第248話 下戸苦情

「らからぁ…人使いが荒いって話をらね…って聞いているのかい!塚田くん!」

「あー聞いてる聞いてる」

「…何の話らっけ…?」

「……仕事が大変っていう話だろ?」

「そうら」


 お昼休みに宝来からオフィスに帰ろうと二本橋通りを歩いていたところ、見覚えのある顔を発見した。

 それは俺が嘱託職員として大規模作戦に参加した際に、共に隠れて特対職員を殺していた犯人を探した仲間の顔……ではなく。

 その犯人に罠にハメられた少女を救うべく偽りの身分と姿で尽力した女性の、本来の姿。

 鋭い目つきに黒髪ロングの美しい女性は、すっかりその覇気を無くし疲れ切った顔をしていた。

 そこで心配になり声をかけたところ、『話を聞いてほしい』と申し出を受けたので夕飯を一緒に食べることに。


 愚痴を聞くときと言えばやはり居酒屋だが、ピース出身者にそれが当てはまるとは限らないので相談したところ、彼女はこれまでお酒を飲んだことが無かったのだという。

 そこでファミレスにしようかと提案すると、是非とも飲んでみたいと言うので、神多の適当な居酒屋に連れてきた…ということである。


 そして―――


「らから同僚が言うんらよ…」


 とりあえず酒入門ということでカシスオレンジを勧めたところ、飲んだらこうなってしまったのだ…。

 すっかり酒が回り、反対に舌は回らなくなってしまい、しかも話がよく飛ぶ。

 完全な酩酊状態というヤツに。しかも割りと絡み酒。


「聞いているのかね、つからくん」

「あーはいはい…今の職場の同僚が何て?」

「らからぁ…私に言うんらよ。『今まれそんな給料れ命がけの戦いをしていたんれすね。大変れすね』って…」

「あー…」


 彼女が出向しているという異能力庁には能力者・非能力者問わず各省庁からの出向者が数多くおり、その者たちと交流を深めるうちに色々とカルチャーショックを受けたらしい。

 特に和久津の話す能力者との戦闘の話(の一部をかいつまんで)と給料(大体)の話を聞いた時の相手の反応が、先程呂律の回っていない彼女が言った『命と報酬が割に合わない』に集約されており、改めて考えさせられたのだという。


 彼女は直接戦闘に参加したりすることは滅多に無いが、それでもネクロマンサー潜入の時のように命は賭けている。ただその賭けている場所が、最前線の者たちよりも若干後ろというだけの話。

 特対ではない普通の警察よりも確実に命の危険度は高い。だが給料は、聞いた話によると普通の警察と同程度…サラリーマンの平均よりもやや上といったところか。

 そして特対から認可組織・斡旋業者に降りて来る仕事の報酬も似たようなモンで、漫画のように『懸賞金○○億』ということはない。そんな金、どこの誰が出すのかということだ。


 数億円相当の超危険な仕事は【手の中】の案件のように下には降りてこないで、特対が処理する。

 なるべく職員を投入し、リスクを分散して…。結局、特対も公務員的な側面が多分にある。

 誰もやりたがらない仕事をやらなくてはならない。しかも命を賭けて。

 ピース生はそれをあまり疑問に感じないよう教育されてきたようだが、新しい世界において彼女は真っ先に知ってしまった。普通の社会との乖離に。

 そこに激務が重なって、ほんの少しのアルコールでこのような酷い状態になってしまったというワケなのであった。



「聞いてるのかい!?つからくん」

「うぉ…!」


 彼女は俺のネクタイを引っ張り、自分の方へと引き寄せた。相当酔っているなコリャ…

 あまり好ましい状況ではない。

 仕方ない…


「…大変だったな。和久津」


 俺は彼女の両肩に手を置き、正面からジッと瞳を覗きこみ、そう話を切り出す。

 これまではハイハイと共感し聞いている事に徹したが、ここからは望む言葉をかけてやる必要がある。


「元の姿に戻ってからは、前以上に激務だったというのは俺も美咲から聞いている。(ウソだが) 能力的探知が効かない尾張を探すために、業務時間外も色々な方法で居場所を特定しようとしていたんだよな。本当はそっちに徹したいのに代わりになるような者がいないせいで、通常業務を一通りやった後でないと着手できないもどかしさがあっただろう。可哀想に…君が優秀で 唯一無二で 責任感が強いばっかりに」


 さっきまで聞いた彼女の不満と事実を適当に混ぜて、改めて俺が大げさに代弁する。

 するとそれを聞いた和久津は…


「……分かれぁいいんらよ」


 照れと呂律の回っていない舌で大分聞き取りづらいが、『分かればいいんだよ』と言った。

 溜飲が一段階下りたことで、俺のネクタイを離してくれたのも良いぞ。あと少しだ。


「しかも特対が落ち着いたと思ったら、今度は異能力庁に行けって…人使い荒いよなぁ…。和久津の同僚が言うように、報酬も割に合わないし…。分かるわー…」

「そうなんらよ…」

「俺もネクロマンサーの事件は手伝ったけど、結局報酬は無かったもんなぁ…。いやー…割に合わない!」


 尾張の件で言えば自分の都合で動いていたし、依頼を請けたわけではないので報酬0は当然なのだが、ここは大げさに言っておく。

 しいて言えば高級寿司を奢ってもらったのが報酬かな。


 さて、あとはここからどうやってモチベーションアップに持っていくかだが…


■案その1 一緒に頑張ろうよ!

