第270話 甘えベタ
「入ってくれ、卓也」
「お邪魔します」
食堂で解散した後、俺は光輝の部屋へとやって来ていた。もちろん目的はゲームをプレイするためだ。
最近光輝の仕事がかなり忙しくなってしまい我が家に来る機会が減ってしまったので、今日は今まで出来なかった分を取り戻すつもりである。
「おー、光輝と…塚田か」
「あんたは…鷹森隊の」
部屋に入ると、そこには五人の先客がくつろいでいた。
俺がネクロマンサーをおびき出すため特対本部で犯人のフリをし逃走した際、光輝と一緒に追跡をしてきた連中。通称、鷹森隊。
公私ともに密接な関係の彼らが先に部屋でくつろいでいてもなんらおかしくはない…か。
「塚田くんいらっしゃい」
「どうも…」
まるで自分の部屋のようにくつろぐ鷹森隊の面々と、あまり面識の無い女性職員から気安く話し掛けられ俺は軽く戸惑ってしまう。
すると光輝がフォローをしてくれた。
「実はさっき卓也に内線を貰った時、みんな部屋に居たんだ」
「え、そうなのか…。言ってくれれば」
「いーのいーの! 私たちそれまでスラッシュなんたらってゲームで光輝にボコられてたんだから!」
「コイツ、俺らでお前ェと戦う前の肩慣らしをするんだって呼びやがってよぉ」
「悠一、容赦なかったよなぁ! あはは」
「容赦なかったように見えたのは、それだけ悠一が上手かったからじゃない?」
皆は夕食後に光輝のゲームの練習相手にさせられ、ウンザリしていたところだから丁度良いと言っていた。
邪魔をしていないなら良かったが…
「でも、俺と戦うって…」
「卓也んちで負けてから、実はずっとコソ錬していたんだ。そしてここに来ていると聞いて、今日リベンジする為に伝言と肩慣らしをした」
「ああ、そういう…」
前に冬樹も含めて三人でやったな。アパートで。
それ以来鍛えていたのか…。
「分かった。じゃあ、やるか」
「ああ。こっちにある」
光輝が奥の部屋に通そうとした時、俺は盛り上げる為リビングでくつろぐ五人に向かって―――
「鷹森隊の仇は俺が取ってやる」
と宣言した。
するとそれを聞いた面々は一瞬ポカンとしたあと、大きく笑い出したのだった。
そして直後みんな口々に『いーねいーね』とか『頼んだぞ』とか『賭けようぜ』と言い出す。
特に対戦を見る気も無かった彼らだが、俺と光輝が奥の部屋に入るとそれを追うように入室し、テレビ前に二人、その後ろに五人というポジションで落ち着いたのであった。
「勝負は4スト・時間無制限で」
「それでいいよ」
「いざ…」
「尋常に…」
こうして、久々の俺と光輝のスラブレ対戦が始まった。
のだが…
30分後
「かなり強くなったな! 光輝」
「…そう、だろうか……?」
「…私、光輝がこのゲームで手も足も出せない所をはじめて見たわ……」
「俺は片手であんな動きをするプレイヤーをはじめて見た…」
まあ、結果は俺の圧勝に終わった。
一応言い訳をしておくと、最初は楽しくいい感じにプレイするため程々にやっていたら、光輝が『冬樹とやっていた時みたいにやってくれ』と言い出したのだ。
冬樹とやっていた時、というのはつまり"加減なし"、あるいは"極端な俺の縛りプレイ"のような事を指す。
光輝は自分の腕が俺にどれだけ迫っているかを確認したかったので、相手に合わせた俺のプレイを望んでいなかった。
そこでガチバトルに変更し、徐々に縛りを強めていき"片手プレイ"でようやく俺から1ストックを奪う事に成功したのだ。
しかし試合終了後、光輝はコントローラーを床に置くと大きく息を吐き『まだこんなもんか…』と呟いたので、俺は素直な感想を述べたのであった。
「自分が強くなった実感が全く沸かないんだが…」
「そんなことないって。以前なら足で操作した俺にも1ストも取れないくらいだったぞ」
