第251話 疑念と疑念

「…何か用か?」


 俺は星野さんより少しだけ前に出て、突如声をかけてきた男に応じる。

『よぉ』だけではどちらに声をかけたのかは不明だが、星野さんの様子を見るに友達という感じではないな。

 ただでさえこんな人気ひとけのない場所で、怪しい顔つきと風体の男が接触してくれば警戒するなというのも無理な話だ。


「あぁ…?オメーに用はねーんだよ。用があんのはそっちの女だボケ!」

「星野さん、知り合い?」


 黙って首を降る星野さん。ま、そうだろうと思ったけど、一応ね。

 元カレが絡んできた、なんて可能性もあるし。


「彼女は君に覚えは無いようだけど」

「んなこたぁーどうでもいいんだよ。俺のツレが用事でバックレやがったから、そこの女に代わりをしてもらうだけだ」

「ならなおさら他をあたれ」


 手前勝手な理由を語るナンパ男。

 流石に看過できる状況ではなく、かと言って星野さんに対応させるワケにもいかないので俺が強めに拒絶しておく。

 こういう手合いは怯むとつけ上がりがちだからな。


「さっきから何なんだよテメー。その女の彼氏かぁ?」

「見りゃあ分かんだろ。さっさと消えな」


 そう言うと星野さんの肩を軽く寄せる。


(つ、つか…)

(すんません。ちょっとだけフリをしてください。アイツが居なくなるまで)


 顔を近づけると、男には聞こえないくらいの小声でお願いをする。

 流石にツレがいると分かればヤローも食い下がっては来ないだろうという判断だ。

 星野さんは最初は戸惑っていたものの、事情を説明したところ頷いて合わせてくれることに。

だが男は目論見通りには動いてくれず…


「ま、俺は気にしねーけどな」


 男はそう言いながら俺に近づいてくる。相変わらずニヤニヤと嫌な笑いを浮かべて。

 そして俺の目の前2メートルくらいのところで止まると、右手を自分の顔の前で空に向けて開いた。

 そして―――


「ッ―――!?」

「お前…」


 男の手から、まるでガスコンロのように赤い炎が立ち上ったのだった。

 ただし炎の大きさはガスコンロの比ではない。


「くはははは…どうよ、これェ。テレビ見てりゃバカでも知ってるよなぁ!」

「……塚田くん」

「下がってて、星野さん」


 一旦星野さんを後ろに下がらせる。

 炎を纏うにせよ飛ばすにせよ形を変えるにせよ、近くに居れば熱かったり怖い思いをさせてしまう危険があるからな。


「能力を見てもまだナイト気取りでいるなんて大したもんだなァ!この前捕まえた女の彼氏クンなんてビビって逃げちまいやがったのにさぁ」


 笑いながら炎を30cmくらいの高さまで放出してみせる男。

 俺に対する威嚇行為なのだろう。しかし無意味だ。


「……能力を発動させたからには命を賭けろよ」

「あァ!何言ってやがる」

「そいつは脅しの道具じゃねえって言ったんだ…」

「ワケの分からな―――がっ!?」


 俺は"漫画のようなカッコいいセリフ"を言いながら、炎で威嚇してくる男の眉間に10円玉を飛ばして当てた。

 重さの変更などはしていないが、クリーンヒットした硬貨は男を一瞬怯ませるには十分な威力を出している。


 怯んでいる隙に男の右手を素早く掴むとひねり上げ、そのまま背中側に回り込んだ。

 そして星野さんに背を向けるように回転すると、両膝の裏を蹴り男を立て膝の状態にした。


「イデデデデ…!クッソが!離せゴラァ!」


 右手を極められている男は痛みに騒ぐ。まだまだ元気いっぱいだ。


「…!?くそ、能力が…炎が出ねえ…!」


 当然泉気は封じてある。体から放出されたら熱いからな。


「ガス欠じゃないのか?知らんけど」

「あぁ!?」

「それより、大人しく帰るなら離してやっても―――」

「お前が何かやったんだろ!」

「……おい」

「お前も能力者だったのか!?クソっ、返せよ!!」


 『引き返すなら泉気を戻しこのまま解放する』とコッソリ言おうとしたが、男は軽くパニックになり人の話を聞こうとしない。そればかりか勝手な想像をどんどん大声で話し始める。

 問題はその想像が"概ね真実"であるという点だ。

 これ以上垂れ流されると、星野さんにあらぬ疑い(?)がかけられてしまう。

 仕方ない…


(………………黙れ)

(!?)


