第266話 許可
「どうぞお入りください」
12/20 火曜日 11:25
二本橋"異能力庁"庁舎の中のとある部屋では、これから行われるライセンス交付のために職員が所定の位置についていた。
室内は小学校の教室程の広さで、窓は無く、広く間隔を開けた位置に会議などで使う三人掛け用の長テーブルが2つとそれぞれ向かい合うように椅子が1つずつ設置されている。
ライセンスを渡すだけにしては些か贅沢な広さだが、防犯上の観点からこのような部屋をあてがわれていた。
片方の椅子には交付時に諸説明を行う職員が腰を掛けており、その役目は"能力判定能力者"が務める事が原則となっている。
異能力庁に在籍している判定者は九人おり、今はその内の四人が交付を、残りの五人が判定を行っていた。
そして座っている判定者の左後ろと右後ろにそれぞれ能力者の職員が立って待機している。
これはライセンスを受け取りに来た能力者が襲い掛かってきたり、逆に判定者が何か不正をしたり説明に不備があったりした時にサポートする役目を担っていた。
有事の際はすぐ動けるよう着席することなく待機しているが、何事も無ければ特に何もしなくても良い立場となっている。
「失礼します」
この部屋の判定者である和久津沙羅の声掛けで、廊下の椅子に座って待機していた一人の青年が入室する。
20代中盤の、サラリーマンの男だ。今日は有給を取り、ライセンスを受け取るべくやって来ていた。
ライセンスは出来上がり次第申請者に連絡が行き、その後申請者は自分の都合の良い日に"交付予約"を行う。
交付は平日の午前と午後のそれぞれ10回あるうちのどこかを選び、所要時間は説明を含めて10分~20分となっている。
説明を聞きライセンスカードを受け取り、その後の諸手続きを完了させることでようやく"交付"が正式に完了するのであった。
「そちらにおかけください」
「はい。失礼します」
「それでは早速交付手続きを行いたいと思います。目の前にあるカードに書かれているお名前・住所・生年月日にお間違いはありませんか?」
男はテーブルに置かれたカードを手に取り、内容を確認する。
レイアウトは運転免許証と酷似しており、右上に顔写真、左側に氏名や住所などのステータス。そして下の部分に能力の簡単な説明とランクが記載されていた。
情報にサッと目を通した男は再びカードをテーブルに置くと、問題ありませんと返事をする。
それを受け、和久津は説明を次に進める事に。
「ありがとうございます。さて、先日こちらで行ってもらったテストの結果、貴方から事前に申告して頂いた『金属に干渉する能力』と内容に相違なく、また出力判定を『Aランク』とさせていただきました。これはEXランクを除くと上から2番目の判定となります」
「…! ありがとうございます…!」
和久津からの説明を受け、男の顔がほころんだ。自身の能力が良い評価を受けたからである。
彼はテストで金属板を数秒で鋭利な剣や槍に変えたり、様々な種類の金属を変形させたり操ったりしてみせた。
操作できる金属の重さ・種類、変形にかかる秒数・形の精密さなどを総合的に判断し、上から2番目のAランク判定となったのだ。
そしてAランクはかなりの高評価だと言える。男が思わず喜ぶのも無理はない判定だった。
「ただしこの判定はあくまで暫定的なモノで、もし能力を行使していて明らかな変化があったと自覚があれば、すぐに問い合わせてください。再テストを行いますので」
「変化…ですか? それってどういう…」
「一番よくあるのが、能力を使い続ける事による"出力の向上"ですね。これは筋肉や脳と同じで、一般的には使えば使うほど強くなっていきます」
「ああ…確かに映画とか漫画でも定番ですね……」
男の言葉に、和久津はあまりピンと来ていない。
何故なら、彼女はこれまで娯楽的な映像作品や書籍にほとんど触れてこなかったので、"定番"が分かっていないのだ。
ちなみに判定者による説明は、押さえるべき項目は決まっていながらも、言葉選びなどは説明者本人に任せられていた。
なので漫画好きな判定者であれば、相手がそういったフィクションに精通していそうな若い世代の場合に『よくある、使えば使うほどに強くなるアレの原理です』と省略して話しをする場合もある。
ただしあまりにもネットミーム頼りの極端な端折りは、双方の理解に齟齬が生じる可能性を考慮して後ろに居る職員に訂正される。
「それと滅多に無いですが、"能力そのものの変化"が生じた場合は、ランクのみならず内容の更新が必要となりますので速やかにご連絡ください」
