第245話 どこにでも売っていて 誰にでも買える
「卓也…」
「さん…?」
篠田と小宮さんがシンクロリアクションを決める。
そしてカレー屋はちょっとした騒ぎとなってしまうのだった。
客や店員は時の人となっている特対二人の登場に悲鳴と歓声の間のような声を上げている。
超能力者という今最も旬なトピックに加え、タレント顔負けの容姿に盛り上がっているようだ。
「ちょっと佐々木くん。今、あの人たち、"卓也"って呼んでいたわよね?これって…」
「…ええ。塚っちゃんの下の名前ですね…相羽さん」
同僚たちは、そんな旬の人物が俺を親しげに呼んだことに驚いている。
無理もない…特対の人と接点なんてそうそう持てないもんな。
能力者でもないと…
「そういえば卓也さんはこのあたりが職場でしたね。卓也さんはお昼休み中ですか?卓也さん」
「あ、ああ…」
旬な人物Aは何故か俺の名前をやたらと連呼する。
表情は笑顔だが、妙な威圧感があるのは気のせいか…?
「パトロール中に見かけたから思わず来たんだが、気付かなかったか?」
旬な人物Bは、どうやら俺の控えめなリアクションと来ないでほしいという複雑な表情に気が付かなかったようだ。
いや、来ないでほしいって失礼な話なんだけどね。
「あ、ああ。済まない…。一応手を振ったんだが。仕事の邪魔しちゃ悪いと思ってな」
「む、そうだったか。気にすることは無いのに…俺と卓也の仲だ」
「はは…」
光輝も滅茶苦茶仲良しアピールしてくるじゃん。ただ、こっちは多分天然。美咲は多分、なんか裏がある。そんな気がする…
「ちょっとちょっと!二人とはどういう関係なのよ、塚田くん」
「そうですよ。どういうことですか?」
「随分彼女と親しげじゃないの…」
「驚いたよ、塚っちゃん」
あーまあ、こうなるよなぁ…
どーすっかなぁ。嘘はつきたくないけど…
「彼らは…」
「「彼らは…?」」
「…………ゲーム仲間なんだ」
「ゲーム仲間ぁ?」
ここがギリギリのラインだ。
「あぁ、彼とはたまたま食堂で知り合ってね。お互いペルシャの伝説というゲームが好きで出来た縁なんだ。な」
「ん?ああ、懐かしいな。そんなこともあったな」
嘘は言ってない。
食堂で、ペル伝の話から入ったよな、俺たちは…
「え、水鳥さん…も、ゲームをするの?」
「私は…」
「美咲は光輝の同僚ってことで紹介してもらったんだよ。それでゲームの対戦とか、な?」
これも嘘は言っていない。引っ越し祝いのときに一度だけキューロクの『みんなでたまごっちゃんワールド』をやった。10分だけだけど…
キョドって怪しまれないよう、なるべくゆっくり落ち着いて話をする。
そして俺は同僚たちに見えないよう美咲にウインクして合図を送る。
聡い彼女のことだ、きっと俺の意図にも気付いてくれるはず…。というか、そもそも最初から光輝を止めてくれるくらいの気配りは持ち合わせていたと思うんだが。
「…! ふふ…」
俺の合図を受け、美咲は微笑み返してくる。
汲んでくれたのかは…分からないな。
「美咲って…」
「随分親しそうじゃないのよ」
「あっ、そっち?いや、えーとだな―――」
「それじゃ卓也さん。また今度サンドウィッチ作ってお家にうかがいますね♪鷹森さん、あまり業務を中断してちゃいけませんので、行きましょうか」
「そうだな。それじゃ卓也、また今度」
「あっ、オイ―――」
美咲は言いたいことだけ言うと、光輝と一緒に颯爽と仲間の元へ戻っていってしまった。
彼女が火と油をまけるだけまいていった結果…
「塚田」
「…はい」
「塚田さん」
「…いい、笑顔です」
篠田と小宮さんから尋問が始まりそうな気配がしていた。
「サンドウィッチって何?」
「パンに具材を挟むアレです」
「は?」
「はい、すみません」
「またってどういうことですか、塚田さん」
「ちょっと何言ってるか分からない(笑)」
「面白くありません」
「ですね…」
場を和ませるためのサンドウィッチボケ2連発も、不発に終わる。
超能力から話題を逸らせたのは良かったけれど、代わりに彼らとの関係性について詰められることになってしまった。
これまでは"ひとつの隠し事"で済んだ問題も、これからはひとつの嘘をつき通すためにまた嘘を重ねて…となってしまいそうだな。
