第260話 予約でいっぱい

 小学校の教室ほどの広さの薄暗い部屋で、二人の男が顔を合わせている。

 片方はスーツを着ており、もう片方はコートのフードを目深にかぶっていて、何ともミスマッチな組み合わせであった。

 そしてフードをかぶった方の人物が、スーツの方に話しかける。


「送り込んだ六人は全員駄目でした、善斑さ…じゃなくて日高さん」

「別にどちらでも、呼びやすい方で構いませんよ」

「はい、ありがとうございます」


 スーツの男は、新しく発足された異能力庁で政務官を務める日高芳。

 そしてフードの男に裏で活動するときに名乗る"善斑"という姓を呼ばれたが、どちらでも良いと答えた。


「…それで? 送り込んだ刺客では歯が立たなかったと?」

「はい…」

「まあ予想通りですけどね」

「え?」


 遠慮気味な男の報告に、日高はサラリと答える。

 そのあまりの呆気なさに、思わず間の抜けた返事が出てしまうのであった。


「ま、彼ならそれくらいは凌ぐでしょう。別に驚くことではありません」

「はぁ…」

「むしろここで倒れたら拍子抜けもいいとこですよ。あはは」


 楽しそうに笑う日高を見て心情を測りかねていた。

 大金をかけてまで卓也を殺そうとしていたハズなのに、それが達成出来ていないことを喜んでいるような様子が、彼には不思議でならなかった。


「…いいんですか?」

「何がです?」

「いや、賞金首…。六人がかりで駄目となると、難しいのでは?」

「ああ…」


 能力の中身までは知らないが、単純な数の差で勝てない相手となるとこれまでのやり方を改める必要性があると感じた。

 しかし問われた日高はまたしてもアッサリと答える。


「問題ありませんよ。既に殺し屋を八人雇っていますから」

「はちっ…マジですか」

「マジです」

「………どうしてそこまでして、その塚田卓也という人物を狙うんですか? そいつに何かあるんですか?」


 男は、日高がそうまでして狙う塚田という人物を非常に気にしていた。


 ここ数ヶ月ほど日高の依頼で手伝いをしていた男は、コミュニケーションを取る中で日高と言う人間のパーソナルな部分に触れる。

『好きな食べ物は何か』といった些細な話題から、『どのようにして能力者になったのか』など深い部分までお互いの事を話し理解し合っていた。


 しかしここ最近依頼された『一般人に能力を渡す』事と、それに付随し『渡した相手に塚田卓也襲撃を依頼する』事に関してはその意図が読めないでいる。

 前者は、日高の息のかかっていない人間に配って何の意味があるのかという点。そして後者はそもそも塚田と言う人物が何者なのか知らされないまま(聞いてもはぐらかされてきた)行っているので、今回殺し屋まで雇ったという話を聞き興味がマックスになっていた。


「その"何か"を確かめるためにやっているんです」


 改めて確認の質問を送る男だったが、返ってきたのはまたしても具体性の無い答え。

 文面通り受け取ると、日高もまだ塚田卓也について何ら具体的な情報を得られていないように見えるが、果たして…


「ま、それは次の襲撃で見極めていきますよ。五十里いかりさんは引き続き能力の配布をお願いします」

「…大丈夫ですかね?」

「?」

「刺客は全滅…と言いましたが、実際は三人が特対に囚われているんです。そいつらに僕の情報とかを話されたら…」

「うーん…もちろん現行犯逮捕には気を付けてもらうとして、姿は念のためまた別の者に変えておきますかね」

「いや、これを機に特対が本腰を入れて捜査し始めたら…何でしたっけ…。収容施設に居るっていうハガキの能力者を使われたら僕なんかあっという間に…」


 五十里と呼ばれた男は危惧していた。

 これまで能力を渡してきた相手には自身に関する情報はほとんど与えていないので、そこから正体へとたどり着く心配ではなく。

 渡してきた人間が一定数特対へ捕まり、特対の捜査の手が自身に及ぶことを恐れているのだ。


 本当の姿は晒していないとはいえ、能力によってはいくらでも居場所を探られてしまうと感じている。特に、以前日高から聞いた【手の中】の飯沼の能力"ヘヴィーリスナー"を用いられてしまえば、簡単に自分の住処がバレてしまう。