「…そんな事があるんですか?」
「ええ。たまにですが」
能力が変わる。にわかには信じがたい内容に驚きを隠せない男。
和久津はそれについて説明を続ける。
「ただ事例の多くは、Aという能力がいきなりBに変わるワケではなく、能力者本人の認識の変化による現象と言えばいいでしょうか。私の持つような判定能力を受けていなかった者に起こるのですが」
「…?」
「かつてあった事例ですと、ある組織に"氷を作る能力"を持つ能力者が一人在籍していました。その者は空気中から氷を生み出したり、コップの中の液体を凍らせることが出来たのですが…。その氷を別の形に加工したり勢いよく飛ばしたりといった、他の同系統の能力者の多くが出来る事を出来ずに、低い能力評価を受けていました」
「はあ…。それはまた、可哀想に」
「ところがある日、何のキッカケか、その者は"別の能力"を使う事が出来るようになったのです」
「おお…」
「それは"硬化能力"、つまり物体を硬くすることのできる能力でした。そこで能力判定のできる者を探しちゃんと調べた所、意外な事実が判明したのです」
「…ゴクリ」
「その能力者が持っていたのは、氷を作る能力ではなく"物体を固定する"能力だったのです。それも分子レベルに干渉できるほど強力な」
「固定…」
今度は逆に和久津の説明に男がピンと来ていない様子だった。
「氷は水分子を結合させて固定化した物で、硬化は形の固定化による結果、変形しない強固な物体が作れたというワケだったんです。それを最初にたまたま氷を生み出してしまったがために認識がズレ、また"能力判定能力者"も近くに居なかったため、しばらく間違った能力として認識してしまったというワケです」
「あー…だからテストで金属以外にも色んなものを試させたんですか」
「そうですね。ライセンス発行にあたり我々は本人も含め、虚偽の申告・無自覚・判定ミス等あらゆるマイナス要素を排除して判定を下す必要がありますからね」
発行までにそれなりの時間を要するのは、そうした多方面からの審査が必要となって来るからである。
作為のあるなしに関わらず正しい評価をするため、異能力庁は日々精緻な審査を行っていた。
「…え、じゃあ弱くなることはあるんですか?」
「無くはない…とだけ。ただ加齢による能力自体の衰えはあまり無く、ほとんどが体力・精神力の衰えに引っ張られる形となります。故にその二つの面を向上・維持し続けることが出来れば、能力はどんどん研ぎ澄まされて行く事になりますね」
「…すごい」
「もう一つ能力が弱くなる要因としては、戦闘や事故による脳あるいは精神へのダメージですね。特に能力は精神力に大きく左右されますので、『もう戦えない』『もう使いたくない』と思うと発動自体難しくなります」
「そう、ですか…」
「分かりやすく自転車で例えるなら、走るスピードや曲乗りの技術は衰えても、乗り方自体を徐々に忘れることは無い、みたいなことです。弱くなるのは、能力ではなく使う術者だということを心にとどめておいてください」
「わかりました」
その後も和久津からの説明は続いた。
新しい法律の事や、能力使用の制限…とくに訓練の為に公共の場で能力を試すことも場合によっては逮捕されるケースがあるため控えるように等、ホームページや覚醒サービスなどで注意喚起される事を再度話す。
もちろん色々な場所で聞いているであろうことから、かいつまんで説明し、あとは冊子を渡し家で読めという事である。
「さて、最後に…これは全員に言っている事ですが。トラブルや望まぬ戦闘に巻き込まれたくなければ、みだりに能力者であることを誇示したりは絶対にしないようにしてください」
和久津は至って真面目に、男がひと際注意深く聞くように告げる。
「え、と…逆じゃないんですか?」
「逆?」
「はい。僕が能力者だと分かれば、仕掛けようなんて人は居なくなるんじゃないかと思って…」
「ふむ…確かに抑止力としての効果はそうですね。能力者に対しても、一般人に対しても、『相手が能力者だ』と思わせる事で一定の防衛力を得る。間違っていません」
「で、ですよね…」
男の意見に一理あると理解を示す和久津。
「ところで…確か貴方は、公表以前から能力には覚醒していて、今回サーチだけ有料で身に付けたんですよね?」
「え? まあ、そうですが…それが何か?」
「貴方は能力者が多く在籍するアウトローな組織の一員です」
「えぇ…」
急な話題転換に戸惑う男。
