第267話 殺し屋たち

「いち、にい、さん…八人全員そろいましたねー」


 薄暗い部屋の中に男の呑気な声が広がる。

 灯りが最低限しか用意されておらず、また室内にいるほとんどの人間が仮面やマスクで顔の大部分を隠し、適当な位置に座ったり立ったりしていた。統制が取れているようにもお互い仲が良い感じにも見えず、ただただ不気味な光景が広がる中、男の力の抜けるような態度だけが浮いているのだった。


「お前も同業者殺し屋なら分かるだろう…?」

「んー…?」


 能面を付けたガタイの良い黒コートの男が一歩前に踏み出し、低くボソボソとした話し声で出欠を取っていた男に話しかけた。

 見た目の不気味さはこの中でもピカイチだが、話し掛けられた男は特に怖がる様子も無く応じる。


「俺たちが素性を知られた上で姿を晒したり声を聞かれることが、今後の仕事にどれだけ影響するのかをな…」

「ああ…そゆことですか」

「お前は仮面も変装もしていないようだが、俺たちを酔狂に巻き込むのは止めてもらおうか…?」

「待った待った。酔狂は良いとして、別にボクの希望で皆に集まってもらったんじゃないですよ」

「酔狂はいいのかよ…」


 二人のやり取りに思わず突っ込んだのは、普通の白いマスクにニット帽を被った女性。

 彼女も職業柄なるべく目から入手される情報を減らすように隠し、この集まりに臨んでいた。

 そしてそんな最低限の配慮すらせず殺し屋を集めたと思われる男を能面の男が糾弾するが、詰められている男はそれを否定する。


「皆に集まってもらったのは、クライアントからの注文なんですよね」

「クライアントの…?」

「そ。まず今からこれを配りますね」


 そう言って男は部屋に居るみんなに小型の携帯電話を配り始める。

 これは通話とメールの最低限の機能しか持たない簡素な作りの機種で、スマートフォンが普及し始めの頃にガラケーとの2台持ちが流行った際の"2台目"として愛用されていたものであった。


 全員に携帯が行き届いたのを確認すると、男は再び話し始める。


「えー、じゃあこれからクライアントに出された条件って言うのを説明しますから聞いてくださいねー」

「条件…」

「はい。まずこれはみんなも当然知っていると思うけど、ターゲットを殺した時の報酬は"ひとり三千万円"。これは単独で殺ったからといって独り占め…ってワケではないのでご注意を」

「知ってまーす」


 男の説明に挙手をしながら応えるひとりの少女。彼女も顔を隠していない数少ない殺し屋の一人である。

 まるで教師と元気な女子生徒のようなやり取りに、ここだけ切り取れば青春の1ページを彷彿とさせる者も出てくるかもしれないが、殺し屋と殺し屋の作戦会議である。


「そうですね。ひとり三千万円、八人に配れば二億四千万円…。とても高額だけど、みんなの年齢からすると『この依頼が終わったら足を洗って余生は遊んで暮らすぜー』とはいかない金額ですね。だからこれまで通り、素性は極力隠したい。そしてそんな事はクライアントも百も承知…」

「当たり前だ…」


 能面の男が苛つき混じりに答える。


「だから、出してきた条件は2つ」


 男は笑顔でピースを出す。


「1つは、ターゲットを襲撃する時はみんなで」

「みんなぁ…?」

「そ。あくまでタイミングを合わせるだけなんですけどね。みんなにも殺し屋としての手段スタイル流儀ポリシーがあるだろうから、そこには一切の干渉はしません。もちろん協力をするのもOKだけど、とにかく守るべきルールは"攻めるのは同時"。これが条件その1」

