第256話 ふぞろいの林檎たち

 我が家に押し入ってきた集団の内の若い男女は、俺に『自分たちを助けろ』と言う。

 女子生徒は"取引"と言っていたが、さて…


「どうでしょう?決して悪い話ではないと思いますが…」

「話にならないな」

「え…」

「取引ってのは双方の利害の一致も勿論だが、信頼できる相手とするのが原則だろ。現状、勝手に我が家に入って来て、三千万だ何だとぬかして襲い掛かってきたヤツの仲間である君と取引をすると思うか?」

「それは…」

「嘘の情報を提供し恩恵だけを得ようとしている。あるいは今も何かしらの能力にハメようと虎視眈々と準備をしている…。俺からしたらそう君たちが考えていると思うのが普通だろう?」


 まあ、嘘かどうかはいのりが居れば分かるんだけどね。


「それでなぜ、呑気に対話に応じなければならない」

「っ…」


 俺は指にパチンコ玉を乗せ女子生徒に照準を合わせながら、この状況で対等の話が出来ると思っているのなら大間違いだということを伝える。

 勿論情報を貰えるに越したことは無いが、先ほどの彼女の発言により今回のミッションにおける"俺"と"標的"はお互いが狙い合っていると判明した。

 であれば、いずれは対峙する事にもなるだろう。


 刺客を送り込まれるのは鬱陶しいし、強力な能力や初見殺し的な能力に警戒しなければならないのは面倒だが、こちらもその分情報を得るチャンスにつながる。

 さらに、刺客を捕まえ特対に提供すれば人員も割いてくれるだろうから、今回は頭数的にも問題ない。


 一方で、彼女の言う"助け"とはおそらくNG行動からの開放だろう。

 まさか命を落とすなんて…とでも思っているかな?自分と彼の安全を確保する為、俺に話を持ちかけたと見た。


 だから立場は全く対等ではない。もし冷静を装って話を切り出したのだとしたら、間違っている。


「…すれば」

「ん…?」

「どうすれば、私たちを信じてくれますか…?能力を受け取ったのもここへ来たのも、お金が目当てだったワケじゃないんです……」


 女子生徒の態度から余裕が消え、駆け引きではなくお願いへと変わった。

 未成年相手に…と思われるかもだが、怨恨で人を殺しているヤツの仲間である可能性が排除しきれない以上、致し方ない対応だ。


「そうだな…。今から俺がする質問に嘘偽りなく答える事。そして君ら二人の能力を教える事が最低条件だ。嘘をつけばそこで寝ている二人みたいに無力化し、特対に引き渡す。いいか?」

「貴方に嘘かどうかが分かるんですか?」

「試してみろ。その代わり、体に風穴が開くことは覚悟してくれ」

「…」


 パチンコ玉を弾く指に力を込める…フリをしてみる。

 そして俺の威嚇はキッチリと効いたらしい。


「分かりました。どうぞ…」


 相手は素直な態度になった。

 その間に俺は再びいのりに符丁を送り、テレパシーの準備をしてもらう。


(卓也くん)

(いのり。悪いけど、また…)

(ええ。回答と心の声が大きく異なっていたら教えるわ)

(頼んだ)

(あと、今のところ能力の準備や時間稼ぎをしている様子は見受けられないわ)

(お、サンキュー)


 これで嘘情報や企みにも気付くことが出来る。



「まず君ら二人の名前を、そっちの君から答えてくれ」

「私は【三口みくち 美園みその】です。高校3年生です」

「そっちの彼は」

「…僕は【末吉すえよし 来也らいや】です。彼女と同じ高校3年です」


 俺の目に見えている名前と一致している。嘘は言っていないな。


「君たちは友人か?」

「彼とは通っている進学塾が同じなだけで、高校はバラバラです。友達とかでも無くて、『同じクラスにいるな』程度の認識でした」

「君の方もそうなのか?」

「はい…。15人くらいのクラスだったので、認識はしていましたが…これまで会話をしたことは無かったです。ここに来るときに初めてちゃんと話をしました」


 同学年の彼らでその程度なら、他の四人とはもっと薄い関係ということだろう。連携らしい連携は感じられなかったしな。


(今のところ全部本当みたい)

