第262話 懐かしの場所へ
「こちらが塚田さんのお部屋になります」
「ありがとうございます。おっ、前回と一緒だ」
受付の職員さんに渡されたカードキーには、嘱託職員として活動していた頃の俺の部屋番号である【603】が書かれていた。
偶然なのか、それともはからいなのかは分からないが、少しだけノスタルジックに頬が緩んでしまう。どれも同じような部屋なんだけどね?
「塚田さん、お荷物の方は…」
「あ、今日指定された住所に送りました。あとは手に持っているこのバッグです」
「かしこまりました。そちらのバッグは今お預かりさせて頂きます。こちらで検閲が済み次第塚田さんのお部屋にお届けしますので、1時間くらいお時間ちょうだいしますね」
「はい」
「宅配の方も届き次第検閲しまして、お部屋に置かせて頂きます」
「ありがとうございます」
今回は嘱託の時より長い時間の滞在が予想されるとのことで、着替えを多めに用意した。
今日持ってきた中くらいのボストンバッグには2日分の着替えと生活用品を。そして宅配便で送った方は4日分の着替えと
着替えと言っても週5日間はスーツなので、白シャツがメインに外出着と寝間着が少々といったところだ。
無いと一番困る下着類に関しては施設内に売店やクリーニング設備があるし、最悪なんかあったら仕事終わりに購入してしまえばいいので、長期になってもそれほど気にする必要もない。(家もそれほど遠くないし、必要な物は取りに行けば良い)
「それと
「はい」
「では、お預かりいたします」
「宜しくお願いします」
俺はポケットからスマホを取り出すと受付の職員さんに渡す。そして代わりにスマホのような形の"PDA"を受け取った。
この特対本部は、当然ながら外部に漏らせないような情報が大量に存在する。
データベースや保有している紙の資料・書籍はもちろん、働いている職員の情報など。『転移能力者の条件を満たしてしまう可能性』を考慮して、内部写真の一枚も基本的には持ち出し不可だ。
能力的なプロテクトはかかっているが、それでも本部への持込物、特に電子機器の持込には厳しい検閲をかけている。
光輝も面倒くさがっていたが、撮影や通信機能もないゲーム機でさえ購入から手元に届くまで数日を要する上に、様々な書類を書かされる。(と同時に何かあればガサ入れ対象になるとか)
スマホなどは情報漏洩という観点から最も警戒すべきアイテムとなる。
そしてこの本部にずっと住んでいる職員は良いが、俺のように毎日スマホを持ちここから出かける余所者にとってはその都度検閲は不可能…。しかし業務連絡などを考えると嘱託の時のように家に置きっぱなしというワケにもいかない。
そこで登場するのが通信室である。(今回初めて知ったが)
特対職員でも自宅は外にあるよという人は大勢おり(主に2課や3課)、しかし本部に泊まり込みで任務にあたらなければならない場面というのが決して少なくはない。
そんな人たちが外部との必要な連絡を取るのに、この通信室は欠かせないのだ。
使用方法は至ってシンプル。
申請をして自分のスマホを預け、代わりにPDAを受け取る。
自分のスマホは通信室の、自分に割り振られたロッカーへと収納される。
そして自分のスマホに外部からメールやメッセージアプリの受信があった場合は、情報担当と電子能力者のチェックをパスした後に自分のPDAへと転送されるのだ。
それに対しこちらからメッセージを送ったり来たメールに対して返信をする場合は、PDAで普通にメッセージを作成しチェックを受けた後に相手へと送ることができる。
相手から電話があった場合は、PDAに通話機能が無いので直接取る事は出来ない。その代わり一旦着信があった事だけがこちらに通知される。
それを受け"通話の必要ナシ"であればメッセージを送るなりして対応しておく。もし折り返しの電話が必要だと思われる場合は、本部ビルのすぐ横に建てられている通信室のある棟まで行き、"担当者監視のもと"通話ができる、という仕組みになっていた。
要するに"面倒な制限付き"で、外部とのやりとりが"限定的"に可能なのだ。それでも特対に居る間は外部と音信不通…よりは大分マシだが。
光輝たちとこれまで連絡を取る事もあったが、ここの住人は一時滞在者よりも縛りは緩いらしい。ある程度は信頼でやっているという事だろうな。
「それでは19時30分に食堂の入り口で待ち合わせで如何でしょう?」
「わかりました。じゃあ荷物を置いてきますね」
受付で諸々の手続きを全て済ませた俺は、待ち合わせの約束をして駒込さんとエントランスで一旦解散した。
このままご飯に行っても良かったのだが、駒込さんが書類などを持ったままじゃ嫌だろうと気遣ってくれたのだ。
厚意をありがたく受け取った俺は待ち合わせに遅れない為にも早速自室へと足を運ぶことにしたのであった。
「おぉ…懐かしのマイルーム」
カードキーを端末に通し開錠して扉を開くと、そこには4ヶ月ほど前にお世話になった部屋があった。
ビジネスホテルのような簡素な造り…。だがそこがいいッ!!
