第246話 伝播する力と脅威
「よっ、卓也」
「ども、おっちゃん」
カレー屋での一悶着の翌日、俺は宝来に足を運んでいた。
特に他意は無く、ただ純粋にここの中華そばが食べたくなったというワケだ。
店は相変わらずランチ時だというのに空いており、飲食をメインでやっていないというのも頷ける客足となっている。
しかし出てくる料理はどれも美味しく、それに加え店主であるおっちゃんが作る『これから流行るであろう料理』のアレンジメニューが定期的に出てくるので、定番料理で安心したい人も、目新しい料理で冒険したい人もどちらも満足できる店となっていた。流行らないのは雰囲気と路地裏という立地だろうな。
しかしまさかとは思うが、その"情報収集能力"でこんな世界が来ることを見込んで能力者向けに店舗を構えていたんじゃないだろうか…と、そう勘ぐってしまう。
「今日はどうした?職場に能力者であることがバレて依頼でも探しに来たか」
「いやいや…まだ大丈夫だよ。あ、中華そば半チャーハンセットね」
「あいよ」
そうは言っても、昨日は危なかったけどな…
結局今週末に彼らを我が家へ招待することでなんとかその場を収めた。
来るのは篠田と小宮さんとサッさん、それと何故か小宮さんの上司の星野さんだ。
相羽さんは彼氏とデートだからパスし、小宮さんが『同期三人組の仲に入るのは少し肩身が狭い』とのことで星野さんを呼んでもいいかと相談され、このようなメンバーになった。
癒やし系(でも本当は怖い)星野さんが居てくれれば、篠田が暴走したときもストッパーとなってくれるだろうから俺としても有り難い。
「で、どうよ?新しい生活の方は」
おっちゃんが鍋を振りながら話しかけてくる。
いい匂いが徐々に立ち上ると鼻孔をくすぐり、俺の空腹を刺激してきた。
「ま、今のところ追求されるようなこともないし、元々能力者だった俺の生活はあんま変わらないかな。ただ、所々でとぼけなくちゃいけない時なんかは少し抵抗があるな、やっぱり」
「ま、これまでは言わなきゃ話題にもならなかったからな、超能力なんて事は」
「だね。以前なら『私は超能力者です』なんて吐露しようもんなら、白い目で見られていただろうね」
「ちげえねぇ。ホラ」
目の前に半チャーハンが置かれる。パラパラで美味そうだ。
レンゲですくい一口食べると、口の中に中国4千年の歴史が広がった。謝謝。
「そっちはどうなの?おっちゃん」
「んー?」
チャーハンを作り終わり、スープを準備し始めたおっちゃんに質問する。
既存の能力者への待遇も大きく変わり、仕事を斡旋するおっちゃんへの影響も当然あるだろう。
例えば…
「能力者の数も増えるんだから、ここへの訪問客も増えるんじゃない?」
「あー…」
「鬼島さんからの仕事も増えるだろうしさ、賑やかになったでしょう」
能力者を増やす政策により、依頼をこなす者と事件を起こす者、その両方が現れると予測する。
仲介は当然忙しくなる…と思っていたのだが―――
「鬼島から下りてくる仕事は増えたが、それをこなしてくれる能力者は減ったな」
と、意外な現状を教えてくれたのだった。
「んー…前者は分かるけど後者はどゆこと?」
「企業が"能力者雇用"を始めた事で、良い能力を持ってるやつは皆そっちに取られたか、目指すようになっちまったんだよ」
「あぁ。そういう…」
確かに能力者雇用の待遇は今のところ悪くない。
いつ来るか分からない依頼案件よりも安定性という意味でも上だ。
「ま、ウチで扱う案件は命の危険を伴うモンも多いからな。そんなのより、安定してて収入もよくて周りからのウケもいい、大企業への能力者雇用を目指すのは当然の流れだわな。特にウチは仕事を頼む能力者をかなり選りすぐっていたからな…それがアダんなっちまった」
茹で麺機の前でそう話すおっちゃん。その様子は『参ったぜ』といった感じだ。
そしておっちゃんの言うように、新しい世界で好き好んで命を張るヤツが中々いないのも納得。
これまでは一般人に能力の事が話せず行き場を失った者たちが生活の為仕方なく…というのが結構居た。(もちろん好んで能力者世界に飛び込む者も沢山居たが)
しかし今は能力者と言うだけで割と好意的に見られる(そういう風にプロモーションしている)事が多い。つまりチヤホヤされるのだ。
そうなるとおっちゃんの所に登録していたような"固有能力持ち"なんかは真っ先に動くよな。
だって隠し事も無く命の危険もなく持て囃されるんだから。
それでも凶悪事件・凶悪犯罪に立ち向かうのは特対職員以外だとよほどの正義感が無いと難しいかもしれない。
「じゃあ今は犯罪だけが割と増えちまったってことね。大変だ」
「ああ。覚醒サービスで戦闘向けの能力が出た者の中には、今特対がやってる広報活動を受けて入職したいと思うやつも出てきているらしいがな」
「あー…」
朝同じ電車に乗り合わせる高校生を思い出す。
彼はまさに戦闘向け能力に覚醒し、特対に入りたいと意思表示していたな。
「とはいえ覚醒即入職即前線…ってワケには流石にいかねえからよ。中途入職や嘱託で入ってもしばらくは訓練だろうな」
「そっか…。となると今が事件に対して一番手薄な時期ってことか」
「そういうことだ。しかも少し厄介な案件が発生中でな…。ホイ、中華そばお待ち」
「厄介な案件?」
俺の目の前に中華そばを置いたおっちゃんは気になる事を言いながら、厨房から客席に出て来て少し離れた席に腰を下ろす。
「ああ。先日の『能力を使って職場の上司を殺害した』っていうリーマンの話、知ってるか?」
「あったね。確か日常的にパワハラを受けていて、腹いせにやったって」
"熱を操る能力"を使い、上司の体内の血液を沸騰させて殺害したとか。
しかもその前には別の社員を能力で脅して、自分が日頃パワハラを受けている様子を動画に撮らせてたという。
逮捕された後に。動画サイトに投稿予約されていた動画が公開され話題になった。
その事件の内容から"超能力脅威論"を唱える者も一定数いたが、『そもそもパワハラする上司が悪くね?』や『手段が包丁か超能力かの違いだけでしょ。それで危ないって言うなら、店から刃物全部回収しろよ』といった擁護の声が大多数だった。
また、後にこの犯人へのパワハラは部署ないし会社ぐるみで起きていたという週刊誌の記事が出た事で、"複数人からのいじめ"や"組織・集団からの圧力"に対抗できる手段として能力が評価されていたのが印象的だった。
「で、その事件がどうかしたの?」
「実はその犯人が取り調べで言ったんだとよ」
「なんて?」
「『この能力はある人から貰ったんだ』と。しかも報道されていないが能力使用により捕まった別の事件の犯人も数人、同様の証言をしているらしい」
「能力を…貰う……」
新しい世界に新しい事件。
"力"はどこまでいっても、人を救い人を悩ませる。
_________________
【懸賞金3000万円 塚田卓也】編
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます