に伝えたいワード"を織り交ぜるためのルールを予め決めておいた。
そして符丁はしっかりと伝わっており、お互い決まった場所・決まった時間に集まることができたのだ。
「それで、例の件をどうするかは決まりましたか…? 塚田さん」
「ああ、決めたよ。廿六木。あの取引、受けることにする」
「そうですか…。相手は強敵ですよ? 本当にいいですか?」
「それよりも、俺に賞金をかけたヤツと殺し屋の確保を早急に進めなければならなくなった。背に腹は代えられん」
きっと、謀反を企てているという特公職員の方が遥かに強力な相手だと思う。
しかし民間人を平気で撃つようなヤツを長くは放ってはおけない。まずはこっちを片付けてから俺のけじめを付けて、それから特公を攻略する。
「ちなみに、塚田さんの今後のプランをお聞かせ頂けますか? 情報だけでなく、その他のサポートも全面的にしますよ」
「随分と気前がいいんだな」
「ええ。こんな厄介な案件、請けてくださる方には相応の待遇をと…」
「俺の方が解決したら知らんぷりするかもなのにか?」
「ふふ…またそれですか。でもまあ、私は
「怖いねぇ…。まあいいや。俺がやりたいことはこんな感じだ。まず―――」
俺は廿六木に、この前お願いをした内容について更に詳しく説明をした。
殺された炎使いのヤクザの組を調べてそれをどう活かすかという点。
またそれに派生して、殺し屋たちをどう撃退するかなど…。懸賞金を解除してもらうための計画と、現状それに必要な要素を列挙してみた。
「なるほど、でしたら―――」
計画を聞いた廿六木は力を貸せる事と貸せない事、そして計画に足りない要素や細部の修正などなど…言葉通り全面的にサポートをしてくれるつもりで話を進めてくれた。
彼女の手際の良さもあり、計画の8割はもうこのランドリールームで組み上がっていったのだ。
「…いや、スムーズすぎるな」
「それは塚田さんのプランの雛形がそこそこしっかりしていたからですよ。私は経験からくる敵の行動予測と不測の事態に備えた準備を申し上げたにすぎません」
果たしてこの年齢でどこから経験は来たんだろうか…なんて考えるのは無駄だな。
ピース、特公、特対…
国の影で動いていた組織が一筋縄で無いのはとっくに分かっていたことだ。
俺も廿六木パイセンの背中を見て、今後のために勉強させてもらうとしよう。
「明日には調べ物は完了すると思いますので、私から連絡しますね」
「ああ。そうしたら俺は金曜日に交渉に行ってくる。あ、見られずに出ていく方法も考えないとな…」
「そちらも手配して、明日一緒にお教えしますよ。交渉に適した材料なんかも用意できると思いますから」
「至れり尽くせり過ぎて怖いな」
「ふふ…他ならぬ塚田さんの頼みですから」
健気な態度を見せる廿六木だが、それが100%善意でない事は分かっている。
しかし疑いを口に出すと『ヒドイっ!ウルウル!』とウザい三文芝居を披露されそうなので適当に乗っておく。
「いつも済まないねぇ」
「それは言わない約束ですよ、アナタ」
彼女の目的に関しては、俺の件が解決する辺りで見えてくるだろうしな。この急転直下さが良い証拠だ。
"正しいルート"を通っている感がバリバリする。そのルートは、果たして誰が敷いたんだろうな…っと。
「おっと…、着信があったみたいだ。ワリ、解決の為の一手だ」
「分かりました。ではまた明日…符丁でご連絡いたしますよ。素敵な余暇をお過ごしください」
そう言ってランドリールームから去っていく廿六木。
俺はそれを見送ると、折り返し電話をするために通信室へと向かったのだった。
『もしもし? 卓也くん』
「いのり、お待たせ。急にゴメン」
通信室で許可を貰い、自身のスマホから折り返した相手はいのりである。
先ほど廿六木と一緒に簡単なメッセージを送り協力をお願いした所、向こうからメッセージではなく直接電話がかかってきたというワケだ。
特に隠すような相手ではないのでこうして堂々と特対職員の前で通話をしている。
『メッセージ見たわよ。24日、協力してほしいのよね?』
「ああ。詳細は当日に話すけど、澁谷あたりをいのりの学校が終わった昼くらいから一緒に回って欲しいんだ」
『それはいいけど…その日がどういう日かは分かってるわよね?』
「…もちろん」
