第253話 よくよく考えると

「…」


 地下鉄に揺られながら、星野はスマホも見ずに考えにふけっている。

 先程の貴重な経験と、そこから導き出される"ある可能性"について、彼女は家路につきながら必死に頭を回転させていたのだ。


(初めて間近で見たな…。手品じゃない、よね…)


 目を瞑ると思い出されるのは、揺らめく赤、そして熱。

 ナンパ男が星野と卓也を脅すために放った炎の能力。その勢いは彼女が普段料理で使う火力とは程遠く、中国料理店で使われる火力よりも更に上。

 しかも男の様子から、それが全力でないことは明らかだった。

 もしも炎を出す手をこちらに向けられ、更に火力を上げて放出されていたかと思うと、ゾッと…


(塚田くん…手際良かったな……)


 していなかった。

 卓也の対処があまりにも迅速かつ適切で、恐怖を感じる暇が殆ど無かったのである。

 彼女は卓也の指示で後ろに下がると、彼がアッという間にナンパ男を拘束し、何かを話したのち男は逃亡していった。


 まるで、滞りなく、対処した。

 その様子は、いつだったか社長の能代から何かの数値(うろ覚え)を出すよう頼まれた際、卓也を頼ったときのように。


『あぁ、それならすぐ出ますよ』

『ほんと? 仕事の邪魔にならない?』

『いつもやってることなんで… ホラ』

『わっ、すごーい』

『じゃあこれメールしときますね。パスワードは星野さんの内線番号でかけときますんで』

『ありがとー』


 手順を知っていて、内容を理解しているからこその手際の良さ。

 それが先程のやり取りにも当てはまっていると、星野は感じていた。


(鍛えているとは言ってたケド…)


 夏頃、後輩の小宮が卓也の体を触ろうとしていた時の事を思い出す。

 元々身長は高かったが、それに加え筋肉が付き厚みも増した。

 肉体改造をしていて武術だかにも覚えがあると言っていた事。


(確か『強くなろうと思った』なんてことを言っていたわよね…)


 続けて『それは何故?』と感じる星野。


 その時は聞き流した動機だが、今は星野の脳裏にこびりついて離れない。

 カッコいい体になりたい、ではなく、強くなりたいと言った。


 前者なら"自己満足"とか"モテたい"といったよくある理由が付いている事が多いが、強くなりたい理由なんて"倒したい相手がいる"か"守りたいモノが出来た"かしかないだろうと思っている。

 勿論大きなお世話なのだが、先程の光景と鍛えている動機、そして半年前のある出来事が彼女を解答へと運んでいた。


『自然に能力が目覚める例として、スポーツや芸術など一つのものに極限まで集中した時が挙げられます。それともう一つは、事故などにあい死の危機に陥った際、"生きたい"と強く願った時に発現する例があります』


 彼女の頭に、異能力庁のホームページで見た情報がよぎる。

 能力が欲しかった訳ではないが、旬なトピックを把握しておく目的で閲覧したページに、そんなような記載があったことを思い出したのだ。

 そして同時に、その条件と卓也を直接結び付ける項目があることも思い出していた。


 神多ビル倒壊事故。


 世間の関心からはすっかり逸れてしまった話題だが、彼女はその時のことを今でも鮮明に覚えていた。

 オフィスの近くの商業施設が倒壊し、周辺が大騒ぎになっている事。そしてお昼休みがとっくに終わっているのにも関わらず、総務の社員が二人戻ってこないと社内がザワついている事。

 その後一人の社員が亡くなり、もう一人が病院に搬送されたという報せを受けた事。


(死の危機に陥った際、目覚める…か…)


 半年前に卓也に起きた出来事は、能力覚醒の条件の一つに一致している。

 そこからの彼の変化や行動も、能力を身に付けたことで環境が変わったとなれば…説明は付かないまでも納得できる…気がしていた。

 少なくとも普通に生きていた人間の変わりようにしては些か振れ幅が大きすぎると、星野自身非常に強く感じている。


(…でも、それを追求してどうするのよ……)


 会見で特対部長の神楽は、世間に多く存在する能力者たちはこれまで好き好んで隠していたのではないと言っていた。そして、探るような行為も控えて欲しいとも…。

 しかし星野が考えている事はまさに神楽が"止めてほしい"と言っていた行為であり、それを何故自分がしようとしているのかが分からなかった。


「…ふぅ」


 人の少ない車内で軽くため息をつく。

 結局この日彼女は、自分の中にあるモヤモヤの理由が分からないまま過ごしたのであった。














 ________











 日曜日 9:00

 俺は朝から、驟雨介が共有してくれた昨日のナンパ男についての情報を確認していた。


「うーん…」


 報告内容を見て思わず唸ってしまう。


・矢川 辰彦 24歳 

 とある組の若頭の息子で、粗暴・我が儘・短気な性格。女癖が悪く、よくトラブルを起こしては親に揉み消してもらっている。

・完醒者 炎を操る能力者

 半月前に覚醒サービスを受け始め、僅か一週間で能力を習得。その際、認可組織は一通り説明をしたと供述している。

・被害者の体は頭の先からちょうど真ん中で切断されており、何らかの能力が使用されたのは明らかである。抵抗の跡が無かったことから、一瞬で殺害された模様。

 現在、事件当時被害者の近くに別の能力者が居なかったか等の調査を進めている。以上。



 つまりあの男は、正式に覚醒サービスを利用したにも関わらずナンパに能力を使っていたということか…。呆れて物が言えない。

 馬鹿なボンボンといった印象だ。


 そして俺が追っている"配布能力者"からは少し遠のいた。

 この事件は、ただの阿呆が恨まれて殺されただけということなのか…?

 もしそうなら、調査は振り出しだな。


「…ん?誰だ……」


 報告に目を通していると、家のチャイムが鳴る。

 今日も訪問予定は無かったはずだが…。

 誰が訪ねてきたのか疑問に思いながらインターホンに出てみると―――


「はい」

『卓也くん、私よ』

「いのり?」


 なんと我が家を訪ねてきたのはいのりだった。

 いつもは事前に連絡をくれるのに、どうしたのだろう。

 まあ、あまり待たせるのも悪いので一先ず対応することにした。


 俺は外門を開けて理由を聞こうとしたのだが、それよりも先にいのりから


「さ、行くわよ」


 と言われてしまった。


「…………どこへ?」

「決まってるじゃない。能力を配ってるっていう迷惑な人を捕まえによ」

「どうしてそのことを?」


 この話をした人間は限られているのだが。

 特にいのりと接点のある人間には話していない。なら情報ソースは誰だ?


「玄田さんから聞いたのよ。卓也くんが依頼を請けたって」

「え、おっちゃんから?」

「そ。宝来では私と卓也くんはペアレント契約がしてあるから、卓也くんが依頼を請ければ私に連絡が来るようになってるのよ♪」


 ゲーム機かよ。

 子供が勝手に課金しないようにするっていうアレだ。

 いつの間にそんな契約を…。


「というワケだから、行くわよ卓也くん」


 フフーンと勝ち誇ったような表情でそんなことを言ういのり。

 もはや拒否権は無さそうだ。


「…………半分力借りるよ」

「そうこなくちゃ」


 こうして、急きょ俺といのりで能力配布能力者を捕まえることになったのである。

 あとおっちゃん、そういう契約は先に言っておいてくれよ…と思った。


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