第258話 謎解きはディナーの前に

 僕の母は、最低の人間だ。


 キレやすく我が儘で、ヒステリックで暴力を振るう。そして気分屋だ。

 自分に嫌なことがあると人にあたり心の平穏を保とうとし、人に嬉しいことがあると嫌なことを言って水を差してくる。

 自分が一番正しいと思っていて、人の意見を聞かない。完璧人間なら文句はないが実際は何もできない。


 自分がミスをすると少しでも環境や他人のせいにし、反省をすることは殆どない。

 反省もないから成長もしない。だから同じミスを何度もする。

 クソガキがそのまま大きくなってしまったようなクソ人間だ。


 僕が幼い頃から母は家のソファに一度座ると殆ど立ち上がらず、離れた場所にあるものは父や僕に取らせた。

 食後の『冷凍庫からアイス取ってこい』という命令を断ると、まず手近にある"攻撃力の高そうなモノ"を構える。そして2度目の命令を口にする。

 それを断ると、容赦なくモノが飛んでくるのだ。塩の瓶とか、リモコンとか。


 たちが悪いのは母は非常に忘れっぽく、これまで日常的に行ってきた虐待じみた行為を覚えておらず、自分が立派な母親だと思っているフシがあるというところだ。

 気分が良い時は妙に気前が良かったり思いやりをチラ見せするのだが、機嫌が悪いと本当に厄介なモンスターと化す。


 だからいい大学に進学し、少しでも早く家を出ていきたかった僕は必死に勉強をしてきた。

 大事な模試の前日でも機嫌が悪いと平気で心無いことを言ってくるが、それにも耐えて僕は勉学に打ち込んだのだ。



 ある日怪しい男に声をかけられ、思わず口車に乗ってカードを引いてしまった。

 その人は邪魔な相母親手を消しなよと…その切り口で説得してきたが、僕にとっては"保険"のつもりだった。

 万が一進学や就職で躓いてしまった時に、一人で生きていくための力…

 それが手に入ればと思っていた。


 そして得た能力は上々だった。

 転移能力の求人は既に大手何社かが出していたし、まだ弱いけど鍛えれば使えるようになるハズだ。カードの片方の記載を確認した僕はそんなことを考えていた。


 ただNG行動を踏むハードルがやや低いのが気になった。

 特別体が弱い訳では無いが、40℃は油断すればあっという間に到達してしまう数値だ。

 そこでペナルティの内容が気になった僕は、戦闘向きの能力では決して無かったが、男の依頼を請けることにした。


 ターゲットの住所を聞き、都合のよい日曜日に家に向かうことにする。

 僕に直接ターゲットを殺る気は無く、運良く同業者(?)に会えればいいなと、それくらい軽い気持ちでいた。

 いや……軽くはないか。僕はターゲットの家に居合わせた同業者に、あわよくばNG行動を踏ませる気だったのだから。


 自己紹介がてら自分のカードを見せ、大変ですよねと言って相手のNG行動の書かれたカードを見ようと思っていた。それで可能ならば、NG行動を取らせようと…。

 僕のNG行動はバレたからと言って他人に簡単に破らされるようなものではなかったし、この時はまさかペナルティがあんな重いものだとは思っていなかった。


 あと、誰にも会わなければまあ、仕方ないかと。

 フッと消えてしまったカードの能力者を探せばいいかと、そう思っていた。



『アンタ、どっか出かけんの?』


 日曜日のお昼過ぎ。