(りょーかい)


 いのりの確認も取れたところで、次の質問に移る。


「そしたら、次は君らの能力を教えてもらえるか?彼女から」

「はい。私の能力は【味を変える】能力です」

「は?」

「えと、対象の味を、私が食べたことのある味に変えることができます」


 何それ羨ましい。

 じゃなくて、戦闘関係ないじゃん。


「一応これ、カードです…」


 そう言って彼女は、先程砕け散った男の持っていたカードと同じカードを出してきた。

 見ると、確かに【味を変える能力】という記載があったのだった。


「…書いてあるな」

「あ、見えますか?そんな遠くで、暗いのに」

「問題ないよ」

(いのり、どう?)

(言っていることは本当みたい)


 ということは、こんな能力でウチに乗り込んできたのか…。

 いや、だからこそ彼女に敵意が無かった証明になるのか。


「もし何か食べるものを持っていれば、実演してみますけど」

「………じゃあ、このガムを。そっちに投げるか?」

「いえ、そこで大丈夫です。行きますよ…」


 そう言って彼女が手をかざすと、そこからエネルギーが放出され、俺が手に持っているガムを包み込んだ。


「どうぞ…」

「……………唐揚げだ」


 俺のハードブラックミント味のガムは、理外の"唐揚げ味"へと変化した。

 醤油とにんにくと生姜ベースのタレの味がする。

 食感がガムだから少し違和感があるが、旨い。

 この能力を使って豆腐とかところてんをすき焼きの味にすれば、肥満などすぐに解決するだろうな。

 すごい便利な能力なんじゃないか?


「彼女の方は分かった。能力は申告通りだな。そっちの彼は?」


 俺は次に男子生徒を指名する。

 彼の能力の確認だ。


「僕は…物を転送する能力です。カードは家においてきたのでありません」

「証明できるか?」

「…では、そのガムをこちらに投げてください」

「これか。ホイよ」


 俺は唐揚げガム(非売品)を男子生徒に投げる。

 男子生徒はキャッチしたガムを顔の高さに掲げ、能力を発動させた。

 すると空中に泉気の線が引かれていき、やがて彼の手の上に靴箱くらいの大きさの直方体が象られる。


「すみませんが、両手をくっつけて上向きに突き出してください」

「こうか?」


 俺は手を指示通り、水をすくうような形にして前に出した。


「ありがとうございます。では…」

「おぉ…」


 次の瞬間、男子生徒の手の上に置いてあったガムが消えたかと思ったら、俺の突き出していた手の中に現れた。

 転送能力は本物だったようだ。


「送れるモノの大きさはこの直方体に入る程度ですが、縦横高さは多少変えることができます。そして効果範囲は今のところ半径50メートルくらいですね」

「なるほど」

(これも本当よ、卓也くん)

(そうみたいだね)


 二人の能力が確認し終わったところで、俺は最後の質問に移ることにした。

 内容はごくごくシンプルだ。



「じゃあ二人に最後の質問だ。君たちは、俺の敵か?」

「「…………」」


 威圧するでもなく、殺気を込めるでもない。

 ただ真剣に、目を見て確認する。


「三口はどうだ?」

「……私は、貴方の敵ではありません。ここには、あくまでペナルティを確かめる目的で来ただけです」

「末吉は?君は俺に敵対心を持っているのか?」

「……僕も、貴方に敵対心を持ってはいません」

「…」

「…」

「…」


 辺りを緊張感が包む。


 俺の弾丸は三口に照準が向けられており、またいつでも末吉に切り替えることもできる。

 そして先程のやり取りで理解していると思うが、俺は襲いかかる敵に容赦はしない。

 砕け散った男は気の毒だったが、他人を殺し、殺そうとした者の結果だ。申し訳ないとは思わない。

 その本気度が伝わっているからこその緊張感だろう。


(どうだいのり。二人は、敵か?)

