第250話 凶兆

「なぁ、塚っちゃん…」

「んー?」


 台所から聞こえる女性陣の料理する音を聞きながら居間でテレビを見ていると、同じく居間で一緒にテレビを眺めていたサッさんが話しかけてくる。

 それに対し大きめのテーブルに肘をつきながら生返事をすると、サッさんから"当然"かつ"あまり触れられたくない質問"が飛んできたのだった。


「この家ってさ、どうしたの…?」

「…あー」

「塚っちゃんの家族が買って、皆で一緒に―――ならともかく、ひとりで買ってひとりで暮らしているってのは、言っちゃ悪いかもしれないけどウチの会社の社員じゃ正直分不相応すぎるよね」


 それはそう。

 ようやく年収が400万行くかどうかの若造が、購入するのも賃貸をするのも難しいこんな屋敷にひとりで住んでいるとなれば…


「何かヤバイことに首突っ込んでいるとか、ないよね?」


 そう、疑われるのも当然のことだ。


「いや、それはないよ」


 だから俺はサッさんを安心させるため、ハッキリと即答した。

 金に綺麗・汚いという概念があるというのであれば、この屋敷の購入費用は間違いなく綺麗な金だ。

 ただ"凶悪犯罪者集団の一部を討伐"し、それで得た金で"30人が亡くなっている事故物件"を購入しただけ…。

 心配するような事は何もない…。ヤバイ事なんて何もないのだ。


「ちょっと縁があって、格安で購入できただけなんだ。別に呪いの館ではないし、犯罪に手を染めたワケでもないからそこは安心してくれ」


 ちょっと死神代行が住処にしていただけ。

 そしてそれを聞いたサッさんは少しだけ安心したように笑い…


「……そっか。なら良かった」


 と一言呟いた。


 しかし、俺とサッさんしかいない今はいい機会だ。

 まずはサッさんに、俺が能力者であることを打ち明けてしまうのもアリかもしれない。

 社内でのフォローを期待するワケではないが、能力者として生きている側面を隠すためにこういう細かい嘘を今後も全員に重ねていくよりも、信頼できる人に打ち明けてしまうのは善い手ではないだろうか。

