第247話 酷使無想

『能力を貰う』という言葉を聞き、瞬間脳裏に"神"の存在がよぎった。

 死ぬ運命にある者たちに能力を与え、生き残りを賭け互いを殺し合わせてそれを"ゲーム"として楽しむような連中が存在する。

 そして少なくとも俺は、他人に能力を与えるなんて事が出来るのは神以外に知らない。


 だが同時に違和感もある。

 ヤツらはゲームで生じた"歪み"を取り除くため、6月の1ヶ月間普通に暮らしていた西田を『最初からビル倒壊事故で死んでいたことにする』くらいには万能だ。

 もし今回の件で神が能力を与えたのだとしたら、それをベラベラと喋らせるだろうか。存在を認知されぬよう記憶の改ざん等を施しているハズだ。

 それがされていないということは、他人に能力を与える能力者が本当に存在する可能性はある。


 とはいえ記憶を保持したまま生きている俺という例外が居る以上、神では無いという断定もできない。

 ルールの異なるゲームなのか、それとも何かしら事情が変わったのか…。

 そこは考えてもきりがないな。


「おっちゃん。その犯人たちは他に取り調べで何か言ってなかったの?」

「ああ。全員顔も名前も知らない人物からただ貰った…としか。あとは上司を殺したってヤツが、動機を詳しく」

「動機…?」

「能力を貰えて喜んだけど、次の瞬間にはどうやって上司を惨たらしく殺せるかの算段を、頭の中で組み立てていたんだそうだ」

「…」


 そのギフトで第二の人生をハッピーに過ごそう!とはならなかったって事か…。


 逮捕されてでも上司を殺すという決意から、相当な恨みを持っていことが想像できる。

 恨みの溜まった盆を乗せた天秤は、能力という新たな重りで完全に傾き…冷静に上司を殺害させた。動画投稿という用意周到な面も見せながら…。


「その犯人は、今はもう収容施設にいるんだよな?」


 現状最も"能力を与える存在"と関わりが深そうなサラリーマンの現状を聞く。

 ところがおっちゃんから返ってきたのは思いもよらぬ回答であった。


「いや…そいつは死んだよ。取調べ中にな…」

「死んだ…?」

「ああ。それまで落ち着いて応対していたんだが、突然動揺し始めて、直後に体が結晶化して砕け散っていったらしい」

「…口封じされたのか。何らかの能力で」

「特対も大方その見解だ。だが同じような情報を吐いた他のヤツがピンピンしている点が解せねぇとさ」

「ふむ…」


 能力を貰ったヤツの中でも、殺される者とそうじゃない者がいると。

 話を聞くと、より一層神様説からは遠のいていくな。

 事実を改ざん出来る連中が、何らかの秘密をバラされてから消した?しかも消したという事実を大勢の人間が認識したまま?

 さらに消した人間とそうじゃない人間もいるという雑さで。


 この案件は俺の知っている神の仕業ではないな。

 いや、そんなに神に詳しいわけではないけど…。そんな気がする。


「で、どうするよ?」


 俺が考えにふけっていると、おっちゃんが突然何かを確認してきた。

 しかも薄っすら笑いながら。


「…どうするって?」

「探偵モードに入ってるぜ」

「………よしてくれよ。そもそも俺を探偵にすると言い出したのはおっちゃんだろ」

「へっ…ちげえねぇ。んで、この能力をやたらめったら配りまくる阿呆を捕まえる依頼、やるのか?やらねえのか?」

「ちなみに、報酬はおいくら万円?」

「40万円。ただし生け捕りは絶対条件だ。ここを破ると報酬は無しになる」


 悪くない金額だ。

 生け捕りという条件も、俺にとっては全く問題ない。

 新しい世界での初仕事、いっちょやるか…


「分かった。その依頼…請けるよ」

「そうか。今依頼内容をまとめた資料を持ってくるから、待ってろ」

「了解」


 俺は中華そばを食べながら、おっちゃんの持ってきた依頼書に目を通し、情報を頭の中に入れる。

 果たして他人に能力を与えているのは人なのか神なのか…。そしてその存在は新しい世界に害を及ぼすつもりなのか。












 ________











「ふぅ…」


 昼食をとるためお店を探しながら二本橋通りを歩いていた私は、思わず口からため息が漏れる。

 慣れない環境、激務、新しい世界…

 それら全ての要因が、私に憂鬱が混じった二酸化炭素を吐かせた。


 キッカケは、約ひと月前の出向辞令に遡る。



『和久津くん。済まないが君には、来週からしばらく異能力庁に出向してもらいたい』


 部長代理の部屋に呼び出された私は、鬼島さんからそんなことを告げられた。


『出向…ですか?』

『ああ。というのも、これから始まるライセンス発行業務に"能力の確認"が欠かせなくてね。君と同系統の能力者を何人かは確保できたんだが、まだ足りないのが現状だ』

『はぁ…』

『そこで発行業務が落ち着くまで、君には異能力庁の業務を手伝ってもらうため出向してほしいというワケなんだよ。もちろん手当は出るし、庁舎はここから通えるくらい近い場所にある。基本定時で帰れるハズだ。どうだろうか?』


 まるで選択肢があるかのような聞き方だが、実質一択だ。

 私の代わりになるような能力者はここにはいないし、全国を探しても滅多にいない。(だから出向と言う話になっているのだがね)

 そしてこの話を断ったら私はどうなるのだろう?分かった、じゃあこれまで通り仕事を続けてくれ―――となるだろうか?居辛くなったりするんじゃないか?

 そうなったら私に行く場所なんてないのだから、これは実質一択だ…。


『分かりました。来週からですね。早速準備しないと…』

『ありがとう。詳しい内容はすぐにメールするから、それを確認してくれ』

『はい。それでは失礼します』



 こうして私は、能力を判別する能力を買われ、異能力庁へ行く事になった。

 そして配属してすぐ、異能力庁にはライセンス目当ての能力者が集まり、私は多忙を極める事となる。

 定時で帰れるだって?冗談じゃないぞ…。見通しが甘いんじゃないか、全く。

 優秀な人材と言うのは、どこに行っても頼られて仕方がないね。

 はぁ…


「さて、今日はどこで食べようか…」


 特対に居た時は店を選ぶなんて行為は存在しなかったし、行列に並ぶなんて事も滅多に無かった。

 というか、人が多すぎなんじゃないか?この街は。

 カレドだかクレドだか知らないが平日の昼間っから遊び歩いているマダムに、電話をかけながら早足で歩くスーツの男性。そして友人たちと喋りながらゆっくりと歩く学生と思しき若者。

 そんな中を歩くだけでも気疲れしてしまうよ…。


「あれ、和久津か?」


 そんな都会の喧騒の中、聞き覚えのある声が耳に届く。

 その声は、私と戦友の伊坂くんを闇から見つけ出し引っ張り出してくれた恩人の声。そして先日とうとう仇をとってくれた英雄の声。

 一緒に居たのは数日間だし、しばらく会っていなかったが、忘れるはずもない。

 その男は―――


「…塚田くん」

「お、やっぱり和久津か。こんなところで奇遇だな」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る