(…いいえ。彼らに敵対心は全く無いわ)

(……ありがとう)


 彼女らの目を見れば何となく分かったが、相棒の裏付けも取れた。

 どうやら話をするに値する相手のようだ。


「オーケー。君たちを信用して話を聞くよ」

「…ほっ」

「…」


 溜息をつく三口と、何のアクションもないが緊張から解放された様子の末吉。

 ちょっとプレッシャーかけすぎたかな?まあいいや。


「とりあえず庭じゃなんだから、ウチで話を聞くよ。いのりはこれで皆を居間に案内してあげて」

「卓也くんは?」

「俺は寝てるあの二人を拘束して、玄関に運ぶよ。あとで特対の人を呼ばなきゃ」

「わかったわ」

(ユニは念のため敷地内に結界を張っておいてくれ)

(わかったぜ!)


 俺は話を聞くために段取り良く進めていく。

 いのりは俺が渡した鍵で家の中に入ると、三口と末吉を招き入れた。

 勝手知ったる我が家なので、お茶の用意くらいしてくれるだろう。


「廿六木も早く行けよ。こっちは俺一人で十分だからさ」

「私もいいのですか?」

「何を今更…。そっちの用件も終わったらで良ければ聞くよ。多分これ絡みだろうけどな」

「よくお分かりで」

「ホラ、入った入った」

「ふふ。未成年女子を三人も自宅に連れ込んで、何をするつも―――あたっ!」

「はよいけ。おっさん運ばせるぞ」

「はぁーい」


 アホな事を言う廿六木にチョップをし、家に押し込む。

 そして俺は玄関に置いておいた養生テープを取ると、再び庭に出てMrサイコガンと中年男の手足を縛った。

 泉気をしっかりと封じテープは強化して自力で千切れないようにすると、それぞれ縛ってある二人を"向かい合わせ"にまとめて入念に縛っておいた。

 目を覚ました時、目の前に居るのは……。ホラーだ。



「待たせたな…っと、いのりサンキュー」

「気にしないで。相棒だもの」


 テーブルには予想通り、人数分の暖かいお茶が用意されていた。流石だ。

 俺はマイ湯呑が置いてある場所に腰を下ろすと、早速話を聞くことに。


「さて、じゃあ取引だが…そっちの要求は"枷の解除"だろ?」

「すごい…その通りです」


 三口が驚いた声を上げる。


「やっぱな。廿六木」

「はい?」

「何かを貸与したり譲渡する系の能力の解除方法ってどんなのがある?」


 俺はご意見番である廿六木に話を振ってみた。そこいらの特対職員よりも情報通だろうからな。

 すると少し考えた廿六木が口を開く。


「そうですね…一般的には能力者本人による解除か、能力者の死亡または能力の消失・封印によってその恩恵が消える事が多いです」

「他にはあるか?」

「例外として、能力発動時に"何かしらルール"を設けていた場合、そのルールが満了ないし破られた場合にも効果が消える事があります。"2日間だけ"とか、"十人揃ったら"とかですね」

「なるほどな…」

「でも解除されない場合もあるので、あくまで一般論ですけど」


 どの解除条件も本人に接触する必要があるものばかりだな。

 ルールの方も本人に聞く以外に知る術はないだろうし。

 ワンチャン、この子たちの泉気を止める事でペナルティが発動しない可能性もあるが、試すことが出来ない以上は難しい。ダメなら能力が消えて枷だけが残っちまう…。


「うーん…こっち側だけで解除するのは難しいか……」

「あの…」

「ん?どうした三口」


 どうしたもんかと考えていると、ここで三口が口を挟んでくる。


「先に私たちから敵の情報をお話しした方が良いかと思うのですが、いかがでしょう?一応解除方法というのも聞いているので」

「そうなのか?」

「はい。ただそれにはもう一度その人と会う必要があって、でも連絡方法や居場所が分からなくて困っていたところなんです」

「ふむ…」

「先ほども言ったように、ここに来たのはペナルティがどんなものか見れるかも…と期待してのことです。そして貴方の戦いぶりを見て、『もしかしたらあの人を探し出せるかも』と予感し声をかけました。だから先に私から情報を提供するのは真っ当な順番だと言えます」

