第271話 腹を括れ
「星野さんッ!!」
叫ぶと同時に俺は素早く星野さんに近付くと、抱きかかえ治療しながらドローンとの距離を取る。
幸いにもレーザーが当たったのは右太もも辺りに1発だったので、完治するのにそう時間はかからなかった。
「塚田く―――」
「すみません、説明は後でしますから…」
俺にお姫様抱っこをされている星野さんが腕の中で話しかけて来る。
しかし今彼女の疑問に答えている余裕はない。先に敵の攻撃を何とかしなければ。
そう思い先ほどまでドローンが浮かんでいた空を見上げると、そこには…
「……………消えてる」
先ほどまで俺たちに牙をむいてきたドローンが、忽然と姿を消していた。
サーチを使い高いところから地面すれすれの位置まで360度入念にチェックしたが、隠れて狙っている痕跡は見つけられなかった。
能力を解除した? 致命傷でもなんでもない攻撃を2発加えただけで?
そもそも関係ない星野さんを撃った理由は何だ…? 自動攻撃か、それとも殺し屋の警告か…?
状況に不自然な点が多く疑問が次々と頭に沸いてくるが、腕にかかる重みで今すべきことを悟る。
とりあえず星野さんの安全を確保しないと。
そう思った俺は、ポケットからスマホを取り出し特対受付に連絡をした。
『はい、こちら―――』
「すみません。塚田です」
『あら…塚田さん』
「実は今、本部前で襲撃を受けまして…」
俺は今起きた事を簡潔に説明した。そして、一般人をひとり保護してほしいという事も伝える。
すると…
『分かりました。今正門の所に職員を向かわせますから、気を付けて待機していてください』
と対応してくれることになった。
「ありがとうございます…。助かります」
『では…』
そう言って一旦電話を切る。
そして依然最大限警戒しながらも、腕の中の星野さんにようやく言葉をかけることが出来たのだった。
「ごめん…星野さん。巻き込んじゃって」
「え、いえ…でも、これは一体……」
「全部話しますから、少しだけ待っててくれますか?」
「…それって、塚田くんが能力者だってことも含めて?」
「…ええ。それも、もちろん……」
自分や彼女の傷を瞬時に治療したことで、俺が能力者であることは最早疑いようがない。
どうしてこんなところに居るのかも含めて、彼女の安全が確保されたら話すことにしよう。
「塚田さーん!」
数分後、職員を二人引き連れて受付の職員さんがやってきた。
そして早速二人の職員が現場検証をはじめ、受付の職員さんと星野さんと俺は本部へと移動する事に。
移動する道すがら、受付の職員さんは星野さんに声掛けをしてリラックスするよう配慮をしてくれた。
彼女は一見すると平気そうだが、先日のナンパ男も含め短期間に2回も能力者に接触されたのだ。その精神的ダメージはきっと計り知れないハズだ。
またレーザーにより開いた洋服の穴は俺の能力で直したものの、彼女の血による汚れは落とせない為クリーニングする事も約束してくれたのは非常に有り難かった。
ひとまず受付の職員さんの段取りで、30分後に本部の会議室に集合となる。
その間に特対から必要な説明を星野さんにするとのことで、俺は一旦部屋に戻り着替えをすることにした。
そして自室で私服に着替えるためにスーツを脱いでいくと、ワイシャツの左肩の部分が自分の血で汚れていることに気が付く。
「俺もクリーニングして貰お…」
濡れたティッシュで肩を拭くと、ヒヤリとした感触が体を刺激する。
その刺激が、俺の心の奥に眠っていた自責の念を呼び起こした。
「はぁ…」
思わずため息が出る。己の馬鹿さ加減にだ。
よりによって、何の関係も無い星野さんを巻き込んでしまった。
もちろん危害を加えた敵は許せない。しかし俺の愚かな行為とは別問題だ。
『表と裏の生活の両立』
俺が能力者になりたての頃はそんな目標を掲げていた。
認可組織に入るでもなく、特対に入るでもなく…。元々いた会社に所属したまま、たまに能力者絡みの事件解決に協力する。