 俺は男の耳元で、なるべく威圧するように、殺気を込めてつぶやく。

 左手で男の右手を持ち、右手を男のうなじに添える。


(知ってるか…?能力者はうなじを切り取ると殺せるんだぜ…)

(い…あ……っ!)


 グッとうなじに爪を立て、ゆっくりとめり込ませていく。

 もちろん殺す気は毛頭ないが、ビビらせるために多少の痛みを与える。

 そして、『普通の人間もそのやり方で殺せるだろ』とツッコむ余裕もなく、男はちゃんと怯えた。


(死にたくなけりゃその臭ぇ口を閉じて今すぐ失せろ。死にたきゃ下らない妄言を垂れ流し続けろ…)

(あ…あ…)

(どうする?)

(か…)

(か?)

(帰ります…だから、殺さないで…)


 男は無事白旗を上げてくれた。

 それを受け俺は掴んでいた男の右手の拘束を解く。しかし泉気は止めたまま。

 あることを確認するためだ。


(いいか。能力を返してほしけりゃ、今から俺が言う通りにしろ)

(な、何ですか…?)

(ここから駅の入口を通り過ぎた先に"カフェヴァーチェ"がある。お前は先に入って適当な席に座っとけ)

(え…どうして…)

(聞いてんじゃねーよ。いいから言われた通りにしろ。能力返してほしいんだろ)

(わ、分かりました…)

(分かったらさっさと行け!)


 俺が促すと、男は右腕を押さえながらそそくさと立ち去っていった。

 俺は男が"能力を配っているヤツ"に関係しているかを確認するため、あえて泉気を戻さずに開放したのだ。

 ここでその話をしてしまうと俺が能力者に関係しているか、能力者そのものであることを星野さんに悟られる危険性があった。

 というか、これ以上ヒソヒソ話をするだけでも違和感を覚えるだろうから、改めてヤツと話をする場を設けたというワケだ。



「お待たせしました、ケガはないですよね?」

「え、ええ…」

「もう大丈夫です。ナンパ男は撃退しましたから」


 俺は改めて星野さんに脅威が去ったことを伝える。

 だが星野さんの表情はまだどこか不安げであった。


「…塚田くんこそ、平気なの?何か話してたみたいだけど」

「ああ、さっさと立ち去らないと腕を折るぞってね。勿論ハッタリですけど、そんなこと星野さんに聞かせるのもなって思って、コッソリね」


 思いついた適当な嘘をつき、話を切り上げようとする。

 しかし星野さんはさらに先程のやり取りについて言及してきた。


「…能力者相手に怖くないの?随分手慣れていたみたいだけど……」

「え?ああ…まあ、護身術を習っていますし、俺にとっては炎もナイフも同じようなもんですね。あ、どっちも怖いって意味ですよ」


 使うヤツ次第で脅威にもなるが、さっきのアイツは恐れるに値しない。


 しかし、自然に身に付いたか配り歩いてるというヤツから貰ったのなら仕方ないが、"覚醒サービス"を利用したのならそこでああいう輩を弾いてほしいもんだな…。

これからもきっとロクな使い方しないぞ、アイツは。


 まあでも教習所で『人を轢き殺すために運転を教わりに来た』ヤツがいたとして(そんなヤツはわざわざ教わりには来ないと思うが)それを弾く手段が無いように、覚醒サービスも余程の事が無ければ教えざるを得ないのかな…。


 経理だと新しく取引先が加わった場合に、零細・マイナーな企業だと反社チェック(反社会勢力とのつながりのある企業ではないかの審査)をするのだが、認可組織はサービスを受けに来た人に対するそういう身元チェックみたいなのは行うのだろうか。

