【第7章】懸賞金3000万円 塚田卓也
第243話 変わるものと変わらぬもの
『超能力は存在する』
そんな、夢のような真実の話が総理大臣の口から飛び出してひと月が経ち、もう12月も中旬。
気温もだいぶ低くなり、猛暑だ酷暑だと騒いでいたのが懐かしく感じる。
俺の場合は筋肉量が多いので少し前までは背広があれば事足りていたが、流石にコート無しでは厳しい季節になってきた。
街のコンビニやスーパー、飲食店などは、
どこの店も店内はポスターや装飾品の緑と赤がこれでもかと主張しており、いやでも聖なる夜の到来を意識させられる。
直近のクリスマスは、休日だったら真里亜に無理矢理家へと帰らされパーティーに付き合うか、平日なら仕事が早く終われば
つまり俺にとってのクリスマスは、概ね365日分の1日だった。
まあ俺のことはどうでもよくて…そんな世間が大盛り上がりするような一大イベント直前のこの時期に、コンビニにはある"異物"が混じっていた。
『あなたの才能、呼び覚まします。能力開発なら【弥生能力事務所】まで!』
コンビニの窓ガラスに貼ってあるポスターには、背景が銀河系で、それに誘い文言とともに電話番号やメールアドレスが記載されている。一見するととても胡散臭いポスターだが…。
これが認可組織の始めた新たなビジネス。
この存在が、従来であればこの時期世間の話題を独占していたクリスマスを脅かしているのだった。
「俺、とうとう昨日で能力覚醒してん…」
「ま?ヤバ…」
丸ノ内線の車内。
通勤時間ですっかりお馴染みとなった、朝同じ電車に乗り合わせる高校生二人の会話。それが今日も俺の隣で繰り広げられている。
このひと月の経緯としては、関西弁の方の少年が教習所の為に貯めていたお金を覚醒サービスに使う事を決意しスクーリングを開始。約3週間にわたる謎の特訓の末、とうとう昨日覚醒に至った…らしい。
今日に至るまでもう一人の少年が経過や特訓の内容について色々と質問をしていたが、サービスを受ける際に"内容を外部に漏らさない"という契約を交わした為、関西弁の少年は何も話せなかったのだ。
その間、俺だけでなく他の乗客も密かに聞き耳を立て、二人の話す内容をチェックしていたのは最早言うまでもなかった。
「やろ?俺も興奮して今日8時間しか寝れんかった」
「いや普通ー! それで…開泉?それとも完醒?」
「あんな……どっちやと思う?」
「いや勿体つけんと早よ言うてや!」
「何でお前が関西弁やねん」
関西弁の少年が笑って友人にツッコミを入れる中、周りの乗客は固唾を飲んで見守っていた。
彼らの正面に座っているOLのスマホを動かす指も、その隣のおじさんの新聞をめくる指も、俺とは反対側の少年の横に立つサラリーマン風の男の小説をめくる指も、全て止まっている。そんなに露骨に注視したらバレるぞっていうくらい、みんなサービスを受けたという少年の貴重な体験談に興味津々だった。
「まあいいや…。俺な、完醒したわ」
「…ってことは、固有能力持ち…ってことだよな……?」
「やな」
「うーーわ…いいな」
俺は能力で瞳力レベルを上げ窓ガラス越しに少年を見ると、確かに全身を泉気が覆っているのが分かった。見た感じは紛れも無く能力者のそれそのものだ。
ひと月前に泉気を纏っていない事を確認しただけに、俺はサービスの内容が本物であることを強く実感した。
「え……ちなみになんだけど…見れたりしない?」
「見るって…能力を?」
「お、おう…」
少年は恐る恐ると言った様子で、完醒した少年に提案をする。
開泉ならともかく、完醒したと言われてしまえばそりゃあ見たいと思うのは人情として当然だよな。
能力者・非能力者に限らず、知り合いが完醒したら誰だってそうなる。
すると提案を受けた関西弁の少年がおもむろにポケットを探り出し、"1冊の冊子"を取り出すと少年に渡したのだった。
「【『この日』から読む本~突然の覚醒に戸惑わないために~】 これって…」
「覚醒した日…まあ昨日やな。通ってるとこの人がくれてん」
俺は横目で見てみると、手帳ほどのサイズの薄い本に先ほど少年が読み上げたタイトルと異能力庁のロゴが入った、小冊子のような物があった。
これって宝くじの高額当選した時に貰える冊子のもろパクリじゃん大丈夫かよ…と内心思ったのはここだけの話。
「内容は、能力者になったらこういう事はしてはいけませんよ、こういう事に気を付けましょうねっていう注意事項みたいなんが簡単にまとめられててさ。ホンマはカッチリした新しい法律があるみたいやねんけど」
「ふんふん…」
「ほいでそん中に、みだりに能力を行使するのは法律に触れる場合がありますよってあってな。せやからここではちょっとな…」
「あー…いや。そりゃそうだよな。ごめん」
「いや。気にせんで」
異能力庁のホームページに掲載されていた新法の方を見ていたので知っていたが、関西弁の少年も認可組織の人間にキッチリ言われたのだろう…、能力行使についてのルールをしっかり守っていた。