 そう感じた五十里は日高に、暗にこれ以上の表立った活動はしたくないと伝えたのだった。

 しかし、日高は特に焦った様子もなく―――


「大丈夫です。その能力を使われることはまずないですから」


 と答えた。


「何でそう断言できるんですか…?」

「その能力はもう、予約でいっぱいだからですよ」

「…予約?」


 五十里は日高の言葉に理解が追いついておらず聞き返す。

 それを受け日高は、もっと具体的な説明を始めるのだった。


「確かに、飯沼という能力者のハガキは強力です。"現在までに起きた事実を知る"ことができるなんて、捜査に類する能力の中では予知能力と同等くらいの性能かもしれません。彼にライセンスを発行するなら、文句なしにEXランクでしょう」

「そう…ですよね」

「ですが、そんな強力過ぎる能力は総理大臣と特対部長の根回しの際、真っ先に目を付けられました」

「それは…公表するにあたって行ったという根回しのことですか?」

「そうです。官僚その他、多大な力を持つ人物に行った根回しの一環として、特対部長は『特対及び収容施設にいる能力者のリスト』を配ったんですね。そこでハガキの存在を知ったお偉いさん方は、色々と融通する代わりにそのハガキの管理をさせろと要求し、特対と総理大臣はそれを呑みました」

「…」

「というわけで、同時に具現化することのできる4枚のハガキの使い道は、向こう数年間にわたりビッチリ予定が埋まっているというワケです。今も政府にとって都合の悪い事実やそれを知る者、また海外の軍事機密や敵国の秘密などなど、フル稼働で調べていることでしょう」


 日高が笑顔で"4"を指で作り五十里に見せる。

 彼曰く、一度に具現化出来る4枚のハガキの質問事項は完全に決まっており、そこに特対が入り込む余地は無いのだと言う。


「でも、重大な事件解決に協力して欲しいと頼めば、いくら政府といえど1枚くらいは使わせてくれるんじゃ…」

「大丈夫な理由その2を説明しましょう」

「その2…?」


 今度は指で2を作り、前に掲げる日高。


「五十里さんの案件は、政府にとって"重大な事件"などでは決してないんです」

「そうなんですか?」

「ハガキを使わせて欲しいと持ちかけようものなら、『能力者が増えるなら良いことじゃないか。どうして止める必要があるのかね、キミぃ』と言われるでしょうね」

「えぇ…」


 日高は架空の官僚と思しきオジサンのマネをしてみせる。

 それを見た五十里は『そんな展開になりますかね?』といった表情だ。


「ところで五十里さん。アメリカには能力者は何人いると思いますか?」

「え…?えーと…」


 日高の突然のクエスチョンに戸惑う五十里。

 適当な数字を言っても良かったが、その適当すら出てこないくらいデータを持ち合わせていなかった五十里は、素直に白旗を揚げた。


「ちょっと分からないです…」

「僕もです」

「はぁ…」


 内心『なんじゃそりゃ』と思う五十里。


「ただ、もし仮に日本と同じくらいの割合だと仮定するならば、三万人はいるかなと思われます。その辺政府は、ハガキでもう調べているかもですが」

「結構いますね」

「そう。そして日本は諸外国と比べ人数でも負け、かと言って某国のような非人道的な能力実験・開発をすることも出来ない。となると、能力者の数の増加と質の確保は国として是非とも推し進めたい取り組みなんですよ」


 仮定の話と念を押す割にいやに具体的な、どこか確信めいた口ぶりに耳を傾ける五十里。

 そしてそこまで聞いて日高の言いたいことを全て理解するのであった。


「つまり僕は国にとって、捕まえる必要のない人間…ということなんですね」

「そうです。ただし被害者が出ている以上、特対は貴方を探して捕まえようと動いているので注意する必要がありますね」

「………」

「特対が従順な犬のままなら仮に貴方を捕まえても、飯沼と同じように収容施設一番奥という、最も安全な場所での"奉仕活動"が待っているだけですが……」


 日高は最後に少しだけ意味深なことを言い、心配する五十里を安心させる話題を切ったのであった。



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