第268話 恋愛マスター

「うーむ…」


 昨日から、特対本部に来るまでの道すがらに視線を感じる。

 殺気を感じないところからすると、殺気を完全に消せる殺し屋の斥候か…(気配を消してないのはワザとか?)

 あるいは未熟な刺客、そう…カードを配られた一般人の偵察か…


 どちらにせよ、ここでは動かず泳がせておく。

 俺が特対で寝泊まりしているのを見せつけてやれば、少なくとも一般人は動けないハズだ。

 殺し屋はどう動くか…。分からないが、流石に能力者の巣窟にカチコミするような命知らずはいないから、通勤と職場にだけ気を遣えばいい。

 無関係な人を巻き込むなんて事も…しないと思いたい。でも油断はできないからな。

 早いところ打開策を考え動かないと。


 俺は遠くに気配を感じつつ、気付かぬふりをしながら今日も特対の門をくぐるのであった。



「あ、塚田さん。お疲れ様です。今日は遅かったんですね」


 受付に行くと、昨日の女性職員さんが対応してくれた。

 もう20時なので、昨日に比べたら1時間以上遅れての到着だ。


「今日は残業してたら遅くなっちゃって」

「あー…大変ですねぇ。お疲れ様です」


 労われてしまったが、こんな時間まで仕事をしているこの人こそ大変だろうに。

 いい人や。


「あっ、お荷物の方届いておりましたので、検査してお部屋に運んでおきましたよ」

「おっ、ありがとうございます」


 俺は特対に預けるためスマホをカバンから取り出すと、宅急便で送っておいた荷物が無事到着したことを告げられる。

 これで洗濯のローテーションがある程度組めそうで良かった。


「あと、六人の方から塚田さんが本部にお越しになった時の伝言を頼まれております」

「伝言?」

「はい。来た順に読み上げてもよろしいですか?」

「え、ええ…」


 そう言って職員さんがスマホサイズの付箋を取り出した。

 しかし伝言って、なんかあったか?


「ペンネーム…」

「ペンネーム!?」

「水鳥美咲さんから」

「いや本名」


 この人、志津香と同じタイプの職員か…


「『こちらに来ていると聞きました。直接お伝えして頂けなかったのは残念ですが、それはいいとして…。良ければお夕飯一緒にどうでしょうか? いつまでも連絡待ってます』 以上です」

「…なるほど」


 謎の圧を感じる伝言だ。

 夕飯どうでしょうかと選択を委ねているようで、いつまでも待ってますが『既に夕食をとり終えている』以外での拒否を許さないような、そんなプレッシャーを放っている。

 部屋に行ったら連絡しないとな…。


「次の手紙は、ペンネーム:鷹森光輝さん」

「光輝か…」

「『来ているんなら夜部屋に来てゲームをやろう。スラブレもあるぞ』だそうです。仲良いですね」

「はは…。お邪魔するか」


 光輝からはゲームのお誘いが来ていた。

 なんだかんだ光輝の部屋に行くのは初めてだな。夕飯を食ったら行ってみようかな。


「次は、ラジオネーム:恋するウサギちゃん」

「それは心が急かして蹴とばしているからだ、と伝えておいてください」

「……やりますね」


 大好きだからね、そのアーティストは俺も。

 ペガサスライダーとジョバンロが特に…ってそんな事はどうでもいいか。


「冗談はさておき…、竜胆志津香さんからメッセージで。『夕飯、待ってる』だそうです」

「…」


 こっちも永遠パターンか。まとめて誘うしかない…かな。

 短いのが逆にウェイトアップ!