これくらいの年頃であれば自慢したくて仕方ないだろうが、それをしなかったのは偉いなと思う。
自分だけでなく、友人まで処罰の対象となる可能性がある以上迂闊にはできない。その辺、ちゃんと分かっている証拠だ。
「いやー…でもまあ。これでいいとこ就職できるかもな。羨ましいよ」
「うーん…でも俺の能力ってどちらかというと、戦闘寄りやからなぁ…。入るとしたら特対とかかもなぁ」
「えー、いいじゃん。テレビに出てた鷹森って人みたいにカッコよく凶悪犯を倒したりしてさ」
「それな」
「ってことは、講習は昨日で終わり?」
「いや。一応追加で『体の泉気の消し方』と『隠れた
「いくら?」
「5万」
「ツッコムねー!」
「教習所の費用が跡形もなく消し飛んだわ」
そんなこんなで、これが俺の身近でサービスを受け覚醒した第1号の、少年の話なのであった。
________
オフィス近くのコンビニでホットコーヒーを購入した俺は、そのまま総務部の部屋へと足を運んだ。
いつも30分前くらいには着くようにしているのだが、そんな俺よりも早く到着しているのが総務部長だった。
部長はパソコンに向かって何やら業務を行っているようだが、俺に気付くと―――
「あ、おはよう。塚田くん」
「おはようございます、部長」
総務部オフィス到着順No.1、2のいつもの光景。
会見前と全く変わらぬ日常だった。
そう、能力が公表されてひと月経ったが、世間はあっけなくそれを受け入れている。
危惧していたような魔女狩り…ならぬ『能力者狩り』も、能力者求人を始めた企業の労働者によるストライキも起きなかったのだ。
電車内の反応を見て分かるように、人々は変にパニックになることなく能力の話題を堂々と外で口に出来るくらいには落ち着き払っていた。
関西弁の少年が自らを能力者だと名乗っても、どちらかというと羨望寄りの眼差しを向けられることが多い。
動画投稿サイトにもチラホラと覚醒した者が動画をアップしているが、再生数・高評価数ともに調子が良かった。
この前ワイドショーで専門家が、この状況についてこんな風に考察していた。
・〜20代
ファンタジーやフィクションというものに非常に寛容で、興味津々。強い力(超能力)に対しても、恐れを抱くより憧れの感情の方が前に出ており、積極的に能力者になろうとしている。
・30代〜50代
ファンタジー好きもそれなりにいるが、それよりも生まれる前・生まれた直後から不景気や様々な社会問題が常に付きまとう世代であり、今も格差社会などの大きな困窮問題に直面している者が多い。その為、自身ないしは子供が覚醒することによるワンチャン狙いを目論んでいる者が少なくない。
・60代以上
一番超能力に抵抗がある。
しかし排除しようにも腕っぷしじゃ能力者には到底敵わないし、そもそも犯罪だし。50代までの支持を得られるはずもなく。せいぜいあるとしたら、地方の山村とかで能力者を村八分にしているくらいだろう。
だそうだ。
確かに"ファンタジーに対して寛容"というのは強く共感できる部分だ。
俺が中学生くらいまでは、いわゆるオタク趣味の同級生は同じ趣味の者とひっそりと楽しんでいた記憶がある。
しかし今は学校の放送でアニソンやボーカロイドの歌が堂々と流れていると聞くし、声優がゴールデンの番組に普通に出演していた。
一部のオタクはSNSやリアルで"如何に自分がその作品のファンか"を声高に、競うように主張している。
超能力が受け入れられる土台は、まあ…あったというワケだ。
恐らく世界中から見ても日本人が特殊な感覚なのだろうな。
その証拠に…というワケではないが、未だに他の国は能力の公表をしていない。
準備が整っていないだけなのか、国民の意識的にそんなことを公表する事は不可能なのか。その真意は不明だが、今のところ超能力は日本だけの専売特許となっていた。
アメリカの某有名誌では日本の事を『"神通力の国"ニッポン』と取り上げ話題となり、ここ1ヶ月海外からの渡航者が後を絶たない状態となっている。
しかし日本国籍を持たない者が覚醒サービスを受けることはできないため、観光して帰るという流れになりそこにインバウンド特需が発生していた。一部外食産業はウハウハだとか。
それでもどこかで超能力を一目見たいという外国人は多く、今後はそれ向けのビジネスも展開されると思われる。
「…ん?」
自分のPCを立ち上げた俺はメーラーを開くと、同じく既に出社していたサッさんから1通のメールが来ていた。
今日昼飯を一緒に食う約束をしていたからそのことだろうと思い開くと、そこには―――
『ごめん。話の流れで篠田と相羽さんと小宮さんも来ることになっちゃった』
と書かれていた。
篠田とその先輩、そして社長室の新人ちゃん。
どういう流れでそうなったのかは分からないが、俺はサッさんに
『オッケーです』
と返信し、業務の準備を始めたのだった。
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