「情報だけ貰ったらハイさようなら、かもしれないぜ?」

「ふふ。あんなに真剣に考えてたのに、今さらそうは思わないですよね、南峯さん」

「そうね。もう解除の方法を探していたじゃないの」


 確かに廿六木の言うように、気付いたら解除の方法を模索していたな。

 今さらか。


「…じゃあ、君たちの知ってる能力を配っている男の情報を教えてくれるか?」

「はい。まずは私から…」


 三口は率先して、自分とその能力者との出会いから語り始めたのだった。












 ________














 それは先日のことです。


 センター試験目前のこの時期に私はテストの点数が伸び悩んでいて、母との折り合いがあまり良くありませんでした。

 母は昔から非常に教育熱心で、私は幼い頃から『最低でも六大学に入れ』と言われ続けていました。

 本当は調理の専門学校に行きたかったのですが、そんなこと今さら言い出せるハズもなく…。


 そして、"やりたい事"と"やらされている事"のギャップに悩んでいる私が順調に学力を伸ばせるワケがなく、塾で貰った模試の結果にため息をつきながら帰宅している時でした。


「ねえ、能力欲しくない?」


 フードを目深に被った男の人が、私に声をかけてきたんです。

 そしてその人は、話題の超能力を私にくれると言いました。

 私には素質は無かったと伝えたんですが、その人は―――


「大丈夫。僕の【ふぞろいのノーペイン林檎たちノーゲイン】なら、素質がない人でも能力を使えるようになるよ」


 と言ってきたのです。

 私にとっては、悪魔の囁きだったのかもしれません。



ふぞろいのノーペイン林檎たちノーゲイン

・対象に【能力】と【NG行動】が書かれたカードをそれぞれ1枚ずつ引かせることで、対象は書かれた能力を使うことができるようになり、書かれた縛りを背負う。

・能力とNG行動の内容はランダムに排出され、中身は与える側も教えてもらわなければ知ることはない。

・カードを引いてから一ヶ月が経つと、能力とNG行動を"返却"することができる。その際には、能力者にカードを1セット渡す必要がある。

・更に返却してから一ヶ月が経つと、カードを再び引くことができるようになる。

・上記の説明を対象にすることで、初めて2つのカードケースが現れる。なお、相手に強制的に引かせることはできず、双方合意でなければならない。



「というのが僕の能力だよ。ホラ、カードケースが出てきた」

「これが…」


 いつの間にか空中に2つの黒い箱が現れていました。

 箱の下の方には丁度カードが1枚排出されるくらいの穴が空いており、昔やったカードダスのようだなと感じました。


「さて、引くのも引かないのも君の自由だ。強制はしないよ。どうする?」

「…ちなみに、このNG行動をすると、どうなるんですか……?」

「さぁ?そのルールを破った人を見たことがないからさ。そもそも何が書かれているかも見せてもらわなきゃ知りようがないんだ、僕はね」

「………」

「よく考えて決めてね。僕の能力で与える能力は、君に分かりやすく例えるなら"第二種奨学金"だから」

「奨学金…?」


 ここで突如例え話が出てきました。

 それは私も来年度からお世話になるであろう制度になぞらえた説明です。


「そう。自然に身に付いた能力ってのは、"給付型奨学金"だね。成績が優秀な人とかが貰える、返済義務なしのボーナス」

「ああ…」

「そして認可能力者組織が代行している"覚醒サービス"を利用して能力を身に付けるのは"第一種奨学金"だ。返済義務はあるけれど無利子。そこまで厳しい条件じゃないよね」

「そう…ですね」

「で、僕のは第二種奨学金。返済義務もあるし利子も発生する。まあ僕の場合30万円の費用は貰わないし能力取得は100%なんだけどね。ただ、NG行動はずっとついて回るんだ」


 私は悩みました。


 ただ、その時の精神的状況があまり良くなかったのと、リスクをキッチリと開示している点が信頼におけると判断しました。


 私は気付いたらカードを2枚、引いていました。


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