流石に人のコントローラーでそんな操作はしないケド。
「や、それフォローになってないって塚田くん」
「うーん…強くなったのは本当なんだけどな」
「一応レベルマックスのCPUと1VS3で勝てるようにはなったんだが」
「そしたら、次は相手をそのままにワンヒットデスのルールにするといいよ」
ワンヒットデスとは、通常斬りでも一撃でKOされてしまうルールの事だ。
厳密には自分の耐久力を最小にして、小技1回で行動不能にまで陥るようにしてしまう事を指す。
レベルマックスでもある程度ごり押しが効いてしまうCPU相手も、これならば"立ち回り"を意識して丁寧に・迅速に・正確に戦うことが出来るようになる土台作りが可能だ。
「まだ俺はスタート地点に立っただけだったんだな…。今度からはそのルールでやってみよう」
「あとは対人戦を多くこなすことが大事かな。最終的には相手は人だから。こういう時どういう技を選択するとか、心理戦の部分が鍛えられるぞ」
「そうか。しかし卓也以外に強い相手を知らない」
「別に強くなくてもいいんだよ。相手の行動パターンが多ければ勉強になるから。あと光輝が縛りを強くすればいいよ。目隠ししたり、片手で操作したりね」
さっき俺がやっていたみたいな感じだ。
「ねー塚田くん。それってなんか意味あるの?」
鷹森隊の一人、小柄で活発そうな女性職員が質問をしてくる。
「んー。片手は正直意味ないからやる必要ないけど、目隠しはいいよ。例えば自分の視界の外に居る敵が何の技を繰り出したとか、ステージのギミックが動き出したとかが音で分かるようになるし。集中するとどうしても自キャラと対面の敵に視線が吸い寄せられちゃうから、漁夫られやすくなるんよね」
2VS2のマッチとかにある現象だ。と言っても、今からそんな訓練をしても…という感じはあるが。
「一念通ずれば…ってやつねぇ」
「…よし、特訓に付き合ってくれ皆」
「「「えー…」」」
このあと、俺があーだこーだアドバイスをしつつスラブレの特訓をし、飽きたら別のゲームをやって過ごした。
そして、みんなでワイワイやっている中で隣に座っていた光輝がふと俺に話しかけてくる。
「卓也」
「んー?」
「何かあったら、遠慮せず頼れよ」
「……どした? いきなり」
言葉数は少ないが、例の殺し屋の件を示していることは伝わっている。
しかしなぜ改まってそんな事を…?
「卓也は周りの力を頼らずに無茶するからな。先に言っておかないと、と思って」
「そんなことも無いだろう…」
光輝の心配に対し軽く反論する。
結構これまでも、皆に頼りっぱなしだったと思うけどな…。
「本当に危ないと思ったことや相手の立場を気にすると、遠慮するだろ。ミリアムの時とか」
「でも、嘱託の時は皆で―――」
「最後は責任を被ろうとしてたろう」
確かに。
志津香たちを巻き込まないよう手を打っていたな。
強引に押し切られてしまったけど。
「卓也は、俺たちに遠慮しすぎだ」
「…そうか?」
そんなこと、考えたことも無かった。
清野やいのりや愛には、遠慮なく一緒に危ない橋を渡ってもらってきたと思うけどな。
「もし卓也が仕事中に、俺が職場の近くで死にかけていたらどうする?」
「そりゃあ勿論助けに行くさ」
光輝が死にかけている状況なんて想像できないけど。
「大事な会議中とかでも?」
「悩むまでもないよ」
「そうか。俺と同じ気持ちだな」
「…ああ」
「任務があっても、卓也の命が危なかったらそっちを優先するよ。だから頼ってくれ」
食堂で志津香たちも言っていた。困ったら言ってくれ、と。
その時は頼むよなんて返事しておいたが、本当に頼ろうとは思っていなかったかもな。