しかし和久津はそんな男に構わず話を続けた。
「罪もない一般人を襲っては金品を巻き上げ、それを売って懐を満たしていました。ところが同じような事で稼いでいる別の組織に目を付けられ抗争に突入しました」
そこまで説明して、和久津はサッと右手を上げる。
「さて、その事を踏まえた上で我々をサーチで見てみてください」
男は言われたとおりに目に力を込め、泉気を探り出した。
そしてすぐに和久津の言わんとしていることを理解する。
「…あぁ」
「貴方は我々三人の内、誰から狙いますか?」
男がサーチをすると、泉気に覆われた和久津と、覆われていない後ろの二人の職員が目に入った。
厳密には和久津の合図で泉気を消した二人の職員の姿が…だ。
「貴女から狙いますね…」
男は和久津を正面に見据え、ハッキリと答える。
「そうでしょうね…。とまあ、能力者であることは"狙われない理由"にも、"狙われる理由"にもなるという事が言いたかったのです。お互いの立場によって変わります。しかしこれは
「…」
「変わるのは、貴方よりもずっと早く能力を身に付け、鍛え、それを悪事に利用して来た連中の立ち振る舞いです」
「というと…?」
「これまでは、武器を携帯しているだけでも咎められる世界でした。手に入れてしまえばすぐに警察が飛んできて、絶対に武器の存在を明かすな…と念を押すような、そんな世界。しかし今はその武器が一般に広く普及し、携帯するだけでは何も言われなくなった。これによりいつでも使える状態でいられる…。なんて仕事がしやすい世界なんだろう、と思っている者がいるでしょうね」
「それが、アウトローな連中…」
「彼らには常に泉気を消しでもしない限り簡単に見つかるでしょう。しかし自分の口から『武器を持っている』と言って回るのは、あまり賢明な振る舞いだとは私は思わないのですが、いかがでしょう?」
「はい…」
「貴方は
軽い気持ちや憧れで能力を手に入れた者に対する警告。
これがライセンス発行時に必ず言わなければいけない内容のひとつであった。
先ほど和久津が告げたように、狙われるときは狙われる…その仕組みは以前から変わりない。しかし手に入れたのは決してアクセサリーや宝飾品などではなく武力であることを自覚させ、振る舞いが変わる事を願って導入されたマニュアルである。
現在は覚醒サービスを利用した者にも必ず口頭で伝えるよう通達が行きわたっている。
ここまでしても話半分に聞いている者は多く居るが、最大限身を守ってもらえるようこれからも啓蒙活動を続けていく方針だ。
「お疲れ様でした、和久津さん」
「お疲れ様、沙羅ちゃん」
「ああ、お疲れ様」
午前の部の最後の対応を終えた和久津に声をかけるのは、後ろで様子を見守っていた二人の女性職員だった。
先ほどの発行業務における和久津のお目付け役のような立場にあるが、実際は仲の良い友人関係にある。
和久津にとって彼女らは、数少ない特対以外の友人であった。
「ねーえ、沙羅ちゃん」
「ん、なんだい? ランチの相談かな」
「んーん。沙羅ちゃん、なんか変わった?」
「藪から棒に…、一体どうしたんだい?」
友人から突如飛んできた質問に困惑する和久津。
しかも当の本人にその自覚が無いため答えあぐねていると、さらに掘り下げが行われた。
「ホラ、沙羅ちゃん結構お疲れの様子だったのに、先週あたりから急ぅーに元気になったから。何かあったのかなーって」
ニンマリと笑う同僚二人に普段なら『何をバカな…』と流すところだが、やられっぱなしは面白くないのと、言われて改めて思いつく原因があったので―――
「まあ、しいて言えば…良い飲み仲間が出来たから……かな」
と余裕の笑みを浮かべてみせた。
それを受け二人の職員がきゃあきゃあと盛り上がっているその時、部屋に一人の人物が姿を表した。
「何やら盛り上がっていますね」
「あ、鬼島副大臣…!」
やってきたのは、異能力庁で副大臣を務める鬼島修一郎その人である。
締めるところは締めるが穏やかで人当たりの良い好人物の鬼島だが、組織のナンバー2の登場とあって三人は背筋を伸ばした。
「どうかされましたか? 鬼島副大臣」
和久津が代表して質問する。
すると鬼島から思いもよらない要求が飛んできたのであった。
「和久津さんにひとつ頼み事があってね…」
「頼み事…ですか?」
「ええ。今度、私を塚田卓也くんと話せるようセッティングしてもらえないかな?」
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