 俺も・私も大変だからと同じ境遇であることを伝え、孤独ではない事を認識させる。

 そこにある種の仲間意識が生まれ、一緒に頑張る原動力が発生することがある。


■案その2 君ならできる!

 あなたの実力ならもっと頑張れる余裕でこなせると、高く評価している事を伝える。

 それほど困っておらず、ただ愚痴を言いたいだけの人に有効。自尊心を育ててやる。

 ただし本当に辛い状況に置かれている人には危険。


■案その3 背中を押す

 辞めたいと思っているのなら促し、仕事を頑張りたいと思っているのなら励ます。

 とにかく相手の望みを理解し、そっちへいい感じに誘導してあげることが肝要だ。

 ただし見当違いなアドバイスをすると冷める。


 さて、どの策を取ろうか…


「…」


 俺が和久津を元気づける為に思考を巡らせていると、当の本人も何かを考え黙りこくっている事に気付く。

 俺は何事かと思い訪ねてみると…


「思いらした」


 と呟いた。


「…え?」

「思いらしたんら」

「何を…?」


 酔っていて発言が要領を得ないので、何とか誘導していく。


「死んら犯罪者の検死で、私の能力で確認をすることがあるんら。死体が本人ではなく影武者かもしれないからね」

「ああ…」


 固有能力持ちなら和久津の能力で本人か偽者か分かるもんな。

 ていうか能力は死体にも有効なんか。


「そして、尾張の死体も先日私が確認したんらが…」

「どうだったんだ?」

「笑ってたんだ…とても穏やかな顔で」

「…そっか」

「なあ、どうやったら…あのネクロマンサーが最期にあんな表情をして亡くなることができるんだい?」

「それは…」


 表向きは四十万さんが討伐したことになっているため、『俺に分かるわけ無いだろ』と、そう答えようと思った。

 しかし和久津を見るといつの間にやら酔いが醒めたような表情と、俺が尾張の最期を看取ったのを確信しているような目をしていた。

 なので、俺はありのままを話すことに。


「……話しただけだよ。出会い方が違っていれば、俺たちもしかしたら今頃ゲームでもしてたかもなって」

「…そしたら?相手はなんて」

「『あの世に行ったら、ゲーム教えてくれ』ってさ」

「…………そうか。塚田くんは今回特対のどこにも協力してなかったから報酬がないのは当然だけど、何故そうまでしてネクロマンサーを?命の危険もあったろうに…」

「実は、特対での一件のあとにヤツとは個人的な因縁が出来てな…。どうしても俺が決着を着けたかったんだ」

「…そうか」


 俺の発言に何かしら思うところがあったらしく、少しの間黙り込んでしまう和久津。

 俺はここに今の彼女の悩みがあると感じ、少し踏み込んでみることに。


「なぁ和久津」

「なんだい…?塚田くん」

「和久津が生きる理由ってなんだ?」

「…………はは。それは難しい質問だね。生きる理由か…。これまではただ上に言われるがままに仕事をしていただけだからね。改めて聞かれると、すぐには出てこないよ」

「じゃあ、俺と一緒だな」

「一緒?」


 和久津はまさか俺と一緒と言われるとは思っておらず、目を大きく見開いて驚いていた。


「俺も、和久津よりももっと年齢を重ねるまで、ただ何となく生きていたよ。これといった趣味も、一緒に生きていこうみたいな相手もいないまま、残り時間を消化してさ」

「そうだったのかい?とても信じられないな」

「そして今は『幸せって何か』を探して生きているよ」

「それは…難しいテーマだね」

「だろ?絶賛苦戦中なんだ」


 俺は大げさに肩をすくめておどけてみせる。


「だから和久津も一緒に考えようぜ、どうするのが幸せなのか。自分が何をしたいのかをさ」

「一緒に…?」

「そう。一人じゃ答えに到底たどり着けなさそうだから、たまにこうして旨い飯と旨い酒を交わしながらさ。あ、和久津はジュースでいいけど」

「…………ふふ。そうだね。一人じゃあ難しいなら、協力してあげようじゃないか」

「調子出てきたな。スミマセン!ハイボールと…緑茶でいいか?」

「私もハイボールとやらで」

「絶対ダメ」


 その後、いい時間になるまでは和久津と話しながら食事を楽しむことが出来たのだった。

 俺には結局悩みの根底を理解することは出来なかったが、途中で彼女自身が何かを掴んだようで良かったな。


 キャラクターからして周りもまさかこんなストレスを溜め込んでいるとは思わなかっただろうが、彼女も年頃の女性だ。

 こうやって定期的に近い立場の人間に吐き出したい時もあるよな。(潜入調査の時も愚痴っていたが、あの頃は伊坂がいた)

 今の特対の仲間には難しいかもしれないが、そんときは俺が付き合ってやればいい。


 自分でも言うように、彼女はどこの組織にとっても貴重な人材だ。ストレスケアは細かくしてやる必要があるし、彼女自身が本当に辞めたいと思うのなら力になりたいと思う。


 和久津は和久津の、俺は俺の幸せを見つけようじゃないか。


「次はこの"ロングアイランドアイスティー"という紅茶にしようかな」

「それも絶対ダメ」


 ぶっ倒れるぞ、それは。


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