第252話 事件現場で

「すみません、通してくださーい。特対です、通してください」


 交番のお巡りから遅れること数分。自らを特対と名乗る男が事件現場にやって来る。

 既に辺りには多くの人が集まってしまい、狭い道で遺体のある地点まで行くのに苦労していた。

 そして俺は、その職員の声に聞き覚えがあった。 


「お疲れ様です」

「あ、藤林さん。お疲れ様です!」

「現場は保存してあります。どうぞ」


 驟雨介は人混みの間を通りお巡りの近くへ行くと、規制線となっている黄色いテープを超え2等分になった男の遺体の元へと向かう。


「写真や動画を撮らないでくださーい!捜査の妨げとなりますので、集まらないでくださーい!」


 お巡りのひとりが野次馬たちにそう注意する。

 比較的年齢の若い人らは、先程から悲惨な男の遺体を手に持っているスマホで撮影していた。

 よくそんなモンをカメラに収められるなと軽く引いているのだが、その珍しい様子と男の表情が見えない事が抵抗感を軽減し、彼らにシャッターボタンを押させるのだろうか。


 そして驟雨介の登場により、彼らは更に沸き立っていた。

 美咲や光輝に次ぐくらいメディアで広報活動を行っている彼は、関心のある者からしたら芸能人と同等の存在なのだ。

 下を向いていたカメラのレンズが若干上を向き、ピントが驟雨介に合う。

 だがそんな野次馬など気にしない様子で、彼は遺体を調べていた。


「はいはい、捜査の邪魔だから離れてくださーい!」


 お巡りが少し強めに言うと、野次馬たちも流石にこれ以上はマズイと感じたのか皆離れていく。口々に『なんだよ…』とか『行こうぜ』と話しながら。

 そして事件現場には驟雨介とお巡り二人と俺だけが残されたのだった。


「…ん? キミも、捜査の邪魔になるから離れた離れた」

「いや、俺はちょっと驟雨介に話が…」


 少しでも捜査の役に立てばと、俺は先程までに得た情報を驟雨介に直接伝えようとした。

 しかしその他大勢の野次馬と同じようにお巡りが俺を追い払おうとするので、中々声をかけられない。


 だが幸いなことに、やり取りに気付いた驟雨介の方が逆に声をかけてきたのだった。


「驟雨介って、キミ随分と馴れ馴れしいねぇ。ファンの人? 今忙しいから―――」

「…あれ、塚田さん?」

「よっ、驟雨介」

「……お知り合いですか?藤林さん」

「ええ。僕の友人です」

「そうでしたか…失礼いたしました」

「申し訳ないですが、少しだけ話をさせてください」

「分かりました。では…」


 お巡りは軽く頭を下げると、捜査を進めるためもう一人のお巡りと一緒に遺体の元へと向かった。

 しかし驟雨介が言うことには随分と素直に従うな。"俺と比べて"ではなく、驟雨介より結構年上のように見えるのだが…。

 まあいいか。そんなことよりも、伝えることを伝えてしまおう。


「驟雨介は、パトロール中だったのか?」

「ええ。その最中に近くで能力者絡みの事件発生との報せを受けたので、本隊が来る間他に被害が出ないよう警戒するために駆けつけました。塚田さんは?」

「俺は先日この辺りに越してきたんだよ」

「ああ、そうでしたか」

「で、さっきまであそこにいるヤツと話をしてたんだ」


俺は二等分のゴロツキを指さす。


「………詳しく伺ってもいいですか?」


 俺の言葉に、途端に険しい顔になる驟雨介。

 わざわざ俺が捜査中に声をかけようとしたことからも、何か情報を掴んでいることを察したようだ。


「ああ。少しでも役に立てばと思って声をかけたんだ。実は―――」


 俺は自分の持つ情報を簡潔に驟雨介に話すことに。


・被害にあった男は、つい数十分前に俺と俺の同僚に絡んできた"能力者"であること。

・俺の能力で観た男の名前は【矢川やがわ 辰彦たつひこ】と言い、"炎を操る能力者"であること。そしてそれを無力化したこと。

・"ある情報"を聞かせてもらうため近くの喫茶店で待ち合わせていたハズが、気付いたら殺害されていたこと。


 この辺を伝えた。


「その男の目的はナンパだったんですか?」

「ああ。本人がナンパ目的だと口にしていた」

「なるほど…。で、脅すために炎を出してみせたけれど、あえなく貴方に無力化されたと…」

「ああ。ちなみに名前は声をかけられたときに調べたんだ。でも知っている名前じゃ無かったな」

「ふむ…。それで、その男に聞きたかったことというのは何だったんですか? 接点がないなら追っ払って終わりのハズだったでしょう」

「ああ、それは…」


 俺は今巷で起きている"能力を配る能力者"の事件と、その犯人を捕まえる依頼を請けたことを伝えた。

 事件のことについては驟雨介も当然把握していたので、少し苦笑いしながら


「その件に絡んでいたんですね…」


 と言われてしまう。


「まあな…。もしその男が能力を"配布された側の人間"だとしたら、配ったヤツの特徴とか、具体的にはどんな能力なのかを聞こうと思ったんだ。ただその時一緒にいた同僚には俺が能力者だということを伝えてなかったから、大っぴらに事情を聞けなかったんだよ」

