第259話 交換条件
「お待たせいたしました。ナポリ風ドリアでございます」
「はい」
廿六木の目の前に運ばれてきたのは、茶色いグラタン皿に入った料理。
これはイタリアンレストランチェーン【ガーデニア】を代表するメニューの1つであり、今どきの学生であれば誰もが食べたことがあると言っても過言ではないコスパ最強の【ナポリ風ドリア】である。
そこそこの量があって値段がたったの300円という財布に優しい設定だ。
「あら、それも美味しそうね」
「こちらもシェアしますか?」
「ありがと」
「……」
だが何事にも例外はあるもので、まさに俺の目の前にガーデニアを利用したことのない10代二人がおり、先ほどから頼んだ料理を小皿で分け合っていた。
少し遅めのディナーに出かけた俺たちだったが、よく行く飲食店はどこも満席で、席数の多いファミレスか居酒屋くらいしか選択肢がなくなってしまった。
そこでどこにしようかとぶらついていたところ、たまたまいのりの目に留まったのがこのガーデニアだったというワケである。
そして二人に話を聞いたところどちらもここで食べた経験がなく、是非とも食べてみたいということになり入店した。
廿六木は…いつからピースに居たのかは不明だが、幼少期からならファミレスで食べる機会など無かっただろう。
いのりは、自宅であんなに豪華な食事が食べられるのにわざわざ外食する必要が薄いし、行くとしてもファミレスが選択肢に入ることは無かったのだろう。
俺はというと、もちろん大好きだ。
甲イカのパプリカソースとフォカッチャと骨付きチキンを食べながら飲むコーラはなんて美味しいのだろう。
「初めて来たけど、パスタもドリアもピッツァも美味しいわね」
「いのりお嬢様の口にあって良かったよ」
「全体的に味付けは多少濃いですが、この価格でこれだけのクオリティは凄いですね」
「庶民の味方だからなぁ」
社会人になって俺も色々なイタリアンを食したが、デニア(※ガーデニアの略称)の料理も食べたくなるんだよな。
たまにパスタの湯切りが不十分な時もあるけど…。
俺はマルゲリータを一切れ貰いながらそんなことを考えていた。
「それで、廿六木の伝えたかったことって?」
腹も大分満たされデザートやコーヒーを堪能しているタイミングで、俺は廿六木が我が家に訪ねてきたという理由について訪ねてみた。
「はい。先ほどの三口さんからのお話で、塚田さん自身に懸賞金がかけられている事が判明しましたよね」
「ああ。三千万円な」
全くもって迷惑な話だ。おかげでさっきは金目当てのヤツがウチに大挙してきた。
他にもそんなヤツらが大勢いるかもしれないと思うとウンザリするな。
「ただ先ほどの方たちは、能力を渡されただけの元一般人でした。特に戦闘経験があるわけでもなく、能力にもよるでしょうけど、正直塚田さんの敵ではないと感じました」
「まあ、そうだな」
"目を見ただけでアウト"とか、"声をかけられたらアウト"みたいな能力でもない限り、彼らに後れを取ることは無いだろう。
「私がお伝えしたかった情報と言うのは、塚田さんに三千万円の懸賞金がかけられているという内容には変わりないのですが、問題はその情報を"受け取った相手"です」
「受け取った、相手…?」
「はい。私の掴んだ情報によりますと、その懸賞金を目当てに"プロの殺し屋"たちが複数人動き出しているようです」
「おいおいおい…」
プロの殺し屋。そりゃまた随分と大層な敵が出てきたな……
やっぱりいるんだな、そういう連中。
「ちょっとちょっと、大丈夫なの?」
廿六木の報告に一番反応したのは、俺ではなくいのりだった。
彼女はティラミスのフォークをカチャンと音を立てながらテーブルに落とし、廿六木に問い詰める。
「殺し屋って、ヤバい奴らなんでしょ…」
「そうですね。仮に能力を持っていなくても先程の方たちよりずっと厄介な相手です。それにきっと…」
「配るだろうな、能力も」