普段は家に居るとPCもあってスマホもあってテレビもあって、全てをダラダラと"ながら見"し結局一つも集中していないなんてことがザラである。
しかし部屋にはテレビしかない状態となると、余程見たい番組でもないと点けない。すると部屋の外に出て図書室やジムやプールといった設備に真剣に向き合うことが出来るのだ。
まだ行った事の無い場所もあるかもしれないし、今回はそれらも網羅したいという野望があったりなかったり。勿論調査が最優先だが。
つまりこの簡素な部屋は、逆に俺の生活を彩るためのスパイスになっていると言っていい。
このデジタル社会において、あえてデジタルを遠ざけることで―――
「―――っと、もうそろそろ行かないとな」
時計を見ると、時刻は19時20分をさしていた。
どうでもいい決意表明は置いておいて、さっさと待ち合わせに向かってしまおう。
駒込さんの事だから確実に時間よりも早く来てくれるだろう。お腹も空いているし、夕飯の開始が早まるのならそれに越したことはない。
そう思いカードキーだけ持った俺は、スーツのまま待ち合わせ場所へと向かうことにしたのだった。
「駒込さん」
「あ、塚田さん」
約束の5分前に食堂に到着した俺は駒込さんを発見する。
今来た様子でも無さそうなので、待たせてしまったかな。
「すみません、お待たせしました」
「いえ、今来たところですよ。それより中へ行きましょうか」
「あ、はい」
俺に気を使わせないよう素早く中へと促す駒込さん。
流石は気遣いの鬼(俺の中での称号)なだけある。見習わないとな。
「あ、あそこ席空いてますね」
「確保したら、食事取りに行きましょう」
ディナーのコアタイムなだけあって、食堂はかなりの人で埋め尽くされていた。
しかしそれなりに広さもあるので、チラホラと空きもある。壁沿いの一人席や二人席、四人席とまだまだ余裕があった。
ここの住人が一斉に利用すれば流石に満席なのだろうが、任務で外出していたり、食べる時間をズラしたりしていい感じに散らばっているようだ。
服装は前回の大規模作戦の時と同様、スーツ姿の者や出撃する際の装備を身に着けている者、そして私服姿の者などバラエティに富んでいる。
今も何かしらの作戦が決行中なのだろうか…。なんて考えてみたり。
「うわ…!。なに食うか迷うわー…」
「あはは。メニュー数が多いですからね」
しかしそんな考えは夕食の
「……あれ、このボード…」
本日の夕飯のメニューを確かめようと入り口の方へ向かったところで、俺は前回無かった"あるモノ"に気付く。
そこには"蕎麦の食べ方"や"ハンバーグの名前の由来"など、食事の作法やうんちくが書かれたボードがいくつも並べられていたのだった。
「ああ、それは丁度塚田さんが嘱託期間終了でお帰りになられたあたりから設置されたんですよ」
「へぇー」
なんかいいよな、こういうの。
居酒屋の壁とかに貼られてる小話とか、"掟"とか"十カ条"とか"毛筆ポエム"みたいなのとかも、ついつい見ちゃうんだよな。(手持ち無沙汰だからというのもあるけど)
この食堂もただ業者が粛々と作ってるというよりは何か"こだわり"を感じるし、どんどん充実していくといいな。色んな面で。
「すみません。鴨南せいろと、おにぎりの明太子と鮭を1つずつ」
「あいよ…………ん? お前は…」
「…?」
夕食を決めた俺は『そば・うどんコーナー』へと向かいオーダーをおじさんに伝える。
するとおじさんは俺の顔を見て何かを考え始めた。
「あの…何か……?」
「…いや。少し待ってくれ」
「はい」
しかし何を言うでもなく、おじさんは厨房へと向かっていった。
そして数分後…
「はい。お待ち」
俺のもとに絶品せいろが到着した。が…
「あれ。この舞茸の天ぷらは…? 頼んでないですけど」
トレーにはオーダーしていない天ぷらが乗せられている。
というか、こんなメニューあったっけか?
「そいつは試作品で、あんたはテスターだ。良かったら味の感想を後で聞かせてくれ」
「いいんですか?」
「ああ」
「なら、頂戴します。ありがとうございます」
よく分からないけれど、舞茸の天ぷらをゲットした。
衣が多すぎる天ぷらは嫌だけど、舞茸は構造上衣を纏いやすく、サクサク食感が多く楽しめる。これは好きだ。天衣無縫の極みと言うやつだな。
「お待たせしました。駒込さん」
「いえ。頂きましょうか」
オムライスを注文し席で待っていてくれた駒込さんに一声かけ、早速頂くことに。
デミオムライス…旨そうだ。
昔ながらの薄焼き卵ケチャップオムライスも好きだが、贅沢卵のデミオムライスも好き…。
今度頼んでみよう。
「じゃあ、頂きま―――」
「…」
箸でそばをつかみ、口に運んでいざ実食!というタイミングで視界に影が落ちた。正確には俺の右側が暗くなる。
何事かとそちらに向いてみると、そこには―――
「…志津香」
無表情の特対1課職員、竜胆志津香が立って俺に圧力をかけてきていたのであった。
何か怒ってるな。
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