第254話 先客
「それで、まずはどうするの?」
二人並んで駅へと歩いて行く最中、隣のいのりが問いかけてきた。
先ほどは彼女に促され勢いのまま支度をし特に打ち合わせをしないまま動き出してしまったので、そう確認をするのは当然だろう。
しかし俺の方はざっくりとだが調べたい場所は決まっていたので、それを共有する事に。
「まずは
「金糸町?」
「ああ」
言わずと知れた墨田区にある繁華街だ。駅周辺は映画館が入った複合施設や多くの飲食店が軒を連ねる賑やかな場所となっている。
そして取り調べ中に殺された男が能力を貰ったと証言していた場所でもあった。
「それって、能力の譲渡が行われたっていう場所のひとつよね?」
「お、ちゃんと資料に目を通してたのか」
「一応ね」
いのりも玄田のおっちゃんから捜査資料は貰っていたようだ。なら話が早い。
「取り調べで判明した譲渡が行われた場所は、それぞれ澁谷・
「そうね」
「実はその3箇所はどれも"半蔵門線"の駅なんだよ」
「へぇ、そうなのね」
3件をしいて関連付けるとしたら、同じ沿線上で起きているという点だ。
ただこれはあくまで現時点での話で、捕まっていない他のヤツは全然違う場所で貰っているかもしれない。
「偶然かもしれないし、そうじゃないかもしれない。けど一応その3駅を回ったあとは適当に沿線をブラブラとするつもりだったんだ。つまり、結局は地道な捜査になっちまうんだよな」
「いいんじゃない?デートのついでだと思えば」
「捜査がついでかよ…」
「ふふ♪」
楽しそうでなによりだよ…。
まあ特対もわりかし力を入れて探しているし、今回は『何が何でも俺が』という案件じゃないからな。マイペースにやらせてもらいますよっと。
懸念点があるとすれば、捕まった三人の内一人だけが口封じに殺されているという点。
何故一人だけが殺されたのか…理由とその手段が未だ謎なままだ。
貰ったヤツが殺されるのなら、正体を探るヤツも当然口封じの対象なのか?
だがそうなると他の二人が生きているのは何故か。口封じが目的ではないのか。
色々と分からないことは多い。
「見て見て。金糸町にオシャレなカフェがあるわ。ホラ」
そう言ってスマホを見せてくるいのり。
もうすっかりお出かけの行き先を決めている様子だ。
「…確かにおシャンティだけど、一応危険な捜査ってことを忘れないでくれます?」
(防衛面なら平気よ、私がいるんだから)
(アフロディーテ…)
頭の中に声が流れて来る。いのりに宿る女神アフロディーテの声。
いのりのテレパシーではなく、上位存在とコッソリ話す時のやり方だ。
その声は周りに聞こえることは無く、独り言を言っている変なヤツと思われずに済む。
(それにユニちゃんも椿ちゃんもいるし、問題ナッシングよ♪)
(任せてくれ!)
(怪しい人が居たら葬送しますね)
流石にこの三人が居て窮地に陥るところは想像できないか。
力を借りず解決するに越したことは無いが、保険という観点でこれ以上頼りになる存在は無い。
一人物騒な子がいるけど。
「あと、ランチはこことかどう? あーあ、愛も家の用事が無ければ一緒に行きたかったのに…」
「残念だったな…」
テンション高めのいのりを連れて、俺は最初の目的地である金糸町へと向かったのであった。
________
「どう?」
「んー…ダメね」
いのりの提案により駅チカのオシャレなカフェに到着すると、ホットコーヒー(いのりはホットのカフェオレ)を飲みながら道行く人々を観察する俺たち。
これも立派な捜査である。
怪しまれないよう普通に会話をしながら、たまにいのりがテレパシーで人々の心の声を読み取り事件に関係していそうな人物を探っている…というワケだった。
そして俺が進捗確認をしてみたところ、あまり良い返事は聞けなかった。
「能力関連の事を考えているヤツは居なかったのか?」
「逆よ。"能力"とか"覚醒"とか"泉気"って単語がそこいらじゅうに飛び交ってて、怪しいヤツを見つけ出すのが難しいわ」
「あー、そうか…」
世間に能力が公表されたことで【手の中】の連中を探っていた時のような、能力に関連するワードで特定の人物を見つけるというやり方が出来なくなってしまったのか。
ワードのすくい取りは捜査においてフィルターの役割を果たしていたのだが、こうなるとピンポイントで『能力を配ってやるぞ…』という思考のヤツを探すしかない。
かなり骨が折れそうだな…。
あるいは能力を貰ったというヤツを探し、話を聞くか。
これも目当ての人物までは遠い道のりだな。
「ま、しゃーないか。気長にやろう。いのりも無理せず休み休みでいいよ」
「そうするわ」
いのりは能力をオフにすると、カフェオレを軽く口に含んだ。
俺は飲み終わったタイミングで少し雑談を振ってみることにした。
「最近は周りの様子はどうだ?」
「家? それとも学校?」
「両方かな」
「そうね…学校の方は、まあ普通かしら。少なくとも私の周りで能力者を探るような動きは見られていないわ」
「そか。良かったな」
「そうね。雑談のテーマになることはあるから、その時だけ少し後ろめたい気分になるけど。危うい場面になったことはないわ」
育ちの良さが関連しているのかは不明だが、今のところ危惧しているような魔女狩りは発生していないようだ。
学年がバラけているチーム黄泉の皆からも、困っているという報告は受けていない。