殺す確率を上げるなら、接触してカードを引かせるくらいはするだろう。
もし"カード引き直し1か月ルール"が嘘なら、能力はリセマラ(※リセットマラソンの略)可能か。
「誰がそんな事頼んだのよ?」
「それが巧妙に隠されていて特定できませんでした。今回すくい取れたのも、殺しを請け負っていると思しき組織の末端構成員が、依頼内容と塚田さんの名前と金額の話題をメールで送ったからに過ぎませんし」
「ならその組織を調査して…」
「表向きは普通の組織なんだろ?」
「ええ。それにその1通以降一切塚田さんに関するやり取りをしていません。恐らく末端の方が怒られて、紙か口頭に切り替わっているのでしょう」
「最悪『フィクションだ』と言い張られてしまえばそれで逃げ切られそうだな。こっちも情報ソースが廿六木の
「う…」
俺が直接乗り込んで『俺は塚田卓也だ。俺の殺しを依頼したのは誰だ?!』と言っても、頭のおかしいやつだと逆に捕まるだけだろうな。
正式な手順を踏むなら、特対に特公の調査結果で〇〇という組織のこんなメールが送信された記録がある。ガサ入れしてほしい。
と進めるべきだが、先ほどウチに駒込さんが来る際に廿六木が避難したことからも、それを望んでいないのは明らかだ。
唯一彼女を動かす手段として『俺が特公に入り身内として守ってもらう』というのを匂わせているみたいだが、それは遠慮したい。
「敵は何でそうまでして卓也くんを狙うのよ?」
「さぁ…私にもそこまでは。今のところ怨恨のセンが濃厚ですが」
「でもそんな大金突っ込むようなヤツいるかね? って、さっきから同じこと言ってるけどさぁ」
「塚田さんに昔、心身ともにボロボロにされ捨てられた女性の復讐じゃないですか?」
「お前は俺を何だと思ってるんだ」
そんなヤツはいない。
まあ冗談なのは分かっているが。
「ちょっと」
「ん? どうしたいのり」
「廿六木さんはともかく、なんで卓也くんまでそんなに落ち着いているのよ」
「なんでって…まあ、焦っても仕方ないし」
「あのね…」
いのりは俺が現状に対して動じていないことに不満げだ。いや呆れか。
「ワケ分からないうちに懸賞金かけられて、家も知られてて、プロの殺し屋まで出てきたのよ? ソルベ食べてる場合?」
ソルベ旨いからな。
「まあさっき決めたように、明日から特対に保護してもらう事になったし。こっちも色々と攻めてみようかなと」
「攻める?」
「ちょっとひとつ作戦があってな。廿六木にも協力してほしいんだけど」
この作戦に必要なのは"情報"と"交渉"だ。
その為には彼女の情報収集能力を借りられればベストなのだが…
「構いませんけど、交換条件があります」
「交換条件?」
「ええ。無料キャンペーンは終了です」
ここに来て廿六木が俺のお願いに対して見返りを求めてきた。
だがよくよく考えれば、尾張の一件での彼女の気前が良すぎただけで、手間を考えれば対価を要求するのは当然の事だ。
これまで甘え過ぎていた。
「その条件というのは?」
「特公に入ってください…と言いたいところですが、今回は別のお願いです」
てっきりそれだと思って協力は諦めていたのだが、違うのか。
「塚田さんには"ある人物"を討伐してもらいたいのです」
廿六木の口から出たのは意外な内容の依頼だった。
討伐…というと再起不能にすれば良いのだろうか。しかしここでシンプルな疑問が湧いてくる。
「討伐って…廿六木がやったほうが早いんじゃないか?」
彼女は身体能力・固有能力ともに物凄く優れている。
わざわざ俺なんぞに頼らずとも、消したい相手なら自分で消せるはずだ。
にもかかわらず、交換条件として提示してきたのは何故だ?
「自分でやれればよいのですが、相手は"私が"直接攻撃できない立場の人間でして…」
「……特公の人間か」
「ご明察です。相手の名前は【
廿六木が指定した相手は、彼女と同じ特公の職員だった。
確かに同僚であればおいそれと手出しは出来ないが。
そもそもそいつが討伐される理由は何だ?