「変な条件ー。同時に攻めるけど協力はしなくていいなんて」


 素顔の殺し屋同士が会話を進めていく中、能面の男が―――


「それで、もう1つの条件は?」


 と先を促してきた。


「せっかちですねぇ…。まあいいや。2つ目の条件は、襲撃した際はその様子を逐一報告する事…」

「報告だと…?」

「そう。ターゲットは誰に襲われて、あっさり死んだ…とか意外と抵抗している…とかですって」

「なにそれー」


 条件を聞き面白がる、素顔を晒している少女。座りながら足をバタバタとさせ、期待を前面に押し出している様子だ。


「それに何の意味があるんだ?」

「さぁ? 知りたければ渡した携帯電話に登録されている『0』っていうアドレスにメッセージを送ってみたらどうでしょう?」

「…」


 能面の男は携帯を操作しアドレス帳を開く。

 するとそこには0から8までの9件の電話番号ならびにアドレスが登録されていた。


「まあ、大口顧客の機嫌を損ねない程度に頼みますよ」

「…ちっ」


 男の釘刺しに、能面の男は忌々しそうに舌打ちすると携帯をしまった。

 そこまでして理由を聞くほどの条件ではないと判断したからである。


「で、その状況報告ってのは誰がやんの?」


 ニット帽の女性が軽く手を上げて質問をする。

 ここに居る全員、殺しの経験はあるがそれの詳細な報告などあまりしたことがないため、誰がやるのかを少なからず気にしていた。というか、面倒事は勘弁だと内心思っている。

 しかしそれを受けた男が―――


「ああ、報告はボクがやるんでご心配なく」


 と答えた。


「え、やってくれんの? ならいいけど」

「はい。皆さんの中で能力カードを引いた人が居ると思うけど、ボクが引いたのが『範囲内の生物の視界を覗き見する能力」だったんでやります。本当は戦闘向きの方が良かったから引き直そうと思ったんだけど、『適任だろ』と言われてクライアントからまとめ役みたいな事も一緒に任されちゃったんですよねぇ」

「へー。御愁傷さま」


 男がカードで引いたのは『半径500メートル以内に居る生物の視界を共有する』能力であった。

 人間以外にも鳥を対象にして俯瞰で見たり、ネズミを対象に低い視点で見たりといった事が可能である。

 副次効果として対象となる生物の位置がざっくりと分かるので、隠れて自身を狙う暗殺者の存在などにも気付くことが可能となっていた。


「まあそんなワケだから、"みんなで一緒"にと、"どんな風に対象が死んだか"を報告できればあとは好きにやってください。渡した電話で連絡を取りながらいい感じにやりましょう」