いつか限界が来そうだ…。
「聞いてるの?」
「はい、聞いてます」
「どうして私が一度も新居に行ったことないのに、あの二人がお邪魔してんのよ」
「私達も行きたいです」
「えー…本件に関しましては一度持ち帰りまして、慎重に検討を重ね…」
このあとも滅茶苦茶問い詰められた。
カレーの
________
「なんなんだよ、このクソみてぇな企画書はよォ!!てめ仕事ナメてんのか!!!」
「すみません…」
とある会社のオフィスに男の怒声が響き渡る。
声の主は営業部の部長であり、部下から提出された企画書を見てダメ出ししていた。
男は紙で出力された企画書の束を丸めると、部下を怒鳴ると同時に自分の机を叩き、より威圧感を高めるよう演出している。
部下の男は上司の威圧の前にすっかり萎縮しており、比較的小さい体をさらに縮こまらせて、ただ繰り返し謝罪の言葉をこぼすしかなかった。
「すみませんで済んだら査定はいらねーよなぁ!?何とか言えよオイ!!」
「はい…」
部下が反抗しないことをいいことに、どんどんヒートアップしていく男。
最早何を言っても怒鳴るという、部下にとっては負のスパイラルに突入していたが、これはオフィスの日常茶飯事なのだった。
(今日もすごいですね、部長の公開処刑)
(だな。ああやって使えない新入社員は、自主退職に追い込むために部長の直属の部下にされるんだ。お前もあんなふうにならないよう気を付けろよ)
(はーい。でも先輩。あんな追い込みしちゃって、昨今パワハラとかうるさくないんですか?)
(ま、そうなったら部長が飛ぶだけだしな。静かになっていんじゃね?)
(あー…。でもアイツも毎日あんなに怒鳴られてよく辞めないですよね。俺だったら自殺モンすよ)
(確かになぁ。でも彼がサンドバッグになってくれるおかげで、ウチの部署の他の社員が平和に過ごせるワケだし。感謝しかないな)
(っスね)
他の社員がヒソヒソとそんなことを話している。
怒鳴られている彼を庇うどころか、皆この光景が部署にとって必要なものだと認識しているのであった。
中小企業の中のいち部署の、閉じた狭い世界の出来事。
_____
「…………………はぁ」
業務時間中しこたま怒鳴られた男は、自宅近くの寂れた公園のベンチで紫煙をくゆらせていた。
これは両親の待つ家に帰る前の、仕事からプライベートへのスイッチの切り替えだった。
仕事の辛さを家に持ち帰らないための、彼なりの配慮。
しかし日々のストレスが多すぎて、どんどん喫煙時間も酒の量も増えていく一方である。
最初は少し仕事が上手く行かず、たまたま目をつけられて、あとは底の底まで転げ落ちるのにそう時間はかからなかった。
先輩がもっと優しければ…自分がもう少しだけ要領が良ければ…自分より出来ない同期が居れば…
そんなあらゆるIFが頭を駆け抜けては遠くへ飛んでいく。
「…………ふぅ」
肺に貯めた煙を思い切り空へと吐き出す。
人が多い場所では絶対にできない、この時期この時間この場所だけの特権。
男はなるべくストレスと一緒に吐き出すよう意識した白い煙が闇夜に溶けるのを確認すると、短くなったタバコを携帯灰皿に捨て立ち上がろうとした。
しかしその時―――
「ねぇ」
「うぉっ」
いつの間にか自分の近くに来ていた人物に声をかけられ、驚く男。
特に気を抜いていたワケではなかったがここまで接近していたことに気付けず、思わず心臓が止まりそうになった。
「びっくりした…。えーと、中学生…かな?こんな時間にこんな所にいたら危ないよ、坊や」
コートのフードを目深に被っており顔は見えなかったが、声と体格から中学生の男子だと判断した男は諭すよう声をかける。
しかし相手は気にせず話を続けたのであった。
「ねぇ、能力…欲しくない?」
「んー? 能力って、今話題の超能力の事かい?」
相手は黙って頷く。
「もしかして認可組織ってやつの勧誘かな? でも駄目だよ。一応ホームページを見て指を合わせるやつをやってみたけど、僕には才能がないみたいだから」
「関係ないよ」
「関係ないって…」
「ねえ、能力…欲しくない?」
それは天使の囁きか 悪魔の呟きか
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