イエス・キリスト誕生の日の前日だろ? なんて真里亜相手だったらひとボケかましているところだが、いのりからはそれが出来ない"スゴ味"を感じる。
クリスマスイブという特別な日ということは理解した上で、その日に人が多くいそうな澁谷をチョイスしたんだ。殺し屋たちが襲ってきやすいように、あえて。
そして澁谷をブラついても不自然じゃないよう、独りではなく相手が欲しかった。
いのりの能力は索敵にも最適だしな。
だが…
「そんな日に、デートじゃなく血なまぐさい行事で女の子を誘うことについてはどう思うの?」
「……とても、ひどいと思います」
声から来る圧がスゴイ…。まあそりゃあ普通に考えたら、ひどいよな。
殺し屋たちを撃退する為に、クリスマスイブに声をかけて来るヤローなんざ。
『…まあいいわ。受けてもいいけど、その代わり条件があるんだけど』
「条件…? 俺で出来る事なら、なんでも」
『その日は毎年自宅で夜に、家族で少し豪華に食事をすることになっているんだけど…。そこに卓也くんも参加する、ってのでどうかしら?』
「食事会か…」
南峯家は家族で過ごすしきたりなのか。
今年は真里亜が受験が近いという事で俺は帰る必要ないと言われていたけど、俺が仕事が休みで予定が無ければ帰省していたっけな。(正月に余り帰らないからなのか)
今年は南峯家にお邪魔するというワケか。『家族団らんに水を差さないか?』は、野暮だな。
「分かった。お邪魔じゃなければ、参加させてくれ」
『ホント…? 夜は予定があったとかじゃない?』
「無いよ。今年は帰省もしないし」
『やった! 言質取ったわ』
「言質?」
なにやら不穏なワードが聞こえるな。
『卓也くんが命を狙われていることを知っているのに、私が断るわけないじゃない。ただウチに呼ぶ口実が欲しかっただけよ。そうすれば頼みやすいでしょうしね、卓也くんも』
「…なるほど」
策士だ。
本気で気を悪くしたのかと思ってしまったが、そんなことは無かったな。
女優になれるぞ、いのりは。
『というわけだから、当日はなんだってやるわよ』
「ありがとう。そしたら、学校が終わったら―――」
いのりに電話で待ち合わせ場所と時間を伝えると、その後軽く話をして通話は終了となる。
木曜と金曜にこちらで細部を詰めてから、余裕はないが当日にちゃんと話すつもりだ。
外枠はできた。あとは肉付けをしていくだけだ。
早いところ、邪魔なものを取り除かなければ。
俺を狙うヤツはどんなヤツで、何故そんなことをしたのか…
もうすぐその真実に手が届く、ハズだ。
________
12月24日 土曜日 15:30
澁谷センター街
「合図おそいねー」
「そうね」
「ですね」
メインストリートを行き交う恋人たちを見ながら、女子たちは呟く。
その眼差しは羨望と期待と呆れが少しずつブレンドされていた。
今日の午前中に、偵察担当の
そして、細い
ちなみに彼女らは、最初の会合のあとに連絡を取り合い組むことにした。攻め方は自由なので、お互いの長所短所を考慮してそれを補うようまとまるのは至極自然な流れとも言える。
仕事柄正体を明かすことを嫌う人間が多い中、三人は比較的気にしない方なので実現したトリオだった。
「さっきターゲットが洋服屋に入っていくのまでは見たよ」
「私も見ました。今って
「そうじゃない? どっかの喫茶店で報告の準備してるんでしょ」
今回の依頼にあたり、クライアントから課された条件の一つ"経過観察"。
この条件達成のために
彼の能力【
「にしても遅いねー」
「確かに、いくらなんでもかかりすぎ―――」
「っと、来たみたいだね」
合図が来ない事を不審に思っている丁度その時、三人の携帯に一斉に着信があった。
ディスプレイには"8番"と表示されており、その場の誰もが攻撃開始の合図だと確信した。
しかし―――
「…なんですか、コレ」
メッセージを見た三人は、その内容に同じような事を思った。
いや、この場に居ない者もまた、送られてきた内容に目を疑ったのである。
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Sub 無題
これから全員始末しに行く。
待っとけ。
三千万円の男より
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