俺だと距離が遠いが、彼らなら互いに手を差し伸べ助け合うことができるだろうから、そこまで大きく心配もしていない。
「家の方は?」
「ネクロマンサーを"倒した直後"がピークで、そこに比べれば後は平和なもんね」
「……あん時ね」
思わず苦笑いが漏れてしまう。
それは尾張の最期を看取り、いのりの屋敷に戻った時のことだ。
尾張のアジトに向かう直前に屋敷でゴタゴタした際は色々と説明を後回しにしてしまったので、その事後処理をしたのだが。
まずいのりの母親である幸子さんと世話係の黒木さんには能力…もとい能力者世界のざっくりとした説明から行った。
その時は能力秘匿の観点から説明する人数も最低限にしたかったので、対象をその二人だけに留め俺の口から告げることに。
その後、いのりが10歳の時に起きた例の父親との軋轢の件を話した。
この時、黒木さんが納得したような表情をしていたのが印象的だった。まあ、その件に関して言えば母親よりも当事者をやっていたかもしれないからな。
そして、世間で起きていた死者復活の事件の全貌と数時間前に見せたいのりの能力、女神の件を本人たちから説明してもらった。(女神に関しては俺もよくは知らないので)
途中からは司さんも知らない情報のため食い入るように聞いていたのを覚えている。女神の出現には全員が驚いていたのは言うまでもない。
「黒木さんからしたら、数年越しの答え合わせが出来て喜んでたわよね」
「まあ、今いのりと司さんが仲直りしているからこその喜びだけどな」
「そうね。だから卓也くんには感謝してもし足りないわ」
「はは。それはもういいから」
終わり良ければ…という事ではないが、今笑っていられるからこその安堵だな。
未だに不仲のまま今日を迎えていたら…なんて想像もできない展開だが、少なくともこうして新しい世界の話を笑って交わすことはできなかっただろうな。
だからあの時、東條が俺に声をかけてくれたことはとても幸運だったのかもしれない。俺にとっても、いのり達にとっても。
「で、両親と愛と黒木さん以外にはまだ秘密なんだろ?」
「ええ。どこから漏れるか分からないから、もう少しだけ様子見ね。特に、紫緒梨に隠し事をさせるのは可哀想だし」
「それもそうだな」
死者からの屋敷襲撃の際、夜も遅かったのと敵がど派手な能力を使ってこなかったのが幸いし、襲撃に気付いた者はごく僅かだった。
夜間対応の当番だった黒木さんと、夜間警備の人間が数人。この警備の人達は死者に襲われたのだが死んではいなかったので、治療を施し敵は消えたと伝え、それ以上の情報は与えなかった。
後ほど司さんからケアがあったらしいのだが詳細は知らない。
そんなワケで南峯家で能力のことを知っているのは、いのりを含めて五人となる。
いつか堂々と公表できる日が来るといいな。
「…さて。そろそろ場所でも変えてみるか」
1時間くらいお茶しながら探っていた俺たちだったが、何の成果も得られませんでした…ので、場所を移すことに。
我ながら恐るべき緩さだが、まあこれでいいかな。
「じゃあ、ランチは澁谷のここにしましょうよ」
「お、ハンバーガーか。旨そうだね」
「でしょ?そうと決まれば行きましょう!」
立ち上がり腕を引っ張るいのり。
テレパシーを結構使ってもらっているが、まだまだ元気いっぱいだ。
「ちょっ、カップ片付けないと…」
この後も夕方までこんな調子で、ほぼお出かけで終わったのだった。
服を見たり、雑貨を見たり、古本屋を見たり。
得られた情報といえば『皆、能力のことを考えているんだなー』という事くらいである。
小学生の感想かよ…。
________
18:30
…で、結局二人して
12月のこの時間はすっかり空も暗く、昼間に比べて気温も大分低くなっていた。
「夕飯はどうするの?」
もうすぐ我が家の前を通る道に入るというところで、隣を歩くいのりにそんなことを聞いてみた。確認のタイミングとしては些か遅すぎるかもしれない。
家に送り届けるつもりなら、もっと早くに聞くべきだ。
いのりもそれを切り出さないということは、つまりは…
「夕飯も食べてくるって言ってあるわ」
「そか」
やはり、そういうつもりであった。
さて、そうなるとどこに案内しようか…
ポケットの中にある家の鍵を手で探りながら、俺は夕飯の店を頭の中で選んでいた。
すると、少し先に"ある人物"が立っているのを見つけた。
その人物は我が家の外門の前で、俺を待ち構えている様子だ。
「こんばんわ。塚田さん、南峯さん」
「貴女は…」
「廿六木」
相変わらず余裕で、優雅で、すべてを見透かしているような笑みを携えて…
エリート集団であるピース出身者の中でも、更に選りすぐりの集まり"特公"に所属する廿六木梓が帰宅した俺たちを出迎えた。
「今日はお二人でお出かけでしたか?」
「見ての通りだよ。そっちは何か用か?」
「ええ。貴方のお耳に入れたい事があって来たのですが…どうやら先客がいたようです」
「先客?」
道路で立ち話も何だと思い、俺は外門の鍵を開け中に入ろうと扉を開ける。
すると我が家の庭には既に六人の客が待っていたのだった。
そしてひとりの男が代表して、俺にこう問いかける。
「お前が、塚田卓也だな?」
ウソ…!我が家のセキュリティ低すぎ…!?
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