第255話 三千万円VS四十万円
「お前が、塚田卓也だな」
ウチに勝手に侵入してきている男は悪びれる様子もなく確認してくる。
ていうか、なんなら偉そうだ。
「そうだが」
「ということは、お前が三千万円って事か?」
「は? つかお前ら誰よ」
いきなり人を三千万円呼ばわりって、意味がわからんぞ。
「俺たちは、ある人の依頼でお前を捕まえに来た。大人しくするなら痛い思いはしないが、暴れるなら…お前に恨みは無いが殺して連れて行く」
「おーコワ」
サーチを使ってみると、六人全員が泉気を纏っている。
どうやら俺を捕まえるだの殺すだのというのは冗談で言っているワケではないらしいな。
「…っと」
俺が探りをいれていると足元に何かが飛来し、めり込んでいた。
銃弾でも撃たれたかと思ったが、地面をよく見るとめり込んでいたのは子供が遊びで使う"ビー玉"だった。
そして撃ったのはさっきまで代表して喋っていた男ではなく、その後ろにいる青年だった。大学生くらいだろうか?
その青年が右腕を前に突き出し、照準がブレないようそれを左腕で支え2射目を放とうと構えていた。
俺のパチンコ弾と同じような感じの攻撃手段だが、違う点は右腕の先端が"サイコガン"のような砲身になっている。
アレに弾を装填し射出する能力ということらしい。
「従わないと言うのなら、次は当てる」
先程のは威力を示すための威嚇射撃。
だが今は銃口が地面ではなくキッチリ俺の体に向けられている。
次当てるというのは本気だと言うように、無機質な筒の先端が俺の体を捉えていた。
(どうしたの…?卓也くん)
敵とのやりとりの間に俺は背後のいのりに向けて"喋れない時にテレパシーをお願いするための符丁"を使っていたので、それを見たいのりがメッセージを送ってくれる。
(人が多いから、女神の力は使わないようにしてくれ。今からそこにいる廿六木にいのりを守るようお願いする)
(…分かったわ。でも大丈夫? 相手は六人よ。アフロディーテなら一瞬で…)
(いや、問題ない)
本音を言えば敵よりも廿六木に女神の存在を知られたくないというのがある。
…が、それを言っちまうといのりが警戒して、それを廿六木に察知されかねない。
だからここは多くを語らないでおく。
「廿六木」
「…はい」
「いのりを頼む」
「承知しました。さ、こちらへ」
「え、ええ…」
俺の頼みを快く受けてくれた廿六木は、いのりを引き連れ後方へ移動してくれた。
あそこまで離れてくれれば、廿六木なら大抵の攻撃・流れ弾にも対応できるだろうし、結界的なものにも対処してくれるハズだ。
これで俺は気兼ねなくやれる。
「さて…待たせたな」
「では、我々と一緒に―――」
「行くわけねーだろ不法侵入ヤロー。全員おしりペンペンだバカ」
「…そうか。仕方ないな」
お互いとっくに臨戦態勢だが、俺の言葉を機にハッキリ決裂した。
そして我が家の庭にピリピリとした空気が流れ始める。
死者の襲撃以来およそ1ヶ月ぶりのお庭での一幕。
もはや事故物件ではなく"事故家主"と言えるくらいのトラブルメーカーだな、俺。まあいいけど。
「っ…!」
そんなことを考えていると、突然戦いの火蓋が切って落とされた。
放たれたのは火縄銃の弾丸ではなく、先程の男の右腕に装着されたサイコガンからのビー玉だ。
俺は発射した瞬間に距離を詰めるため走り出した。
「なっ…!」
そして、飛んでくるビー玉を左手で掴むと、代表して喋っていた男めがけてそのビー玉を弾く。
俺に難なく玉を止められたMr.サイコガンは驚きの声と表情を見せた。
しかし続いて俺も少し驚かされたのだった。
俺が玉をぶつけようとした男の能力に…
「ふっ!」
「…っと」
男が右手を前に出すと、そこに当たったビー玉が"割れた"。
砕けたとか粉微塵になったとかではなく、キレイに半分に、割れたのだ。
そこで俺は急きょターゲットを変え、少し離れたところで右手から剣を出している恰幅の良い中年男性に向かって勢いよく距離を詰めた。
「!? うあぁぁ!」
臨戦態勢かと思いきや完全に油断していた男は慌てて右手を振りかぶり剣で攻撃してきた。…が、斬撃が届く前に俺は左手で中年男の右腕を掴んで止める。
「ぐぼぁっ!」
右拳を中年男のみぞおちに叩き込むと同時に泉気も止め、一人戦闘不能だ。