作戦が決まり必要な要素が見えたら、改めてお願いするくらいのつもりでいた。
だが光輝の指摘に対し『そうかな?』と思う面もありつつ、どこか俺の芯の近くを射抜かれたような感覚にも陥った。
自分のやりたいことをするのに他の大勢の人を巻き込むのはどうだろうという気持ち。
横濱の時は、緊急事態だったし相手が主に清野だったこともあって頼りまくっていたが。新見兄妹と重井先生に鍛えられてから、また元の気質に戻ったのかもしれないな…。あまり他人には頼らない、そんな考えに。
「…そうだな。頼らせてもらうよ」
「それ頼らないやつだー」
ゲームを見ていた鷹森隊の一人が俺の返答に茶々を入れてくる。
そんな、人を大学の飲み会に気乗りしないやつの返事みたいに言わないでほしい。
「お前は俺が護るからな」
やだイケメン、一緒に暮らしたい…
女子なら一撃で惚れてまうやろなセリフを受け、俺は改めて考えさせられた。
そんなに遠慮しているかな…? 俺。
しているとして、俺はどうすればいいのかな…
自分にストレートに向き合っている光輝に言われたからこそ、その言葉が妙に気になってしまったのだった。
________
「昨日はすみません」
「いえいえ。気にしないでください。別に無理して付き合ってくれる必要もないんですから」
翌朝、駒込さんと一緒に朝食に来ていた。
俺は和風定食、駒込さんは洋風定食をひとつのテーブルに持ちより、朝の一時を楽しんでいる。
俺は茶碗のご飯に納豆に海苔に生卵、ヨーグルトとオレンジ二切れというベタな内容だが朝自分では用意するのが面倒な贅沢定食を頼んだ。
駒込さんはクロワッサンにベーコンにスクランブルエッグ、俺と同じヨーグルトにオレンシ二切れという贅沢洋風定食だ。
そしてお互い食後にホットコーヒーを頼んでおり、仕事前の活力チャージを終えようとしている。
「聞きましたよ、駒込さん。指導係が大変らしいですね」
コーヒーカップのすぐ近くまで鼻を寄せて、その芳醇な湯気を脳の隅々まで染み渡らせながら話を振ってみる。
昨日受付の職員さんに聞いた話だ。駒込さん本人も伝言で言っていた。
「ああ、別に…いや、少し大変ですね。お恥ずかしい限りですが」
駒込さんは心配をかけまいと一度否定しかけたが、それを訂正し大変だと言う。
なんでもそつなくこなす彼にしては少し珍しいなと感じた。
「なんか厄介な人材を任されているとかなんとか…。使い物にならないんですか?」
「あー…あまり大きな声では言えないんですが」
駒込さんは気持ち声を抑えて、悩みのタネを俺に打ち明けてくれた。
「今、お試し入職の職員が多く来ていましてね…。仕事内容の説明とか、実際我々がこなすトレーニング等を軽く受けてもらって、特対に入職した際に必要な身体能力を理解してもらっているのですが」
「4月に入職した時のギャップを少しでも軽減してもらうためにですよね」
「はい。我々の仕事は命の危険を伴うものですから、鷹森や水鳥のメディア報道を見て憧れだけで入って来る人たちには、特に入念に理解してもらうようにしています」
非現実的な力を手に入れ浮かれて特対職員を目指す人たちには、一度現実を見て貰うのか。ここで行われるのは、決して華やかな英雄然とした業務だけではない事を。
それどころか、立ち向かう相手も能力者であることが多い。であれば、普通に死の危険がある事を重々伝えた上で、ただ能力ぶっ放すだけの簡単なお仕事でない事を教えるワケだ。
「じゃあその厄介な人材って、仕事を理解せずに夢を見ている人間の集まりってことですか?」
「…概ねそうですね。能力は優秀なのですが、それ故に『どうしてSランクの自分が筋トレなんてしなくちゃならないんだ!』…と。志望者の多くは話を聞いて民間企業に切り換えるか、真面目にトレーニングに励む者に分かれたのですが、一部そういう人たちが残っていまして…」