「で、四人目が風祭なごみさんです」

「なごみか…」

「『時間があったらご飯行こうよー』だそうです」


 軽くて良かった…が、ハブいたらあとで文句言われるのは必至。

 ここも、誘わないと。


「で、五人目が駒込瓜生さんです」

「あー、駒込さん」

「『スミマセン、嘱託職員の教育で夕飯は行けそうにないので、また明日の朝、今日と同じ時間に行きます。都合が悪かったら内線ください』とのことです」

「教育…」

「駒込さんは今、ウチに入職希望の人たちの指導係をやっているんですよ。インターン的な感じで」

「ああ。そんな話を聞きましたね」

「それで、駒込さんの受け持っている嘱託職員が、ちょっと厄介というか…問題児が多いみたいで手を焼いているらしいんです。彼、押しつけられちゃって…」

「あらら…」


 面倒見が良いからな…駒込さん。

 まあでも夕飯は来られない件と朝食は了解した。昨日と同じで問題ないが、一応後で一報入れておこうかな。


「で、最後ですが…和久津沙羅さんから来てます」

「和久津から?」


 珍しいというか、意外だ。

 一緒に飯食おうとかそんな事は言わなさそうだもんな。この前のストレスが溜まっていた時は例外としても。

 であれば何の用件だろうか。


「『本部に来ていると聞いて、相談したい事がある。緊急ではないが連絡を欲しい』ですって。何でしょうね」

「さあ…?」


 見当もつかないな。

 まあ、あとで聞いてみるか。


「伝言は以上ですが…しかし……」

「?」

「よくもまあ、1課のみなさんとばかり親交を深めていきますねぇ。山下リンダもビックリですよ」


 "狙いうち"ね。ていうか歌ネタ多いなこの人。

 分かるけど。


「偶然です、偶然。前回嘱託でお世話になった時に出来た縁ですよ。それに他の課にも知り合いは居ますし」

「そうですか?」

「ええ。清野誠とか、藤林驟雨介とか」

「ああー…」


 俺が1課以外の友人の名前を挙げたことで微妙な表情となる受付の人。

 どんだけ有名なんだ、アイツは…



「とりあえず、伝言は以上ですかね…?」

「え、ええ。あ、スマホお預かりしますね」

「はい。じゃあ、これ以上待たせると悪いので部屋に行きますわ」

「お気をつけてー」


 手を振りながら見送る受付の職員。しかし気を付けるような事なんて何もない。

 きっと。


 俺は早速美咲、志津香、なごみ、和久津、光輝に内線をかけてみる事にしたのだが、美咲と志津香は案の定食べずに待っていたらしく10分後に食堂に行く約束をした。

 和久津と光輝は既に夕飯は済ませたとのことだが、お茶をするとのことで来てくれることになった。


 なごみは部屋には居なかったみたいで、繋がらなかった。明日にでも声をかけてみようかな。











 ―――――――――












「だからー、オトコなんてのは女子のちょっとしたしぐさにドキッと来るもんなのよ」


 特対本部の廊下で後輩を引き連れながら声高に話すのは、特対職員の風祭なごみその人である。

 彼女はピース卒業の職員の中でも女子力が高いので有名であり、先輩後輩同期から度々ファッションやメイク・トレンドについて相談を受けることがあった。


 今は後輩職員二人から"男子の生態について"の相談を受け、歩きながら持論を展開していた。

 それを受け、後輩は尊敬の眼差しを送る。


「流石っす、風祭センパイ」

「ええ、経験が私達とは段違いですわ」

「ま、まあね。髪をかき上げる仕草とか、上目遣いをカマしてやればもうイチコロってなもんよ」


 無論、彼女に男性と付き合った経験など皆無である。

 情報ソースは主に雑誌やマンガで、しかも女性が多数の男性を落とすという内容のものが多いため、彼女の持つ知識は男性の生態を捉えているようで、しかしそうでもないような…そんな微妙なラインであった。


 だが彼女よりももっと知識に乏しい後輩たちは、ひたすらなごみの話す内容に驚き敬意を表するという良くない流れが生まれつつあった。

 なごみもそれに気分を良くしてしまう。


「お手本を見せてほしいっす、センパイ!」

「あら、それは名案ですわ」

「そうねぇ…」


 後輩たちからなごみの持つ知識の実践をお願いされ、少し悩んだ彼女は―――


「分かったわ」


 と快諾するのであった。


「じゃあ次に通りかかった丁度よい男性職員に私を軽く意識させるわね」

「うっす」

「はい」

「とりあえずどこかに行っ―――あたっ!」


 彼女が廊下の曲がり角を曲がろうとしたところで誰かにぶつかってしまう。

 相手はぶつかったなごみを抱きとめるようにして、倒れないよう両肩を持ち支えた。

 そしてお互いに相手を認識しないまま話し出す。


「あたた…」

「っと…スミマセ……ってなごみ?」

「っ―――」


 なごみがぶつかった相手は、食堂に向かう途中の卓也であった。

 二人は至近距離でお互いを見つめ、卓也の手がなごみの肩を持ち、傍から見たらキッスする直前のような構図となる。


「ごめんごめん、怪我はないか?」

「う…あ…う…」

「大丈夫そうだな。良かった」


 ホッとする卓也と、不意打ちに言葉が出ず"母音詠唱bot"と化したなごみ。

 それを見た後輩二人は、卓也に聞こえないよう小声でなごみに催促した。


(上目遣いチャンスっすよ、センパイ)

(お手本お願いします)

「っ…」


 後輩の声を受けるが、なごみの脳には届かない。右耳から入って左耳から抜けていっている状態だ。

 なごみは肩にかかる逞しい手と、高い位置から自分に向く視線を受け止め、どんどん顔が赤くなっていった。


「あ、そうだ。伝言聞いてさ、さっき内線したんだけど。もし夕食がまだならこれから食堂行かないか? みんなで食べるんだけど…」

「う…は、い……」

「あー良かった。じゃあ先行って席取ってるから、支度とかできたら来てくれよ」


 黙って頷くなごみに笑顔で手を振ると、そのまま足早に食堂へと向かっていく卓也。

 それを見送ると、廊下には三人の職員が残された。


「……………………………」

「……………………………」

「……とまあ、あたしにかかれば、即食事に誘われるワケよ…」

「…っす」

「…ですわね」


 微妙な表情の後輩二人。

 無論なごみが既に夕食を済ませていることは承知していた。先程まで三人でとっていたのだから。


「じゃあ、行ってくるわね」

「…っす」

「…ですわね」


 微妙な表情で、つい先程まで居た食堂に向かうなごみを見送る後輩二人。

 もう相談するのは止めよう。

 内心そう誓う二人なのであった。


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