「くそぉ!」
Mr.サイコガンが3発、俺にビー玉を飛ばしてくる。
それを俺は中年男を盾にして受け止めた。
そして、盾越しに今度はこちらがパチンコ玉をMr.サイコガンに放つ。
「危なっ…ぐぅ!?」
上半身を捻りパチンコ玉を躱した男だが、直後に飛ばした俺の右足の靴が股間にめり込み、そのまま男は仰向けに倒れた。痛そう…。
ミリアムで獅子の面の男に使った飛び道具の経験が活きたな。
気を失ったことで右腕のサイコガンが解除され、地面にバラバラとビー玉が転がる。
「コイツっ!」
立て続けに二人が倒され焦った代表がこちらに接近してくる。
俺は中年男を盾にしながらパチンコ玉を飛ばすが、やはりそれも割られてしまい地面に落ちた。
それを確認した俺は、中年男を代表に向けて押し出すとバックステップで距離を取る。
「ちっ…」
流石に味方を割るワケにはいかなかったらしく、代表は歩みを止めて中年を避けると忌々しそうに舌打ちをするのだった。
そして最初の攻防が一旦落ち着く。
俺は無傷だが、相手は二人戦闘不能となった。
代表もやろうと思えばやれたが、確認することが出来たので見逃した。
あと、他の三人は攻撃をしてこなかったな。
OLっぽい人は最初こそやる気を出していたが、短い間に仲間がやられていくのを見て怖気付いたらしく、少し後ずさりしていった。
女子高校生らしき子と男子高校生らしき子は、はじめから攻めっ気がまるで無かった。
やり取りを見て驚いてはいたが、終始観察に徹する様子はこの中で一番手練のように思える。
俺を冷静に分析しているのか?
「クソっ!お前のどこが普通のリーマンだっ…!」
代表はまるで『聞いていた話と違う』とでも言うように忌々しそうに吼えた。
俺を見てはいるが、俺ではない別の誰かに向けて…
依頼人からの情報と齟齬でもあったのかな。
だが依頼人を責めないでほしい。
俺はれっきとした普通のサラリーマンなのだ。
毎週朝礼に出て、週末には業務報告をする、れっきとしたサラリーマン。
ただ、ちょいとばかし異世界の"実務経験"が豊富なだけ。
と、どうでもいいかそんな事は…。大事な確認をしないと。
「お前の方は、昨日駅で男を一人殺しているな?」
「………よく知っているじゃないか。ニュースにはなっていなかったと思うが?」
やはりな。
昨日俺と星野さんに絡んできたヤクザを真っ二つにしたのはこいつで間違いない。
こいつの"モノを割る"能力で。
「現場近くにいたからな。死体を見た」
「…なるほどな。だから昨日は留守だったのか」
訪問者もお前か。
しかし強硬手段に出てこられずに済んだのは助かったな。留守番をしている三人を狙われていたらヤバかった。
あくまでターゲットはヤクザと俺だったってことか。
「俺とヤクザを殺したら三千万円が貰える契約か。一体誰だ。そんなバカな依頼を持ちかけたのは」
ヤクザとはなんの接点もないし、そんな価値があるとも思えない。
にも関わらずそんな不合理なミッションを課すのは一体…
「違うね」
「…あ?」
「ヤクザには懸賞金はかかってねぇ。殺したのは俺の私怨だ」
「私怨…」
うっすら笑いを浮かべる男。
そしてその理由を語りだした。
「ヤツは能力を使って俺と彼女を脅して、彼女に無理やり乱暴しやがったんだ…!だから殺してやった。俺の【
「…」
驟雨介からの情報に、殺された男は女癖が悪いと書いてあったな。
しっかり恨みを買っていやがったか。
「傑作だったぜ…。何故か能力を使えなくなってたから、頭を掴んでよぉ…ケツからゆっくーりと二つに割っていったんだよ…。ハラの辺までは『タスケテータスケテー』ってみっともなく命乞いしてやがったけど、すぐに静かになったなぁ。ま、能力が使えたところで今の俺に勝てるワケはねーんだけどなぁ!」
殺したときの様子を思い出してか、興奮気味に捲し立てる男。
一人殺ったことでタガが外れてしまっているようだ。
そして気になる事も言っていた。
コイツは以前ヤクザに能力で脅され屈してしまったが、無事復讐を果たした。『"今の俺"に勝てるワケない』と言い…。
つまりヤクザが能力を手に入れた後にコイツも能力を手に入れたという事になり、その期間はここ1週間以内だ。
ヤクザにやられ急いで覚醒サービスを利用し始め、驚異的な才能で能力を手に入れた?
