第249話 突撃 同僚の昼御飯
『いやー、神通力を教わりに一週間休暇取ってきてみたら、日本人にしか教えられないって言われてさ…参っちゃったよ。仕方ないから、これから寿司と天ぷら食べて帰ることにするよ』
「一週間て…」
アメリカから来た青年のインタビューがテレビで流れていた。
超能力に憧れてわざわざ来日してきたが、自分が覚醒サービスを受ける資格がないことを知り泣く泣く帰国する、という内容を字幕と吹き替えの声優が代わりに喋って伝えている。
そして思わずツッコんでしまったが、一週間は流石に見通しが甘すぎだろう。
素質マックスのヤツの予定だそれは。
サービス対象者すら知らないことから、きっと素質のチェックもしていないんだろうなと予想する。
一日二日でチャチャッと能力を覚醒させてあとは観光でもするぞ!っていう予定の一週間だな。
だがあまりにも楽しそうに話しているのを見て、思わず笑ってしまう。
これくらい気楽に能力に向き合ってくれたなら、能力者としては『いやー、実は能力者だったんだよね。HAHAHA』とカミングアウトできそうだが。
「おっ、来たか…」
そんな事を思いながらテレビを見ていると、ふと家のチャイムが鳴った。
時刻は土曜日の10時50分。会社の同僚が来る予定の時刻の少し前だ。
話によると駅で待ち合わせて皆で来るとのことだったが。
「はい、塚田です」
『わっ、本当に出た…』
「…?」
俺がインターホンに対応すると、小宮さんと思しき声が聞こえる。
何やら驚いているようだが…
『あ、塚っちゃん?来たよ』
「おう。今行くよ」
代表して声をかけてきたサッさんに迎えに行く事を告げると、俺は受話器を置いてサンダルを履き外門まで歩いて向かった。
そして木製の扉を開けると、そこには職場のメンバー四人が待っていた。
「どうも。迷いませんでしたか?」
「ええ。ナビがあったから~」
笑顔でスマホを見せてくるのは、社長室主任の星野さん。小宮さんの先輩にあたる社員だ。
今日のお召し物であるグレーのチェスターロングコートが大人の雰囲気を醸し出していた。
歳は2つしか変わらないけど、落ち着いた物腰も相まって"先輩感"をより一層際立たせているな。あまりこんな事を言うと怒られてしまうかもだが。
「私服の塚田さんを見るのは骨折の時以来ですね」
「あー…確かにそうだね。他の人は社員旅行で見るくらいしかないんだけどね」
「でも冬服は初めてです」
薄いピンクの小さめの可愛らしいダッフルコートを身に纏った小宮さんがそんなことを言ってくる。
ウチの会社は女性はビジネスカジュアル可となっているが男性社員は基本スーツなので、プライベートで親交が無い限り私服を見る事はまず無い。が、俺に限って言えばビル倒壊事故の時に自滅した右腕にギプスがしばらく装着されており、スーツはとても着られたもんじゃなく私服での勤務を許可されていた。
なので彼女もその時俺の夏服は見ていたというワケだ。
ウチは毎年2月に社員旅行があるので、欠席でもしなければそこで多くの男性社員の私服姿を拝むことが出来る。
小宮さんは今年入社なので、俺が怪我をしていなくても2か月後には私服を見る事が出来ていただろう。
まあ、別に何の変哲もない普通の装いだけど。
「アンタ…話に聞いていたよりずっとデカイ家じゃない。宝くじ1回当たったくらいじゃ住めないんじゃないの?」
「俺も驚いたよ。前のアパートの何倍の広さなのさ」
「何倍とかは分からないけど、部屋数は増えたな」
二人とはプライベートでもたまに出かける事があったので、私服は見慣れたもんだ。
今さら特に感想も―――
「あれ…篠田さ」
「なによ?」
「珍しく今日はスカートなんだな。いつもはパンツスタイルなのに」
「た、たまにはそういう気分もあるのよ」
「ふーん…」
彼女はこれまではどちらかというと動きやすさ重視の服装のイメージなので、スカートを履いている姿は俺でも珍しかった。
皆で遊びに行くときも映画館や水族館の類よりも、バッティングセンターや運動公園などを好むからな。自ずとそういうのに適した服を選びがちになるんだろう。
ということは、今日は激しい運動を伴う遊びをするつもりは無いという事か。
二重で珍しいな。
「悪かったわね…。どうせ、私には似合ってないって言うんでしょう」
「いやいや、篠田はスタイルいいからな。基本何でも似合うと思うぞ。なあ、サッさん」
「…」
「サッさん?」
なにやら驚いた表情で俺を見るサッさん。
そんな彼に声をかけると、ハッと我に返るように喋り出した。
「あ、ごめん。なんか塚っちゃんがそういうこと言うの珍しいなって…」
「そう?思ってたことを口にしただけだけど」
「…そっか。良かったね、篠田」
「別に…嬉しくないし」
「ドン塚田のファッションチェックが嬉しくないとな?」
「…ばーか」
同期三人のくだらないやり取りもそこそこに、そろそろ中に入らないとな。
「さて、こんなところで立ち話もなんだから、そろそろ中に…って、小宮さん、何か険しい顔してるけど、どうした?」
「~~!」
「ホラ、塚田くん。彼女も褒めてあげないと」
「あ、ああ」
俺が篠田ばかり褒めていたから不機嫌になっていたのか。悪い事をした…のかな?