「まだ会社の方には教えていないんですね」

「ああ、言ってない。だから同僚を駅まで送り届けてから改めて男に話を聞こうと、そこの喫茶店に行くよう指示したんだ。能力もそこで返すってな」


 俺はカフェを指さし、待ち合わせ場所を驟雨介に伝える。


「しかし貴方は同僚を送り届けてからカフェに行ってみたものの、そこに男の姿はなく…」

「そうなってたってワケだ…」


 今度は親指で少し離れたとこに倒れている男をさした。

 俺に威嚇してきた男は人間や機械では到底できないような酷い方法で殺されている。

 果たして誰が、どんな方法で、何故、こんなことをしたのか…

 そしてその犯人は俺が追っている人物に繋がっているのか。

 まだ何も分からない。


「事情は分かりました。貴重な意見ありがとうございます」

「名前と能力くらいしか分からなかったけどな」

「大分助かりましたよ。名前は身元を調べればすぐ出てくるでしょうけど、能力者だったという事実とその内容は、あの男の場合時間がかかっていたでしょうから…」

「驟雨介もそう思うか」

「はい。能力をナンパに使うくらいですから、特対や認可組織から十分な説明を受けていない可能性が高く、覚醒してまだ日が浅いと思います。つまり男は最近自然に目覚めたか、塚田さんの読み通り配られたか…ということになりますが」

「もし後者だとしたら…」

「すぐにでも男の最近の行動を洗い出して、殺人犯と同時進行で配布している能力者も捕まえることが出来るかもしれません」

「そりゃあいい」


 俺自身で依頼を請けはしたものの、一般人に害をなす能力者は早く捕まえるに越したことはない。

 現に星野さんも俺がいなければ乱暴されていたかもしれないと思うと、その元凶とも言える配布能力者は一日も早く捕らえるべきだ。(もちろん悪いのは脅しに使う男だが)



「塚田さんの証言は、お名前を出して正式に上へ報告してもよろしいですか?」

「ああ、それは別に構わな――」


 話をしていると、ポケットのスマホが振動した。

 見ると、サッさんから電話がかかってきていた。


「どうぞ」

「すまん…。もしもし―――」

『あっ、塚っちゃん? 随分遅いからどうしたのかなって』

「ああ、星野さんを送ったあとにちょっと友人とバッタリ会ってね…話してたんだ。もう帰るよ。悪い」

『そうだったんだね。それならいいんだ』


 見ると、星野さんを送ると言って家を出てから結構な時間が経っていた。

 そりゃ心配するよな。申し訳無いことをした。


『あと、塚っちゃんにお客さんが来たよ』

「俺に? 宅配じゃなくて?」

『うん。不在だって伝えたらまた日を改めますって言って帰っていったけど』


 宅配やフードデリバリー以外で俺を訪ねてくる人物に覚えがなかった。

 いのりを始めとしたウチによく遊びに来るメンバーは、訪ねてくる前に必ず連絡を入れるように言ってあるし…。

 まあ考えても仕方ないか。


「了解。じゃあもう戻るから、何かあればそんときに」

『分かった』


 俺はスマホをタップし、サッさんとの通話を終了させる。

 そして待ってくれていた驟雨介に声をかけた。


「…というわけで、そろそろ戻らなきゃだから」

「分かりました。情報提供ありがとうございます」


 驟雨介は律儀に頭を下げる。


「いや、役立てたならいいんだが」

「何か捜査に進展があったらメールしますね」

「いいのか…? 一応内部情報とか…」

「先輩の後輩ですから」


 サラリとそんなことを言う驟雨介。

 俺等がよく知る"あの警官"の後輩なら、そりゃ捜査情報も漏らすわな。

 そして今さら情報漏洩を気にする俺も俺だ。


「…助かる」

「では、後ほど」


 こうして現場で驟雨介と別れた俺は、頭を捜査から切り替え自宅へと戻った。

 その後四人で飲み屋へ行き、小宮さんを含め親睦を深めることが出来たが…

 ふとしたことで昼間の件を考えてしまう自分が居たのであった。


 そして翌日の日曜日、朝に驟雨介から被害者についての情報が記載されたメールが届いたのだった。


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