無くはないが、それよりもしっくりくるのはやはり"能力を譲渡された"だろう。
コイツからは『能力を渡す能力者』の事と、『俺を殺すよう依頼した謎の男X』の事を聞かなければならないな。
「悪いが俺はお前の小遣い稼ぎに付き合ってやる義理はねえ。むしろ聞きたい事が山ほどできた。吐いてもらうぞ、
「!?」
俺は目の前の男に表示されている【
特に意味は無いが、Neighborの三人が襲撃してきた時みたく『なぜお前がそれを!?』と多少なりとも動揺してくれればいいなと思っての行為だ。
しかし男は予想以上の反応を見せる。
「何故…お前が…それを…!」
「…? さあ、なんでだろうな? それより今からお前を再起不能にして―――」
「あ…ああぁ…!!ああああ!」
「おい…」
男は俺が名前を知っている理由を尋ねたかと思うと、動揺し、叫び出す。
別に名前自体は普通の良くある名前だし、知らないヤツに呼ばれたところでここまでの過剰な反応はしないハズだ。
にも関わらずこの狼狽えようは何だ…?
「…ダメなんだっ……!教えてないのに…名前は…!」
「だから名前が何だって―――」
「ア…アアアアあああ……アあああアアアアア…!」
「!?」
叫び声をあげると同時に、目の前の男の体は突如"宝石のように"足から結晶化し始めた。
その症状は胴体、手、首へと昇っていき…
「ああああああ、アアアアああアあああアアアアアああ…嫌だぁああああぁぁぁぁあああ!!!!あ―――」
やがて頭のてっぺんまで結晶化すると…そのまま砕け散ってしまった。
サラサラと綺麗な粒子になって、人間の形を保っていられなくなる。
「いのり!廿六木!!」
「卓也くん!」
「警戒しています」
俺は急いで二人の元まで下がると、周囲を警戒し始める。
一体どこから攻撃されたのか…?本体はもちろん、泉気の流れなども確認できなかった。
遠隔攻撃か、あるいは設置型か。とにかくやられないよう、最大限の注意をしていた。
すると…
「いやあああああ!あ…ああああ!」
「っ…!」
今度は敵の女性が叫び声を上げ始めた。
次のターゲットは彼女かと、俺たち三人はその様子を注視していたのだが。
「…逃げた?」
男のように体が結晶化するではなく、女性はみっともなく叫びながら、覚束ない足取りで何とか走り無様に我が家の塀を昇り、この場から退散していったのだった。
攻撃を受けたワケではなかったらしい。
「一体何がどうなっているの…?」
「さぁ…?」
いのりと廿六木がそんな感想を漏らしている。そして俺も同じような感じだ。
人の家に勝手に入り殺すだの捕まえるだの言ってきたヤツらが、何者かにやられ、一人は逃げていった。
このカオスな状況を一番理解しているのは…"あの二人"しかいないか…?
「キミらは逃げないのか?」
俺は離れた場所に立っている、高校生くらいの年齢と思しき男女二人に声をかける。
砕け散った男・逃げた女性・俺が気絶させた二人の男、そして最初からずっと観察を続けていた男女二人。
この中で話を聞けそうなのは、もう彼女らしかいない。
「…」
「微動だにしないけど、攻撃されるのが怖くないのか?」
「…私たちは"NG行動"を踏んでいないので、問題ありません」
「…なに?」
俺の問いかけに女子の方が答えた。
しかし彼女の話す内容が理解できないので、俺は聞き返す事しかできなかった。
「先ほどの男性は攻撃されてああなったのではありません。自分自身のNG行動を破り、ああなったのです。ホラ」
「…?」
彼女は丁度男が消滅したあたりを指さした。そしてよく見てみると、そこには"2枚の白いカード"らしき物が置かれている。大きさはトレカくらいだ。
「これは…」
俺は警戒しながら近付くとそのカードを拾い上げ、それぞれ片面に書かれている内容に目を通した。
・【能力】 右手で触れた物を半分に割る
・【NG行動】 教えていない相手から名前を呼ばれる
片方のカードには能力。もう片方のカードにはNG行動とやらの内容が記載されている。
これは全て消滅した男に当てはまるな…。
「そこに書かれている能力と"枷"はさっきの人が受けたものです。私たち六人全員が、ある人の能力によって…」
「…枷、だと」
「そして、私と彼は貴方と取引がしたくてここに残りました」
「取引…?」
俺の命を狙いに来たハズの二人は、どういうワケか俺に取引を持ちかけてきた。
「はい。私たちに能力を与え、かつ貴方に三千万円の懸賞金をかけた男の情報を提供する代わりに…私たちを助けてください」
毅然とした態度の少女の願いが、夜の庭に響き渡る。
そして、どうやら俺と"能力を配る能力者"は、いつの間にか互いが互いを狙い合っていたようだ。
つか金額設定…おかしくね?不公平だろこんなん。
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