 そう思った俺は、早速話を切り出そうと声をかけることにした。


「なあ、サッさん…」

「ん?どしたん、塚っちゃん」

「実は―――」


『俺、能力者なんだ』とストレートに、目の前の同僚に伝えようとしたところ


「ごめん塚田ー!ちょっと来てー!」


 と、台所で調理をしている篠田に呼ばれてしまったのだった。


「…ワリ、ちょっと行ってくる」

「あ、うん。何か言いかけてたけど、いいの?」

「おう。今度でいいや」

「りょうかい」


 こうして俺のカミングアウトは失敗に終わり、そのまま普通に五人で賑やかな昼食会が始まるのであった。



「………この肉じゃが、誰の?」

「あ、それ私」


 食卓にはご飯と味噌汁、そして皆が用意してくれた色とりどりのおかずが並んでいた。

 食器は流石に人数分の用意はしていないが、ここ最近よく催されるウチでのパーティーで余った紙皿等があるので問題ない。

 まあ茶碗とかと比べれば少し味気ないのだが、致し方ない…。


 まず俺は白飯片手に惣菜の王道"肉じゃが"をチョイスする。

 そして口に運んだ瞬間電流が走り、思わずシェフを呼んでいた。


「…そうか。篠田か……」

「え…口に合わなかった……?」


 俺が意味ありげにタメを作るせいで、少し不安げな表情になる篠田。


「篠田、お前…」

「………(ゴクリ)」

「料理…上手かったんだな」

「え…」


 正直、篠田に料理上手のイメージが全く無かったから驚いた。

 同じ一人暮らしで、しかし俺と違って外食ばかりでなく自炊もするというのは知っていたが、『人に食べさせられるようなもんじゃない』なんていつも言っていたのに…。


「じゃが芋も牛肉もいんげんも人参も味が染みてて旨い。それに味付けも、御飯のおかずとして十分な濃さを維持しつつ、毎日食べたいくらい中毒性がある」

「あんたは評論家か」

「でも本当に旨くてビックリしたよ。人に食べさせるもんじゃない、なんて言っておきながらこんな旨いもん作って食ってたんだな」

「そ、そお…?まあ、ありがと」


 俺の賛辞に照れくさそうにする篠田。

 女子が『得意料理は肉じゃが』なんて言うと少し"あざとい"なぁと思われるもんだが、これだけのクオリティで出てくるならむしろ声高に誇ったほうが良いとすら思える。


「…塚田さん、私の卵焼きもどうぞ」

「お、これは小宮さんの作ったやつか。どれどれ…」


 次に俺は四角くキレイに作られた出汁巻き卵の一切れに、大根おろしと醤油を垂らし口に運ぶ。


「…!」

「…ど、どうですか?」

「旨い…」

「ホントですか?やたっ」


 とにかくフワッと、そしてほんのり出汁のきいた味付け。

 醤油と大根おろし、そしてあればきざみ生姜のポテンシャルを最大限引き出すような作り。

 篠田の肉じゃがと一緒に毎日並べば、これほど贅沢な食卓は無い。


「あっ、旨いね」

「だろぉ」


 サッさんも舌鼓を打つ。打ちながら俺たちは白飯を食う。

 2つのおかずで飯が進む進む…!

 あまり自炊をしない俺が、ここに越してきて色んな人が遊びに来るようになったからと言って買わされたちょっと高めの炊飯器で炊いた米が進むぅー。


「小宮さんは料理はよくするの?」

「そ、そうですねぇー。あはは…」


 こんだけ旨いんだ。

 きっと彼女のQOS(クオリティオブ食卓)も高いに違いない。


「私のも食べてー」

「お、星野さんのはどれですか?」


 ニコニコと笑いながら、星野さんは自身が担当した料理を差し出してきた。


「こ、これは…!」

「塚っちゃん…!」


 優勝 星野さんが漬けた梅干しとたくあん

 総評 旨すぎ どうなってるの












________











「ごめんねぇ、送ってもらっちゃって」

「いえいえ」


 16時頃

 星野さんは用事があり先に帰るとのことで、最寄り駅まで送ることにした。サッさんと篠田と小宮さんはウチで留守番。

 小宮さんもご飯のあと仕事の事とかプライベートの事を色々と話し打ち解けたようで、居づらさは無くなったように感じる。

 これなら星野さんが帰宅しても大丈夫だろうな。


「塚田くんさ、変わったよね…また」

「…そうですか?」

「そうよー」


 駅への道すがら、唐突にそんなことを切り出してくる星野さん。

 俺を取り巻く環境は確かに大きく変化していたが、自分自身はどうかと問われると疑問だ…。

 それに"また"とは一体。俺はそんなに何度も変身を残してはいないんだけどな。


「半年前まではね、こんなこと言ったら失礼かもしれないんだけど、"熱が無かった"の。やる気とかそういうんじゃなくて、エナジー…みたいな?」

「あー…」

「でね、ほんの少し前までは熱が凄かったの。なんかこう…ギラギラというか、"シューゾーさん"みたいな全力!って感じの」

「あはは。暑苦しかったですかね」

「ううん。そんなことはないよ。でねでね、今は外側は一旦冷えてるの。でも中に凄いエナジーが溜まっちゃって、何かの拍子に大爆発しそうな、そんな状態にあると思うんだけど、どうかしら?」


 星野さんが言うのは俺の6月からの環境と状況の変化を抽象的に表したものだった。

 6月以前の俺は熱がない、というのはその通りで、今際の際になっても『未練がない』などと言うくらいには枯れていた。今になってみればとんだ甘ちゃんだったが。


 そして神のゲームを終えてからは、西田の言う通り全力で色々なことに取り組んでみた。

 特に能力者世界へは積極的に足を踏み入れ、色んな人と知り合うことが出来た。

 何度も痛めつけられたり危険な行為もしたが、それも俺の中に蓄積されている。

 星野さんの言うギラギラも、傍から見たらそうなんだろうな。


 そして今だ。

 外側は冷えていて、中は熱い。これはよく分からないかな。

 幸せを掴むために頑張っている一方で、能力が公表された世界でまだ目立った動きはしていないし、出来ていない。

 能力者であることを言ってもいいと思っているし言わなくてもいいと思っている。

 嘘をつくのは面倒だし嫌だが、慣れてしまっている面もある。

 どうするのがベストなのかをずっと模索している感じだな。


 そんなワケで、自分自身にも折り合いがついていない状態で答え合わせを求められても


「どうなんですかね…?」


 としか答えようがなかった。


「あら、教えてくれないのね。意地悪」

「いや。俺もなんと言えばいいのやら…って感じなんですよ」

「ふーん…?」

「ホントですって」

「…冗談よ、冗談」

「ちょっと」


 ジト目のあとに悪戯っぽく笑う星野さん。

 事情も知らないのにこれほど近い部分まで迫れるものかと、かなり驚かされる。



 そして、もうすぐ駅に着くかなといったところの路地にひとりの男が立ちはだかった。


「よぉ…」


 その男は下卑た笑いを浮かべながら、こちらに声をかけてきた。


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