第239話 "能力ガチャ"時代
「おい、お前あれ試した?」
「おう」
「どやった?」
「駄目だった」
「マ?俺指くっついてんけど。素質あるかもしれん」
「マジかよ~…」
月曜日の通勤中
俺は電車の吊り革に掴まり揺られながら、いつも同じ時間、同じ車両に居合わす男子高校生二人の会話に耳を傾けていた。
それほど大きな声ではない事と車内の環境音のおかげで不快になるレベルではないお喋りだったが、今日は真横に立っていたのと非常に興奮した様子であった為に耳をすませば内容がバッチリ聞き取れたのだ。
会話の内容は例の【能力開発】についてだった。
「ホンマにプログラム受けよかな俺」
「まじ?あれ結構お金かかるっしょ?」
「ほら、教習所に通う金貯めてるやんか、俺。やからそれをブッパしよかなって」
「あ〜ね。え、でも100%覚醒するとは限らないし、発現する能力は選べないって書いてあったよね。大丈夫?」
「それなんよな〜問題は…」
内容からするに、片方の生徒が異能力庁のホームページに記載の【能力素質チェック】をクリアしており、覚醒させるために各地の認可組織に委託された【有料覚醒プログラム】を受けるかどうか迷っている、ということだろう。
費用は確か1ヶ月で30万円。しかも素質があっても必ず覚醒するとは限らない上に能力の種類も保証されない。
高校生が一か八かで突っ込むにはちと大金かもしれないな。
覚醒しなかったら半分返金はされるらしいけど…。
反対に、認可組織にとってはいい収益事業が出来たなといった感じだ。
税金とは別に収入の何割かは国に収めるだろうけど、それでもブームの間は懐が潤うだろう。
「お前、今もっかいやってみぃ?素質目覚めたかもよ」
「えー…?」
そう言うと彼らは横で素質チェックをし始めた。
そして彼らの前に座るOLや中年のサラリーマンと思しき人らもそれを見ている。
みんな内容は把握済みというわけだな。
ちなみに、ホームページ記載のチェック方法とは―――
1 顔の前で"いただきます"のように両手を合わせる。
2 高さは変えずにそのまま手の間隔を1mくらいあける。その時の手の形は、物を引っ掻く時のように人差し指から小指までは第2関節、親指は第1関節で曲げる。
3 目を閉じ、ゆっくりと手を顔の前で合わせるように近付ける。
4 五本の指が顔の正面で正確にピッタリとくっついたら、能力覚醒の素質があるかもしれない…らしい。
以下、但し書き。
プログラムを履修することで開泉、あるいは完醒者となれる可能性があります。詳しくは異能力庁か、覚醒業務委託をしている認可組織にお問い合わせを。
※覚醒した者の泉気は体を巡るように流れる事から、体は循環するような形を自然と取るようになります。このテストでは体がその構造にどれほど近いかを測るものとなっております。
※テストはあくまで目安ですので、出来たからといって100%覚醒するとは限りません。また出来なかった人でも覚醒した例はありますのでご了承ください。
※プログラムによる覚醒までの期間にも個人差があります。半日の人も居れば1年以上かかる場合もあります。詳しくはお問い合わせダイヤルまで。
という感じだ。
そして駒込さん曰く、委託を受けた各認可組織にはピースの前期課程で行われる内容と同じ指導要領が配布され、実施に向けた準備がされているのだとか。
プログラムを修了した者はそこで見聞きしたことについて口外しないよう念書を書かされるらしいのだが、これも駒込さんが言うには『受けている者はよく分からないまま工程が進むので、仮にバラされたとしてもそれをもとにアウトローな連中が再現するのは不可能』なんだそうだ。
むしろ気を付けるとしたら要領を受け取った認可組織の方で、委託する条件としてアウトローな連中との繋がりが無い事や、要領の防衛力、プログラムを履行するに充分な人員など…様々な観点から審査されていた。
正直、そこまでするか…というのが素直な感想だ。
確かに偏見を無くすにはいいやり方だと思う。
人と違う事でハブられるのなら、違う人を増やせばいい、と。
そうする事でまた違う問題が生じるだろうが、能力社会に舵を切り出したのならやるしかないという国の意思が感じられる。
それにあらゆる対応が異常に早い。早すぎる…。
新しい省庁、新しい法案、新しい制度、新しい役務、新しい雇用…
どう考えても尾張の一件から準備を始めたとは思えない速度で社会が進んでいく。
恐らく総理を始め官僚や組織の重役などなど、能力のある無しに関わらず多くの上級国民が異能力の存在を認知していたのだろう。考えたくはないが、中にはコッソリ甘い汁を吸っていた者もいるハズだ。
そしてそれらに前々から訴えかけ、準備を進めていた。
まあ、特対なんていう"これまで一般人からは何をしているか理解されていなかった"大きな組織が運営・維持出来ていたのも、そういった後ろ盾がなきゃ不可能だもんな。
これが社会か…なんて。
「うわ、俺まじどんなギフト授かんねやろ…」
「もう取れた気でいるし」
「テンション上がるやん!風とか雷とか冷気とか手から出せたら…」
「最悪開泉者でもいいよ俺は。そしたら警備会社に就職する」
「それなー。透視能力とかテンション上がるわー」
テンションが上がっていて気付いていないようだが、近くに座るOLが露骨に嫌な顔をする。
そんな事を公共の乗り物の中で言ったり、実際に能力でやると捕まるぞー…
と、俺は心の中で忠告したのであった。
『淡地町ー淡地町ー』
そうこうしているうちに会社の近くの駅に着く。
やれ世間では親ガチャだの環境ガチャだのと言われていたが、ここに来て新たなガチャが生まれようとしていた。
能力ガチャ
生まれも育ちも努力も友情も勝利も関係ない。
ぼくと1ルピーの神様のような生い立ちもなく、一気にのし上がれる権利を得ることができるのだ。
そんな新しい社会に思いを馳せつつ、今日も俺はいつも通り仕事へと向かったのだった。
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