第242話 挨拶とけん制と

 新しく設立される"異能力庁"の庁舎が入る【二本橋グランドタワー】は、地上19階建てのオフィスビルだ。

 1階は飲食店フロア、2階から4階は多目的に使えるホールなどがあり、オフィスとして使えるのは5階からとなっている。


 そして庁舎が入るのは、そのビルの10階から15階となる。既に庁舎の中には、すぐにでも仕事を始められるよう機器や設備の準備は完了しており、あとは月曜日からの稼働を待つのみとなっていた。

 そんな稼働直前・準備万端な庁舎で、"異能力大臣室"がある14階の廊下を二人のスーツ姿の男性が歩いている。


「先輩」

「ん?」

「異能力法第三条1項は?」

「……能力者はいかなる理由をもってしても他人(能力者・非能力者含む)に対し能力による攻撃(不利益を及ぼす行為全般をいう)を加えてはならない…」

「おー…流石先輩ですね」


 少し軽薄そうな男が、先輩と呼ぶ男に問題を出している。

 男はそれを受け仕方なくと言った様子で答え、正解すると軽薄そうな男は小さく拍手をしながら称えた。

 ともすれば侮辱と捉えかねない態度だが、男は特段気にした様子もなく、二人して廊下を進み続ける。


「あーそういえば、言うのが遅れてました」

「…?」

「"異能力副大臣"就任、おめでとうございます。鬼島先輩」

「ああ…」


 軽薄そうな男【日高ひだか かおる】は、隣を歩く【鬼島きじま 修一郎しゅういちろう】に対し副大臣就任の祝いの言葉をかけた。

 二人は同じ厚生労働省に在籍していた職員で、ともに能力者である。

 そのため今回の異能力庁設立に伴い彼らに白羽の矢が立ち、ここに異動して来たというワケだった。

 二人は一時期厚労省健康局内の同じ課に所属していた事もあり、その時の名残で日高は今でも鬼島のことを先輩と呼び、鬼島は日高くんと呼んでいた。


 ちなみに、鬼島修一郎は特対部長代理である鬼島正道の実子である。

 父親譲りの鋭い目つきと、それに反する柔らかい物腰が印象的だ。

 しかし表面的には丁寧で優しい態度だが、内面は自分にも他人にも厳しく、敵には一切の容赦をしない性格をしていた。


「君は残念だったね。副大臣になれなくて」

「いやいや。確かに僕は能力者ですけど、先輩を差し置いて副大臣になろうなんてそんな…」

「知っていますよ。君がこのポストに座るために、裏で色々と工作をしていた事は…」


 鬼島の言葉に二人は自然と足を止め、向き合っていた。

 先ほどまでの落ち着いた空気から一変、ただならぬ緊張感が辺りを覆っている。

 お互いがお互いの腹を探るような、そんな空気が立ち込めていたのだ。


「んー…工作と言われても、僕には何が何だか…」

「具体例が必要ですか? ネクロマンサーに助力していた事や、虎賀天陽に輝石の存在を教えていた件、そして何人かの官僚に脅しをかけて自身を副大臣にするよう動いていた件についてですよ…」

「はぁ…。ちょっと覚えがありませんね」

「そうですか…。それならいいですが。君が何をやろうとしているのかは知りませんが、何でも思い通りにいくとは思わない方が良いですよ。日高"政務官"」

「…ご心配なく。今まで思い通りに行ったためしなんてないですから」


 ともに穏やかな表情は崩さず、しかし最大限相手を警戒している。

 ネクロマンサーの協力者となり能力公表を進めた日高と、それを察知し妨害した鬼島。

 二人の水面下での攻防はステージを変え、再び巻き起ころうとしていたのだった。



「ああ、それと…」

「…?」

「大臣は能力者ではありませんが、やり手ですからね。与し易しと思わないほうが良いですよ…」

「やだなぁ。思いませんよそんなこと」

「ならいいですけど」


 大臣室を前にそんな忠告をする鬼島と、それを笑って躱す日高。

 鬼島は聞く耳持たない後輩を一瞥すると、大臣室のドアをノックした。


『どうぞ』

「失礼します、大臣」

「失礼します」


 鬼島がドアを開けると、部屋の奥の椅子に座る中年男性がひとり。

 室内の内装はまだ簡素で、最低限業務を遂行するための設備しかない状態だ。

 そんな部屋に鎮座しているのは、国会議員であり、異能力大臣を務める【島津しまづ 郷太ごうた】であった。

 彼は入室して来た二人を見て、ニヤリと笑う。


「よぉ、鬼島。これからよろしくな」

「いえ。こちらこそ、今後ともよろしくお願い致します」

「はいよ。んで、そっちは日高か」

「はい。よろしくお願い致します、大臣」

「オメーだろ? 官僚ゆすって困らせてたのはよ。ほどほどにしとけよコラ」

「…はい」


 鬼島がチクったわけでは決してないが、島津は自らの人脈で日高の行いを突き止めていた。

 そして日高は口止めを怠ったワケではないが、それを上回る"何か"で官僚たちを味方に付けていた島津であった。

 初めはとぼけようと思った日高だが、島津が確信を持って語りかけてきたのを見て無意味だと悟り、曖昧な返事をするに留める。



「んじゃ、改めてよろしくな、お前ら」


 これから能力者の中心となるこの組織で、トップ三人の、敵でも味方でもない奇妙な関係が交錯するのである。

 能力者ではないが国の重鎮に顔が利く島津。

 並外れた洞察力と天性の勘で常に真実の近くにいる鬼島Jr。

 そして独自の人脈と策略で闇と光を往復する日高。


 果たして最後に笑うのは、誰なのか。







 7章へ続く…



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