 ターゲットの家に向かうため支度をし、リビングを通り抜けようとしたところ。母がいつものようにソファに寝っ転がり、テレビを見ていた。

 僕は普段、休日は勉強しており外出することが殆ど無いため、珍しく感じた母が声をかけてくる。


『ちょっと…、気分転換』


 当たり障りのない答えで誤魔化し家を出ようと思ったら、テレビから"母親に虐待され殺された児童"のニュースが聞こえてきた。

 ほんの数秒、情報を頭に入れようとテレビを見つめていると母が―――



『可哀想にねぇ…。アンタは母親に恵まれたわねー』



 ―――気付いたら、僕は母の首だけを風呂場に転送していた。

 首を失った人間は当然生きていられるハズもなく、ソファの上で物言わぬ肉塊に変わる。仕事終わりの父が見つけるのも時間の問題だろう。


 そこから先の記憶は曖昧だけど、母を殺す前にやろうとしていたことを遂行した。

 覚えているのは、非常に心が軽くなり清々しい気分だった事。

 お金もターゲットも、ペナルティが判明した事も、もうどうでもよくなっていた。


 だから塚田さんが特対の人を呼ぶと言ったとき、僕は名乗り出ていた。

 これから牢屋に入れられるかもしれないというのに、僕の心は開放感でいっぱいだった。
















 ________














「大変でしたね、塚田さん」

「駒込さん…。来てくれてありがとうございます」

「いえ…」


 三口と末吉の話を聞いた俺は玄田のおっちゃんに電話をかけ、『捜査に進展があった』と昨日今日の出来事をざっくりと説明した。

 俺の話を一通り聞いたおっちゃんは一言、『そっちに職員を手配する…』と言い電話を切る。

 そして電話からおよそ15分後、我が家に数人の部下を引き連れて駒込さんがやって来た。おっちゃんから鬼島さんに連絡が入り、鬼島さんから駒込さんへ我が家に行くようにと指示が入ったのだという。


「話は聞いていますよ。"彼ら"が襲撃者ですね?」

「ええ…」


 数人の部下に担がれ運ばれていく男二人と、手錠をかけられ大人しく歩いて護送車へと向かう末吉を指して話す駒込さん。

 彼ら三人に加え逃げた女と砕け散った男のが、今日俺の家にやってきた刺客ということになっている。

 罪の告白をした末吉は俺への説明役を一人で引き受けてくれ、彼の希望により三口は最初からこの家には来ていない事にした。


 そんな三口は、同じくここで特対に会いたくない廿六木が家まで送っている最中である。三口が敵に狙われる理由は無いが、念のためという事で護衛が付いた。廿六木は後程またここに戻って来る予定だ。

 五人か六人かで、Mrサイコガンたちの証言と食い違いがおきるかもだが、まあ五人だと言い張ればなんとでもなるだろう。相手犯罪者だしな。


「末吉という青年の父親から1時間ほど前に通報があったそうなので、これから直ぐに彼の取り調べを行い事実確認を行う予定になっています」

「そうですか…。ちなみに彼は、どれくらいの罪になるんですか?」

「…能力による殺人と塚田さん宅への不法侵入に加え、他にも何か余罪があるかもしれませんので今の段階では何とも…」


 一応電話で末吉は俺を攻撃する目的で来たのではない事は伝えてあったが、駒込さんから『貴重な情報を提供してくれたことには感謝していますが、だからと言って不法侵入は不法侵入ですし、ほか二人と区別するのは難しい』という至極当然の返答をされてしまった。