そんなスタンスを貫いていたのだ。
でも、気付いたら結構な大きさの事件・案件に自ら首を突っ込んでいた。裏世界の案件に…。
能力が公表されて境界がかなり曖昧になったとはいえ、本質は変わっていないことに俺は気付けていなかったのだ。いや、甘く見ていた。
①能力者や殺し屋に狙われている人間が、能力を持たない一般人と関わりを持ちすぎたんだ。
②能力を持たない一般人と関わりのある人間が、能力者や殺し屋に狙われるようなことをしすぎたんだ。
俺の愚かさは①と②のどっちだろうか。いや、両方か。
星野さんが"治せる程度のケガ"で済んだのは、不幸中の幸いだと言える。
本当は俺が何者かに狙われていると分かった時点で、会社を休むなり手を打っておくべきだった。同僚の身を案じるのなら、呑気に出勤している場合じゃなかった。
人質に取られて、殺されていてもおかしくないのだから。
そうなる前に気付けたのが、不幸中の幸いの"幸い"の部分だ。
「…よしっ」
反省はここまで。
俺は自身に降りかかるトラブルの早期解決に向けて腹を括ると、早速手を打つため特対から貸与されているPDA端末を起動させ何人かにメッセージを送信した。
簡単な事情と"詳細は後程"ということを記載したメールを送ったところで、時計を見ると約束の時間が近付いてきていることに気付く。
俺はPDA端末をしまうと、会議室に行くため部屋を後にしたのだった。
指定された小会議室へと向かいドアをノックすると、中から受付の職員さんの声が返ってきた。
それを受けドアを開けると、中で星野さんと二人飲み物を飲みながら話す様子が飛び込んできたのだった。
「あ、お疲れ様です塚田さん」
「どうも」
「一応この施設の事と、塚田さんの事、ここにいらした経緯を簡単に説明しておきました」
「すみません。助かります…」
「いえいえ、慣れっこですから。公表前に比べたらスムーズになりましたよ」
これまでも幾度となく一般人に説明したと言う受付の職員さんはなんてことないよ、といった様子で語る。
そして俺は職員さんの横にある椅子を引くと、星野さんと向き合う形で着席した。
星野さんの表情は比較的落ち着いているようで、内心ホッとする。
一生モノのトラウマを植え付けてしまったらと思うと、悔やんでも悔やみきれない。(まだ完全に安心はできないが)
「塚田くん…聞いたよ。凄腕の治療術師なんだってね」
「まあ、そんな大層なモンじゃないですけどね…」
「でも、私の傷も一瞬で治してくれたよね…」
「そうですね…」
星野さんは視線を落とすと、今はすっかり塞がった右足太ももの傷を確認するよう見ていた。
先程と服装が変わっているのは、汚れてしまった彼女の服を洗うのに代わりの服を貸してもらったのだろう。
そこまで手配してくれた特対に感謝だ。
そして少し間を開けると、俺は改めて彼女に謝罪した。
「……ごめん、星野さん」
「え、なんで塚田くんが謝るの?」
「聞いてるかもしれないですけど、今俺は命を狙われている立場にあって。それに星野さんを巻き込んでしまいました」
「でもそれは、塚田くんも被害者なんでしょ? だったら…」
「それでも、俺がもっと気をつけるべきでした…」
「………それを言うなら、私も塚田くんに謝らなくちゃいけないね」
「え…?」
俺が謝罪をしていると、何故か向こうからも謝罪を受けることになった。
俺がその意味を計りかねていると、星野さんは言葉を続ける。
「塚田くんは、どうして私がさっきあの場に居たか不思議に思わなかった?」
「え…あ〜確かに、そうですね。何か用事でも―――」
「後をつけていたの、私」
星野さんの口からまさかのストーカー宣言。
今あなたの後ろに居るのじゃなくて良かった。
「マジすか…」
「マジっす。月曜日にたまたま塚田くんが自宅と違う方に向かっていたから、気になって、ついね」
「はぁ…つい……」
という事は、ここ3日間感じた視線と言うのは彼女のものだったのか…?