泥臭い事は嫌だよと。
そんな事しなくても、自分なら犯人を制圧できるという自信に満ちあふれているのだろうな。
「模擬戦かなにかをやって、ガツンと分からせてやればいいじゃないですか」
「そうしたいのは山々なのですが、上から『本採用でないうちは丁重に扱え』という事と、『厄介な人材は1月の中旬にある選抜試験でふるい落とせ』とお達しが来ているんです。こんな時代ですから、邪険に扱ってSNSか何かに"特対に酷い目にあわされたー"なんて拡散されても面倒だからでしょうかね」
「なるほど…。辞めさせるなら、自分の実力不足を痛感させて自主的に…と?」
「…」
苦い顔で頷く駒込さん。
確かにクリーンなイメージを付けている内にそんな書き込みをされてしまえば、どうしても面白がって騒ぎ立てるヤツや燃料を投下するヤツが現れてしまうだろう。
それを恐れて、このお試し期間中は強く出ない事を決定してしまったのか、上は。
とはいえ、その面倒を見ている人間がいるワケで…それが駒込さんの負担となってしまっているのか……。
何とか力になってあげたいところだが。
「他にも、新しい訓練道具の試験とかもやらなくちゃなんですよ」
「訓練道具?」
「ええ。射撃訓練場に新しく"自動人形"を導入するので、その強度や動きの調整などを…」
なんでもやらせすぎだ!
________
水曜日 19:30
今日も一日の業務を終えて特対本部前へとやってくる。
日中は特に襲撃の気配もなく、いつもと変わらぬ平和な日常を送ることが出来た。
殺気すら微塵も感じなかったのは相手がプロ故の事なのか、それとも…
「…ん?」
最寄り駅から本部へと続く道を歩いていると、視界にあるものが入る。
具体的には、正面上空10メートルくらいの場所に飛行物体があり、その一部がチカチカと点滅していたのが分かった。
あの形は…
「ドローン…?」
薄いボディにプロペラが複数付いているような、テレビで見るドローンの形をしている。
耳を澄ませると、ウィーンというモーター音のようなものも聞こえた。これは完全にあのドローンて間違いない。
しかし一体何故こんなところに…
そう思っていると、突如ドローンの一部が発光し始め、そして―――
「っ―――!」
そこから放たれた光線が俺の左肩を刺し貫いたのだった。
「くっ…!」
俺は瞬間ドローンと距離を取り、2射目3射目に備える。
光線は目で追えなかった。ので、発射口の角度で軌道を先読みするしかない。
威力は絶大。服も肉体もある程度の強化を施していたが、いともたやすく貫かれた。
それを受け、俺は一気に戦闘モードへと体を強化していく。
既に肩は治療し、右手にはパチンコ玉を握る。
そして、目の前の
だがその時、予想外の声が俺の耳に届くのである。
「塚田くん!」
「………星野さん?」
俺が歩いてきた駅の方から、居るはずのない星野さんが姿を見せていた。
その視線は俺の負傷した肩に向けられている。
治療が完了したことは傍からは分からないし、能力者でない彼女からしたら突如銃撃にでもあったように見えたのだろう。
それよりも、『何故ここに星野さんが?』と質問を投げかけようとした刹那…視界の端のドローンが再び先程のような光を見せたのを俺の目が確認した。
「っ―――! 星野さん、来るなっ!!」
「えっ…?」
俺を心配し近寄ってくる星野さんへ大声で叫ぶと同時に、走り出す。
しかし俺の声や手は無情にも届かず、ドローンから伸びた一筋の光が彼女の体を貫いてしまうのであった。
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