 それに本人が認めている以上はどうしようもないということで、末吉の罪はかなり重いものになると予想される。


「それにしても、まさか先日取り調べ中に亡くなった犯人の死因が"自らへのペナルティ"だったなんて…驚きでした」

「そうですね。てっきり誰かに口封じのために消されたもんだとばかり思っていました」

「ええ。ですのであの証拠映像は大変貴重なモノですよ。南峯さん、ありがとうございます」

「いえ…大したことは」


 駒込さんにお礼を言われ、俺の隣に居るいのりが遠慮がちに答えた。

 先ほど特対に提出した、割る能力者が"砕け散る瞬間を納めた動画"についての話である。


 そしてその動画ファイル、実は廿六木が自分のスマホでちゃっかり撮影していたものをいのりのスマホに送ってもらったやつであった。


 廿六木は俺の家に居る事を特対に知られたくないので、割る能力者について証言してあげられない代わりにとその動画を寄越してきた。

 もちろんそこには廿六木自身や三口は映らないよう配慮されている。


 相変わらず全てを見通しているかのような用意周到さで手助けをしてくれる少女に、俺は痺れるような思いだった。


「しかし、何故塚田さんがターゲットになっているんでしょうかね…」

「さぁ…。さっきの彼も理由までは分からないようですし、俺自身も身に覚えがなくて…」

「塚田さん自身ではなく、例えば持っている物が狙いとか?」

「うーん…」


 それはもう、考えただけでは出てこない領域だ。

 ないと言えばないし、あると言えばある。


「ともかく取り調べ結果を待ってみないとですね。何か分かったら連絡しますよ」

「ありがとうございます」

「どうします?解決までこの家に警備を置くよう上にかけあうこともできますが…」


 確かに住所が割れている以上、常に狙われる危険性があるな。

 しかし警察に常駐されては、それこそ何かあったと近隣に伝えるようなものだ。

 それは避けたいな…。


「あー…いや、それには及びませんよ」

「そうですか?でも敵に居場所が割れていては…」

「それはまあ、囮ぐらいに考えてもらえれば」

「いや、そんな…」


 ユニコーンがアブソリュートテラーフィールドを張れるんで大丈夫です。

 とは言えずに変な言い回しになると、流石に納得してくれない駒込さんが食い下がってくる。

 さて、どうしようかな…


「そうだ。では、事件解決まで特対本部で寝泊まりするというのは如何でしょう?」

「特対本部でですか?」


 どうやって駒込さんを説得しようか考えていたところ、その駒込さんからそんな提案が出てきた。


「はい。以前塚田さんも利用していた職員用の部屋の事です。配る能力者が捕まり、塚田さんにかけられているという懸賞金が解除されるまでの期間限定利用で」

「ふむ…」


 確かに特対本部ならおいそれと攻め入っては来れないだろうな。

 これは口車に乗せられ利用されている"カードを受け取った者たち"を守る事にも繋がるか…。悪くないかもしれない。


「本当は今日の分の申請は締め切っているのですが、私からお願いして―――」

「明日の夜からでいいです!!」


 というわけで、急きょ駒込さんの計らいにより久々の特対宿泊が決まったのであった。



 そして程なくして特対が撤収し、家には俺といのりが残された。


「何か、凄いことになってきたわね」

「だなぁ。早いところ諸悪の根源を成敗しないと、俺はマイホームにも戻れないよ…」


 敵は能力だけでなく俺んちの住所まで配りまくっている。

 昔はアイドルや漫画家の実家の住所が普通に雑誌とかに掲載されていたというが、ウチに来るのはファンではなく刺客だ。冗談じゃないぞ。


 何より精神的に弱っている人に付け込むやり方が気に食わない。

 裏でコソコソしているのも腹が立つ。

 さっさと引きずり出してやる…!


「……と、もうこんな時間か。飯、食べそびれちまったな」


 時計を見るともう20時を回っていた。

 本当は帰ってすぐ適当に近くの飯屋に行こうと思っていたのだが、すっかりタイミングを逃してしまう。


「仕方ないわよ。それどころじゃなかったんだから」

「まあね…。いのりは時間大丈夫か?」

「ええ。あと2時間くらいなら」

「じゃあ廿六木が戻ってきたら、どこかに行くか」

「そうね。なにか用事があったみたいだし、まだまだ探偵業は終わらないわよ」

「はい、所長」

「ふふ。くるしゅうないわよ、そういう態度」


 俺といのりは廿六木が戻ってくるのを待ち、三人で夕飯を食べに行くことにしたのだった。

 廿六木が俺に伝えに来たという情報が何なのか…気にしながら飲食店へと歩みを進めた。


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