「小宮さんもすごいガーリーな感じで似合ってるよ。バッグとも合ってるし。いつものフォーマルな感じもいいけど、カジュアルもセンスいいね!」
秘書室の二人は社長のお客様の対応をする関係上、基本はフォーマルな装いをしている。
社長が出張で本社に来ない時だけたまーに星野さんがカジュアルよりの恰好をするくらいで、1年目の小宮さんはまだそれほど砕けた服装をして出社したことが無い。
そのギャップを褒める。
「…どれくらい良いですか?」
「え、あー…クレオパトラと楊貴妃と小野小町とユニット組めるくらい?」
「………ありがとうございます」
(いいのね…)
(いいのか…)
(小宮ちゃん…)
いいんだ…コレで。
一先ず、ようやくこれで家に入ることが出来る。
俺は四人を促し、我が家へと入ったのだった。
「そういや、その袋なに?」
皆を居間に案内した時に、俺は先ほどから気になっていた疑問をぶつけてみた。
小宮さんがなにやらスーパーの買い物袋のようなものをずっと持っていたのだ。
俺が頼んだわけではないし、サプライズ的な何かに使う道具にしては堂々と持ちすぎているので、居間にあるテーブルに置いたタイミングで聞いてみることに。
すると意外な回答が返ってきた。
「ああ。これは食材ですよ」
「食材?」
「お昼ご飯は私たち三人で作る事にしたんですよ」
「え、そうなの?」
てっきり店屋物を頼むか、どこかへ食いに行くものだとばかり思っていた。
だから少しウチでお茶したら候補を色々と共有しようかと…
だからこの前篠田がウチにキッチンのことを聞いてきたのか。
「というわけで、冷蔵庫お借りしていいですか?塚田さん」
「ああ、もちろんそれはいいよ」
ウチの台所はよく稼働するなぁ…
________
「ほ、本当に能力が使える…!」
男は夜の街の路地裏で、自身に固有能力が宿った事を大層喜んでいた。
しかもこの男、異能力庁のホームページにあるチェックでは『素質なし』と出ている。
もちろん能力獲得の成否はこの診断結果が全てではなく、そのことはホームページにもしっかり記載してあった。だが一度は諦めた超能力者になるという夢がこんなにもあっけなく叶った事は、男の喜びをより引き立てた。
「おめでとう。今日からお兄さんは能力者だ」
「あ…ありがとうございます!何とお礼を言っていいのやら…!本当にお代はいいのですか?」
「全然いいよ。最初に言った注意事項だけは守るよう気を付けてねー」
「は、はいっ!」
能力者になれたことで鼻息が荒い男の前には、飄々とした態度のフードを被った少年が立っている。
そして少年は念のため男に釘を刺す。浮かれた男が我を忘れ暴走する前に…。
忠告は少年の能力とは一切関係がなく、言わばお節介のようなものであるが、"能力を与えた者"に対しては必ず行うようにしていた。
それが、少年が自分に与えたルールなのである。
「それじゃそろそろ行くけど、最後にもう一つ」
「…?」
「もしお兄さんに宿ったのが"相手を殺す"か"相手を捕まえる"事に適した能力だったら、いい儲け話があるんだけど、どうかな?」
「儲け…ですか?」
「そ。僕に能力を教える必要はないから、もし今の2つの条件のどちらかにあてはまる能力だったら、聞くだけ聞いてみない?」
「…えーと」
突然の提案にやや口ごもる男。
確かに自分が能力を欲するキッカケとなったのは、ある人物を殺してやりたいと心から思った事である。
しかし改めて"殺す能力"と言われたことで、少しだけ勢いにブレーキがかかった。
目の前にいる少年の言う通り、授かった力は他者を攻撃するもの。
しかしそれ以外には全く使い道がないのかと言われると、『もしかしたらこれを欲する大企業が求人を出すかも』と思えるくらいには応用次第で色々と出来そうな能力だった。
そのため、このままこれを使って幸せを掴んだ方が生産的ではないか…という考えが頭をよぎる。
「いや、俺は―――」
「どうせ彼女を寝取ったっていうヤーさんを殺す気でいるなら、ついでにさ。一人も二人も変わらないって。報酬ははずむからさ」
「…………ちなみに…いくらですか?」
一応聞くだけ…
そんなつもりで確認した男に、少年は少しだけ溜めて、金額を告げる。
「さんぜんまんえん♪」
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