「随分と変わった依頼だな」

「ですねー。どうやら死んだという"結果"より、その"過程"の方に重きを置いているみたいですね」

「それに何のイミがあるんだか…」

「それはクライアントの機嫌を損ねない程度に―――」

「だぁー。聞かないよ。そんなに興味も無いって。ちょっとした好奇心だよ」


 能面男とのやりとりのリプレイになりかけたので急いで話を切るニット帽女。

 それを見て男は話を続ける。


「さて、それでお互いの呼び名の事なんですけど…」

「呼び名?」

「そ。流石に代名詞とかじゃボクも報告とかしづらいし、かといって仕事柄本名を聞くのもできないと」

「あたしはいーよー!本名」


 元気な少女が手をあげながら元気に答える。


「流石に全員がそう言うワケにはいかないでしょうから…。それに今からコードネームを覚えるのも面倒なので、みなさんにお配りした携帯電話の裏を見てもらえますか?」

「…?」


 男に言われ全員が配られた携帯の裏を見る。

 早々にポケットにしまっていた者も含め、数字の書かれたシールが貼り付けてあることを確認した。


「それはボクが携帯をクライアントからお借りした時に付けておきました。仕事中はお互いを便宜上その数字で呼び合う、というのはいかがでしょう」

「さんせー」

「ま、いんじゃない」

「まあ…」


 男の提案に元気な女子、ニット帽、能面の男が賛成を表した。

 無反応な四人の沈黙を賛成とするならば、支持率は100%である。

 そして可決されたとみなした男が話を先に進めた。


「では受け入れてくれたということで…早速ですが"1番"のシールの方」

「…俺だ」


 手を上げたのは、これまで一言も発さずに話を聞いていたスーツ姿に青い布マスクの男だった。

 髪はキレイに整えられており、一見すると会社員風の男が1番のシールの携帯を引き当てたようだ。


「では、あなたの名前は任務中は"ウノ"でお願いします」

「スペイン語か…?」

「そうです。1番さん…では面白くないですしね。いかがですか?」

「…それでいいよ」

「どうも。何か任務に関してみんなに言っておく事とかあればどうぞ」

「……俺は一人で動く。殺しの手段は毒物とだけ…」


 寡黙な男は言いたいことだけ言うと、再び沈黙した。

 そして場を仕切る男は最初から話が膨らむとは期待していないので、気にせず進行する。


「はい。それでは2番のシールの方」

「俺だ」


 2番は能面の男だった。


「ではあなたは"ドス"で」

「何でもいい」

「はい」


 ぶっきらぼうな男は置いて、次に進める。


「3番の方ー」

「…」

「はい、あなたですね」


 顔は包帯ぐるぐる巻、全身黒ずくめの"the不審者"といった人物が黙って挙手した。

 先程までの話し合いのみならず今もなおダンマリ決め込んでいる徹底ぶりだが、進行の男は特になんの反応も示さず対応する。

 仕事柄、喉が潰されていて声が出ないとか、少しも情報を落としたくないという人間はざらにいるので、気にするような態度ではなかった。

 体格は男性にも見えるし、女性に見えなくもないような…そんな微妙な感じである。


「ではあなたは"トレス"でお願いします」

「…」

「スケキヨのほうがお似合いじゃない?」


 進行の男が名前を付けると、黒ずくめの男が黙って頷く。

 ニット帽女が茶化すような事を言うも、どちらも全く気にする様子は無かった。


 そしてその後も携帯の番号シールに基づいて次々に名前をつけていく。

 元気な女子はスィンコ5番、ニット帽女はシエテ7番、そして最後に進行の男が自分をオチョ8番と決め、名付けの時間は終了となった。


「オチョかわいいなーオチョー!」

「…さて、次に襲撃のタイミングですが。周りに人がいる時間はなるべく避け―――」


 スィンコ5番の感想を無視したオチョ8番の進行で、攻めるタイミングや協力の約束など段取りが組まれていくのであった。

 ターゲットを殺すため…というより、いかに痕跡を残さず条件を満たすかに重点を置いて。

 自分たち八人が束になれば…いや、いくら相手が能力者といえど自分が一般人ひとりに負けるわけないと…そう思っていた。

 それだけ、修羅場をくぐってきた人間の集まりなのだ。


 しかし彼らに伝えられている『治療能力を使うサラリーマン』という情報には多くの"抜け"があった。

 本来の能力ではなく、意図的に治療能力として特対に登録されている事。

 回数では殺し屋たちに及ばないが、それなりに修羅場を潜り抜けている事。

 頼れる仲間が多くおり、かつ上位存在を二人も味方に付けている事。


 お互いが少しの情報を持った状態で、クリスマス前の血戦が静かに始まろうとしていた。













 ________













 火曜日 19:45


 一度だけなら、たまたま、偶然、端無くも…何か特対に用事があったと言えなくもない。それだけで彼を能力者と結論付けるのは流石に早計だし、そこまで私も乱暴ではない。

 いや、そもそも特対本部に入る偶然なんてあるのだろうか…?

 自分で自分に言い聞かせておいて、その内容の不審点に気付く。

 私が今やっている"ダブルチェック"で気付きたかった誤りは、そこじゃないのに…


「やっぱり…」


 普通に残業をして帰社した彼が向かったのは、今日も丸ノ内線乗り場ではなく、JR乗り場だった。

 これで二日連続、まっすぐ自宅には帰らなかったことになる。

 つまり、能力者である可能性が濃厚になった。


 それを突き止めて、何になるというのだろうか…




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