 今度機会があったら駒込さんにでも聞いてみよう。


「…」


気付くと星野さんはこちらをジーッと見ている。


「…え?何か、まだあります…?」

「…ううん。大丈夫」

「そうですか。なら改札まで…いや、最寄り駅まで送って行きましょう」

「そこの改札までで平気よ。助けてくれてありがとうね。ちょっとカッコ良かったよ」

「いえ…」


 いつもの癒しの笑顔…とは程遠い、作り笑顔を見せる星野さん。

 怖れや疑念、驚嘆などが入り混じった複雑な感情を抱いているように見える。

 そもそも能力を目の前で見たことがなかったとして、それで脅された事や、それをいとも容易く撃退した俺に多少なりとも怖れを抱くのは当然か…。


 男が俺のことを能力者だと叫んだことで、更に疑いの気持ちが高まってしまっている。


 流れで暴露しても良いかなと思ったが、何か言い出しづらいような表情だったので躊躇われた。

 気まずい雰囲気というか…、駅に向かって歩いている今もその空気は継続中だけど。

 言ったらもう今まで通りではなくなってしまうような、そんな感じだ。


 このまましばらくはモヤモヤするかもしれないが、お互い触れずにいずれ風化してくれるのを待つのがベターな気がしたのだ。


「ここでいいよ。ありがとうね、塚田くん」

「そうですか?」


 改札口のすぐ目の前までやってきた。

 ここまで来れば駅員も他の利用客も居るし、男は先ほど脅して能力も封じておいたので、自棄になって襲い掛かって来る心配もないだろう。


「もし万が一何かあったら呼んでください。すぐに駆けつけますから」


 念の為、星野さんに声をかける。

 彼女は俺が男の能力を使えなくしたことは知らないし、俺も使えない事は知らない振りをするために当然の配慮だ。


「…わかった。塚田くんも、気を付けて」

「はい。また月曜日に」


 最後まで複雑な表情のまま星野さんは改札の奥へと去って行った。


 たぶん疑われてる…よな。

 能力に対し俺が一切動じなかった事、そして何やらコソコソと話し、その後男が態度を変えて逃げていった事。

 そのあたりを不審に感じているのだろう。


 だが以前から体を鍛えている事は伝えてあったし、実際には能力を視ていない事が彼女を結論へ今一歩到達させないでいる。

 変に傷を治したりしていたら完全にアウトだったな。


「とりあえず、今はあの男だな…」


 俺がおっちゃんから請けた依頼である"能力を人に与える能力者"確保の件。それにあの男が関与している可能性があると踏んでいる。

 何故なら、さっきの様子から能力を身に付けてまだ日が浅いように思えたからだ。

 元々能力者だったとしたら、能力の事が公開されたからといっていきなり『脅してナンパ』なんて目的に使用するとは考えにくい。

 能力で他人を傷つける行為は今でも…いや、今まで以上に厳しく警戒されている。以前の特対を知っていればそんな安易な事はしないハズだ。(余程のバカじゃなければ)


 そうなってくると考えられるのは『最近自然に身に付いたか』『覚醒サービスで最近身に付けたか』『能力を貰ったか』の三択になる。いずれにせよバカだけど。

 それを確かめるために、わざわざ自宅で職場の同僚が待つ中、時間を設けた。のだが…


「居ないな…」


 待ち合わせに指定したカフェをいくら探しても男の姿は見当たらなかった。

 迷うような場所ではないし、おかしいな…。

 まさか逃げたのか…?手に入れた能力を捨てて?そんなあっさり…。

 店を出て辺りを見回しながらそんなことを思う。


 すると、離れた所に人だかりがあるのを発見する。

 地下鉄駅のホームへと続く入り口の程近くの喫茶店…その場所から少し離れた路地裏に人が集まっていた。



「警察呼んだ?」

「さっき誰かが呼んでた」

「うわー…グロー…」

「やばくない…」

「これって能力ってやつじゃない?」


 人だかりの方へ近付いてみると、若い年齢層の男女が"何か"を見ながら感想を呟いている。


「はーい、近寄らないでー!」

「うわっ! …こりゃひどい」


 俺の後ろから、近くの交番に居たと思われる男性のお巡りが二人やって来て人だかりの方へと歩いて行く。

 そして俺の目にもその"何か"がバッチリと写ったのだった。


「…まじかよ」


 キツイ鉄の匂いを放つ鮮血の海の中に、うつ伏せに倒れる男性がいる。

 つい15分前まで俺が話していた人物と同じ格好の男が、人間の中心―――正中線で綺麗に2つに割られ息絶えていたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る