気付かんかった…。
「多分、先週ナンパしてきた能力者を撃退してくれた時から…気になってたんだと思う。『もしかして塚田くん、能力者なんじゃないか』って…。それで、無意識に……」
「あー…」
やっぱり潔白は証明できていなかったのか。大失敗だな。
「だから、私も悪いの。尾行なんてしなければ、こうして迷惑をかける事も無かったし…」
「…じゃあお互い様ということで、もう謝るのはナシにしましょうか……」
「…分かったわ」
「それで、星野さんは俺が能力者だという事を突き止めてどうしたかったんです? 一応暴く行為は控えるようにって…ニュースでやっていたと思いますけど」
そう。
引き続き隠して生活したい能力者に配慮して、探ったり試すような行為を控えるよう"お願い"が出されている。
しかしその強制力は弱く、したからといっても捕まらないし罪に問われる事も無い。
単にされた側がこれまでの生活を手放す可能性が高くなる、だけ。
だが星野さんが好奇心や悪意で俺の事を貶めようとしているとは考えにくい。
その目的は、何だ…?
「あのね…怒らないで聞いてほしいんだけど」
「はい…」
「理由は…ないの」
「…は?」
理由は無い?
無いってことあるのか?
「何でか分からないけど、知りたくなっちゃって…本当にごめんなさい!」
勢いよく頭を下げる星野さん。
『まあそういうこともあるよね』なんて言ってあげたくなるが、テキトー臭くなるしな…
でも怒りの感情は全くない。
これまで能力者の話題になった時に、嘘をついたりトボけていた後ろめたさは少なからずあったし。今回"2つの決断"をするキッカケとなったのはむしろ感謝しているくらいだ。
「頭を上げてください。全然気にしてないですから。結果論ですが俺も動こうと決めましたし、敵の能力の一端も分かりましたしね」
「でも…」
「この話は終わりにして、星野さんの身の安全の話を優先しましょう。星野さんは明日と明後日、会社を休んでください。俺も休みます」
「え…」
「緊急の仕事とか、小宮さんに任せられない仕事とかはありますか?」
「えと…社長は出張だし、凄い緊急のは…無い、と思う。最悪リモートで済ませば…」
「なら良かった。そしたら俺と星野さんは2日間風邪を引いたことにして休みにします」
「ええっ!二人共風邪っ!?」
「…? この時期なら丁度良いと思いますけど」
「それは…そうだけど」
俺の立てた作戦の変なところで引っかかる星野さん。
年末の2日も休ませてしまうのは忍びないが、彼女の身の安全確保のための致し方ない代償だ。
「週明けには揃って出社出来るよう、24日の土曜日には決着をつけます。だから、少しの間ここで生活してもらえないですか?」
「…分かったわ」
俺のお願いに首を縦に振る星野さん。
「じゃあ、宿泊許可を取りますね。時間は過ぎていますが、緊急ということで通します」
「スミマセン…助かります」
20時までに済ませておかねばならない手続きを特別に行ってくれるという受付の職員さん。
非常に協力的でありがたい。
「ん…? 失礼します」
話がある程度まとまったところで、ポケットのPDA端末に着信があった。
確認すると、先程メッセージを送った内の一人から返信があったようだ。
「スミマセン。案内とか、任せていいですか? 解決のために早速動きますんで」
「どうぞどうぞ。行ってらっしゃいませ」
「じゃあ星野さん。少しの間だけど、宜しくお願いします」
「あっ、うん。色々とありがとう」
俺は二人に見送られながら会議室をあとにする。
そして、指定された場所へと足早に向かうのだった。
________
「こんばんわ、塚田さん」
「悪い。待たせたな」
「いえ、今来たところですよ」
俺がやってきたのは、特対本部にあるランドリールームのひとつだった。
職員が自由に使えるようになっており、時間帯によっては自分の服を洗うため列をなす…なんてこともあるらしい。
が、今は夕飯どきなので利用する職員の姿は見当たらなかった。
居るのは、話をしに来た"職員じゃないヤツ"が二人だけだった。
「それで、例の件をどうするかは決まりましたか…? 塚田さん」
「ああ、決めたよ。廿六木」
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