「そいつは何か悪い事でもしたのか?」
「ええ。彼は現在、秘密裏に自分の組織を構築している最中らしいのですが、その構築にあたり特公の抱えている
「普通に就業規則違反をしているワケか」
知り得た情報の持ち出しを固く禁じている企業は多い。特に昨今は会社の情報のみならず個人情報の扱いに特段厳しいからな。
もしそいつが特公を辞めて自分の作った組織に入り情報を活用しようものなら、一般企業でいう所の不正競争防止法違反的なことになるワケだ。この前ニュースでやってた。
まあ、一般企業のケースは当てはまらないけど。
「そうです。目的までは不明ですが、能力の事が公表された辺りからより活発に"自分の王国作り"に勤しんでいるようなのです」
「なるほどね」
「本来であれば特公や特対を辞する際は重要記憶の消去をし、それが出来ない場合は"知り得た情報を絶対に口外・公開しない"ことを強く約束させます。女性職員が結婚し家庭に入る時などに多く見られるケースですね」
以前までの世界なら能力に関係する情報を人に伝えただけでアウトだったが、特対や特公から離れる人間はそれに加え多くのタブーを抱えることになるのか。
「ただ相手も上手い事動いているので中々こちらも尻尾を掴めず、情報持ち出しの嫌疑で今すぐ動くには証拠が不十分なんです」
「特公の責任者は何か言ってないの?」
「このままだと後鳥羽さんが辞職し、自分の組織に入った時点から排除することになる、と」
「…だからその前に、外部の人間である俺を使って無力化しようと?」
「そうです。貴方の能力であれば後鳥羽さんを一般人にすることが出来るでしょう? そしたら組織どころか彼に付いて行く人間も居なくなるでしょうから、すべてがご破算です」
クスっと笑みを浮かべる廿六木は、先ほどまでイタリアンを物珍しそうに食べていた年相応の女の子から、エリート集団の一人へと変わっていた。
自信に満ちあふれており、どこまでも見透かしているような眼差しは何を捉えているのか。
「…しかし、もし俺が引き受けたとして、どうやって進めればいいんだ? お互い相手に攻撃を仕掛けてしまえば勝敗が着いてもナンタラ罪になるだろう。嫌だぜ、依頼を達成したら収容施設ですなんて事は」
「もちろんそんな事にならないよう私がセッティングしますからご安心ください。ちゃんと特公の責任者とも面談してもらい、依頼後の貴方の安全はバッチリ保証致します」
「そうか」
そこまで言うなら、即逮捕とはならないの…かな?
「ただセッティングするといっても、法律や制約はもちろんありますし、相手は非常に優秀な能力者です。今塚田さんが請けている"配る能力者の討伐"よりも確実に危険だとご理解した上で決めてください」
「ま、そりゃそうだよな…」
相手は間違いなく強敵な上に、場合によっては今そいつが集めているらしい能力者までが敵に回る可能性がある。
果たして達成できるだろうか。
「もしお引き受けくださるなら、報酬は先払いいたします。貴方の欲しい情報に加え、追加でわかった情報は逐一お教えしますよ」
「情報だけ貰って俺が自分の任務が済んだらサヨナラって可能性がないか?」
「短い付き合いですが、貴方がそんなことをする人ではないことは分かりますよ。それに一度引き受けたなら、そうならないようセッティングしますのでご心配なく」
ま、俺も付き合いは短いが、そんな甘くないことは分かる。
「……少し考えさせてほしい」
「分かりました。もしかしたら貴方のターゲットは明日にでも捕まる可能性だってありますしね。年内にお返事をくだされば結構です」
あと2週間か…。
とはいえある程度のところで見切りをつけないと、どちらの依頼もいたずらに伸びてしまうな。
「決まったら連絡するよ」
「お待ちしております。ちなみに塚田さんの頼みたい事というのは?」
「ああ…昨日殺されたヤクザの親が入ってる組とその連絡先を知りたくてな」
「ふふ…。また何やら企んでいますね」
「そんなの当たり前だろう?」
こっちもやられっぱなしじゃなぁ。
避難しつつ攻める姿勢で行く。
「では、私からの依頼を請けると連絡を頂けたら提供しますね、情報を」
「おう」
反撃開始は俺次第か。
早いとこ決断しないとな。
「あっ、そうだ」
俺と廿六木の話が一段落ついたところで、いのりが何かを思い出したように声を上げる。
その表情から、良いアイデアが浮かんだ事がうかがえるが…。
「どうした?」
「ハガキよハガキ」
「ハガキ?」
「横濱の時のハガキを使う能力者よ。その人に捜査だって言って能力を使わせましょうよ」
「あー…」
確かに、情報のプロテクトがされていなければ正体をつかむことは容易か。
試してみる価値はあるかもしれないな。
しかしそんなアイデアを廿六木がぶった斬る。
「それは難しいと思いますよ」
「ん?」
「どうしてよ?」
「それはですね…」
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