第263話 ポーカーフェイス?

 無表情レディが俺を無言で見つめていた。座っている俺は少し見上げる形でその視線を受け止める。

 分かりづらいが、少しだけ怒り…いや不機嫌か?

 何か気に障る事をしてしまっただろうか…。そんな疑問が湧いてくるが、彼女の一言で解決した。


「連絡」

「連絡…? ああ、ここに来ることを伝えてなかったからか」


 黙って頷く志津香。

 ここに来るなら事前に言えよと、そういう事だ。


「悪い。ちょっとトラブルがあってな。駒込さんとしか話してなかったんだ」

「トラブル?」

「ああ。その辺りも含めて説明するから、もし夕飯がまだなら一緒に食うか?」

「わかった」


 俺の提案を受け入れた志津香が素早く注文カウンターへと駆け出していったので、俺は空いていた隣の二人掛け席を自分の所に引き寄せ"即席四人掛け"へと変えた。


「成り行きで志津香も加えちゃいましたけど、良かったですか?」

「ああ、別に私は構いませんよ。竜胆とは普段あまり話しませんから、いい機会かもしれません。ただ…」

「ただ…?」


 駒込さんが料理を注文している志津香を見ながら、意味ありげに一呼吸溜めて言う。


「引っ越し祝いでお邪魔した時にも思いましたが…。塚田さん、よく竜胆の言わんとしている事が分かりますね。彼女は感情が読めなさ過ぎてコミュニケーションを取るのが難しいので有名なのですが…」

