第244話 特対印 天然素材
「お待たせー、待った?」
「いえ、大丈夫ですよ。相羽さん」
11:45
エントランスで待ち合わせをしていた俺たちは、篠田と相羽さんと小宮さんの到着をもって五人全員が揃う。
一番早く着いていたサッさんは待っているあいだ俺に、どうして今日のランチが五人になってしまったのかについての経緯を説明してくれた。
話によると、サッさんも今日は早く出社してきており、朝から行う業者との打合せの準備をミーティングルームでしていたらしい。
そこにミーティングルーム掃除をしていた小宮さんが入って来て、普段ランチはどんなものを食べているか、という世間話に発展。
そこでうっかり(?)今日も俺とランチしに行く予定だと話してしまい、小宮さんから『私も一緒に行っていいですか』という提案を受け、断るわけにもいかずにこれを承諾。
そこへたまたま、隣のミーティングルームでサッさんと同じく打合せの準備をしていた篠田・相羽さんが居合わせ、『私たちも』という事になったそうだ。
なんという偶然。
「塚田くん急にごめんねー。迷惑じゃなかった?」
「いえ。そんなことないですよ」
篠田の先輩の相羽さんは片手を顔の前に出し、謝罪のポーズをとる。しかし俺も特段気にしていないのでそれを軽く流した。
日によっては脂っこいガッツリしたものを食べたかったな…と少し残念に思う事もあったかもしれないけれど、今日は何でも美味しく食べられるフラットな日だったので問題は無かった。
「お詫びと言ってはなんだけど、食事中は篠田と小宮ちゃんを
「助かります」
「はべらっ!?」
「…」
相羽さんの冗談に篠田は世紀末伝説のモブみたいな声を上げ、小宮さんは真顔でこちらを凝視している。軽口のつもりが、なんだこの状況は…
「あの…、店も混んじゃいますしそろそろ移動しませんか?」
俺がこの状況に困っていると、サッさんから助け舟が。
言われてみるともう間もなく時刻は正午を回る。いくら飲食店の多い神多の街でも、そのぶん人の数も多い。
ランチのコアタイムを迎えてしまえば人気店・準人気店であればあっという間に列をなしてしまう。
ただでさえ今日は"五人"という不利な状況で、この遅れはマズイ。
「っと…そうね。早く行かなくちゃ」
サッさんの意見に相羽さんが同意し、移動する意思を見せる。
二つの意味で助かったな。
「どこか行く店は決まってますか?」
「今日はインドカレー屋さんなんてどうかしら?」
「いいですね。他の皆は?」
相羽さんの提案に皆が同意し、俺たちは彼女のおすすめのインドカレー屋さんに行く事になった。
寒いし、一番おいしく食べられる季節だな…カレー。
神多周辺はカレー専門店の数がとにかく多く、種類もインド風・カシミール風・欧風・日本風と多岐に渡る。
また、激戦区によくある新しいカレー屋が生まれては消え生まれては消えを繰り返しているので、自ずと残っているのは"間違いない店"ばかりとなっていく。
そうなるとカレーにありつくこと自体はそれほど難しくないが、お目当ての人気店に昼休みの間に行って帰って来る、となると運も必要になるのだ。
「いやー、入れてよかったわぁ」
「ラッキーでしたね、先輩」
相羽さんについて行く事およそ5分。二本橋通りに面した1件のカレー屋に到着した。
しかも俺たちは運よく、入り口近くの少し寒い席ではあったが、五人が座れるテーブル席が空いており待たずに入ることが出来たのだった。
女性陣がコートを脱いでそれを大きめの荷物かごに入れている間、ざっと店内を見回してみる。
席数は全部で…40席もないか。カウンターが5席にテーブル席がいくつかあり、人数によってくっつけたり離したりできるようになっている。
卓上にはメニューと紙ナプキン、そして色々な野菜のピクルスが置いてあった。容器の中には大根やら人参やらキュウリの細切れが見えるな…美味そうだ。
「あたしは…日替わりでいいかな。篠田は?」
「私もそれがいいです」
「私も」
「「俺も」」
「すみませーん!日替わり五つ」
俺たちは全員、日替わりの『マトンとチキンの2種盛りカレー』を注文したのだった。
「そういえば、もうすぐクリスマスねー」
「っ…」
「っ…」
「そうですね」
「1年早いっすねー…」
そして料理を待っている間、相羽さんがそんな話題を振る。
改めて言われると、もうクリスマス…そして年末か、という感じだ。
思えば下半期は、これまでの人生で一番濃密な半年だったように思える。
俺が変わり、環境が変わり、そしてとうとう世界が変わってしまった。
それでもこうして会社の同僚とノンビリ飯を食えるのだから、俺は幸せなんだろうな。
幸せ探し…難しいよなぁ。
「男子二人は、何か予定あんの?」
「俺らですか?」
「あー…平日ならサッさんと飲みに行くけど、今年は休日だもんなぁ」
何と今年はイヴが土曜日、クリスマスが日曜日というスペシャルな年となっていた。
恋人たちにとってはこれほど嬉しい年はないだろう。
「俺はバイクでどっか行こうかな…塚っちゃんは?」
「あー…俺は―――」
どうしようかな…と続けようとした時、なにやら俺たち以外の他の客がざわつき始める。
「何かしら…?」
「さぁ…」
何事かと思い視線を移すと、どうやらみな店の外の様子をうかがい色めきだっているようだ。
つられて外を見てみると、二本橋通りを歩くスーツ姿の集団が目に入った。
あれは―――
「あれって、特対の人たちよね?」
「あ、ですね。最近よくテレビで見かける鷹森さんと水鳥さんですよ」
「…」
五人くらいで練り歩く職員の中に、よく知った顔が二つ…。光輝と美咲だ。
恐らく公開パトロールをしているのだろう。
そして小宮さんが言うように、最近彼らのメディアへの露出は著しく多くなっていた。
特対のイメージ戦略の一環なのだが、先日は光輝が『スペシャリスト〜仕事の流儀〜』というテレビ番組にも出演している。
光輝への密着取材とインタビューというカタチで、特対が普段どういう活動をしているのかを取り上げていた。
そのことについて光輝にメッセージを送ってみたところ、一言『大変だった』と返事が返ってきたのだった。
「いやぁー、かっこいいねえ。鷹森って人」
「水鳥さんもキリッとしていて素敵ですよね。あれで今まで命がけの仕事をしていたんですから、すごいですよ」
相羽さんは光輝を、小宮さんは美咲をべた褒めしている。
これまでのイメージ戦略が功を奏したと言えるだろう。
しかし直後に、おれにとっては良くない流れとなってしまう。
「……あれ、鷹森さん、こっちに手を振ってないですか?」
「あら、ほんとね。サービスかしら」
「…」
うっかり光輝と目があってしまい、思い切り俺に向かって手を振ってきていた。
彼らとの関わりを聞かれた場合に少々説明が面倒なので、出来ればやり過ごしたかったのだが…。流石に無視するのは悪いので、皆に見えないよう小さく手で挨拶をしておくことに。
すると―――
「あ、こっちに向かってくるわよ」
「水鳥さんもですね」
おいおい…
俺の意図が通じてないのか…?
いや、でも美咲もいるし、会社の人間には能力のことを話していないのは教えていたハズなんだが…
「卓也、元気か?」
「こんにちは、卓也さん♪」
俺の『こっちに来るな』という願いは見事に届かず、光輝は店の扉を開けて美咲と一緒に店に入り、俺を下の名前で呼んだのだった。
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