第241話 経営者は語る

『もしもし?』

「よぉー調子はどうだい?」


 能力が公開されて数日が経ったある日の夕方。ある社長室にて。

 黒い革製の高級な椅子に座りながら、会社経営をしている中年の男が同じく会社を経営している友人に携帯電話で連絡を取っていた。

 男は椅子に深くもたれかかり、先ほど秘書に淹れさせた少しぬるくなったお茶を飲みながら、楽しそうに電話の向こうの相手に語りかけている。


 入り口近くにある応接用のソファとテーブルは夕日に照らされ、その表面が綺麗に光を反射していた。とても手入れの行き届いている証拠だ。

 他にも部屋の角に配置されたレンタルの観葉植物や壁にかけられた水墨画など、随所に部屋の主の趣味やこだわりが感じられた。


『まあ、ボチボチかな』

「いや、嘘をつけよ」

『なんだよ、嘘って…』


 電話の向こうの男は『儲かりまっか?』『ボチボチでんな』というお馴染の返しをしたのだが、男はそれを即座に否定する。

 そして、まさかそこを否定されると思わなかった電話の向こうの男からは思わず苦笑いが漏れた。


「いやいや…他の遊技場が店閉めてるから、お前んとこは入れ食い状態だろう? 聞いたぜ。連日朝から遊技台の場所取りで超大行列が出来てるって」

『…ま、そうだな。ネクロマンサーとやらのおかげで今は稼がせてもらっているよ』

「前々から対策しておいてよかったじゃねーか」


 男の言う通り、全国のパチンコ・スロット店の多くはここ数日店を閉めていた。それは、どこも超能力による不正を危惧しての事であった。

 ことパチンコ・スロットに関して言えば、能力による露骨な大勝ちをするのは非常に困難であり、これまで目立つような手段を取った能力者は即特対に身柄を確保されている。


 しかしパチンコを例にすれば、念動力によるヘソ(スタートチャッカー)への誘導や、テレポートによる他の客からの玉の奪取など、ちょっとした犯罪が起きないとも限らない。

 そこで、異能力庁への相談待ちということで街の至る所にある店が休んでいた。

(遊技場に限らず)


 この状況でも店を開けているのは、経営者が別に大丈夫だろうと気にしていないか。そもそも能力による被害を想定していないか。

 あるいは、元から能力の存在を知っており対策していたか…。


 電話の向こうの男は能力者の存在を知っており、公表前から独自に対策を講じていた。

 なので今でも通常営業を行うことができ、地域によっては一人勝ちとなっているのだった。


『それよりそっちこそ、子会社の認可組織が能力開発業務の委託を受けられたんだって? 金のなる木じゃねーか』

「あぁ。厳密には連結してないんだが…。ま、これからどんどん忙しくなるな。職員にはマニュアルと開発メソッドの保管を徹底させて、月曜日から稼働し始めたとこだ」

『予約でいっぱいだってニュースでやってたぜ。客単価30万のごちそうがよ』

「前例のない業務だからかなり気ィつかうがな…。それに、宝くじ売り場みたいなもんで、数こなして覚醒者数を増やして、その実績がまた客を呼んで……っていうレールに早いとこ乗らねえと詐欺だなんだと騒がれちまうかもしれねえからなぁ」

『大変そうではあるな。決してラクな商売ではないと』

「ああ。でもな…」


 男は自分が持っている認可組織が能力開発業務を委託されたことで、新たな収入源を獲得した。

 他に経営している会社の売上に比べればまだ微々たるモノだが、男には今まで大切に保管していた"タネ"が金のなる木へと成長するという確かな予感を感じている。

 そして―――


「これからの時代、能力者は金以上の何かをもたらす…その確かな予感があるぜェー…」


 金では手に入らない"何か"を得るための重要なファクターとなることを、会社を作り大きく育て上げた男の確かな直感が告げているのだった。


『…楽しそうだな』

「ああ。最初の会社が株式公開したときのワクワクを思い出したぜ。まさかこの歳になってこんな面白い展開があるとはなぁ…」

『確かにな。時代の大きなうねりを感じるよ』


 二人の経営者は、国が能力を公表しこれから大きく動くであろう世界にワクワクしていた。

 共に裸一貫で会社を始めた彼らには強い精神力とフロンティアスピリットが宿っており、それがこの状況を楽しいと感じる要因であったのだ。


『まぁそれはそれとして、とりあえず…』

「あぁ…」

『今度ライセンス』

「取りに行くぞ」


 能力者でもある二人は、今度能力者ライセンスを一緒に取りに行く約束をしたのだった。


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