「ああ…。いや、でも慣れると意外と感情豊かな事が分かりますよ?」

「えぇ…。豊かですか?」


 それはないでしょう、と言いたげな駒込さん。気持ちは分かる。しかし事実である。


「最初は俺がここに来る連絡を入れなかったことに不満げでしたが、トラブルと聞いて不安な表情を浮かべていました。で、食事に誘ったらやや機嫌が直りました」

「私には表情1コにしか見えませんでしたが…」


 まあ、一見するとそう。でも微妙な変化があったり無かったりするんだよなぁ。

 俺は駒込さんに志津香の先ほどの表情の変化について解説するも、ただ駒込さんの頭の上の疑問符が増えていくだけであった。


「何の話?」


 そんな話をしていると、カレーうどんを持った志津香がこちらまでやって来る。

 そして隣のテーブルに料理を置くとちょこんと腰掛けた。


「ああ、今ちょうど志津香は感情豊かだよって話をしていたところなんだ」

「それは、そう」

「えぇ…」


 志津香の自己申告に呆れる駒込さん。

 自他の評価の乖離は一旦置いておいて、俺たちは夕食をとる事にする。


「「頂きまーす」」


 出来てから少し時間が経ってしまったが、天ぷらはサクサク、つけ汁もアツアツで大満足である。

 あとで先ほどのおじさんにお礼と感想を言いに行かないとだな。


「卓也。その天ぷら」

「ん? ああ」


 俺が舞茸の天ぷらを半分ほど食べ進めた所で、隣の志津香が食いついてくる。

 今まで食堂になかったから、興味を引くのも当然か。


「なんでも新メニューらしいぞ。うどん・そばコーナーにいたおじさんがくれた。…もう居なくなっちゃったみたいだが」


 あの人だよと教えようとしたのだが、先ほどの人は既に見えるところには居なくなっていた。

 新メニューをくれるくらいだから、お偉いさんだとは思うけど。


「私も食べたい」

「あー…いいけど、食べかけだから新しい割り箸で切って…」

「平気」


 そう言って志津香は半分ほどの量になった天ぷらを箸で掴むと、小さい口でムシャムシャと食べ始めた。

 まあ本人が気にしないのならいいけど。中には食べかけとか回し飲みとか受け付けない人も居るからな。

 でも、そんな人が他人のをくれとは言わんか。


「どうだ?」

「美味しい」

「だよな。食感もいいしな」

「うん」


 後で感想を言いに行かないとな。おじさんも一人より二人分の意見を貰う方が良いだろうし。


「あの…塚田さん」

「はい?」

「本当に、意思疎通バッチリですね。竜胆と…」


 俺たちのやり取りを見ていた駒込さんが感想を漏らす。

 そこまで驚かれる事でも無いとは思うんだけどな。

 皆きっとパッと見の印象で『話しづらそう』とか『声かけづらそう』でコミュニケーションを拒否してしまっているだけなんだと思う。


 先ほども言ったように、志津香は表情の乏しさに反して感情は豊かで、お笑いが結構好きだ。

 意外とボケたがるから、相手をするのは中々楽しい。

 そういう面も知れば、彼女に対して暗いとか感情が無いなんて評価にはならないハズだ。


「大学時代に履修しましたからね。第二言語で『竜胆語A・B(通年:4単位)』と、『志津香概論Ⅰ(半期:2単位)』を」

「いや、どこの大学で誰が教えるんですか」


 俺のボケに苦笑いしながら突っ込んでくれる駒込さん。


「あ、今笑ってますよ、この娘」


 そして隣に居る志津香の表情を指して教えるのだが…


「…分かりません」

「えー」


 駒込さんにはまだ微妙な表情の変化が分からなかったようだ。



「それより卓也」

「ん?」

「トラブルってなに?」

「ああ、そうだ。実は―――」


 俺は再び特対本部へと来ることになった理由を志津香に話すことに。

 彼女には隠すような情報は無いので、俺がある依頼を請けた事、そのターゲットとはお互いを狙い合っている事。そして相手に家の住所を知られていたので、ここに一時的に避難してきた事などをかいつまんで説明した。


 連絡できなかったのは、ゴタゴタしていて余裕がなかったから。支度などもあって頭から抜けてしまっていたのだと説明する。

 美咲やなごみや光輝や大月も知らないのかと聞かれ、直接話したのは駒込さんだけで、他には誰も言ってないよと伝えた。勿論許可を取る過程で鬼島さんや衛藤さんや四十万さんには伝わっているかもだが、他は知らないハズだと。


 すると志津香は一言


「理解した」


 と呟いた。


 納得してくれた志津香を交え、その後は三人で会話しながら食事を続けたのであった。

 話題はもっぱら能力公表後の変化についてだったが。


 玄田のおっちゃんの言う通り、能力者増加により能力者犯罪件数は増えてしまっているそうで、苦々しい顔をしている駒込さんが印象的だった。

 ここを踏ん張らないと一般の人々の中に『能力者=悪』という図式が出来上がってしまうので、職員総出で活動しているとのことである。


 ただ悪い事ばかりではなく、能力を身に付けた多くの正義感溢れる人々が『特対に入りたい』と問い合わせをしてきているらしく、4月の本採用に向けて急きょ"特別嘱託職員"というのを受け入れるのだそう。

 これは一般企業でいう所の採用直結型インターンのようなもので、この期間のアピールによっては正規職員への道がグッと近くなるとのことだ。

 命がけの特殊な仕事だし、入る側も『こんな辛いモノだとは思わなかった』とすぐ辞めてしまうようなミスマッチをある程度防げて丁度良いのかもしれないな。


「そちらの日常生活はどうですか…って言っても、既に厄介なのに絡まれてここに居るんですもんね」

「…仰る通りで」

「会社の人たちに怪しまれたりはしていないですか?」

「え、あー…うん……まー、大丈夫ですかね?」


 星野さんにはかなり怪しまれてしまったかもしれないが、2アウトってところか…。

 だがこれ以上怪しい動きをしてしまうと敏い星野さんの事だ、すぐに気付かれてしまう。

 バレる事そのものに問題がある訳では無いが、危険な事に巻き込んでしまうのは避けねばならない。


「志津香の方は何か変化を実感することあるか?」

「別に…」

「仕事しててやり辛いなーとか、逆にやりやすいなーとかさ」

「特に…」

「ああそう…」


 お騒がせ女優もかくやといった態度で応じる志津香。

 まあ変わらないなら良かったけど。



「塚田さんはこのあとのご予定は?」


 全員の夕飯がキレイになくなり、話も一段落ついた丁度よいタイミングで駒込さんが切り出してきた。

 時刻は20:10を過ぎたころ。寝るには全然早すぎる。


「いやー、どうしましょうかね? 大浴場には行きたいですが、他は特には…」

「でしたら、修練場に行きませんか?」

「修練場?」

「良ければ、私と組み手を…と思いまして」

「ああ…。もちろん良いですよ。腹ごなしに丁度よいですね。志津香はどうする?」

「私も行く」

「ん。じゃあウェアは借りて、運動しますか」


 こうして俺たち三人は、食後の運動に修練場へと向かうことにしたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る